※この作品はR-18です。

光源氏シリーズ   作:夢枕 七変化

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忘姫(光源氏18)

 結婚式が終わるのを待てずに、ナミを攫うようにして連れ去ったのは、余りにもナミを狙う男が多かったからと言うのも勿論ある。クルーに式の準備や点検をさせている間に俺が用意していた、懐かしき俺の部屋に連れ込んで可愛がったのは、まだ記憶に新しい。

 部屋の中を見て、もしかしてと言ったナミに頷けば優しく笑ったその顔が母様と重なったなんて、そんな事を知られたら暫く弄られそうだ。優しく頭を撫でてから、ありがとうと言われた俺はそれだけで幸せだと思えた。

 その後文字通り抱き潰した俺をナミは困ったように見て、皆に謝らなきゃと呟いたので俺も流石に反省した。それから俺達……とは言え大半がナミを探し回っていた所へナミを抱いて帰り、宴をやり直し、全員が帰路についたのは半月程前だ。

 つまり今は通常ならば蜜月と呼ばれる筈の時期であり、新婚旅行なるものに連れ出してもいい筈の時期だ。だと言うのにナミは今、ベポにかかりっきりである。

 

 「上手くなったわね!やっぱりこの定規良いでしょ?」

 「うん!こんなに変わるとは思わなかったよ。ありがとうナミ!」

 「ふふ、なら次は難易度上がるけど、こっちの海図をトレースして見て。これはね……」

 

 永遠とこんな様子でベポの指導をしている。色恋に関するものでは明らかにない上に、流石にベポにまで悋気を起こすつもりはねェが……。

 虎男は同じベッドを使っていたから移動させただけだ。兎子も移動させてやったんだから、文句は無いだろう。

 クルーもあのぬいぐるみには癒されてるらしいから、騒ぐのはナミだけだ。2度程勝手に部屋に戻したナミに、次に部屋に俺以外の男を連れ込んだら海に落とすと言ってやったら戻さなくなったのをふと思い出す。

 ぬいぐるみを思い出しつつ、ベポとナミの様子を近くで眺めつつ本を読んでいれば、どうやら他のクルーからは穏やかで優しい日常に見えるようだ。微笑ましそうに、何故か俺まで含めた3人を見てくる視線が時にウザい。

 その理由は、ナミが完全に俺を放置しないところにもあるだろう。ベポが必死で描いている間に傍を離れて、戻って来ると甘過ぎないクッキーと、甘いクッキーを飲み物と共に持って来るのだ。

 俺とベポの近くにそれを置いて、ナミは自分の分としては飲み物と果物を用意してから、やはり何かを書き始める。そしてベポが唸るとそちらに近寄りどうしたの?なんて聞いていた。

 そんな日常過ぎるそれを打破したくて、コラさんに聞いたとある島へ今は向かっている。夜景が美しく、恋人のデートスポットとして人気なBARがあるらしい。

 そのBARは、ホテルの中にあるらしいので、そのまま新婚旅行は無理でもホテルにこもる位は許されるだろう。そうして連れ出したBARでナミに好きな物を頼めと言えば、穏やかな顔で微笑むそれに俺は癒される。

 

 「夜景が綺麗だと聞いたから、連れて来てみた。結婚してから、ゆっくりする時間が無かっただろう」

 「ロー……ありがとう」

 

 結婚して漸くローちゃんから、ローになった呼び名にふと笑う。勿論咄嗟の時等はローちゃんに戻るが、まァどちらでもナミが呼ぶなら構わねェと思ってる。

 他愛無い会話をしつつ、ナミの頼む酒がアルコールの塊でしか無い事に僅かに頬を引き攣らせていると、メニューにその視線が固定されたのに気付く。それを辿ればノンアルで、お前に関係無い欄だろうと思っちまう。

 

 「私の書いた作品に〝白雪姫〟って言うのがあるのは知ってる?」

 「あァ、死体性愛の病気持ち王子の話だったな」

 「……否定はしないわ」

 

 何故かそう嫌そうに言った直後、本当に嬉しそうに笑うから、俺はその顔に見惚れる。……ダメだ、何してても可愛く見えちまう。

 恋とはなんと厄介な病なのか……と己に思うが、ナミはカクテルグラスの中身を飲み干しつつ、艶やかな唇から言葉を紡ぐ。アルコールに濡れた唇は、俺を誘っているようにしか既に思えねェ。

 

 「騙されて毒の林檎を食べさせられたお姫様は、王子様からの優しいキスで息を吹き返すんだけど……まぁ、実際には有り得ないわよね」

 

 夢見るように遠くを見詰めて紡ぐそれは、叶わないと諦めていると伝わって来る。その様子に、どうして諦めちまうのかと思う。

 

 「好きな人からのキスで目覚めるとか、憧れるわ」

 「キスで毎朝起こしてやろうか?」

 

 お前の願いなら、なんでも叶えてやる。そう思って口にした言葉にナミは照れたように笑って、肯定した。

 

 「……お願いしちゃおうかな」

 

 その言葉の破壊力に俺が息を飲んでる間に、そっと立ち上がったナミが傍を離れる。それに嫌なものを感じて止めようと手を伸ばしたが、残念ながら止め損ねた俺の目の前でナミは頭を強打してしまう。

 慌てて抱き上げた俺の手に縋るように、ナミはその手を伸ばして願う。名を呼ぶしか出来ない俺に、虚ろな視線を向けながら。

 

 「かなら、ず……むかえに、き、て……」

 

 何処まででも迎えに行くから、せめてビブルカードを持って行けと心から思う。だが、完全に意識のないナミをそのままには出来ねェ。

 脳震盪等である可能性が高いかと思いながらも、念の為頭を揺らさないように心掛けながら抱いたまま立ち上がる。どこかでスキャンして問題の有無を確認しなければと思った時、慌てた様子でかけてきた奴等から話を聞けば自然と眉間に皺が寄るのを自覚した。

 ……慌てて紡がれる言葉を要約すると、何か問題があっては困るから用意したホテルの部屋に泊まって欲しい事。どちらにしても、酒とホテルの代金は気にしなくていい事を告げられる。

 

 「何があるんだ。酒を出している限り倒れる客そのものは少なくねェ筈だ。それなのに倒れた客全員にそんな対応していたら、どう考えても赤字だろう」

 

 何かあるのは間違いないと判断して、ナミを抱く腕に自然と力が入る。ナミだけは、何があっても守り抜くと決めているんだよ。

 そうして部屋にと案内された後に語られた。それは、比較的仲の良いカップルが共に過ごしていると、突然片方が倒れて意識を取り戻すと記憶を失っている事がこの島では多くあるのだと言うもの。

 カップル向けの店が多いこの島では、それが変な形で広まっては困る。なのでアフターケアを行っており、それにより判明しているのは、これ迄に確認したケースでは記憶の戻る前にこの島を出た人間は、二度とその失われた記憶を取り戻せなくなるという事。

 記憶を取り戻すには、早ければ数時間、長ければ半年かかるらしいと聞かされれば、頭を抱えたのも無理は無いだろう。ドフラミンゴに見つからずに、半年こんな所で過ごせるかという不安が俺を苛立たせる。

 最悪記憶なんぞなくても、何度でも俺を想わせてみせると心中で呟いてからそっと用意された部屋でナミを寝かせる。その後、本当に不具合がどこにも無いのか診察しておく。

 その様子に、お医者様でしたかと安心した様子を見せたそいつら。そうなれば、本気でこの島特有の現象だと理解してホテルでの料金が掛からないのならば、それ以上は何も責められないなと判断する。

 二人きりになった部屋で、そっと頭を撫でて幸せそうに笑っていた宴のそれを思い出す。家族に囲まれ、仲間や気に入らねェ兄に囲まれ、笑いながらも時折不安そうに俺を探すその瞳。

 それを間近に見て、何を差し置いても守りたいと思わされたのはつい先日だ。恩があるからとか、そんな理由はもう遠い彼方だ。

 

 「なァナミ。ぬいぐるみにさえ、妬くような俺を……独りにするなよ。ナミを失うくらいなら、俺はナミを剥製にするぞ」

 

 半ば本気で呟いた時、ナミがその瞼を微かに痙攣させた。目覚めるらしいと気付き、手を握ればその開かれた瞳が俺を迷い無く見詰めて来る。

 だが、その瞬間に本当に記憶が無いのだと理解しちまう。孤高のそれも、高過ぎるプライドも、その瞳に宿っていない。

 

 「ナミ、お前状況を何処まで把握している?」

 

 言語能力はどうなのか、知識は失われているのか、何を何処まで覚えているのか。ひとつひとつ確認していく俺に、ナミは戸惑いつつもゆっくりとそれに答えていく。

 俺を正しく医者であると認識したらしいナミは、その元来の素直さで正直に答えてくれたので、俺に関する事のみ記憶が無いと理解出来た。仲の良い恋人を、この島はお嫌いなのかもな。

 

 「ナミは、俺の妻になったばかりだ。この指輪がその証拠だろ」

 

 揃いの指輪を見て、怯えたような顔をしたナミは己の耳にそっと触れて、そこにあるピアスに驚きを示す。それも、俺がやった物だったかと思い出せば、その反応も頷ける。

 

 「あの私(わたくし)は貴方と……その、新婚であった……と、そういう、事ですか?」

 「そうなる。……同時にナミが乗っている海賊船の船長でもある。参謀であるナミとそうなっても、あながちおかしくもねェだろ」

 

 俺の答えにナミは小さく頷くと、気弱そうな顔で俺を見上げてくる。そんな顔初めて見た俺が動揺していると、ごめんなさいと繰り返す。

 

 「何を、謝って……」

 「船長を忘れるクルー等問題外の存在でしょうし、新婚なのに伴侶を忘れる等、私……どれ程船長さんを傷付けてしまったのかと思うと……」

 「なら、早く思い出せ。俺の愛した女は、優しいが強く、同時に脆い奴だった。……張り詰めすぎた弓の弦を思わせるナミを、守ると誓ってる」

 「船長、さん……」

 「嫌なら、抵抗しろ。思い出すか試す」

 

 抵抗しろと言いながらも、抵抗したからと辞めてやるつもりもなくその首筋に噛み付くように跡を残せば反応はいつもと同じだ。違うのは眼差しや表情だけ。

 怯えた表情を俺に向けて、いつもならば優しく見詰める慈愛に満ちた眼差しが無い。その事に、微かでは無い苛立ちを覚える。

 ……お前は、俺のモノだろう。身体で思い出させてやろうかと服を脱がせれば、泣きそうに顔を歪めた。

 カタカタと身体を震わせて、これまでに無い抵抗を見せるナミが、嫌だと怯えを隠さない声で叫ぶ。暴れる手足を無意識で抑え込めば、引き攣った悲鳴をナミが上げた。

 その声を……言葉を聞きたくなくて、抵抗する事を容認したのは俺なのに、それが許せずに唇を塞ぐ。口内で嫌と舌を動かしたのが分かり、それを絡め取り吸い上げれば身体から力が抜けたのがわかる。

 身体の感度が恐ろしく良いのは、どうやら変わらないらしいと小さく笑う。そのまま口付けを深めれば苦しそうに喘ぐナミに心が落ち着いていく。

 俺に溺れて、俺しか考えられなくなればいい。思い出せないと言うなら、何度でも俺を刻み付けて、俺から離れられなくしてやる。

 身体から……縛り付けてやるとその腰に指を這わせた時、その反応が微かに変わった。それでも口付けを続ければ、その隙間で声が聞こえて来る。

 

 「まっ……て!ろ……んんっ!」

 

 微かな唇の隙間で言われたそれに動きを止めると、荒い呼吸の中で潤んだ瞳で、顔を真っ赤に染めたナミが上目遣いを向けて来る。何も無くとも、それは駄目だろう。

 無自覚な所がタチの悪さを物語る。意識してるなら、望むままに可愛がってやるが、そうじゃない為にたまに寝込まれちまうのが問題で……。

 

 「ローちゃん、ごめん、ただいま」

 「……ナミ?」

 「うん、私(わたし)よ。ローちゃん。ロー、愛しい旦那様」

 

 繰り返すように、呼び方を変えて俺を呼ぶ甘やかな声。いつもの、蕩けそうな程に甘い眼差し。

 

 「……ナミ!」

 

 強く抱きしめた俺に苦しそうにしながらも、優しく微笑み頭を撫でて来るその優しい手。その手を掴み、そっと口付ければその目元を赤く染めてナミは言う。

 

 「ロー……私ね、きっと……何度忘れても、何度でもローに恋をするわ。だからお願い、何度でも迎えに来てね」

 「俺を次に独りにしたら、ホルマリン漬けになる覚悟をしておけ」

 「……うん、迎えに来てもらわなくても大丈夫なように、心掛けるわ」

 「そうしろ」

 

 その時ナミの方から俺を強く抱き締めて来て、俺が動きを止めると珍しくナミから俺の頬や瞼にキスをして来る。何事かとそのままにさせれば、優しく微笑みながらナミは言う。

 

 「寂しい想いをさせて、ごめんね。……今夜はお詫びに、可愛がってあげるわ」

 

 そう言って俺をベッドに押し倒したナミが、動揺している俺に艶やかな笑みを向けた事で、どうやら今夜は楽しい事になりそうだと理解する。帰って来てくれると同時に俺を甘やかそうとする新妻は、俺が溺れさせようとしていたのに逆に溺れさせて来た。

 本当に思い通りにならない、自由過ぎるその姿に俺は内心で白旗をあげる。まァ……夜の主導権は、まだ譲るつもりは無いがなと、虎視眈々と逆転する機会を伺いつつ甘やかな幸福に身を委ねた。

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