ローに散々身体を好きにされた後、力尽きて意識を失った私は、そのまま眠りについたらしい。その夢の中で、追先程出航したばかりの島での出来事が思い出されていた。
ローと別行動になっていた間に何があったのか、私は本気でそう問い質したくなった。だって、ローがピンチになったタイミングで姿を見せたのが、悪人と言われた方が納得できそうな風貌の海兵……ケムリンだったのだから。
何度か彼の正式な名を聞いたような気もする。けれど、ルフィが何度か話してくれた〝面白い奴〟の中に彼はいたし、その時の説明がケムリンなのだから、私に正式な名を覚えろという方が無理のある話だと思う。
その後結局、施設を脱出するのはケムリンも共にと言う事であった。巨大化した子供達をトロッコに乗せた私達は、海軍の将校二名とその部下達、王下七武海とその参謀、海賊の一味と言う中々に見られない組み合わせでの脱出を試みる。
毒のガスを私が吹き飛ばして表に飛び出せば、ローが子供達を治療してくれた。そうしている間に、状況を把握出来た私が子供達を親元に帰す計画を立てていた時、強面の男から話し掛けられた。
どうやらケムリンは、相当なお人好しらしい。そして、今居るメンバーの中で誰が悪役かと問われたら、ゾロ君かケムリンのどちらかで意見が割れそうだなと、そんな事を思う。
「〝宝玉〟だな」
「ええ、そう呼ばれてるわ。こうしてちゃんと話をするのは初めてですね。……宜しく、ケムリン」
「…………待て。俺の名前は、ケムリンじゃねェぞ」
妙な間を開けて言われた言葉で、私は少し考える。名前がケムリンでは無いなら、フルネーム?
ケ・ムリン……だと韓国風になるから、半々かな。ンだけが名前とは思えないものね。
「え?なら……ケム・リン?」
「んな訳あるかっ!!俺の名前は、スモーカーだ!!」
「あら、そうなの?だって弟もケムリンって呼ぶし、夫も白猟屋って呼ぶ上に、あなたの能力は煙でしょ?だからてっきり、ケムリンって名前なんだと思ってたわ」
どうしても覚えられないだけだけど、あえてそれを隠して笑えば悔しそうに唸ってから本題に入った。それは、子供達を海軍に預けて欲しいというもの。
でも、それを笑顔で受け入れるなんて私には出来なかった。厚顔無恥も甚だしい。
「……何を、言ってるの?」
自然と威圧するような低い声が出た。その時震えながら間に割り込んできたのはケムリンの相方で、私に頭を下げて叫ぶように言う。
この様子から見るに、これを願ったのはこの女海兵なのだろう。古い記憶過ぎて名前が思い出せないけど、この子も重要人物だった筈だわ。
「必ず親元に帰します!どうか、私達に預けてください!!」
「今回、ここにいる子供達がこんな悲惨な状態になっているのは、そもそもが海軍の責任じゃない!子供達を助けたのは、海賊である私の弟とその仲間。治療してるのも海賊である私の夫。それなのに……!!」
「ベガパンクにも相談して、必ず通常の生活に戻れるように治療して、子供達を……不幸にはしないと、お約束します!」
「……信用できる条件が足りないわ。要素がない!!」
電伝虫の向こうで取り乱して泣いていたベガパンクを思い出せば、ベガパンクが関わると言うだけで信用出来るとわかってる。だって私が関わってなくても、子供好きな彼の事だも……子供好き?
何処で得たの、そんな情報。なんで、私は、そんな事を知ってるの?
その刹那、目の前に炎が広がった気がした。真っ赤に染まる視界の中で、その赤が炎がだけではないと何故か知ってる気がして、激しい頭痛と吐気に身体が揺らめく。
それをサッと支えたのは、誰だろう。愛しい夫は、今子供達の元にいる。なら、この腕は誰の……?
「ナミ?ナミ!?」
〝大丈夫、1人になんてしないよ!!〟
私の名を呼ぶ、誰かの声。同時に聞こえて来るのは、愛しくも悲しい声。
名を呼ぶ声に重なるもうひとつの声が、ひとりのものでは無いと知っているのは何故なのか。彼等の優しい声は、私を絶望に導く。
それは救いであり、絶望に通じる優しい嘘。独りにしないと……そう言いながら消えていった温もり。
「おいて……ぃ、かな……で……」
「ナミ!!……っ!!トラ男ーっ!!すぐに来てくれ!ナミが!!」
その声で次第に炎が消えて、私は過去を思い出す。私を支えられるくらいに成長した愛しい弟に手を伸ばして、その頭を撫でれば直後にローが姿を見せた。
心配そうに表情を歪ませて、焦った様子で。でも、待って、ローは子供達の治療中だったのよね?
「ろー……」
「ナミ!どうした?」
「こどもたち……は……?」
「ナミが第一優先事項だ。ナミが喜ぶから、笑うから、俺はやれる事をやってるだけだと忘れるな」
子供好きな癖に、女の人に冷たくできない癖に、そんな事を言うローに少し笑う。大切に想われてる事も、ちゃんと自覚してるから。
幸せだと思う。私は過去でも、現在でも、恐ろしく幸福だと思うの。
「ごめんなさい。大丈夫よ」
「その顔色で言われてもな」
「どうしたってんだ。そんなに子供達を託すのは不安か」
向けられたケムリンからの声でハッとする。その隣で涙ぐむ女海兵さんを見れば、倒れてる場合じゃないと気付かされた。
子供達の事を、実際今船を持たない私にどうにか出来るとは思えない。ルフィなら、きっと〝構わねェよ〟って笑うとわかってるけど、それに甘えるのは難しいのもわかってる。
食料も、燃料も、他にも多くの問題がある。寝床的な意味でも無理があるわ。
でも、この子達が巨大化してるのも、薬漬けにされてるのも、全て海軍の責任。何度もあった筈の誘拐事件も隠して隠蔽して、その上で……実験に使ってた。
政府が巨人の兵士を求めているから……そして、ビッグ・マム海賊団もそれを渇望してる。自分の利益の為に子供達を苦しめて、逃げられなくして、最後には殺そうとしていたのに、どうして信用できるの。
この後私達が姿を消した後で、本当に子供達を治療するのか、親元に届けてくれるのか、そんなの分からない。それどころか、口封じにと殺そうとさえするかも知れないわ。
……そう、思うのに。女海兵の真剣で真摯な眼差しが、嘘偽りが無いと伝えて来る。
ベルメールさんも、こうだったのかな。そう思った時、私はそれに頷いていた。
「ベガパンクを頼る事、そして、ちゃんと治療をして、親元に帰す事。親子で、先に生存確認を兼ねて連絡を取り合せる事……それを、守れますか?」
「守ります!」
食い気味で言われた言葉に、私は細く息を吐き出す。それに、本当はわかってるから。
私も〝政府側〟の人間なんだって。七武海の参謀であり、この島に、研究所に長く居たのだから、何も出来なかったのは同じなのだ。
だから、本来責める権利なんて無い。助ける為に手を伸ばす事さえ、これまで上手く出来なかったんだから。
「子供達が悲しんでいるのも、苦しんでいるのも、巨大化したのも……全てあなた方の落ち度。隠蔽してたのが居たのだとしても、きちんとした調査や聞き込みを行わずにいたから起きた事でしょう」
「……っ!!……は、い」
私の震えながら、私の言葉に頷く女海兵。けれど、怒って暴れることも無く最後まで話を聞こうとしてるのは素晴らしい事だと言えるかも知れない。
隣に居るケムリンもまた、黙って話を聞いている。部下を信じているのか、試しているのかは不明だけど、海賊が何を言ってると激昂する様子も無い。
つまり彼等は少なくとも小物じゃない。なら……信じてみてもいいかも知れないわね。
「これ以上苦しめないで、傷付けないで、都合が悪くなっても決して……殺したり隠したりしないと……そう、約束出来ますか?」
「約束します!必ず、元気な姿で家族の元に帰します!」
傷つけた側の人間の1人である以上、私には託す相手を見極める義務がある。それに何より……無力な自分の代わりとなれる相手がどうしても必要だとわかってるの。
ベガパンクなら……彼ならば、助けてくれる。近くには彼女も居るだろうから。
「……なら、任せるわ」
「あ……ありがとうございますっ!!」
そう言って頭を下げた女海兵に笑えば、ローが話は済んだとばかりに私を抱き上げて勝手に船内へ連れ込む。そしてついて来ていたルフィに私を預けると、そのまま子供達の治療へと戻って行った。
私としては、ローがハートのクルー以外の男と居るのを許してくれた奇跡に呆然としてしまうけど、ルフィは単純に嬉しそう。勢いよく抱き着いてくるのかと思ってたルフィは、けれども心配そうにソファに座っている私を見詰めてくる。
「本当に顔色悪いぞ。大丈夫か?」
「大丈夫よ。……少し休んだら、宴には出るから」
「わかった。ならそれ迄、俺がここで守っててやる!」
そう言って笑うルフィに頷いて、私は休ませて貰ったのだ。その後、ローがケムリンと話をしていたようだったけど、その内容は知らない。
そうして長い夢の世界から意識を切り離して、騒がしい声により意識を浮上させるけど、私は何故か身動きが取れなくてギョッとしてしまう。そんな私に気付いたローがおはようと言いながらキスしてくるから、私は返事を出来なかった。
「んっ……!!」
「イチャつくのは後にして、話聞けよ!だからさ、ナミは俺の船に乗るべきだろ?」
聞こえて来たルフィの声に、何が起きてるのかと思う。ローは私を離さないし、と言うか何故か布でぐるぐる巻きにされてるし。
混乱の極みである。なので私は、素直に言葉を紡いだ。
「待って、話が見えないんだけど?」
それ以前に状況把握出来ないわ。何が起きてるの。
端的な説明でいいからと周りを見るけど、今この場の状況がサッパリ過ぎて誰に何を問いかければ良いのかも分からない。困ってしまうわ。
「俺の船、航海士も測量士も操舵手も居ねェから、ナミは俺の姉ちゃんなんだし、仲間にくれって言ってんのにトラ男が俺の妻だから駄目だって言うんだよ!!」
「そりゃ、言うでしょ。私、ローの参謀だし」
「トラ男と俺と、どっちが大切なんだよ!俺の事可愛いんじゃなかったのか?」
「ローとルフィは、違うベクトルで愛してるから、比べられないわ」
どうして愛する夫と、可愛い弟を同じベクトルで考えられるというのか。そう思って発言したのに、二人とも不機嫌そうな顔になる。
その顔が妙に似てて、共通点なんて〝D〟だけなのにと思えば笑えて来る。でも今笑ったら多分良くないのは理解してるのよ。
「ナミには、俺の愛が足りてないみたいだな。これからもっと深く、愛してやるよ」
「トラ男ー!!駄目だぞ!お前医者で分かってんだろ!そんなに衰弱してんのに何考えてんだよ!?」
「チョッパー君?」
言葉と共に巨大化して私をローから奪い取ったチョッパーが、私を隔離するように庇う。それを見てローは悪かったと言うけど、今夜覚悟しとけとその視線で言われては小さくなる他無い。
でも、衰弱してたんだ?私。
「ナミをスイジャクさせる奴に、ナミを任せられねェ!」
「昨夜のはナミから誘って来たんだ。とやかく言われる筋合いはねェよ」
「ナミからなんて!!そんなの……」
言葉に詰まるルフィに、何故かローはドヤ顔。そのままルフィは地団駄踏んで騒ぎ出すから、私は声も出せない。
「無いって言いたいのか」
「狡ィ!!」
待て。色々待って。
何で筒抜けなの。そして、狡いって何。
「ロー……。今夜、私寝ない」
「巫山戯んな」
「何で筒抜けなのよ!それに誘ったって何よ!?」
「ナミが挿れてくれってねだったんだろうが。嘘は言ってねェ」
その言葉で思い出したのは、昨夜から今朝にかけての情事。ローが散々焦らして、私から色々言うように仕向けた癖に……!!
「あんな……あんな風に焦らされたら言うに決まって……!!それに、何で皆に知られてんのよ!?ローの馬鹿ぁ~!!」
「知られたのは、朝俺達が出なくて起こしに来たらやってたってのが理由で、その後はナミも意識戻らなかったからな」
「最低……!!だから、もう無理って、辞めてって言ったのに!もう、暫く触んないで!」
「自分から咥えて来た癖に何言っ「五月蝿い!もう、ルフィの船に移動しちゃうんだから!!」そんな事したら、この心臓握り潰してやる」
その瞳に本気の色を宿してローが手にしたそれは私の心臓で、つまり、私の中にはまだローの心臓がある訳で……。文字通り心を掴まれてる私は、それを睨むしか出来ない。
それを見れば照れてる場合じゃ無い。そんな事をさせたら、ローが死んでしまうわ。
「ローは、私が死んだら生きられないでしょ」
内心はどうあれ、強気に言ってみればローはフッと笑う。そして、私の心臓を愛おしそうに見つめて、軽くキスをする。
そのサイコパスな様子が絵になる時点で余程だと思う。思うのに、それが嫌じゃない。
「俺の傍から離れるなら、生きていても死んでるのと同じだ。なら、ナミを殺して俺も死んでやる」
本気だとその瞳が訴えるから、私は脱力してしまう。全く、困った人だわ。
そっと身じろいで手を出せば、跡が身体中の至る所に、それも嫌になる程についているのが分かる。けど、それは今どうでもいい。
臆病で寂しがり屋で、警戒心が強いこの人を抱きしめたいの。そう思って伸ばした腕を受け入れたローが私に抱き締められれば、漸く瞳の色が安定する。
そうして理性を取り戻したローは、この先の作戦について麦藁の1味に説明を開始した。私は共にいる間は航海士として働こうと決めて笑い、ローの傍で弟とその仲間達を見つめている。