あれだけバレンタインの日に饗されたのだから、何か俺も贈るべきだろうかとカレンダーを見て暫し考える。とは言え、結局あの日食べ損ねてから、今日まで色々ありナミを食せていないのは少しでは無く遣る瀬ぬような思いだ。
ホワイトデー迄ここまで来たら待つか。しかし、また重なったりでもしたら流石に俺も暴れそうだ。
そう思いつつヒヒ達の元へ向かうと、花の種を持たせ撒いておけと告げる。それに怯えている様子を見せる為、従うだろうと思える。
それによりやる事は終わったとばかりに帰宅する。ナミが喜ぶならばヒヒが怯えようが何しようが構わぬ。
「お帰りなさい。この間の海王類も今日で漸く使い切るわよ」
そう言いながら食事の支度を続けるナミに、寧ろ主を早く食わせろと本気で思う。まァ……2人なのだから、焦る事も無いのだろうが。
赤髪が鬱陶しく、その憂さ晴らしに海王類を始末したが、そのまま海に残すのもと思いナミに託したのだ。それを工夫してワインソースだとかゴマだれだとか言って色々と作ってくれたが、今日はどうするつもりなのか。
「昨日はシチューだったな。今日はどうするつもりだ?」
「麹が手に入ったから、塩麹作って仕込んでおいたのよ。苦手じゃないと良いんだけど……無理そうなら言ってね」
「ナミが作った物に、おかしな物はこれまで無かったと思うが?」
素直に言葉を返せば赤くなって俯くナミに、愛らしいものだと軽く口付ける。俺的には軽かったが、ナミはそのまま崩れ落ちたのでそれを支えてやれば、料理の邪魔しないでと睨みつけられてしまった。
俺を睨み付ける女等ナミの他には居らぬやもしれぬな。そう思いつつ椅子に座れば飲み物とクッキーが用意された。
それらに手を伸ばせばどちらも蜂蜜を用いているようで甘い。そう言えば蜂蜜の残りが少ないと言っていたと思い出し、近々手に入れてくるかと脳内にメモしておく。
「蜂蜜で揃えたか」
「えぇ、揃ってるもの好きでしょ?」
「統一感のある物は好ましいだけだ」
俺の答えにクスクスと笑い、ナミは共に食事を済ませると部屋に戻って行く。何の気なしにその後に続くとナミはニュースクーと戯れ、1人で楽しそうに箱を開け始めた。
どうやら実家かららしいと気付くのに時間はかからぬ。ナミは家族に対してのみ反応が他と異なる。
それが微かに不快なのは、俺のモノだと言い張れる状態に無いからか。ふう……と溜息を落とした所でナミの指先が俺の唇に触れる。
「感謝してよね」
そう言って姐から貰ったのだと笑うナミに、甘いし味も好みだが気に入らずに嫌味を返してみたが通じなかったらしい。その後すぐにナミが飲物を差し出してきたので受取り飲めば、甘みのない普通の飲み物でどうやら自分用と俺用を間違えて渡したらしいと気付く。
様子を見るにナミは気付いておらんな。それだけ疲れているのだろう。
いつも俺に合わせて生活しつつ、家事の全てを1人で担いつつ執筆等を行っていては疲れるのも分かろうというもの。俺は突然出掛けると言い出す為に、その度にナミは全ての支度をしてくれているのだから俺の責任と言えるだろう。
いくつか話しておきたい事もあったのだが、今日の様子では仕方あるまい。後程にしようとナミの机にカップを残して部屋を後にした。
それから数日後、ホワイトデー当日を迎えたその日に花の様子を見に行って帰るとナミは何やら作っている。甘い匂いがするから菓子類だろうとは分かるが、何を作っているのか。
「あら、お帰りなさい。今丁度できる所よ」
「それはなんだ」
「マシュマロのミルフィーユよ。熱いから気を付けて食べてね。多分驚くくらい美味しいと思うわよ。アカシヤの蜂蜜使ったの。欲しかったけど中々手に入らなくて……」
その後蜂蜜について語り続けるナミの話を適当に聞き流しながら、勧められるままに作られたそれに手を出せば、中からナミの蜜柑が出て来た。他が甘い分それが口を爽やかにしてくれる。
正直蜂蜜の種類になんぞ興味はないが、上品な甘みだとは思う。名前も何も覚えられそうに無いがな。
うむ、酸味のある果物と合わさると美味いな。……待て、マシュマロ?
「これは、ナミが姉から貰った物では無いのか」
「そうよ?」
「良いのか」
「大切な物だから、大切な人と食べたかったの。ミホーク甘いの好きだしと思って……何か、変な味でもした?」
不安そうに瞳を揺らすナミに、コレは俺をどうしたいのかと本気で思わされる。それ故に無言でも居られず、ナミが良いならばそれでいいと言ってから、好みの味だとだけ付け加えるように答えておく。
それだけで嬉しそうに笑って自分も食べ始める。自分で注意しておきながら熱いと言うナミに火傷はしなかったかと問い掛けると、小さく頷かれた。
「……残念だ。火傷をしていればそこを舐めてやったのだがな」
「火傷は舐めても治らないから!」
「治す為では無い」
「……なら、なんで?」
キョトンとした顔で俺を見るナミに、ふっと笑う。それにナミはわかりやすく疑問をその頭に浮かべている。
「痛みよりは、快楽が良かろう」
「……っ!?火傷程度なら痛い方がいいわ!」
真っ赤になって椅子ごと下がったナミはそう言うが、成程快楽の方が精神的には耐え難いか。敏感な体である事を思えば損な性格だろう。
「冗談だ」
「……嘘だ、本気の眼だった……!」
怯えを見せるナミに確かに本気だったがなと内心で呟いてから話を反らす。俺が饗されていては、ホワイトデーである意味が無い。
「火傷をしていないのだからどちらでも良いだろう。食べ終わったら出かけるぞ」
「海に?」
「いや、敷地内だ」
島は全て敷地内だと理解しているナミはそっかと言って頷くと、お弁当いる?なんて聞いてくる。ここで作らせてはホワイトデーたる意味が無いだろうと思うが……無意識で俺の口は頼むと声を発していた。
それを受けてナミは、マシュマロミルフィーユをもう1つ俺の前に置いてから弁当を作り始めた。子供扱いなのかそれとも彼氏扱いなのか、こんな時分からなくなる。
子供扱いだと言われたら、ベッドから起きる事も出来なくしてやるつもりだがな。そんな事を考えながらも、暖かいと言うより熱いミルフィーユを口に運ぶ。
「コレは、難しいのか」
「簡単よ」
「そうなのか。たまに作ってくれるか」
「マシュマロを用意してくれるなら、いくらでも」
そう言って笑うナミは優しい顔をしている。底にクッキーかビスケットを砕いた物かシリアルを敷いて、その上にマシュマロ、果物、マシュマロと乗せて焼くだけで、サクサク感を増したければ、シリアル、マシュマロシリアル果物マシュマロ等といった感じで層を増やせばいいのよなんて言いながら作っているのは弁当だ。
「普通のご飯より、おにぎりの方が好きでしょ。今握るから待ってね」
言いながら調理用の手袋をするナミを眺め、ホワイトデーと言うよりこれでは単なるピクニックだなと少し思う。思うが、仕方あるまい。
用意を調えたナミを見てそれを持てばナミがありがとうと笑う。作らせた上に持たせる等出来るか愚か者め。
俺の少し後ろを歩くのは貞淑な妻の考え方ではなく、単純に敵が現れる可能性を常に考えているからだと分かっている。それと目的地が分からぬからだろう。
俺が足を止めるとナミは、俺の後ろからひょこっと顔を覗かせて前を見る。そして、言葉を失い立ち尽くした。
「……気に入ったか?」
声をかければナミは小さく何度も頷く。そして、ありがとうと呟いた。
「ヒヒ達に用意させた。礼は奴らに言え。バレンタインの礼に喜ばせようと思ったに過ぎん」
「ミホーク、ありがとう。お花畑なんて、こっちに来てから初めて見たわ」
「ん?」
「休みの日とかは、たまに花の咲く丘とか公園に行ったりしてたけど、ここでは生きるのに精一杯だったし、だから……懐かしくて。ありがとう」
「ナミ、どういう意味だ」
意味がわからずに問いかければ、しまったと言う顔をしてから、女には秘密が多いものよなんて嘯く。これ以上は聞いても無駄とわかり、何も語らぬ唇ならば塞いでもいいだろうと俺の唇でそれを塞ぐ。
そのまま草原にナミを押し倒せば、ナミが慌てた様子で俺に微かな抵抗をする。どうやらこの鈍い兎にも、俺のやりたい事は通じたらしい。
「ミホーク、外はやだ!初めてなのに、外なんてやだ!」
「ヒヒしか居らん」
「それでもヤダ!……部屋で、なら、好きにしていいから……。ミホーク、お願い」
その言葉に動きを止めた俺は折角の弁当だが、食すのは俺の寝室だなと笑いナミを抱き上げ帰宅する。数日は指の1本も動かせぬと思えと囁けば、ナミは真っ赤に湯だり優しくしてなんぞとほざく。
「ナミが好きにして良いと言ったのだ。好きにさせてもらおうか」
「ミホーク……私、初めてなのよー?」
「安心しろ初めてでなくば、相手を主の前で切り刻んでいる」
「それ、少しも安心できないから」
そう言ってから、だがナミは嬉しそうに笑い、愛してくれてありがとうと呟いて、なけなしの俺の理性を砕き去ってしまう。優しくしてやれるだけの余裕なぞ、残っては居ないだろうと自嘲しつつ哀れな子兎に噛み付いた。
ホワイトデーだからと言うのは単なる理由付けでしか無いのだと、この日2人は思い知る。止める者のいない城の中から、この日より数日断続的にあがる悲鳴を聞いたのは、当人達の他は同じ島にいる動植物のみだった。