※この作品はR-18です。

光源氏シリーズ   作:夢枕 七変化

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熱病(光源氏18)side

 大量の本が目の前から歩いて来た。いや、正確には姿が見えない程に本を抱えた何かが、正面から歩いてきているのだと分かっている。

 だがその本はいつもならばフラつく事無く歩いているのに、今日に限ってグネグネと動いており、それに伴い頂上にある数冊が落下する。それを落ちる前に拾ってやれば、妙に赤い顔をしたナミが俺を呆っとした顔で見詰めてきた。

 礼も言わない等初めての反応で、本を先に目的地だろう所へ能力で移動させてから、代わりに降って来たシャチに俺の手に残る数冊を押し付けた。そしてナミに触れると明らかに高熱だと分かり、溜息が落ちる。

 

 「ナミ、いつからこの体調だった?」

 「んー?」

 「……駄目だな。シャチ、参謀を寝かせて来る。なんのウイルスか解るまで近寄るなよ」

 「アイアイキャプテン!」

 

 そう言って軽く敬礼して見せたシャチに視線を向けつつナミを抱き上げると、珍しく甘えた様子で擦り寄ってきた。それにより宜しくない状況なのを理解してしまえば、自然と足早になる。

 呼吸は早く、体温は高い。単なるよくあるタイプの風邪だったとしても、そこから合併症等を引き起こすリスクもあるから油断は出来ない。

 風邪と似た別な病である可能性も、充分に有り得るのが何よりも問題だ。空気中にどれ程のウイルスがあるのかを考えたら、ナミが病にかかったのも不思議ではないが、それでも海上にいる事と基礎となる体力の多さを考えればそれはやはり疑問を抱かせる。

 ……体力不足に陥り、動けなくなる程には抱いてねェ筈だ。その辺は、ナミが何か俺を本気で怒らせるような事をされなければ、していない。

 例えば麦藁屋の手配書を大切そうに抱き締めてたり、幸せそうに麦藁屋や火拳屋の話をしたり……赤髪屋と隠れて文通してたと知った時位なものだ。それ以外は、寝込ませる程の事はしてねェ。

 それでも、基礎的に何日も不眠不休で働く事の多いナミは、慢性的な疲労が溜まっては居る筈で……。クソっ!

 

 「ロー……?」

 「ナミ、どうした!?痛みや吐気があるのか!?」

 

 問いかければ驚いたような顔をしてから、ナミはクスクスと笑う。その顔は大変に可愛らしいが、火照るその顔では無駄に色気もあるのだと自覚して欲しい。

 そんな俺の心を知らずに、俺の頬に手を伸ばしその瞳を細めるから、誘われてるような気分になる。そんなつもりは無いと、分かっているのに。

 

 「ロー……ありがとう。心配してくれてるのね」

 「当然だろうが。何処で、誰の許可を得て、ナミの中に入ったんだかな」

 「……なにが?」

 

 本気で分からないって顔をするナミを部屋のベッド迄運んで、そっと寝かせてから布団をバサバサとかける。その結果寝かされたナミは少しホッとした顔で身体から力を抜くから、心地よいらしいと気付き、その頬に触れると先程よりも熱が上がってるのが確認出来た。

 ナミの髪を軽く指に絡ませつつ撫でると、ナミが答えてくれないの?と視線で問い掛けてくるので、先程の質問の答えを口にしてなかったと気付く。

 

 「ウイルスだ。……ナミの中に入っていいのは、俺だけだろ」

 「……?……っ!?ば……馬鹿じゃないの!?」

 

 無邪気に首を傾げたナミは、直後に意味を理解して顔を真っ赤に染め上げる。その様子が本当に愛しいが、同時に本気で忌々しい。

 何故手を出せない時にこんなに可愛いんだ。……いや、いつもかわいいんだけどな!?

 血液を少し抜いて検査に回しつつナミを寝かせて、湯たんぽと氷枕、氷嚢を用意してやればナミから小さく過保護と言われたが、何処がだ。寧ろ足りねェ。

 どうしていつもナミは、俺を頼らねェんだよ……。俺は今、他に何をしてやれるだろうか。

 

 「ナミ、もっと甘えろ」

 「ロー?」

 

 キョトンとした顔で俺を見て、少しだけ幼い顔で笑った。それは本当に楽しそうにも見える。

 

 「ナミ?」

 「甘えてるわよ。大切だから巻き込みたくないし、愛しいから傷付けたくないけど、ローにしかこんな弱ってる所見せたくないし、何かあれば必ず助けてくれるって信じてる」

 「ナミ……」

 「ローの事、大好きよ。愛してるわ」

 

 そう言って手を布団から出すから、それを押し留めて布団に戻させると、布団の上から伸し掛るようにしてナミを強く抱き締めた。いつもより微かに早い脈拍と、高過ぎる体温が情事を思い起こさせる。

 だと言うのに本人は無防備に笑っていて、俺の理性が切れる前に寝てくれと祈るように願う。新妻を犯り殺したとか、笑い話にもなりはしない。

 それも怒りに任せてとかならまだしも、笑顔が可愛くて理性が切れたとか……情けないにも程があるだろう。熱が高いからナミからいつもより強く蜜柑の香りが漂い、俺の理性を平然と破壊しようとする。

 深呼吸して心を落ち着かせようとすればする程蜜柑の香りを吸込み、本来なら落ち着かせる効果の高い香りで煽られる。ナミお前、まさか本当に蜜柑で出来てんじゃねェだろうな?

 

 「検査して来るから、大人しく寝て「1人に、なりたくない」」

 「ナミ我儘言うな。検査しなけり「ロー……。不安なの、独りに、しないで」」

 

 最後まで言えなかった言葉は空気に溶けて、俺はナミのいる部屋から出るチャンスを失った。……可愛いじゃねェかと生唾を飲み込み、内心を悟らせない為に表情を凍らせて頷く。

 

 「……病気の時は、心細くなるもんだからな。いいだろう。こんな時位は1緒にいてやる」

 

 そう言ってナミの頭を撫でながら、この後どうするかと内心で叫びたくなる。傍にいてもナミに今、やってやれる事なんてそう多くはねェし、寧ろ俺が襲って悪化させかねねェ。

 そっとナミから視線を外して、抜いた検査用の血液等を手にドアを開ける。そして、近くにいたイッカクを呼ぶとペンギンにそれを調べるよう伝えろと言えば、着替えやら食事やらを代わりに渡された。

 

 「……キャプテンがこんな時、参謀の傍を離れられる筈無いのは、知ってますから」

 「何かあればコラさんに指示を仰げ。ドジだが、その辺は頼りになる」

 「アイアイ!キャプテン!……愛しい新妻ですもんね」

 

 イッカクのそれに少し笑って部屋に戻るとナミの呼吸が落ち着いていて、どうやら眠ったらしいと気付く。これで俺が部屋から出ると飛び起きるんだから、可愛いと思って何がおかしいのか俺にはわからない。

 

 「……昔助けて貰ったからなんて理由だけで、ここまで愛せるかよ。馬鹿が」

 

 この言葉は誰に向けて言ったのか。それは自分でもよく分かってないが。

 その時ナミの机に何やら積まれている原稿を見て動きを止めた。そこには〝初恋〟と書かれた詩が綴られていたから。

 

 『まだあげ初めしまえがみの、林檎のもとにみえしとき』

 

 そう始まる詩は漢字と平仮名で書かれていて、隣に見慣れたアルファベットで書かれた詩がある。書いてある事は同じだが、風情等が失われていて勿体無いなと思えば別な紙にそのままになるよう書き直して並べて置く。

 すると元の詩の横に〝島崎藤村〟と書かれており、あげ初めし、踏みそめし、そめし、と三度使われてるからこれは活かしたい。と言うか活かさねばならん。とか書かれているのに気付く。

 だとするなら何か元になる文献でもあってそれを元にしたのかと思うが、この船には俺も目を通した本かナミの生み出したそれしか無い。1人で陸に降ろした事は無いのだから、不思議でならないが……。

 何はともあれ、ナミが誰かに初恋した時の話が書かれていたのではないと分かり、ホッと息を吐き出す。そんな時、ナミがもそりと動いた。

 

 「んっ……ろー……」

 

 呼ばれたからと近付くと、何かを探すように手をパタパタと動かすのでその先に自分の手を置いてみると、ぎゅっと握られ……。その表情がにへらっとした、なんとも情けないような、幸せそうな笑顔に変わる。

 その瞬間、恐ろしい速度で顔に熱が集まり心臓が激しく脈打った。なんて恐ろしい病原菌を放っているのか……!

 慌てて手を引っ込めようとするが、ナミは俺の手を握って安心したように寝ているから、それが上手くいかねェ!振り払えば良いだけだと分かっていても、それが出来ないのだから恐ろしい。

 

 「ろー……だいすき……」

 「……起きてる時に、言ってくれよ」

 

 思わず返した俺の言葉は空気に溶けて、でも、握られた手の熱と、誰に見られる筈もないのに顔を隠す為に顔を覆うように置いた自分の手は、ここに存在している。こんな事をしていては時間の無駄で、せめて何か本を読むとかして過ごすべきだろうと思うのに、それが出来ない。

 諦めたように溜息を落として、眠るナミにそっとキスをするとそのタイミングで検査結果を持って来たシャチに目撃される体たらく。だがな……ノックしなかったお前も悪いだろう……?

 

 「気を、楽にしろ……」

 「わー!ご、ごめんなさい!キャプテン許してー!」

 「〝room〟」

 「いやぁぁ!」

 「騒ぐな。ナミが起きるだろうが」

 

 そう言ってシャチの生首を机に残し、他は適当に船の中に散らかしておく。その状態で報告を聞けば、ナミはよくあるタイプの風邪だと分かる。

 それにホッと息を吐いてから、ナミの手を離してしまった現状を少し寂しく思う。勿体無い事をした気がするのは、何故なのか。

 抱いた事は何度もあるし、共に眠る日も少なくは無い。それでも、惜しいと感じている。

 ……あんな甘え方、起きてる時はしてくれねェのにな。そんな事を思いながら、ナミにそっと声をかける。

 

 「ナミ、起きろ。食事しろ」

 「……んー?」

 「飯だ。薬飲めねェから起きて食え」

 「……ゃ……ぁ……!」

 「ナミ、我儘言ってると、別なもん食わせるぞ」

 

 その瞬間シャチが生首の癖にセクハラだのなんだのと騒ぎ、それにより目覚めたナミが俺を見てボーっとした顔で見詰めてきた。惜しい事をしたかとその様子を見ていたら、まだ寝ぼけていたらしく、ナミが両手を俺に向けて伸ばして言う。

 

 「ロー、起こして。抱っこ!」

 「……あァ、起こしてやる。熱が相当高いな」

 

 俺でさえ戸惑ったそれによりシャチは言葉を失い、何故かその場で鼻血を垂らすから後で廊下に生首を投げ捨てようと決める。室内を汚されてたまるか。

 いつになく甘えてくるナミに、たまには風邪ひいて貰うのも良いもんかも知れないと医者らしからぬ事を本気で思う。そんな俺とナミの様子を生首がクルーに話して居た為に、ナミが回復してから恥ずかしがって部屋から出て来なくなるのは、この時は誰も知らない未来の話。

 

 「ほらナミ、あーん」

 「も……たべたくない……」

 「ナミ」

 

 俺の言葉に従って口を開けていたが、半膳も食べない内につらそうにされては心苦しい。熱もあり食いたくないんだろうが……。

 名を呼べば潤んだ眼差しで俺を見詰め返す。そして、悲しそうな顔をされては、内心で頭を抱えたくなるのも無理はない事だろう。

 

 「ろーの、いぢわる……」

 「食べないなら、俺は部屋を出るぞ」

 「や、食べるから……そばにいて」

 「治ったら、覚えとけよ……!」

 「ろー……怒ってるの?」

 

 今にも泣きそうな顔をされて、俺は息を飲む。この甘やかな牢獄から、俺は逃れられない。

 ナミが完治するその時まで、ローが自ら望んで部屋に閉じこもっていたのは言うまでも無いだろう。それが天国なのか、地獄なのかは扠置くとして……。

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