初めの揉め事は、ドレスの種類だった。色も含めて、ロー達に選んで欲しいと笑った私に、皆がローと共に揉め始めたのだからある意味私の責任かも知れないけど。
普通の女の子なら、瞳を輝かせてドレスを選ぶのかも知れないけど、私は皆が選んでくれたのが1番な気がして丸投げしてしまったのだ。その中でローは、マーメイドが1番似合うと言い張り、ロシーはウエディングドレスなんだからふわふわしたデザインが良いと言う。
それならばワインにしたらどうかなんて意見が飛び出せば、ローからウエストからのヒップラインが美しいのにそれが分からなくなるとかって、そんな言葉が飛び出す。……確かにこの体のラインは美しい。
そう思えば悩むのもわからなくは無いけど……。そう思っていたら、論議は白熱し今にも戦いになりそうになっていた。
「ロー、私の身体のラインはローだけが知っていたら、充分なんじゃない?」
こう言えば、他の意見を全く受け入れなかったローが意見をガラリと変えた。肩の刺青が見えるドレスで動きにくい物の方が、傍から消えないかなんて言い出したのだ。
取り敢えずは落ち着いたなら良かったと思って笑えば、クルーから流石はナミなんて意味のわからない言葉を向けられた。その後も白熱している皆を眺めつつ、私はそっとその場を後にする。
結婚式は何処でやるつもりなのか。そして……誰を呼んでくれるのかな。
私としては、やっぱりベルメールさん達には会いたいけど……東の海だもの、難しいわよね。そんな事を考えながら蜜柑の葉を撫でれば、少しだけ気持ちが落ち着いた気がした。
それでも結婚式は随分先だろうと思っていた私は、のんびりとペンに手を伸ばす。何時になるかも、場所も分からないけどとちゃんと書いた上で、それでも愛する家族とシャンクス達には、結婚しますと手紙で伝えたかったのだ。
1方通行のそれでも、連絡しないよりはマシだろうと思ったからだ。祝福されたいなんて、そんな贅沢は思わないけど、報せる位は許して欲しい。
それから数日後、結婚式は
荒野と呼ぶべきか、廃墟と呼ぶべきか。それでもここが何処なのか、言われる前に分かってしまった。
真っ白な建物が並ぶその場所。けれども、だからこそこびり付いた微かではない黒い跡が、この場所で何が起きたのかを物語っている。
「俺が、提案したんだ。ナミには、悪いと思ったが、ローの家族にも報告したくてな」
そう言って苦笑したロシーに、ありがとうと微笑む他、何が出来るだろうか。ここは元〝白の街〟……珀鉛病になった人々が、その理由を隠蔽する為に助かる筈のその命を無残にも奪われた……悲劇の街〝フレバンス〟。
「私とローが結婚するには、最高の場所ね。建物になった物質には毒性なんてないし、全てが白いから……確かに式場としても最適だわ」
墓はない。死んだ人達の遺体は、処分されたのだから。
つまりは、ある意味でこの場所その物が彼等の墓であるのは間違い無い。ローの大切な人達が痕跡を残している場所があるとするならば、ここだけだろう。
……これが、この世界の闇。どの世界にも闇はあるし、綺麗なだけの世界なんて存在しないのは分かってるけど……。
「ナミは、キャプテンの過去を知ってるんだよね。だけど、泣かないで。今日はキャプテンとナミの大切な日だよ」
ベポに言われて、私は漸く泣いていたのだと気付く。それを強引に拭おうとした所で、いつ近付いてきたのか分からないけど、ローに抱き締められた。
その温もりに安心して、止めようとしていた筈の涙が止まらなくなる。私には、泣く権利なんて無いのに。
「ナミは、優しいから泣くだろうと思っていた。涙が落ち着いたら準備するから、焦らずに今の内だから泣いとけ」
「ロー……」
「二度と、来るつもりは無かった。ここは、世界を滅ぼすと誓った地であり、俺にとって……良い思い出の殆ど無い、優しくも残酷な土地だからな」
家族や友人との思い出が大切で、愛しいからこそ、ローにとってはつらい場所。そんなのわかり切ってたのにね。
そう思って小さく頷いたら、ローがそっと私の額に口付けた。それにより顔を見上げれば、困ったように笑ってローは言う。
「それでも、俺が愛した人達は、ナミを見たら喜ぶだろうと……そう、思ったんだ」
ローの声は穏やかで、ずっと考えていたのだろうと分かる。ロシーに推薦されたからって、嫌ならローは断る筈だから、ローがちゃんと時分で考えて決めたんだろうって事に遅れて気付く。
「俺の家族や、友人、世話になったシスターは……皆、馬鹿がつく程のお人好しで、何処かナミと似てたからな」
「それ……褒めてない」
「あァ、褒めてねェよ。……父様も、母様も、最期まで人に尽くして、苦しみの中で生きて、絶望の内にこの世を去った。それでも、きっと……誰の事も恨んじゃ居なかっただろうと思うんだ」
静かな声だと思った。だからこそ、遮る事が許されない気がしている。
「お人好しだったんだよ。底無しの、な。ナミと似てるだろ?」
肯定する事も否定する事も出来ず、静かにローを見上げれば、口元を緩やかに笑みへと変えて、けれども瞳だけで泣くローがいる。そんなローを私は、ただ抱き締める事しか出来ない。
今はどんな言葉も、陳腐なものにしかならないと分かる。だから、せめてその心に蟠っている思いを、吐き出させたかった。
「救いはあると言って、子供だけは助けて貰えるなんて嘘を信じて、守ろうとした子供達を目の前で殺され、その後に自らの命も奪われたシスターとナミは、本当に良く似てる」
その言葉で、どうやらアーロンの言葉を信じてお金を稼いでいた事を揶揄されてるのだと気付く。……まぁ、言われてみれば確かにと、思わなくもないけどさ。
「この結婚式が終わったら、俺は海賊と呼ばれる奴らの心臓を狩っていくつもりだ。それがある程度集まったら、それを手土産に七武海の地位につく」
「ロー?」
「ナミと、コラさんをドフラミンゴから守るには、それが最適だと判断した。異論は認めねェ……!だが、その渡す心臓に加える意味の無い物が含まれている」
「え?」
心臓がドクリと大きく脈打つのが自分で分かる。血の気が引いていくのを感じる。
空気が変わってる。ローが、静かに怒りと悲しみを爆発させようとしているのが、伝わって来る。
「
「辞めて!確かにアーロンの事は憎いわ。今でも怨んでるし、寧ろ呪ってるかも知れない!……でもね、その過去も含めて私なの!私は、もう誰にも、死んで欲しくなんてないのよ……!」
言葉を口にした瞬間、深く重なった唇。そして、合わさるそれから伝わるのは、ローからの深過ぎる愛情。
僅かに離れた唇の隙間で、ローが囁くように言った。微かに声を震わせながら。
「そんなナミだから、愛したのかもな」
「ロー?」
「涙は止まったな。ならさっさと準備しろ。こちらの用意は済んでる。……イッカク!任せたぞ!」
その言葉と共にイッカクとベポに拉致されて私は1つの建物に押し込まれて、身支度を整えさせられる。ドレスはプリンセスラインの物が採用されたらしく、無駄にゴージャスだと思う。
ローの事だから、可愛い系より美しい系で選ぶと思ってたから少し意外。シンデレラ等のお姫様が着ているデザインのドレスで、Aラインとは違い胸が大きくても可笑しくならないのが特徴。
「可愛いわ……」
「そりゃ、ナミの為にキャプテンが選び抜いたドレスだから、当然!」
「イッカク、私にこれ、似合うと思う?」
分不相応って気がするのは気の所為?
「ナミは大人びてるし、落ち着いててキャプテンと並んで見劣りしないけど、顔立ちと本質は可愛いんだから、これが似合うと思ったキャプテンは正しいと思うよ」
……そうだった。このハートのクルーって皆ローに心酔してるから、ローの選んだ物に間違いなんてある筈無かったんだったわ。
諦めの胸中で身支度を整え、仕上がりを鏡で見せてもらうと、冗談抜きで可愛い。あまりの可愛さに、思わず鏡を凝視して、心で叫ぶ。
ありがとう!ナミちゃんの身体!
その時表が妙に騒がしくなり、ひょこっと顔を覗かせたら、イッカクに見てくるから大人しくしててと叱られてしまった。……何だろう?
それから少しすると、建物に数人の人が押し掛けてきて……私は呼吸を止めてしまう。だって……。
「「「「ナミ!!」」」」
「ベルメールさん、ノジコ、ゲンさん、ドクター……」
今は涙を流しちゃ不味いのに、突然のそれに夢かと思いながら見つめるしか出来ない。そんな私を乱さない程度に抱き締めてくれるベルメールさんとノジコに、身体が震える。
「手紙が届いて、お祝いできないのが寂しいねって話してて……そうしたら、その翌日に海賊船が来たのよ」
「怪我は!?」
ベルメールさんの言葉に食いついた私をノジコが宥め、それから笑った。悪戯に成功したみたいな顔で。
「お迎えに上がりましたって、赤髪のお兄ちゃんがね」
そう言われて、まさかと思う。だって、場所も時期もわかんないって書いたのに。
そんな風に動揺する私に、ノジコは説明してくれる。多分だが……と言いながらシャンクスが村の人達を皆連れて、この場所までお祝いに来てくれたのだと言う。
それにより色々な感情を持て余して、即座にシャンクスの元へと飛び出そうとした私を引き止めたのは、ドクターの鋭い声。幼い頃から、私はドクターのこう言う声に弱い。
「行くな!……主役は、父親と共に行くもんじゃ」
「ドクター……でも、私……」
「儂が父親では、不満か。ナミ」
そう言われてゲンさんに視線を向ければ、不安そうな顔をしているのが見えて、首を横に振ってから飛び付いた。そんな顔しないで欲しいと願って。
だって、この世にいる、私の唯一無二の父親はゲンさんなんだから。後からの誰が父親だと名乗り出ても、それは認めないと決めているの。
「お父さん、来てくれて、ありがとう」
「……っ!ナミ!」
「お爺ちゃん、ゲンさんを後でお願いね」
「……あァ、わかっとる」
絶対面倒な事になると分かるから、ドクターにそれを伝えたら神妙な顔で頷かれた。それに安心して、私は視線をベルメールさんとノジコに向ける。
「お母さん、お姉ちゃん、育ててくれて、愛してくれてありがとう。私、ローを幸せにするわ!」
私の言葉に2人は笑いだして、ナミらしいねと言う。〝幸せになるんだよ〟とは、2人は言わなかった。
その代わりに〝ちゃんと生きてね〟と言うのだ。だから私は笑う。
「大丈夫、中々死なせて貰えないわ。ローはね、世界一のお医者様なんだから」
自信を持って言った私の言葉に、家族は顔を見合せて物騒な医者だねと笑いだした。それからゲンさんに伴われて表に出ると、教会への道も含めて、懐かしい顔が並んでいるのが見える。
言葉を向けて、抱き着いてなんて、勿論今は出来ない。けど私は、村の人達や、クルー、赤髪海賊団の皆の笑顔に見守られながら歩いていく。
ゆっくりと。その顔を、姿を、目と心に焼き付けながら。
教会の入口にいた真っ白な装束に身を包んだローがいて、ゲンさんからローへと手が移動させられる。そして見上げたローの左頬が赤くなっていて、えっと思って息を飲めばそれに気付いたローが、眉を微かに寄せた。
「〝義父さん〟から、挨拶くらい来いと言われてな。だが……大切な娘を無言で攫おうとしたんだ。1発くらい、仕方ねェと甘んじて受けた」
「ごめんね」
「……いい、家族だな」
「……っ!あり、がと……」
「行くぞ」
涙を堪えて先へと進めば、入口でもたついてる間に中に移動していたらしい皆に囲まれて、私達は祭壇の前に進む。そこで、聞き馴染みのあり過ぎる声が降って来た。
「可愛い新婦及び、憎らしい新郎よ、何があっても互いを尊重し、無理は禁物を合言葉にこの先死に急がねェと誓うか?」
「……シャンクス?」
誓うか誓わないか以前の問題である。なんだその言葉は、そして貴方はそこで何をしているのか。
混乱して名を呼ぶしか出来ない私に、不機嫌そうな顔したシャンクスが視線を向けて来る。ローも流石に、それには疲れたような声を出した。
「……初めて聞く誓いの言葉だな、おい」
「誓わねェならナミはやらねェし、ナミも嫁に行かせねェぞ」
大好きな兄であり、尊敬する師匠である筈のシャンクスはそう言って真剣な顔をするから、私はローを見る。その時視線が絡めば自然と笑顔になり、同時に頷くとシャンクスに視線を戻した。
「「誓います」」
「残念だ!畜生!認めてやるから、幸せになりやがれ!」
想定外の祝いの言葉を向けられ、誓いのキスをと周りから叫ばれる。それに合わせてローと唇が合わさる瞬間、シャンクスがやっぱりダメだと叫び暴れようとしたのを、銃で殴り飛ばすベックが居た。
それと同時刻、ゲンさんが大号泣の上暴れようとしたのをドクターに抑え込まれると言う、騒がしさ。そんな中で私は、ローとこの先を生きると誓ったのだ。
こうして、私の名はトラファルガー・D・ワーテル・ナミと言う、長ったらしい物へと変わる。初めての、ファミリーネームであるそれに浮かれそうになる自分を必死で抑えて、同時に隠し名の意味を強く思う。
対外的には、トラファルガー・ナミだから間違えるなよとローに囁かれた私が頷くのと、視界が突然変わったのは同時で、突然主役の消えた会場が大騒ぎになったのは当然の事だろう。その後主役の2人の姿は、何処を探しても数日間確認出来なかったらしい。