虎男と名付けられた虎のヌイグルミが、兎の兎子と呼ばれるヌイグルミと並んで食堂に置かれているのを見て、何故これが海賊団と言う場所で受け入れられているのか不明だと思う。コラさんに聞けば、見慣れてる光景だからだと言うが、置いた当初から微笑ましそうに見ていたのだから、見慣れているのは理由にならないだろう。
取り敢えずそろそろナミに食事でもさせるかと部屋に向かうと、ニュースクーを驚かせたりして笑うナミがいた。ニュースクーとは、あんなにも感情豊かな生き物だったのかと驚かされたのは俺の方だ。
ニュースクーから受け取った巨大な箱を開けるナミは楽しそうだが、ニュースクーはあの箱をどこに持っていたのか。あの小さな鞄が、実は四次元鞄なのかとつい睨み付ける。
「クーちゃん、ありがとう。本当に欲しかったのよ」
「クー……!!」
ナミの言葉と反応に、待て待て、まだ終わりじゃないぜ?とでも言ってそうな羽根の動きを見せる。それを眺めながら、器用なもんだと感心する。
その直後にナミに渡されたのは封筒で、首を傾げつつ受け取ったナミは中身を確認してその瞳を暗く翳らせた。それに声を掛けようとした時、ナミはニュースクーに笑いかける。
それは恐らく、ニュースクーを気遣っての事だろう。あんなにも哀しい嘘をつくんだなと思った時、ナミに視線で隠れていろと言われた幼い日の事が脳裏を過ぎる。
「クーちゃんありがとう。温泉も桜も大好きだから、本当に嬉しい。楽しんでくるわね」
その言葉には間違いも偽りも無い様子だ。ならば何故、ナミはあんなにも悲しそうな顔をしているのか。
それに気付かなかったのか、ニュースクーは飛び立ちナミは何かを呟いてその封筒を引き出しにしまうと窓の外へ向けて歌い始めた。優しい歌声は何処か物悲しく、悲哀に満ちたそれの理由が分からない。
……それにしても、綺麗な歌だな。ワノ国の歌だろうか。
歌詞の中に聞き慣れない単語がありそう判断したが、ナミは時々ワノ国特有の言葉を使うので創作曲の可能性も否定出来ない。ナミ本人はワノ国と関わりはないと思うが、調べてる内に身に付いたとかだろうか。
歌い終えると驚いた顔で振り向いたナミだが、何故だか俺にはナミが泣いているように見えて思わず手を広げる。すると迷い無く駆け出して、俺の胸に飛び込んで来た温もりをそっと抱き締めた。
珍しく甘えて来るその様子に頬が緩むのを自覚しつつ、それでも何かあったのかと心配になる。温泉がどうとか言ってたのだけで、こうはならねェよな。
「どうした?誰かに虐められたか?」
「私は幼子じゃないんだって事、わかってる?」
「ナミにだけは言われたくねェ質問だな」
その瞬間同時に互いの瞳を見て吹き出すと、そのまま笑い合う。そのまま、再び頭を預けて来たナミを抱き締める。
それ程長い時ではないが、くっ付いた状態で過ごした後でナミがポツリと言葉を落とした。焦って聞き出すより、こうして待つ方が、ナミは素直になってくれる事を最近学んだのもあるが、俺もこの温もりを抱いていたかったんだ。
「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
言葉を音にするに従い落ちて行くその空気に、確かにこの海域にある島は春島が無いのを思い出す。だが……窓から入り込んでくる花弁を見れば、地図にない島が近くにあるのだろうとは分かるので、そっとその頭を撫でる。
それに驚いた顔を見せるナミの額にそっと唇を落として、笑いかける。それにナミは瞳を瞬かせるから、頷いて応えた。
「花見ができる島なら、近くにあると思うぞ」
「え?」
「地図にない島だろうから、探し出して……ナミの描く世界地図にしかないそれにしたらいい」
俺の言葉に嬉しそうに笑ったナミは、抱きつく腕に力を込めた。ナミが望むなら、可能な限り協力してやるさと内心で笑いながら、その珍しい様子に頬を緩める。
顔を埋めて甘えて来る可愛い女は、俺の大切な妻だ。桜の花弁がナミを誘うようにフワフワと窓から舞い込み、俺達の足元にその姿を落とした。
暫くしてナミを呼びに来たベポが邪魔するまでずっとそうしていたが、ナミは見られた事が恥ずかしいのか顔を真っ赤にしている。それがまた愛しくて頬にキスを落とすと、ポカポカと殴ってくるからつい笑っちまう。
「イチャついてないで、2人とも食事してよ!それとさ、島が見えるってシャチが騒いでたよ」
「……そうか。なら、食いながら報告を聞くか」
そう答えた俺についてナミとベポは歩き、三人で共に食事をしながらその後に姿を見せたペンギンからの報告を受けていると、見つけたのは俺なのにとイジけるシャチの口に梅干しを押し込んで黙らせておく。嫌いだから押し付けたなんて事は、公然の秘密だろう。
「シャチ、いいな……。キャプテンと仲良し……」
「何がだよ!?話してる途中で、口に物を入れられたんだぞ!?」
「ローから、アーンして貰ったんだから文句言わないの!ローの事大好きな癖に」
ベポの言葉にうがァと吠えるシャチに対して、ナミはベポを庇って妙な事を言う。そんなナミに俺はプチトマトのヘタを取ってから、その口に入れてやる。
すると恥ずかしそうに俯くナミに心癒された俺は、ベポにウィンナーを1本同じように与えておく。そんな些細な光景に、ペンギンは少し呆れたような顔をしてはいたが。
食事を終えたナミは、レシピを書いてコック達に渡すと、航海士や参謀の名に相応しい表情で双眼鏡を使いながらメモを取っていく。そして、少しすると1人で納得したように頷き笑った。
「特に見た目からは問題も無さそうな小島よ。今夜はここで休んで、明日の朝上陸しましょう」
「今は向かわないのか?」
「潮の満ち干きでもし浅瀬になってしまったら、船が傷つくもの。安全の為に今夜はここで様子見ましょう」
それから同じ島でも時期等により夜満ちる時と、干く時があると言って講義が始まれば俺とベポの他は逃げ損ねた数人がそれを拝聴する事となる。ベポと俺の他はつまり、聞くのも嫌そうであり、覚えられる気配は無い。
翌朝気怠い様子で部屋を出たナミと共に朝食を終えて、島へと船をつけると用意された大量の弁当を広げての小さな花見の宴会が即座に始まる。人の見当たらない島だからこそ、俺達は安心して羽を伸ばせるのだ。
桜の木に寄り掛かり、本でも読もうとした時ナミが近くに寄ってきたので膝に座るよう指示すれば、恥ずかしそうに頬を染める。そんな様子が可愛くて、逃がすものかと本を片付けてナミを抱きしめると、シャチが冷やかすように声を掛けて来た。
それにより硬直したナミを利用して、ヒョイッと膝に座らせれば観念したのか持って来ていた鞄から包みを取り出した。どうやら2人で食べる為に、作って持ってきたらしい。
「重箱だと2人で食べるのには多いから、付属でついてたお弁当箱に幾つか作って来たの。それとは別に飲み物とお握りはあるから安心してね」
そう言ったナミは布を広げて弁当を開け始めたので、俺は本を手にして待機する。するとナミは俺に食べないの?と聞いてくるから計画通りだなと思う。
「見ての通り、俺の手は塞がってるから、ナミが食わせてくれ」
「……ローったら、もう」
「嫌か?」
「……今回だけよ?」
そう言いながらも恥ずかしそうに卵焼きを俺の口元に運ぶから、素直だよなと思う。どのタイミングで口を開けるかと考えた時、子供なれしてるナミは当然のように言った。
「はい、あーん」
言われるままに口を開くと入れられた卵焼き。その中身に魚が入っていて、細かい事するよなと感心する。
そのまま次はそれ、これ、と食べたい物を指示して食べさせて貰っていたら、シャチが少し離れたところでハンカチ噛み締めて妙な事を言う。それにはナミも呆れ顔だ。
「酷いわ、キャプテン!私というものがありながら!私との事は遊びだったのね!?」
「……やめとけ、シャチ」
冷静なペンギンの突っ込みを無視して、シャチは続ける。それにより俺が本を置いて、鬼哭に手を伸ばしたのは当然だろう。
その様子にコラさんが他のクルーをそっと遠ざけるのを確認して、俺は静かに目を伏せる。流石にクルーの命を奪うつもりはねェが、な?
「2人とも破廉恥だわ!外で合体して、アンアン言ってるなんて!!」
「がった……!?あんあ!?」
「……確かに、あーんと、言い合ってなァ?」
上手く言葉を紡げなくなっているナミのそれに続いた俺の低い声に、はたと顔色を変えたシャチは、冗談が過ぎましたと言うがもう遅い。真っ赤になって泣きそうになっているナミを見て、俺の理性は風前の灯だ。
そんな顔、他の男もいるのにしてんじゃねェ。潤んだ瞳を見せていいのは、俺だけだろ。
「〝room〟」
「いやァー!!待って待ってェー!!許してキャプテェン!!」
みじん切りの勢いで細かく切り刻んだシャチを残し、俺はナミを抱き上げる。動く度にいつの間にかナミに絡まっていた花弁が落ちるので、まるでナミが花そのものに見える程だ。
「花より団子と言うだろ。この花の席でとは言わねェから……2人きりになって、最高の花見団子を食わせてもらおうか」
俺の言葉にナミは首を傾げるから、団子が自分だと気付いて抵抗される前にと部屋へ連れ込む。ベッドが花弁塗れになるのは、最早時間の問題だろう。