高々1人の女を置いて行くか、連れて行くか、そんな事で大いに悩まされた。それは七武海の招集にたったの8回程連続で欠席しただけで、今回は絶対に来るようにとの連絡を受けたからに他ならねェ。
これに行くと、数日ではすまねェ時間がかかるのは当然だからだ。誰がすき好んで海なんかに出たいと思うのか。
海に出る必要を減らす為に、拠点となる地を選んだのだと言うのに。勿論それだけが理由でもねェが、それもまた1つの大きな理由だ。
帰りがてら観光もしていいならば、海軍がその足となるのならは行ってやっても良いと言ったら、騒がれた。だが俺にある〝英雄〟の肩書きの為に折れたのはセンゴクの方だった。
折れる位なら、初めから騒がなけりゃ良いものをと言った俺に、ナミは楽しそうにクスクスと笑っていた。その顔が出来の悪い息子の愚痴を聞く母親のようで、微かにイラッとする。
こんな時、ナミは本当に14歳なのかと不思議に思う。思ったところで、何がある訳でもないのだが……。
会議の間は船に軟禁しておいて、海軍の誰にも入室を許さずにいれば食事はどうしましょうかと問われる。何か俺がいる間に日持ちするものを運んでおけと命じれば、即座に対応する海軍の兵士達。
何も出来ない無垢な幼い少女だとでも、思われているのだろうか。海軍の奴等は、妙にナミに対して甲斐甲斐しい。
食料を残して部屋に閉じ込めようとした俺に、ナミは初対面の時に見せた計画性の高い悪辣な姿を、見せてくれなくなっていると気付かされる。それは悪い事ではなく、本来ならば良い事なのだろう。
だが……平然と冷酷とも言える決断を下し、1人で平然と大人を利用しながら生きている様子だったナミのその姿を気に入っていた俺には、少し物足りなく感じる。恐らくはこの穏やかで優しく笑うナミが、本来の姿なのだろう。
甘く優しく、慈愛に満ちた14歳の美少女……そんなモノが、居てたまるか。何処かに隠してる所がある筈だ。
そんな絵に書いたような存在がこの世にいてたまるかってんだよ。1番ありえるのは年齢詐称だろうか。
何処までが演技で、何処からが本質がさなのか俺にさえ悟らせないナミは、当然のように俺を見送る。そして、帰れば当然のように出迎えられた。
島からと言うか、基本的に部屋からも出さねェからと今回観光目的で連れて来た。それでもやはり、可能ならば閉じ込めておきたい。
何処か浮世離れしたナミに、俺は少しばかり焦りにも似た何かを感じる。隠しておきたいと、人目に触れさせたく無いと考える理由が分からずに、いや、分かりたくなくて強く眼を閉じる。
そうしている内に表が騒がしくなり、仕方なく立ち上がった俺にナミは言う。本当に気軽な様子で。
「8時の方角からサイクロンが接近中。気を付けるように伝えて。それと、問題が無ければ今日の昼過ぎには次の島に到着する筈だから、それを伝えて欲しいの」
その言葉に俺は頷いて軽く頭を撫でる。それだけで無防備に笑うナミは、俺に砂にされるかも知れねェとは欠片も考えて居ないんだろう。
「少しは、怯えろ。俺はいつでもナミを砂に出来る」
「……理由があっての事なら、構わないもの。助けられた命だから、クロコダイルさんが必要に応じて使うのは当然の権利だわ」
その言葉にナミの中で俺は恩人でしかないのだと突き付けられ、何とも言い難い感情が渦巻く。それを誤魔化すようにして出掛けた俺は、帰った時後悔する事になるとは思いもよらなかった。
冷静に考えれば、あれだけ色々先に言っていたのは、これを暗示していたと言うのに。自分の愚かさが心の底から許せねェよ。
机を恋人としたナミは本当に使い物にならず、それでもサイドテーブルに残されている手紙を見付ければ、お小言で済ませてやるかと思わされる。少しでも多くの情報を求める俺に、ナミはいつでも協力的だ。
本当に頭の出来だけは良いんだよなと、別な意味では大馬鹿者なナミを見て溜息を落とす。賢すぎるが、同時に愚か過ぎる幼い少女の後ろ姿を眺めて、自分が何をしたいのかと問い掛ける。
……答えの出ねェそれに思考が飲み込まれかけた時、開いていなかった手紙を開き、今更書かれている内容を確認した。その後すぐに、海兵に命じてナミの為に洋服を用意するよう指示を出す。
情報の種類がいつもとは大きく異なり、イベントについて書かれていたからだ。それから海兵により、俺の満足する物で揃えられた時には日付が変わっていた。
使えねェ奴等だと思いながら部屋に戻りナミに声をかければ、怯えたような顔で振り向いた。それを見れば変な奴だと思わざるを得ない。
「殺される事より、叱られる事に怯えるとはな。……これを着ろ、着替えたら出掛けるぞ」
投げ渡したそれを見たナミは、驚きに瞳を落としそうな程に大きく開く。それから小さく、笑みの形を作った唇をゆっくりと動かした。
「クロコダイルさん、私の作品読んでくれた事があったのですね。ありがとうございます。着替えてきますね」
まだナミは敬語が抜けねェな。使うなって言ってんのによ。
葉巻の煙を吐き出しながら後ろ姿を見送り、暫くしてから姿を見せたナミを見れば、情けなくも名前さえわからねェ女を追いかけ回した、童話の王子の気持ちが分かるような気がした。ガラスの靴をはいたナミは、器用にも問題のない様子で歩いている。
……安全の為にガラスでは無くダイヤで作らせたんだがな。それでも、歩きにくいだろうと思っていたが自然な足取りで姿を見せたのだから、これは1種の特技だろうと思う。
「Trick or Treat……?」
突然ナミから紡がれたそれに俺は笑い、ナミの手を掴む。そして返事をする。
「今から食事に向かう。お菓子じゃなくて悪いがな、我慢しろ、シンデレラ」
「……デート、みたい……ね」
甘やかに微笑んだナミを見て、今更そのつもりだとは言えなかった。引き摺るように飛び出した船から離れれば、まるで何処ぞの姫を誘拐してるかのようにも見えると気付く。
だからといってそれを改めるつもりはねェがな。ナミは俺のシンデレラだ。
Trick or Treat……想いを燻らせ、拗らせた王子に逃げ出す予定のないシンデレラは嬉しそうに微笑むのだから、きっと今宵は幸せな夢を見る事が出来るだろう。何せ今宵は、楽しい悪夢のお祭りなのだから。
少しでもお楽しみ頂けていたら嬉しいです。