風呂上がりに水でもと思って食堂へ向かうと、鼻歌と言うには大きな、けれどもいつものように歌っている訳でもないと分かるような声が聞こえて来て、自然と足が止まった。聞けば十五夜の月にうさぎがはねると、ナミは呑気に歌っている。
そんな歌を歌いながら何かを作っているらしいと気付き、様子を見守っているとナミが今度は低い声で歌い出した。それは青年のような声で、けれどもいつものように歌う為に歌っているのではないのだろう、だから余計に物悲しく聞こえる。
もしも、ナミが俺の前から消えたならば、同じような気持ちになるのだろうか。そう1瞬考えて、無いなと思う。
月の欠片を集めるよりも、月光花を見て嘆くよりも、太陽の元で咲き誇る向日葵を見て、お前が向かうべきは太陽では無く俺だろうと言うのが関の山だ。そうして、世界中の向日葵を集めそうだと柄にも無く思う。
もしくは、蜜柑の花だろうかと思う。甘い香りを放ち皆を引き付けながらも、何処か遠くて触れる事を躊躇わせる。それでいて、誰かが困れば実となり癒そうとする自己犠牲の強さ。
歌が終わるのとほぼ同時に作り終えたらしい何かを持ち、ナミは表へ出て行く。月明かりに照らされたそこに佇む姿は、そのまま迎えでも待っているかのように思えて……馬鹿馬鹿しい。
俺以外の誰の迎えを待つと言うのか。迎えが来たら全員切り刻んで海に沈めてやると決めて、ナミの元へ足を進める。
「ナミ」
声を掛けると驚きを露わにするから、本気で気付いてなかったらしいと知る。持っていた食べ物と酒を甲板に置いたナミは、俺にお猪口を差し出して笑う。
「月見酒、ご1緒に如何?キャプテン」
「あァ、眩しい程だから、良いかもな」
先に甲板に腰を下ろしたナミの隣に座れば、お猪口に酒を注がれる。俺との間に置かれた食べ物は、先程ナミが作っていたもののようで、お月見団子だと言われた。
団子を口にして、その甘さにナミらしいなと思う。同時にベポやコラさんが喜びそうだとも。
甘いが喉に打撃を与えるような物では無いから、上質の物だなと思いながら口にする。それをナミは嬉しそうに見ていて、酒を呑むその姿が何処か浮世離れして見える。
ナミが書いた輝夜姫とは、こんな姿なのだろうか。1応黒髪と書かれてはいたが、ナミが黒髪ならばそのままだろう。
気のない相手には無理難題を言い付けて、悠然と微笑みながら憐れな男達を見下す所さえ。それでいて大切な存在の為にと宝を集めては、全て差し出してしまう所まで。
だとしたら……最高権力者でさえその心を掴めなかった輝夜姫は今、何故俺を想ってくれているのか。口に出された事は無いが、いつもその身体で……眼差しで愛を伝えてくるのだから、疑いようも無い。
団子が無くなり、酒も残りが少なくなってきた頃、ナミが月を見上げてボソリと呟く。
「月が……綺麗ね」
俺はその言葉に酒を呑む手を1瞬止める。見れば手の甲まで赤くなったナミが居て……。
初めて言われたそれに、なんと返すか1瞬考える。取りあえずは……。
「あァ、そうだな……」
俺の返しにナミは半分ホッとしたような、けれども何処か寂しそうな顔で笑う。それからわざとらしく空の器に手を伸ばす。
「お皿片付けながら、お酒持ってくるわ」
なんてわかりやすい言い訳で逃げようとするのか。立ち上がろうとするその腕を掴んで、引き寄せるとそのまま胸に閉じ込めるようにして抱き締める。
俺の腕の中に落ちて来たナミは、慌てた様子で離れようとするが、俺はそれを許さずに、甲板へとナミを押し倒して首筋に唇を落とす。
「んゃ……ぁ!ロー!何す「月が、綺麗だって?……なァ、ナミ?」」
怯えたような、驚いたような顔で俺を見て……小さく体を震わせる。それがどれ程の劣情を誘うか、ナミは知らないのだろうか。
いつまでも初で、こうした事だけはいつまでの子供のようで……その美しさを持て余しているようなナミは、いつも俺の心を簡単に震わせる。言い逃げなんざ、許す訳ねェだろ。
言葉にしなかった俺の言葉に返すように、挙動不審になったナミが誰かが来るかも知れないと、蚊の鳴くような声で言い出す。だがなァ……誘ったのはナミだろう?
逃がすつもりなんざ、初めて出逢ったあの日から無いのだから、大人しく月にも嫉妬される程の美しさを、俺にだけ見せていれば良い。誰に見られたとしても、俺は1向に構わねェと月光に素肌を晒してしまえば、ナミにはもう、声を抑える他の選択肢などある筈も無い。
「本当に、綺麗だな」
それは、月が綺麗なのか。そんな野暮な問い掛けをする者は何処にも居ない。
その代わりと言うようにナミがそっと息を吐き出してから、誘うように微笑む。それにより何だと動きを止めれば、ナミは貪りたくなる唇を動かして言葉を紡ぐ。
「月が綺麗ね、ロー」
それが誘い文句意外の何だと言うのか。甲板でそれを口にした愚かさを呪えと、俺はその場でナミに貪りついた。
お楽しみ頂けていますでしょうか。これからもよろしくお願いします。