ドレスローザには無事に到着出来た。ローの作戦が上手くいっていれば、混乱に乗じて色々対応もしやすくなってる筈。
ここで本来ならばチームを三つに分ける筈だったのだけど、二つに分けた時点で問題児達が姿を消してしまった。その為に、船を守るメンバーと引渡し組はそのままに、自由にお遊び隊ができている。
元は引渡し組の他は待機して居て、問題無しとなったら工場破壊にその内半数が向かい、残りの半数が船を守る予定になってたのに……。でも、こうなってしまった以上は仕方ないかと諦めるように溜息を落として、私はロー達引渡し組を見送りつつ、船を守る側に組み込まれた。
それに対して不満は無い。ただ……無性に不安なだけ。
そんな私の傍で、笑顔を向けてくれるチョッパー君に私も笑いかける。そのままブルックさんとチョッパー君、そして、モモノスケ君と共に本について話したり演奏したりして穏やかな時を過ごしていた。
けれども当然の事ながら、そんなに平穏は長くは続かない。知識として知っていたドフラミンゴの幹部との戦いが始まってしまえば、まず優先されるのはモモノスケ君の安全。
その戦いはブルックの機転により事なきを得たけれども、敵を捕らえるのとほぼ同時にドフラミンゴが姿を見せれば、呼吸が止まりそうになったのも当然と言える。泣き叫ぶルフィの仲間達に手は出させないと雷雲を生み出して攻撃をするけれど、当たった筈のそれがダメージに繋がらない。
「フッフッフッフッフッ……!!」
その笑い声を聞いただけで背筋が冷たくなる。それでも睨むようにしながら相手の動きを見て、仲間を助けようとしているらしい物を短剣で斬り裂く。
そんな私の様子に、ドフラミンゴは確信を深めた様子で笑う。絶対的な強者が、そこに居る。
「……本当に、ローは俺に逆らうつもりらしいなァ?」
「当然でしょう」
守る為には、戦わなければならない。ローが〝オペオペの実〟を食べた以上は、ドフラミンゴがその野望を捨てない限りこの先も永遠に狙われ続ける。
そう考えた時、ロシーも私も人質にするには適し過ぎているもの。ドフラミンゴと戦わないと言う選択肢が消えたのは、間違いなく私とロシーの存在が理由。
参戦してくれようとしたルフィの仲間には、捕らえた敵を逃がさない事とモモノスケ君の保護を優先するように指示を飛ばして、私もまた空中へと我が身を移動させる。その勢いのまま、電撃と煙幕を利用して浮かぶのに使用してる糸を切ろうと試みるも、私が生み出した煙幕が雲である為にそれに糸を繋ぎ直されてしまう。
「ローの弱点が……まさかこれ程迄に……俺好みだとはなァ?なァ、ナミ?」
手配書があるからだとわかっていても、名を呼ばれればビクリと身体が震えてしまう。……怖い、と、思う。
でも、何でかな。傷付いて、苦しんでるように見えてしまうの。
「ローに二度と関わらないで、ローの周りにも手を出さないと言うなら……これ以上何も」
言葉を紡ぐその途中で向けられた糸。足を常に動かして、それと同時に向けられる糸や攻撃を躱したり阻んだりしている今、体力は目に見えて減っているだろう。
後何回防げるか……。そんな事を考えた直後、五本の糸がそれぞれ全く異なる動きを初めてしまい、私は対応しきれずに絡め取られてしまう。
そのまま引き寄せられて腕の中に捕らえられてしまえば、逃げる方法なんて何も浮かばない。それでも、この人は幼い頃にローを育ててくれた人でもあるからと、真っ直ぐにその顔を見詰めれば表情を消したドフラミンゴが私の顎を掴んだ。
「まず1つ……交渉するつもりなら、相手がそれを拒否出来ない程に追い込んでからにするんだな。そうしなけりゃ、考える余地も与えられねェ」
「参考に、するわ」
確かに明らかに格下の相手から、もう抵抗しないからってのを引合いに出されて頷く筈が無かった。でも、何でかな……この子と戦いたくなかったの。
そう思って、抑えられてる事で反らす事も出来ない視線が絡み合う。サングラスごしなのに、それがわかってしまうのは不思議な気持ちになるけれど。
「俺の好みを全て凝縮したような女が……実在するとはな。どうだ、ガキなんて止めて……俺に乗り換えてみねェか」
「お断りよ。私は、ローの妻。気安く触らないで」
「気の強い女は……好きだゼ?」
その言葉と同時に重ねられる唇。抵抗したくても、糸により動きを封じられていては何も出来ない。
頭を動かす事も、身を捩る事もできなくて……。震えそうになる身体を自覚する。
けれども唇が合わさっていた時間は僅かで、助かったと思ってその顔を見れば驚愕に彩られた表情を目の当たりにしてしまう。何事かと思った直後、ドフラミンゴの唇が開き、音が発せられる直前にサンジ君が姿を見せた。
それにより私は開放されたけど、今度はサンジ君が捕らえられてしまえば焦って飛び出そうとしたのも当然である。けれどもそれをサンジ君は許さない。
「ナミさん、君は下がっていてくれ!!」
「小僧、邪魔するんじゃねェ!!ナミ!お前……ナミなんだな!?」
サンジ君を完全に邪魔者扱いで攻撃を仕掛けるドフラミンゴは、正に鬼としか思えない形相だ。でも、なんでそんなに私の名前を確認して来るんだろう?
そんな私の疑問に応えてくれる相手は当然居なくて、切り刻まれそうになってしまっていたサンジ君がその場から消える。代わりに刻まれた樽はどこにあったものなのか。
「ロー!!久々の再会だってってのに、随分なご挨拶じゃねェか!!」
「……ナミ、先に皆の元へ向かえ」
「ロー!!」
怒り狂うドフラミンゴを睨み付けたまま、ローは私に言う。でも、喜んでしまう私の言葉を無視してローは話を進めて行く。
今のローは、夫では無く船長なのだと分かる。クルーとしては従うしかないのは理解してるわ。
「シーザーを奪われる訳にはいかねェし、俺はクルーを、妻を、いや……ナミを奪われるのを良しとする気もねェんだよ!!」
「ロー……ナミを返せ。ナミは、俺のものだ」
「何、巫山戯た事を言ってやがる。ドフラミンゴ、寝言は寝て言え」
「フッフッフッフッフッ!!」
言葉だけでなく身体でも戦いを続ける二人に、私は何も対応出来ずに身体を震わせる。これ迄会った事なんて無いはずなのに、何故か愛しそうに私を見つめ続けるドフラミンゴの真意が掴めない。
困惑し、戸惑う私に伸ばされたのはドフラミンゴの糸で……私はそれに絡め取られて、そのまま勝手に浮かび上がる。抵抗しようにもどうにもならない現実が私の心を追い詰めて、ローは埋められない力の差を突きつけられてしまう。
強く抱き締めてきたドフラミンゴのその腕が、微かに震えていると気付いた時、心が確かにザワつくのを感じた。何が起きているのかと自分に問い掛けた時、サングラスをしているのに……ドフラミンゴが迷子のような顔をしていると気付いてしまう。
それにより、最近見る事の増えた夢を思い出す。サングラスをしている幼い少年と、前髪を長く伸ばしている幼い少年の頭を撫でて笑う夢を。
……似てる。あの子達は、だとしたら……?
「ドフィ?」
「……っ!?ナミ!思い出したのか!?」
ロシーには何度も言われていた。ローと共に助けられた事は。
でも、最近見ている夢は明らかにローでは無く、ロシーの幼い頃。では……二度、私では無い私はロシーの過去に関わっていたと言うの?
動揺しているらしいドフラミンゴ……ドフィを見れば、この予想は間違ってないのだろうだろうと分かる。でも、経験した訳じゃないし……そう思う。
思うのに……どうして?
幼い迷子の少年にしか見えない。泣くのを耐えて、震えてるようにしか思えないの。
私の倍以上ありそうなその体格で、でも、心はその頃のままのように思える。だから私は、夢の中でそうしていたように、気を引き締めて言葉を発した。
「解きなさい、ドフィ」
「……逃げようったって、そうは「ドフィ」」
真っ直ぐに見据えて名を呼べは身体に絡み付いていた糸が、拘束が緩む。動くようになった身体をゆっくりと動かせば、ローとサンジ君の悲鳴のような声が私の名を紡ぐ。
でも、それに軽く片手を上げてそのままでと示せば、二人はその場で動きを止めたのが振り向かなくても分かる。ここで助けて貰うべきなのは分かるのに……。
今、この子を叱らなければこれからも悪い事を続けると分かる。そして何よりも……心の悲鳴が聞こえるような気がするの。
「ドフィ……」
抱き上げられていなければ、届かなかっただろう。その位には身長差がある。
わかってるけど、どうしても、幼い少年にしか思えなくて……。頭を抱えるように抱き締めて、その頭を撫でればドフィは抵抗する素振りさえ見せなかった。
「……っ……ナミっ」
多分、私は彼等の過去と関わるのとは違うルートを辿りながら生きて、未来へ進んだんだと思う。だから、この先もソレを経験する事は無い。
確信を抱くようにそう思うけど、同時に……頭を撫でている間に伝わるものがある。そのルートだった場合の関わりや関係性を知り……苦笑してしまう。
守ったつもりが守られて、助けたつもりで帰されたそのルート。その為に忘れた私に関する事を、先程のキスで思い出したのならば、ドフィもまた混乱していて当然。
何も知らないまま、ロシー達を守る為に囮になった私と出逢い、それでも殺さずに居てくれたドフィを……責めるなんて出来そうにないの。直接経験した訳でもないのに、可愛くて……だからこそ、悲しい。
「ドフィ……いい子ね」
でも、ごめんね。私はローに生きていて欲しいの。
仲違いを解決させたいとは思うけど、それが難しいのもわかる。知識だけだとは言っても、それでも知れば愛しくて……。
「私は、ドフィ達と関わった私じゃないわ」
「だろうな」
「え?」
真実を告げれば、動揺すると思ってた。信じないで、攻撃して来るかとも思ってたのに、何故かすんなりと受け入れるその様子に……戸惑う。
ならば関わるなと拒絶されると思っていた。なのにどうして、私の事をこんなにも大切そうに扱うのだろう。
「あの頃のナミは、二言目には〝ルフィ〟だった上に、恋人の名前も同じだった。だが……ローの妻となっている。そう考えれば、明らかに別人だ」
「ドフィ……」
「それでも、その甘さも、強さも、香りも、気高さも……残酷ささえ変わってねェ。俺の愛してる女は、お前だけだ。ナミ」
そんな声出せたのかと言う程に甘く優しい声。鼓膜を震わすそれは、ある意味猛毒……。
ん?あれ?
今、この子何言った?聞き間違い?
「……あい?……え?」
「鈍さもそのままか。成程、あの時のナミとはIFとなる存在か。それでも、基礎は同じ。流石は偉大なる航路だ。何が起きるのか予想さえ立てさせちゃくれねェな」
1人で納得した様子を見せるドフィは、楽しそうに笑うと言う。俺の元へ残り、王妃となれと。
それを受け入れる事は出来ないから、首を横に振る。でも叶うなら……。
「ドフィの大切な家族と、仲直りさせる事は出来ると思うの。だから「俺は、この国を支配するのを辞めるつもりはねェし、ローにその力を使わせる予定しかねェ!!仲直り?何甘い事言ってんだ」」
ドフィの言葉は、半分強がりだと伝わる。でも、この島にはルフィと共に来てるから、主人公であるルフィがいる今、ドフィは争えば負けると知ってるの。
「ドフィは、ローに勝てない。私の夫は、世界一の男よ」
だけどそれは言えないから、別な真実を告げる。ここで争えば、破滅するのは……貴方の方よ、ドフィ。
見据える私の首に糸が巻き付き、呼吸が難しくなる。それでもドフィを見ていれば突然解放されて、辺りを見ればローにより逃がされてたのだと気付いた。
「ナミ、行け。……ここまで来たら、大団円はねェ!!」
「でも!!」
「奴と俺達がファミリーに戻った場合、泣くのはナミだ!!」
ローの言葉が理解できない。何で、ハッピーエンドを望む事さえ許されないのか理解出来ないの。
「……どういう事?」
「……ナミは、この国と、ワノ国がどうなっていても俺達だけが無事ならば笑って生きていけるなんて……そんな事はねェだろ。ナミの望む未来へ手を伸ばせば、カイドウが敵になり、最初に狙われるのは……お前だ、ナミ」
ローの言葉の意味を、私はちゃんとは理解出来てない。でも……納得も出来ないと睨んだ時、重ねられた唇。
言葉を失う私に、ローは笑う。優しく、穏やかに。
「上書きだ。ナミ……これは、俺のケジメだ。皆を、頼む」
「生きるも死ぬも共にって、約束し」
言葉はそこで途切れた。腹部にめり込んだ拳が、私の意識を簡単に奪ったから。
私が意識を取り戻した時、ローの姿は無くて……船は出航したのだとわかる。サンジ君、チョッパー君、ブルックさんとモモノスケ君が心配そうに見つめて来るのを、私は肩を竦めて受け入れた。
次に会ったら、どんなに抵抗しても、離れてあげないんだから。約束を破ろうとしてる旦那様を思って少し膨れてから、私はゾウを目指して船を進め始める。
それが、本来の流れに沿った行動だなんて知らないままに。波間の向こうを目指して、私はただ……孤独を感じながら突き進んでいた。