偶然の遭遇(光源氏14)side
その日俺は不愉快の絶頂にいた。船になんぞ乗りたくもないというのに、ほんの20回程会議に参加しなかったからと言って七武海から追放されるかと言う話をされ、無理に連行されている。
それも逃げられないようにと青雉つきだ。巫山戯るにも程があるだろう。
船内でのんびりと過ごしていた俺は表が騒がしくなったのを受けて、苛立ちを隠す事無く甲板へと向かう。そこには沈む船があり何だとそれに視線を向ける。
慌てふためき海に落ちて行く男達。海流に飲まれて沈む男達。
沈む船に縋り付き、共に沈む愚かな者達。海を舐めてるからそういう事になるんだと思った直後、浮き上がる瓦礫に混ざって女が1人浮かんできたのが見えた。
運の良い奴と思って視線を向けるが、突然木片で樽を器用に漕いで移動を始めるそれを面白いと思ったのは、途中まで漕いだら後は海流に乗って流されて行くのが見えたからだ。となれば海面に浮かんできたのも、偶然ではないのだろう。
他の人間を助けようとしない冷淡さも気に入り……妙だな。乗っている樽が赤く染まるのを見て、俺は不快な気分になる。
まさか、捕まっていたのかと思えば、直後に船を沈めたのもアレかと気付き笑いが込み上げる。……アレが欲しい。
咄嗟に砂となり樽ごと拾って甲板に投げれば、身動きを取れなくなったかのように倒れ込む女。見ればまだそれは幼く、あどけない顔をしている。
「あー……何してるのか、聞いても?」
「民間人の保護だ。誘拐未遂だろう……治療してやれ」
「あらら……さっすが英雄様」
青雉の軽口を受け流して、少女に視線を向ければ青雉も漸くその姿を視界におさめたらしく眉間に皺を寄せている。それからこりゃー不味いねと言うので、その先は任せて船内へと戻る。
数刻した頃破壊音が船内に響き渡り、助けを求められれば動かない訳にも行かずに侵入者の元へと案内される。そこに居たのは、意識があるのかさえ怪しいレベルの先程の少女。
「海軍……?信用出来ないわ、海賊の手先じゃない!」
「我々は君を保護しようと……!」
「今度は、何処に売り飛ばすつもり?大人しくやられるつもりは無いわよ」
「クロコダイル氏!我々では手に負えません!」
小娘1人に情けねェ奴らだ。侵入者ですら無い相手にこれとはな。
そう思って視線を向けると小娘は俺を見て、武器を下ろした。それからその場に膝をついて頭を下げるのだから、理解に苦しむ。
「……サー・クロコダイル氏の船とは存ぜず失礼致しました。保護して頂いたという事で、間違いございませんか」
「あァ、そうなる。暴れると傷が開くぞ」
「お情け、有難く存じます。これ以上のご迷惑はかけたくありませんので、小舟を借りられると助かるのですが」
「その怪我で
「はい。私1人ならば、どうとでもなります。これまでもそうしてきました」
面白いと直感した事に間違いはなかったと実感する。俺は小娘にゆっくりと歩み寄ると、その顔を上げさせる。
強気な瞳が俺を真っ直ぐに見据えて、信用していないと告げる。警戒心剥き出しの子猫を拾ったような気分で眺めていると、青雉が入ってきたのが分かった。
「1瞬で暴れるの辞めさせるとか、英雄さんは凄いね」
「小娘1人抑え込めねェ方がおかしいんじゃねェのか」
「あらら……お嬢ちゃん、どう思う?」
ここで暴れていたやつに声をかけるかと鼻で笑いそうになった時、小娘がその瞳を大きく開いて青雉を見ているのに気付いた。知っているのかと小娘から手を離すと、小娘は1瞬ニンマリと笑い、それをかき消すように涙で潤んだ瞳で青雉に飛び付いた。
「大将ですよね!?正義の、側ですよね!?」
縋るように青雉を掴むその手は震えていて、先程のニンマリとした笑みは目の錯覚だったのかと思いたくなるような情景が、目の前で繰り広げられている。
「1応、そうなるけど……お嬢ちゃん、どうして俺が大将だって、知ってるんだ?まだ内示が降りてそうたたねェんだけど……」
「……話すと、長くなりますが、聞いて、貰えますか?」
大怪我で大立ち回りしたとは思えない、か弱い1般人にしか見えない姿で小娘は青雉に語り出した。海軍が海賊の手先となり、その海軍に見捨てられた地域の住民が奴隷にされているのだと。
彼等を助けたくて海賊の1味に加わり、内部で情報を集めていたから、海軍の事も知り得たのだと小娘は涙を零さないよう必死で耐えながら、語る。話を聞いていた海軍の雑魚達は可哀想にと涙ぐみ、なんと言う非道かといきり立つ。
だが、青雉だと認識した瞬間のあの笑みと、その前の大立ち回りを見ればこれは演技なのだろうと思わされる。それにしても、演技だとしたら末恐ろしいなと小娘を眺めながら俺は1人グラスを傾ける。
東の海、コノミ諸島ココヤシ村を基点として暴れ回る魚人海賊団。そこで小娘自身も奴隷とされながら、村人を10億ベリーで解放するという約束を信じて、海賊相手に海を渡ってきたのだと言う。
今回は失敗して捕まってしまったのだけどと儚く微笑むその表情が、この歳の子供には妙に不釣り合いだ。青雉はそれは助けねェ訳にもいかないかと言って、そこに立ち寄る事をセンゴクに1報入れてから動き始める。
小娘は保護される事となり、必要なら刺青消してやるよと言う青雉にサラサラと何かを描いて渡す。
「それなら、代わりにこれを入れてください。完全に消せないのならば、代わりのものを」
そのやり取りを聞いていて、俺は小娘に近付くと動くなと1言言ってその刺青に触れる。炭は砂と似たようなもので、抜くのにそう困る事も無く、手間と言える程のものでもねェ。
マークの消えた左肩は滑らかではあるが、微かにザラつくので水分とってクリームでも塗っておけと言い残して去ろうとしたら、上着を掴まれる。何だと思って視線を向けると小娘が泣いているのが見えた。
これまでのどの表情とも違うそれは、演技ではないのだと即座に気付く。……小娘の涙如き何だと言うのか。
そう思うのに、動く事も振り払う事も出来ず、それどころかその顔を他の誰にも見せたくないと思ってしまった。
「……泣くな、俺は水が苦手なんだ」
言いながら小娘を抱き締める俺はなんと滑稽なのか。先程青雉にしていた演技とは僅かに異なるが、縋るように回されたその腕が微かに震えていて、それに何故か満足する自分がいる。
泣き疲れて小娘が眠るまでそうしていたが、眠ってしまった小娘をどうするかと考えて、自分の部屋に運ぶ。それを不思議そうに見てくる雑魚達に、暴れたら手を付けられないだろうと言えば納得されてしまう。
小娘に昏倒させられていた者達は揃って電撃を食らったような衝撃があったと言うが、ロギアじゃねェんだから電撃なんぞありえないだろうと鼻で笑って終わらせた。部屋に連れてきても、寝かせられる場所は多く無い。
1瞬どうするかと考え、怪我人だと言うことでベッドに寝かせると、微かに身じろいだ小娘が小さく呟いた。
「……ベック……?」
1瞬で不快な気分にさせられたのは、それが男の名だと思ったからか、それとも別な奴と勘違いされたからか。小娘は俺の殺気を受けても、気にした様子もなく眠り続ける。
俺は溜息を落として小娘から離れると、青雉を探す。青雉は俺を見ると面倒くさそうな顔をするが、大将の中ではこれが1番マトモなのだから、終わってるとしか言い様がない。
「あの子、どうするつもりよ?」
「俺が拾ったんだ、俺の好きにする」
「……1応、民間人なんだけどね」
「民間人が、ベックと言う人物と知り合いな訳か」
「ベック……?って、まさか……」
「さて、寝言だったから真相は知らねェがな」
慌てた様子を見せた青雉に、少し溜飲が下がった気がした。そうしてやはりベックと言われて思い浮かぶのは奴も同じかと、溜息を落とす。
これは、厄介な拾い物か、宝石なのか。小娘が寝ている間に島は解放され、小娘の家族だという人間が姿を見せると、母親が元海兵だと分かり青雉は肩から力を抜いた。
「お嬢さんの勇気ある行動でこの度俺が派遣されました。長らくの苦労をおかけした事、お詫び致します。つきましては、補填等復興の手伝いをさせて頂きたいと考えております。ですが、その前にお嬢さんの事は暫くこちらに預けて頂きたい」
そう言って青雉が家族を説得し、俺の所に預けられる事になった小娘。突然島を出る事になった筈の小娘の荷物として預けられたのは、何故か蜜柑の木数本と背負える程度の荷物が1つだけだった。
小娘はそれを受け取ると嬉しそうに微笑み、それから俺によろしくお願いしますと頭を下げた。暫く様子を見るしかないかと、俺はこのゴタゴタで参加しなくて良くなった会議に、出席した事にして貰い、アラバスタへと帰還する。
助けられたから、そう言って俺の側で微笑む小娘を外に出すのが嫌だと思うようになるのは、それから間もなくの事だった。
夢に有るまじき、名前名乗っても居ないし……!
だが、直さない!