赤髪海賊団と、白髭海賊団、そして、ハートの海賊団は揃って偉大なる航路を突き進む。その船には麦藁のルフィ、海峡のジンベエ、そして……冥王レイリーも乗っているのだから、何事も無く船を進めているのがそもそもおかしい。
このそうそうたるメンバーを見れば、海賊達も大半は恐れ戦き、海軍はまた戦争を起こすつもりかと危惧するだろう。そんな彼等の中心人物となっている少女に、その自覚は皆無であるが。
「怪我人の治療は粗方終わった。〝白髭〟の治療もな。それでだ、巻き込んだ冥王と〝俺の妻〟であるナミの弟〝麦藁のルフィ〟は望む島まで送ってやるつもりだが、何かあるか?」
何故か〝俺の妻〟の部分を強調したローの言葉により、シャンクスと白髭さんが共に向かう予定の島があるのだと言って視線を合わせた。そうなれば、エースは白髭さんの所に残る為に、ここで別れる事となるけど……。
わかってても寂しい。でも、生きているのだから、またいつか会えるわよね。
「……ナミさん、じゃったな」
突然かけられた声に、私の身体はビクリと大きく揺れる。……戦場でも共に駆け抜けたし、ずっと味方側だった。
存在には気付いていたけど、それでも無意識で距離を取っていたのだ。……弟達の友人を、責めたくなくて……。
でも、声をかけられた今、逃げる事はできない。それに、この人が直接何かした訳でも無いもの。
「はい。〝海峡のジンベエ〟いいえ……〝アーロンの兄貴分〟としての、お話でしょうか」
私がアーロンと共に過ごしたのは、僅か4年と言う歳月。本来よりも、ずっと短い期間だったわ。
それでも、守りきれなかった命がある。それを、冷たく笑いながら見送る他無かった現実は、今も痼となって残っているの。
「あァ……〝兄貴分〟としての、話じゃ」
苦しそうな声が、聞こえる。その表情も、苦しそうで、見ていて痛々しい。
それでも、ローを筆頭としたハートの海賊団クルーはそれを見ても厳しい視線を向けるばかりだ。それにはジンベエさんと親しくしている白髭海賊団と、事情が飲み込めない赤髪海賊団には酷く冷たい印象を与えているだろう。
「アーロンが儂の傍を離れた事、それを止められなかった原因を話すには……まず魚人島の歴史「知ってるから、いいわ」」
長い話に皆を付き合わせる事はできない。私はそう判断して言葉を遮った。
そんな私にジンベエさんは驚いたような視線を向けてくるけど、それに対して私は何も感じなかった。妙に、心が凪いでいる。
「知っとるっちゅうのは……」
「アーロンが誰を慕い、その人がどうして死んだのか。人間をなぜ憎み、怨み、行動を起こしたのか。全て知ってると……そう言ったのよ」
「なら……アーロンを許して「いる筈が、無いでしょ。アーロンの理屈が通るなら、私は魚人島を滅ぼす大義名分があるわ。……滅ぼして、あげましょうか?」」
最後まで言わせる気は無い。私の言葉に白髭海賊団が殺気立ったけど、それを無視して私はジンベエさんに視線を向け続ける。
今の私なら、魚人島を滅ぼす事も不可能じゃないと思うし、実際本気でやると決めたならローを筆頭に皆も認めてくれる。それくらいはわかっていての発言なのよ。
「私の住んでいた地域は、いくつもの島と村が滅ぼされたわ。……私の村も、何人も殺されてる……。私が魚人島を滅ぼした後で〝彼女には何も罪は無い。哀れな過去があるのだから、可哀想だから、許してやるべきだ〟と、生き残った人達に説明して、納得させられるのなら……アーロンを許しても構わないわ」
私の言葉に空気が凍り付く。それと同じ事だと、漸く理解して貰えたかな。
不条理な言葉に聞こえたなら、それはジンベエさんが不条理な言葉を口にしたという事。今与えられたであろう衝撃が、私の与えられたそれと同等だと理解して欲しい。
「勿論、それで私を許すのは……目の前で私に親を殺された子供であるのが条件よ。……叶えられる?」
「……不可能、じゃ」
「なら、私も不可能だと……分かるでしょう」
ふっと微笑み視線を逸らす。私の場合親であるベルメールさんは生きていたけど、それが本当にベルメールさんの為になったのかは……不明だった。ローが助けてくれて、治療してくれなければ……寧ろ死んでいた方が……と、なっていてもおかしくは無い。
私は結局、何も出来なかった。ただ、迷惑をかけているだけ。
「……私自身に起きた事は、それ程気にしてないのよ。私は、アーロンと戦って負けたんだから……仕方ないと諦める事も出来る」
「……いや、気にしろよ。10歳の人間の女の子が、成人してる海賊の魚人に勝てなくて、何が恥だ」
ローの声が甲板に響く。他には、波の音と風の音があるだけ。
甘やかすようなローの発言に、私は少し笑ってしまう。だってね、本当ならあの戦い……。
「……私は、全てを分かってて挑んだのよ。……あの時、アーロンを殺す事を躊躇わなければ……勝てたわ。それをアーロンはわかってた。だから、手元に置いていたのよ」
つまり、私が悪い。殺す事が出来なかったのだから。
助けるべき相手を見誤った。その後の悲劇を回避できなかったのだから、罪は全て私にある。
「刺し違えても……って、思ってたのに。アーロンにも、家族がいる事を、慕う仲間がいる事を知っていたから……躊躇った。その結果が、アレよ。罪は、私にあるわ」
「ナミは、何も悪くないよ!!村の人達は誰も、ナミを責めなかったじゃないか!!ナミ1人がずっと犠牲に「私は良いのよ。……本来、あの村に私は存在しないはずの人間だったんだから」」
ベポの言葉に笑えば、ベポに強く抱き締められる。少し、背骨とか痛いけど、なんか……それを言える雰囲気じゃない。
見た目と違ってふわふわしてないその毛に、でも、心が癒される。怒ったり心配したりしてくれる存在がいる事が、私の心に強い光となる。
「良くないよ!!ナミのそれ知ったキャプテンとコラさんがどんなに悲しんで、怒り狂って怖かったか!!二人が酒呑むと必ず声揃えて二言目には〝アーロンの奴を殺せばよかった〟って今でも呟くんだよ!?」
「ほら、二人は過保護だから……」
二人は私じゃない私に助けられたから、そして優しいからそういう反応をするだけ。他のクルーが近い立場に居たら、きっと同じように反応したと思うわ。
何も特別な事は無い。ただ、皆が優し過ぎるだけ。
「違うよ!!俺達もその場に居たら、殺されるの覚悟で挑んでたよ!!キャプテン達がどれだけ頑張ってナミを探してたか……!見付けたら死にかけてて、後少し遅かったら、死んでたんだよ!?」
「……感謝してるわよ。大丈夫「ナミの大丈夫が世界で1番信用ならないよ!!」」
……それは流石に酷いと思う。本気で泣きそう。
いつもは私を肯定してくれるベポに叱られるのは、正直堪える。そう思った時、ベポの腕が力を緩めてくれた。
その理由が分からなくて首を傾げた時、聞こえて来たのは懐かしい声。優しい、宥めるような言葉。
「そこまでにしてやってくれ。ナミはガキの頃からそこは変わってねェんだ。……大切な存在さえ無事なら、他は見えねェ」
「ベック……」
「……守り抜いたんだな」
ベックの言葉に私は首を横に振る。今でも私は、ベックに嘘はつけない。
こんなの甘えだって分かってる。でも、乱れる感情を抑えられない。
「……ううん、守りきれなかった。何人も、喪ったわ。ベルメールさんは、歩けなくなったし、ゲンさんは今も全身にその時の傷がある。……切り刻まれて……生きてるのがおかしい位で……!!」
「……ナミ、村が滅ぼされずに、母親は死ななかったなら……とりあえずは成功だ」
「ベック……」
優しく微笑むベックに、涙が零れそうになる。心が子供でいたいと叫び出す。
もう、いい大人になったのに、情けない。結婚してまで兄離れ出来ないなんて……。
「ナミは、自分に厳し過ぎる。……助けを求めてくれたなら、地の果てまでも飛んで行ったんだぞ」
「迷惑、かけたくなくて」
「それで死んでりゃ、世話ねェだろ。それにな、兄貴ってのは……妹に頼られるのが生き甲斐なんだよ。さて……トラファルガー、ナミの事を助けてくれた事、礼を言う」
ベックの言葉にローはつまらなそうに鼻を鳴らす。どうやら気に入らないらしい。
「いらねェ。ナミは俺の女だ。大昔から……決まってた。まだ、あんたらがナミを女神と呼ぶ以前からな」
「……そうか。なら、説教も任せていいか」
「勿論だ」
何故か私が叱られる流れで話が纏まり、その後ジンベエさんは会話から何が起きたのか理解したらしい。それにより、涙を流しながら謝罪を繰り返した。
それに対して私が〝魚人〟を恨んでる訳でもないし、過去があるから今があるのだと笑えば大粒の涙を流して、喘ぐように言葉を紡ぐ。かたじけない……と、それしか言葉を知らないかのように繰り返して。
そのやり取りを聞いていたレイリーさんがその後簡単に話を纏めてくれて、収集をつけてくれたのは有難い。流石は、あの海賊王を支えた男だと感慨深く思う。
その纏め方が素晴らしいのだ。もう、私に周りを気にする余裕は無かったとはいえ、これは無いと言うのはわかる。
「ジンベエ君の弟がね、ナミちゃんの故郷を酷い目に合わせて、ナミちゃんも酷い目にあったから兄であるジンベエ君が謝罪していたんだよ。酷い目に合っていたナミちゃんはロー君に助けられて今は彼の妻だ。わかったかな」
これ迄の会話の流れで、それが分からない方がおかしい。でも、それ以上の事は聞くなと言われてるのは誰にでも分かる。
それにより静まったその場で、ジンベエさんとルフィ、レイリーさんをハートの海賊団が引き受けて、他は目的地の島へと向かう事となった。それを決定づけたのが九蛇海賊団の船長、ボア・ハンコックの登場である。
カマバッカ王国の面々も姿を見せたし、ルフィもそれによりお礼を言ったり色々して別れる事となった。そうしてルフィ達を女ヶ島に送り届けた私は、ジンベエさんとレイリーさんにルフィを頼んで大切なクルーの元へと戻ったのである。
「皆、ありがとう」
「……普段我儘言わねェと思ったら、言ったらコレだもんな」
「でも、女ヶ島に来られたから良かったと思おうぜ!うちには女のクルーなんてナミしかいねェんだし!!」
ペンギンの言葉にシャチが笑う。それを聞いていたイッカクが私は女じゃないのか!!……なんて言って怒ったと思った直後に笑い出す。
私を笑わせる為に、安心させようとそうしてくれたのが分かる。皆の優しさが、痛い程に伝わって来る。
私は漸く、望んでいた場所に帰って来て……諦めていた未来へ進んでいるのだと自覚した。そんな中でローは笑って、残りの心臓を集めると言うので、皆はそれに〝アイアイ、キャプテン!!〟と叫んだ。
この先の事を考えれば、ローの言う七武海入りは正しい選択だろう。表立ってロー、ロシー、私をドフラミンゴが狙う事が出来なくなる。
それに何より、センゴクさんとロシーを再会させてあげられる。ローがその事をずっと考えていたのは、容易に想像できるから、私はローの言葉に従う為地図を広げた。
ただ、あの戦争のどさくさで……ローが脱獄囚達の中から何人もの心臓を奪っていたのには驚かされた。悪名高い海賊を狙って心臓を狩っていくそれは既に、正義の使者と呼ぶに相応しいだろう。
読み物でも素直に正義のヒーローに憧れる、心優しいドクターに今夜は精一杯のお礼をとその耳元へ囁き掛ける。それに1瞬驚いた顔をした後で、破顔した旦那様がそのお礼を夜迄待てたかは……公然の秘密である。