甲板で新聞に目を通していたら霧が出て来た。新聞が濡れるのは嫌だなと思い畳んでいると、慌てた様子でナミが飛び出して来たので、普通の霧じゃ無かったらしいと気付く。
話を聞こうと立ち上がったところで、ナミが崩れるのを見れば慌てて駆け寄ったのも無理のない話だろう。だと言うのに俺に支えられる事すら拒む愚かな様子に、俺の妻である自覚が無さすぎると思うのは当然だ。
俺はもう、家族を失うつもりは無い。そう思って1言声を落として抱き上げると、泣きそうな顔をされる。
……虐めてるつもりは、ねェんだがなァ。部屋に運び込んでからそっと頭を撫でたのは、泣くなとの意味合いが強い。
「少しは甘えろ」
「甘え過ぎてると思うの」
「大いなる勘違いだ」
「うーん、ならね、やりたい事があるの。聞いてくれる?」
珍しいそれに、とりあえず話は聞くと言えば嬉しそうに笑うから、とりあえず体調に問題は無さそうだと判断しつつも船を近くの島へと向かわせる。ナミが何をやりたいにしろ、買物は必須だろうからな。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってなんだ?」
オウムのように繰り返したのが悪かったのか、ナミは僅かにその瞳を揺らしてから笑う。そんな作った笑みが見たい訳じゃねェってのに。
昔から演技する前に、ナミは必ず1度眼を伏せる。それと、息を……呼吸を整えるのだからわかりやすい。
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
「わかったよ。っとに、ナミには勝てねェな」
初めから勝つつもりもないが、そう言えばナミは可笑しそうに笑う。ナミが笑うなら、それだけで全てが正解に思えるんだから不思議なもんだ。
それからもう1度その頭を撫でた時、先程まで無かった柔らかなそれに無意識で確認するように何度も撫でると、ナミが顔を少し赤くした。この反応はと思いじっと見つめると、視線が絡む。
頭から手を離して、様子を見ていれば生えてきたのは紛れもない兎の耳。似合い過ぎるそれに息を飲み、そして……夢か願望かと考える。
何せナミは、悪魔の実の能力者では無いのだから。俺の妻に何が起きてるんだ。
「頭の上にあるものは……目の錯覚か?」
俺のそんな言葉に反応して、ベッドから飛び出すと鏡まで走るその後ろ姿から、恐らく尻尾も生えてるなと服の様子で分かる。……俺を悩殺してやろうとそういう事かと半ば本気で考えていたら、ナミが潤んだ瞳を向けてきた。
「ロー……これ、なに?」
「兎の耳と尻尾だな。触診してやるから来い」
「治る?」
「まだ分からねェが……似合うからこのままでもいいだろ」
「良い訳が無いでしょ!?」
似合うんだから構わねェと思うがな。ナミが騒ぐのを耳や尻尾を撫でる事で黙らせ、どうやら尻尾が弱いらしい事に気付けば診察の後で美味しく頂いたのも道理だろう。
診察してわかった事を元に、俺がナミを食ってる間にコラさんとペンギンが調べた事によれば、この海域ではよくある現象らしい。なので、暫くここに留まるかと考えたが、イッカクにもその症状が出ては、流石に可哀想かと用事を済ませたら離れる事を決める。
「ロー……被害者が私だけなら、ここで暫く遊ぶつもりだったでしょ」
「何か問題か?」
「酷い……私にも、優しくして」
「悦くしてやっただろ」
俺の言葉にもう知らないと半泣きで部屋を飛び出して行ったナミに、可愛いもんだなと思う。それから買出し組の帰りを待ち、料理や飾り付けをそれぞれに任せながら俺はナミと共に卵の殻をコーティングしたり、色付けしたりし始める。
ナミは名を呼んでも反応しないくらいになっていたが、指示を出したりした後で共に色付けを開始すれば怒っていた事を忘れたかのように笑う。満足そうに卵を見ている様子に、吹き出しそうになった俺はそれを誤魔化す為に口を開く。
「機嫌は治ったみたいだな、兎子」
「虎男が意地悪しなければ、私はいつでもご機嫌よ!……って、あ、ロー待って、それまだ中身入れてない!!」
卵の殻の中には、菓子を入れた物と料理のレシピが入った物、楽譜が入った物とベリーの入った物が用意されている。その他に食堂に宝箱を置いて、その中に卵には入らないような物を入れてあるのだが、その鍵が卵に入っていると言う仕掛けだ。
「本を入れた箱があったな」
「うん。問題のあった本の手直し前のやつなのよ。勿論私が手書きで修正してるから使えなくはないけど、ちゃんとしたのだけ手元に残せば良いかなと思って。そう言う本って、コレクターに売ると高値がつくらしいからお小遣いになるでしょ」
なんでもないように言うから、それが何処かの美術館や博物館に寄贈されていてもおかしくないレベルの値打ちだと言うことに気付いていないのがよく分かる。本当に、困った女だ。
そういった本は後程回収して、その分は現金支給してやりニュースクーに正しく保存してもらおうと考えた俺はおかしくない筈だ。最近ファンレターの中にアラバスタの王子やCP9、空島から届いている物まであるとわかったので、今度しっかり対応しないと不味いだろうと考えているのだが、そこもナミは無頓着だ。
王族やCPからのそれだけは、少なくとも対応して味方につけておくべきだろう。特に、ドフラミンゴがいつなんどきナミの存在に気付くとも限らねェんだからな。
「出来たー!!」
「ん?」
「見てみて、兎子!!似てない?」
兎子よりもナミに似てる。そんな事を言ったら頭がおかしいとか言ってむくれるのはわかってるので、とりあえず褒めておく。
「似てるな。……虎男は作らないのか?」
「今回は兎のイベントだから考えてなかったけど、卵にペイントしてるんだからそれもありよね。やってみるわ」
子供の手遊びのようなそれの中に、世界が喉から手が出る程に求める物が入れられているなんて……この世は理不尽だと思う。レシピなどもまだ未発表の物だとナミは笑っていたのだから、相当だろう。
後程争奪戦になるなと、1人で溜息を落としつつ、妻の姿をモチーフにした絵を描いたり、ベポを模して作ったそれをその中に加えればナミが嬉しそうに笑った。その笑顔が永遠に続くように、それだけを今、俺は願っている。
指についたインクをそのままに頬を触ったのだろう。青い塗料がついてるのを見て、後で風呂に誘うかと小さく笑う。そんな俺の目の前で、ナミは呑気に次の卵に手を伸ばした。
Happy Easter……。愛しい俺の兎が用意した宝物を、全力で奪い合う海賊らしいエッグハントが開催されるのはこの後すぐの事。
それを眺めながら呑気に卵料理を食べる兎を膝に乗せて、そのまま耳を弄り倒して泣かれたのは、まァ……不可抗力だろう。大切な人間は、今、全員俺の手が届く所に集まっている。