食堂に向かいキッチンの方を覗くと、人集りが出来ている事に気付く。何事かと思い、その奥を見ればナミが1人で動き回っているのが見えた。
成程〝宝玉〟として何か作ってるらしいと気付けば、俺もそのキッチンに足を踏み入れる。間近で見ているのも、楽しそうだと思っただけなのだが。
「あら、起きたの?」
「あァ、おはようナミ」
何気無い挨拶、何気無い日常。俺が求めていたものは、結局はこれだったのだとしみじみと思う。
「何してるんだ。こんなに人を集めて」
「勝手に集まってきたのよ。朝食も終わったから、夜の為にケーキとか色々作りたかっただけなのに」
成程と思い近くにあったエプロンに手を伸ばす。それを身に付けて、ナミの髪を覆っている布が邪魔だなと思いながらその頭を撫でる。
「手伝ってやる」
「料理、出来るの……?」
「簡単なものならな」
「知らなかったわ」
思わずと言った様子で呟いたナミの指示に従いながら動きつつ、答え合わせのように話してやる。多分これで納得してくれるだろう。
「コラさんと2人で旅をしていた事がある。その時、コラさんに任せるとコラさんが燃えるから仕方無くと言うべきか、必然的なものと言うべきかって所だな」
「……そう言えば、そうだったわね。……ローちゃん、苦労したのね」
「だから、ちゃん付けで呼ぶな!」
昔の癖でついなんて笑うナミに、全くこいつはと言いながらも本気では怒る事も出来ねェ現実。ケーキにサラダにと、一瞬も止まる事なく大忙しでいくつもの料理を作って行く姿を眺める。
甘い物、辛い物、シンプルな物、多くの物が作られて行く。その中に可愛い見た目の物も幾つか用意されている事に気付いた。
「なんだ、これ」
「クリスマスだから、可愛い物も作ってみたのよ。ベポとかイッカクが喜ぶかなって……。駄目だった?」
「食材が無駄にならないか?」
「切れ端はスープやソースに使用しております。ご安心ください、キャプテン」
言って笑うナミは少し幼く、それでいて妙に楽しそうだ。汗を拭う為に袖で顔を擦った時にでもついたのか、頬に生クリームが付いていてそれを無意識で舐め取る。
「ふきゃぁ!?」
何語だそれは。そうは思うが真っ赤になって混乱していては流石に危険だとその腰を抱いて、体を支えてやればナミから湯気が立ち込めそうな程になっている。
何故未経験でも無いのにコイツはこう……初心なままなんだ。罪悪感と悪戯心が刺激される。
「このまま食っちまいたい」
「だ、めで、す!」
「何故?」
「皆に、見られ……!」
「もう誰もいねェよ。俺がここに入って料理を作り始めてからは、出歯亀になるから持ち場に行ったんだろ」
俺の言葉で漸く2人だった事に気付いたらしく、少し肩の力を抜いたナミが珍しく甘えるように俺に頭を預けて来た。そして、俺の腕を掴んで小さく名を呼ぶ。
そういやこうした時間は中々持てなかったなと気付けば、寂しい想いをさせていたかもしれねェと気付く。そんな俺を見上げて、ナミは笑う。
「……ロー、今日のパーティだけど……あのね」
そこまで言って続きを口に出しにくそうにしているから、何となく言いたい事が分かり、頭に手を置いてやる。それに驚いた顔をしたナミに笑いかける。
「俺とナミの分だけ別にしておけよ」
「え?」
「俺も、食いたいからな。ナミの作った物をクルーだけが食うなんざ認めねェ」
言えばナミは照れたように、けれども嬉しそうに笑って頷いた。それから何故か他とは違う器に何やら用意し始めたのは魚で、何をしているのかと思ったらおかしそうに笑った。
「ローって和食っぽい物で、手軽に食べられるもの好きでしょ?だから、そっちにね、肉巻きおにぎり作ってあるのよ。メインは魚で作るつもりでいたの」
「ナミは、俺を甘やかしすぎじゃねェか?」
「好きな人には、甘くもなるわ。ケーキも苦手だと思ったから、小振りのフルーツポンチにしてあるのよ。さっき冷蔵庫に入れて貰ったのがそれよ」
そう言ってから、皆には内緒ね?なんて悪戯に笑うとさっさと続きを作り始める。完成した物を台に並べて、それから何故か普通のおにぎりを大量に作り始めて、それと同時進行でスープを作る。
何をしてるのかと思ったら、魚、昆布、個別なんて言いながら皿に3個ずつのおにぎりを乗せて、スープを盛り付けていく。それをトレーに乗せると、当然のように俺に差し出してくる。
「人数分これ作るから、食事室に置いといて。夜、ここにある物だけを皆が食べるなら、もう少し作り足さないと足りないもの」
「昼飯か。俺のはどうするんだ?」
「おにぎりの中身、好きなので作ってあげるわ。……特別よ?」
ニッと笑ったナミにつられて俺も笑う。クルーの人数分と俺の昼食を用意して、ナミは続きを作って行く。
手際の良さに少し驚きつつ、出来ない事の本当に無いやつだなと驚かされる。おにぎりを食べ終えた俺が手伝うと言えば、助かるわと言って手伝わせる辺りはチャッカリしていると思う。
いや、漸く頼ってくれるようになったと喜ぶべきかも知れねェな。……まァ、笑っててくれるならそれだけで良いと思える時点で、俺に勝ち目はねェんだが。
ナミから頼まれるのは、固い食材を切ってくれだの、重い物を動かしてくれだのが大半だが……中々に楽しい。その途中で隅に追いやられている鳥を見付けて、それをどうするのかと声をかけると、ビクリとその肩を揺らされた。
「……そうよね、ローは医者だし、ねぇ……お願いがあるの!」
「珍しいな。なんだ?」
「やり方指示するから、本来のメイン料理作って」
「…………はァ!?」
大声が出たのは不可抗力だろう。ナミが言うには、内臓の無い鶏で作ってたから、内臓の処理が出来なかったのだとかで……なんだ、内臓のない鶏って、生きられねェだろうが。
それから視線を反らしたナミの指示を受けつつ鶏の腹を割いて、内臓を取り出して行く。肉と皮だけになるように骨も取り除いたそれを渡せば、嬉しそうに血を洗い流して臭み消しと味付けと言いながら鶏のその後はナミが何やら1人でやっている。
鶏の内臓も何かにするらしく、茹でてくれだのなんだのと言われてそれに従いつついくつもの鶏から内臓を取り出して行くと、それが区切りになる頃にナミが嬉しそうに出来たわと言って鶏の中に何かを詰めて行く。その手付きが怪しく、代わってやると流石は外科医と妙な感心をされるが、そんな感心のされ方してもと少し思う。
内臓が入っていた時とほぼ同じ見た目になったが、中身は穀物と細かく刻まれた肉や野菜だ。その鶏を見て糸と針を取り出したナミに、やってやるからと割いた腹を手術の要領で縫えば驚愕の視線を向けられた。
「ローって、裁縫できたの?」
「裁縫出来ずに外科医がつとまるか。傷口を縫うだろうが。開きっぱなしに出来ねェんだから」
どうやら盲点だったらしい。そうして骨や内臓の代わりに別な物を詰め込まれた鶏肉の塊は、ナミの手により中身入りのローストチキンとやらに生まれ変わった。
他のチキンの3割程度しか無さそうな小さなそれを俺達用にと取り分けたナミは、俺と鶏を見比べて1人頷いている。どうやら納得の出来栄えらしい。
「流石はプロね。中身が飛び出してないわ」
「中身が飛び出したら問題だろう」
呆れたような声を出す俺に、ナミは気恥しそうに笑うと本当にありがとうと言った。そうして用意が整う頃には夕方になっていて、2人の分だけ大きめのトレーに乗せたナミが持って行こうとするのを奪う。
「これこそ、俺にやらせるべきだろ」
「あ、そっか。ありがとう」
「……そういや最近コラさんと行動してたもんな。悪かった」
俺の言葉にコラさんは好きなんだけど、頭もいいし実力も有るんだけど……なんてブツブツ言い始めるから、色々あったんだなと思う。あの人のドジは既に奇跡の領域だ。
俺の部屋に料理を運び、ナミを招く。基本的に俺がナミの部屋に行くからかナミは少し物珍しそうに中を見ている。
「……本は、買わなくても大抵揃うから助かってる。基本的に〝宝玉〟の物だ。違う医学書も幾つかあるが……興味があるのか?」
「本しか無いわね」
「ナミにだけは言われたくねェ言葉だな」
机に料理を置いて互いに笑い合う。最近こんな本を見付けただの、こんな資料が欲しいだのと、楽しそうに話すナミがふと何かを思い出した様子で突然立ち上がる。
「すぐに戻るから!」
そう言って飛び出して行ったが、向かった先が自室の為どうしたかと思う。その直後小さな悲鳴が聞こえて来て、仕方ねェと立ち上がる。
様子を見に行けば大量の箱が積み上げられていて、何だこれはと思う。悲鳴はこれが崩れた為か。
「……皆にクリスマスプレゼント。皆ツナギ着てるし、帽子は自前のがあるから全員お揃いのマフラーなんだけどね。ちゃんと、マークも両端に入れて置いたし、色も間違えてないと「て事は、全て手編みか。いつ寝てたんだ」」
俺の問い掛けにマフラーなら集中してれば1本3時間あれば編めるものなんて言い出すが……そんなもんか?本当にそんなんで編めるのか!?
食堂に運んでおきたかったと言うナミに、退いてろと言って樽1つと入れ替えてやればありがとうと微笑まれた。それから俺に細い箱を差し出して来る。
「メリークリスマス、ローには手作りじゃなくて悪いけど……」
そう言われて受け取った物を開けてみればメスで、いつも俺が使っているのと同じ物だと気付く。どうやって手に入れたのかと思って視線を向ければ、クーちゃんに不可能は無い!と、謎の言語を話し始めた。
とりあえず、メスは消耗品だからとありがたく貰って……俺は何も用意してないと気付く。さて、どうするか。
とりあえず部屋に連れ戻して、2人で適当な会話を楽しんでいたらその耳に穴が空いてないと気付く。
「ナミ」
声を掛けて耳に触れる。それにピクリと反応したナミにここに穴を空けさせろと言えば、ほんのりと赤い顔を俺に向けて来る。
「……痛く、しない?」
散々拷問だとかに耐えてきた癖に、なんだその反応は。俺をどうしたいんだ。
そんな可愛い反応に困らされつつ、俺を信じろと言えば嬉しそうに笑ってお任せしますと言う。だがとりあえず今夜は、2人だけでのんびりとクリスマスを楽しみたいものだと笑う。
Merry Christmas……その身に刻む全ての傷は、俺の付けたものだけにしろと心から思う。俺の全ては既に、お前に囚われているのだから当然だろうと心で小さく呟けば、暖かな温もりに包まれた俺の顔には自然と笑みが浮かんでいたと気付かされる。
え、今は真夏?
知らんがなそんな事。