この本は役立ちそうだな……そう思って顔を上げると、本に夢中になり過ぎて、いつの間にかナミと書店の中ではぐれていたと気付く。それはまァ、よくある事でもある。
店主のいるカウンターには、俺とナミが求めた本が積み上げられており、後程纏めて精算する予定になっている。ついでに船までの配送を頼んであるので、俺やナミが本を積み上げる度に店主は嬉しそうに頬を綻ばせていた。
だが、ナミの姿が書店の中に見えなくて首を傾げつつ店主に声をかけてみると、迷子の子供を見付けて店を出て行きそのまま戻っていないと言う。それならば親を見付けるか何かすると帰って来るだろうかと思いながらも、店主に店に顔を出したら船に戻るよう伝えて欲しいと告げて俺も街へと出てみた。
……見当たらねェな。子供が1緒にいるなら、あまり連れ回すような事はしないだろうから、近くの店等で聞き込みでもしてるのかと思ったが……。
その瞬間、嫌な予感がした。無関係の子供でも、ナミは何かあれば庇うだろう事は想像に難くないからだ。
その時大慌てで駆けてくるベポとシャチを見て、頭が冴え渡る。ナミに何があったのかと怒鳴りそうになり、それを抑えていればシャチがひと房の髪と手紙を差し出して、ベポが泣きそうな顔で俺を見た。
こんな事なら、もう1人連れて来るんだった。そうすりゃナミが1人で行動する事はなく、捕まる事も無かっただろう。
ご丁寧に日時と場所の指定だけでなく、1人で来いと書かれたそれに、仄暗い笑みが浮かんだのは不可抗力だろう。俺がどれ程苦労して手に入れて、守って来たと思っていやがるのか……。
俺の様子に怯えたような顔をするベポを伴い人気の少ない路地へと入ると、少ししてナミの戦闘跡を発見する。そして、更に足を進めるとベポが反応した。
「ナミの匂いだ」
「どこからする?」
「そこの木の影」
成程、そこに子供はいるらしい。ベポに匂いの元を連れ出せと命じて、姿の見えない子供を捕まえさせると、やはりその姿が現れた。
その子供は怯えきっている瞳で俺を見る。幼い頃の自分を思い出せば、こんな顔した記憶も無いと気付かされる。
俺とは真逆らしい性格の子供をベポ達に保護しておけと命じて、可能なら親を探して帰せと言い残した俺はナミの元へと足を進めた。俺の妻に手を出した事、いっそ殺してくれと言わせてやる……。
だが喜べ、死なせてはやらねェ。俺は医者だからな……命を奪うのは趣味じゃねェんだよ。
それに何よりも……ナミが悲しむ。だが、生きてさえいれば……問題はねェだろう?
約束の時間より少し早く到着したのもあり、様子を伺えば雑魚ばかりとはいえそれなりに人数がいる。それでも、問題にはなり得ねェな。
俺は呼吸を整えると、姿を見せながら言葉を放つ。心が、幼い頃のように冷えていくのを感じる。
「ナミは無事か」
「あァ……今は、な。まァ自分から男欲しがって腰揺らしてるだろうから、この後ちゃァんと、俺達が可愛がってやるよ!」
「ナミに、何をした……?」
「あんまり素直じゃねェんでな、次のご主人様に従順になるように、甘い飲物を飲ませてやっただけだ。……買い手はずっと探してたみたいでなァ……良い値が着いたぜ?ルーキーがあんな宝隠してたとはなァ?」
ずっと、探していた。ナミ、を?
だとするならば、買い手は……。考えるまでもねェな。
「そんなに美味いなら、先に少し俺達も味見してやるから、お前は俺達の名を高める為に、ここでくたばれ!女は心配いらねェぜー!!」
下卑た笑い声が谺響するのと、俺がroomと言うのはほぼ同時だった。全身を切り刻み、手足を入れ替えたり、指とイチモツを入れ替えたり、身体の並びを入れ替えたりしてやる。
通常ならば後でバラバラに分解して、パズルのように組み立て直せば元に戻る。だが、俺は今回それを赦さねェ。
その状態で結合してやってから、その事実を伝えて全員から心臓を抜き取る。泣き叫んでいた奴らは、抜かれた衝撃でその場に崩れ落ちて静かになった。
動く心臓を手の中で弄び、生きている事を確認する。それらを袋に詰めて持ち運びつつ、倒れている人と呼ぶのも烏滸がましいそれらに微かに笑っちまう。
「殺しちゃいねェ。お前達がナミを殺さなかったからな」
これでナミに、後遺症が残るような事になっていれば、全員奴隷として売り払ってやると内心で誓いながらナミの元と向かう。固定してあるなんて知らなければ、ナミが見たとしてもいつもの事だと気にしないだろう。
誰に対しても甘いナミだから、仄暗い真実は全て隠してやるさと嗤いながら足を進める。分厚い鉄扉がいくつかあり、その内の1つが頑丈に施錠されていた。
だがどれ程頑丈に施錠されていようとも、俺の能力があれば無意味だ。勿論、能力なんざなくても、破壊しただろうが。
施錠されているそれを斬り開き、ドアを開ける。血の臭いと薬の臭いとが混ざり合い、実験室を思わせるそれに嫌な予感がした。
中に1歩足を踏み入れると、鎖に繋がれ吊るされているナミがいた。怒りと憎しみだけで、今なら奴らを問答無用で殺せるんじゃないかとそう思わされる。
そんな俺に、ナミはそれ迄の虚ろな表情から戦う時のそれに変えて、焦点の合わないその瞳で俺を睨む。誰だか分からずに、けれども戦おうとしているのだと気付き、俺が惚れたのは確かにそういう女だったと思い出す。
ただ守られる事を良しとはしない。そんな戦女神を思わせる女だ。
歩み寄れば、ナミがゆっくりと唇を動かした。そこで、挑発的で妖艶な笑みさえ浮かべて。
「私を言いなりにできるとは、思わない方が良いわよ。……何も教えるつもりもないし、売られるつもりもないわ」
呑まれそうだと思う。ナミの強がりと演技力の高さは知っていたが、こうして独りで生き抜いてきたのかと目の当たりしては声を振るわせないだけで精一杯だ。
「…… 意識はあるな。怪我は無いか?」
「……ロー……ちゃん?」
「ちゃん付は、久々だな。あァ、迎えに来た」
言葉にしながらそっと抱き締めると、ナミがその体から力を抜いた。そのまま甘えるように俺に擦り寄り、微かに身体を震わせる。
そっと支えるように抱き締めていた腕の力を強くする。そうして鎖を斬りナミを解放すると、震える声が俺の耳朶を掠めた。
「助けに来てくれて、ありがとう」
「妻を助けるのは、当然だろうが」
「ふふ、嬉しい。ねぇ、私迷子の子を「保護して、親を探させてる。安心していい」」
俺の言葉にナミは嬉しそうに笑うと、そのまま意識を失った。その場で簡単に診察と処置をしてから、綺麗な柔肌に残る跡を唇でそっとなぞる。
それに全く反応しないナミに、そのまま寝ててくれよと願いながら、使われたであろう薬の瓶を見て立ち上がる。こんなもん使われて、よく正気を保ってたなと思えば、今更でも慣れさせた魚人を始末したくもなろうと言うものだ。
それにより今無事なのだとしても、感謝どころか怒りしか生まれねェ。そもそも、売るつもりが本当にあったんなら、こんなもん使えば終わりだろうがと人を辞めている奴らを思う。
今回ナミを攫ったヤツらは、全員売り飛ばしてやる。それで得た金品で、ナミの欲しがる本でもインクでも買ってやろう。
数日は苦しむだろうと意識のない妻の顔を見て、切なくなる。可能な限り薬も抜いてやるつもりだが……。
愛しい女がとりあえず無事で良かったと、震えそうになる自分を叱咤しつつ、怒りのそれを利用して船を目指す。後程、自称兄達にもこいつらを売りに出す事とその経緯を連絡しておいてやろうと、心で呟きながら。