甲板でベポを枕に寝ていたら、羽音か聞こえて目が覚める。シャチが釣れたと叫んだ事で数人が奇跡だとか、不吉だとか呟いているのが聞こえて体を起こした。
どうやら本当にシャチが大きな魚を釣り上げたようで、雹でも降るのかと思わず空を見上げる。……ナミの顔でも見て来るか。
「キャプテン、起きちゃうの?」
「あァ、ナミに確認したい事があるからな」
「……ならこれ、ナミに確認して貰える?あのさ、キャプテン」
「ん?」
差し出された物を受け取りながらベポを見れば不安そうな顔をしていて、どうしたのかと思う。手渡されたのは海図で、お世辞にも綺麗だとは言えないが最近はそれでも随分と上達したのを知っている。
「どうして俺を航海士のままにしておくの?」
「……は?」
「ナミは天候読めるし、海図も地図も綺麗に描けるし、俺より全てが上回っていて、指示も的確だよ!なのに、どうして……」
「ベポは何も知らないただのシロクマだった。虐められても、反撃さえ出来ず、泣く事しか出来なかったベポのその頃を俺も覚えている。そこから俺達と共に海に出るんだと戦い方を学び、航海術を身に付けたんだ。……航海士を任せるのは当然の事だろ」
「でも……!」
たまにナミが、ベポの努力を認めてあげてねと言っていた意味が漸く分かった。コイツ、気にしてたのか。
「ナミと比べるな。アレは、ベポの師匠だろうが。……それに、ナミには他に仕事が多過ぎる。ベポが航海士をやらねェと過労死するぞ」
「あ……!」
「ナミを、助けてやってくれ」
「キャプテン……」
「……それに、アイツは戦えるのに戦えねェ。だから、極力船内から出したくねェんだよ。測量もベポ達がやってくれる事で、表に出さなくて済む分助かってるんだ。……わかるな」
「アイアイ!キャプテン!」
最近はベポが描いた海図や地図を元にナミが綺麗に描き直して、ベポにはそれを渡して練習させている。そうしつつも、俺達にはベポの描いた手直しされた物を寄越すようになっているのだ。
そうする事で、ベポが上手くなる必要性を高めている。だからこそ、これもこれからベポが描き直すのだろうと思う。
ナミはそうして集めた、多くの海図や地図をある程度纏めて本として出版していて、その本を元にやはりベポはまた練習を繰り返している。ナミは夢を追えて、ベポは上達出来る良い状態をキープしていると思う。
そんなベポにナミは良く付き合い、上手くなるのに近道は無いから、まずは自分より上手い人のそれを真似して何度も描くしかないのよと言う。そう言いながらも、ナミは事ある毎にペンを購入したりして熊であるベポに持ちやすいペンを探したりしている。
互いに必要のある関係性で、これ程近くてもすれ違うのか。ベポもナミを大好きだと臆面も無く言い、ナミもまたベポを大切にしている。
なのに、こんな事になるとはと少し考えさせられる。そうしてナミの部屋のドアを開けると、1人で箱を見て嬉しそうに笑っている姿が飛び込んで来た。
……あの顔は、家族関連だな。そう思って箱を見れば差出人がノジコで、深い溜息を落とす。
強敵すぎて戦う気にもならねェよ。そんな俺にナミの指先が触れる。
どうしたと思ったら口の中に甘味が広がり……見れば、ナミは得意そうな顔をしている。どうやら姉に貰ったマシュマロを俺に寄越したと分かれば、有難くは思えねェが1応感謝の意を伝えておく。
そんな俺にそうでしょーなんて言うナミは少し幼く、それだけ姉を好きなのだと突き付けられた気がした。……俺も、ラミが居たならそうなっていたのだろうか?
その時スっと差し出された飲み物を受け取り、代わりにベポからのそれを渡せばナミはそれを見て真剣な顔になる。手渡された飲み物が焙じ茶なのは、ナミがババ臭いのかなんなのか。
会話は無い。だが、俺はこんな空気は嫌いじゃない。
ナミは海図を机に置くと窓の外に視線を向けて、優しく穏やかな笑みを浮かべた。それを見て俺はそっと部屋を後にする。
ナミに話しておきたい事は多いが、珍しく穏やかな様子を見せるナミに、僅かな時間でも心の休息を得て欲しいと考えたからだ。ホワイトデーに何が欲しいかなんて聞くのも、考えてみればヤボだよな。
鬼哭を見て実際使いやすくなったと思う。だからこそ、ナミには何かちゃんと礼をしないとな。
何が、良いだろうか。同じ紐関連でと考えるが、妙案は何も浮かばない。
それから数日後、ホワイトデー当日。俺はナミを連れて予定通りに着いた島に降りた。
鉄扇の持ち手の部分に付ける飾り紐をナミに選ばせてやろうと思ったからだが、ワノ国と似た製品が多いと聞いて寄ったこの島は何とも珍しい物が多い。だと言うのにナミは何処か楽しそうにしていて、なんだろうと持ち上げる度にそれが何であるのかを丁寧に教えて来る。
まさか、ナミの髪色でワノ国出身とは考えられねェし、偉大なる航路の後半の海にある事を思えば余計に有り得ねェと思う。その時ナミが楽器を扱う店の前で足を止めた。
「どうした?」
「お三味があるなと思って……」
ギターと似た形の楽器があり、ナミがそれを見ていると分かる。だが、弦の数が少なくなればなる程に、楽器とは難しかった筈だが……。
「弾けるのか?」
「1応、ね」
「……待ってろ」
少し寂しそうに答えたナミを見て、予定とは違うがこれなら確かに潜水艦の中で演奏したりするのにも便利だろうと判断した。そう思って購入したそれを手渡せば、ナミは泣きそうな顔で笑う。
懐かしそうにそれを震える指先で撫でて、微かに震える声でありがとうと呟いたので、近くのホテルにその肩を抱いて入る。部屋に入るとナミがそっとその楽器を爪弾き始めた。
なのでそれに耳を傾ければ、それは歌も何も無くただ本当に爪弾いているだけだった。少し物悲しく思えるような表情は何を思っているのか。
それが終わるとナミはそれをそっとテーブルに置いて、それから俺に飛び付いてきた。柔らかなナミの体を抱き留めれば、いつもと変わらねェ蜜柑の香りが鼻腔を擽る。
「ありがとう……これでまた、曲を書けるわ!」
「そうか、良かったな」
「うん、大切にするわね……!」
絶対に何か違うと思いながらも、今はまだ騙されてやるかと小さく笑う。だが、男と2人の部屋で、男に自分から抱き着いたんだから、少し味見するくらい良いだろう。
体への負担があるから、もう少し繋がらずにいてやるが、1切の手を出さねェとは言ってねェ。何も分かっていない様子の兎を組み敷けば、兎は頬を赤く染めて顔を背けた。
ホワイトデーに形あるお返しを、心を縛る赤い紐の代わりにと男は物を贈ったが、それだけでは足りないだろうとただその体の熱を高める。女はそれに翻弄され、潤んだ瞳で男の理性を無意識で破壊しようと行動する。
幸せな恋人達が、このまま末永く幸せであるようにと祈るように、外では新芽が風に揺れた。
まさかの、鬼哭の紐ネタでしたー。完全に捏造ですので、信じないでくださいね。