バレンタイン以降可能な限り、仕事をナミのいる部屋で行うようにしている。二度と逃がさない為というのもあるが、普段何してんのかと思ったからというのが正直大きい。
俺が居てもいなくても、ナミは何かを書くか読むかして過ごし、時間になると食事を用意してくれるのでこの環境も悪くはねェなと思う。だが、ニコ・ロビンが言うには俺が居ないと食事をしないらしいから、それについては叱る必要があるなと思う。
それでも俺も外に出るしか無い事も多く有り、今も外から帰ってきた所だ。そこにはナミだけでなくナミの客、即ちカモメがいる。
カモメは俺を見ると慌てて飛び立ったので、そっとナミの元に向かう。だがナミは俺に気付かずに箱の中身を嬉しそうに見ているばかりだ。
俺を見ろと思うが、言った所で無駄なのは理解している。何かに集中したナミのそれは、声をかようともなんの意味も無ェ事はもうわかり切っている。
ミスター3が任務に失敗し、それでいて生意気な態度を示した事でミスター2にその始末を命じたが、未だ達成の連絡が入らねェ。……実力を考えれば失敗は有り得ねェがミスター3は生と成功への執着が強過ぎる程である為、油断ならねェとも分かっている。
ナミが俺に気付かない程に何を見ているのかと思えば、姉からの贈物だと気付く。ナミは〝家族〟に対して甘過ぎる。
少し疲れたような気分になりソファに座ればナミが近付いてきて、不意に口の中に何かを押し込まれた。俺に無防備に触れてくるナミに、少しばかり笑いそうになるがこの甘味はなんだ?
「特別よ。私がノジコに貰ったマシュマロなんだから」
その正体をナミが告げるのと同時に思わず口にしたのは、嫌味以外の何ものにも取れない文言だ。だが、正直俺は脱力しているだけなんだが、それ以前にナミは気にしてないらしい。
「有り難すぎて涙が出そうだ」
そんな俺にナミはそうでしょーと笑い、飲み物を差し出して来た。蜜柑の香りがするそれに少し癒される。
……変な女だ。飲み物を飲み干してから立ち上がると、部屋を出ようとしたが、何故か俺の足が止まる。
それを見送るナミはいつもと変わらない様子だが、これからミスター1から4迄のペアを集める予定であり、計画の最終段階に入る事を思えば不安になる。ナミの傍にニコ・ロビン……ミス・オールサンデーを残すべきか。
ふと振り向いて、だがそうもいかねェかと溜息を残して去る。気を付けてねといつもの様に見送るナミに、振り向く事なく片手を上げて応えた。
俺がミスター0として姿を見せた事でざわめいたが、計画が始動した事に変わりはねェ。ミスター2の言葉でミスター3が任務に失敗して、のうのうと生き延びていると分かり俺は少しでは無い苛立ちに苛まれる。
今はナミを気にしてる場合じゃねェか。何故かナミが妙に気になると思っていたが、そうか……ホワイトデーが近いのかと分かれば何を贈るべきかと考えさせられる。
そしてホワイトデー当日、愚かで無鉄砲な若い海賊達と共に邪魔な海兵を1人水没させるようにしてからその場に背を向けた。そんな時、この先に隠しているナミをこのままには出来ねェと気付き、オールサンデーに声をかける。
「オールサンデー、ナミを王宮に連れて来い」
「あら?部屋から出しても、宜しいのですか?」
「俺の傍に居なけりゃ、護れ「ナミだと!?」」
叫ぶ声に視線を向ければ、麦藁の小僧が何やら騒いでいる。ナミを知っているのかと大声で。
「……坊ちゃんこそ、アイツを知ってるのか」
「オレンジの髪の、蜜柑の匂いがする、航海術持ってるやつなら、俺の幼馴染だ」
その瞬間、ナミがいつだったか〝ルフィ〟と言う弟がいると言っていたのを思い出す。……まさか、こいつか?
だとしたら、これが死ねばナミは泣くだろうか。だが……どうしたものか。
「サー?どうなさいましたか」
「ナミをこの部屋を通らせずに連れて来い。アレが死んだと知れば、泣くだろう」
「ナミが?……分かりました」
「待てよワニ!ナミをどうして「ナミは、俺の持物。所有物だ」」
殺す予定ではあるが、海兵がいる。万が一奇跡が起きて生き延びた時の事を考えれば俺の女だと言う事は、リスクが高過ぎるからと俺は言葉を変えた。
だが、それを小僧は気に入らないらしく騒ぎ続ける。……耳障りだな。
その後それの仲間を始末する為に表に先に出たが色々あり様子を見に戻れば、小僧は姿を消していて〝お姫様〟を始末しようとするのも邪魔される。だが……ナミはこの〝お姫様〟や小僧を始末すれば泣くだろうか。
そんな事を考えて1瞬動きを止める。その隙に小僧に殴られて、それを反射的に乾涸びさせてしまえばもうどうにもならねェなと思う。
ナミにはこの国をホワイトデーの贈物だと言ってやろうかと小さく笑い、ミスオールサンデーに王宮迄連れて来られたナミを1度抱き締める。その時ナミは辺りの様子を見て、小さく体を震わせた。
「ナミ?」
「クロコ、貴方……まさか、国盗りを始動したの?なら、ルフィが、ここに?」
「……!オールサンデー!!」
「いいえ、サー……私は、何も……」
驚き戸惑いを見せるオールサンデーに、ならばナミは何故と視線を向けるが、青ざめたナミは身体を震わせ俯いているばかりだ。そして、顔を上げた時その瞳には決意の色があった。
何を決意したのか。何を考えているのか、真っ直ぐな強い眼差しに俺が気圧されそうになる。
何かを決めた時のナミは、強い。……まさか、俺を裏切るつもりじゃねェだろうな……?
コイツだけは大丈夫と言う謎の文言はもう使う気にもならねェが、ナミは甘い性格故に〝裏切らない〟のでは無く〝裏切れない〟だろうと踏んでいた。それを覆す決意でもしたのかと思った時、ナミが凛とした声を響かせる。
「私はクロコに、ついて行くわ。何処までも」
「……ナミ?」
「いつか、こうなると分かっていたもの。だから、何があっても私を離さないと……それだけ〝約束〟して」
約束してはいけない気がしたのは、何故なのか。それでも、俺もまた疑いを抱いた筈の相手を腕の中から離せねェ現実がある。
全てを見透かすような眼差しで、俺を見詰めてそれからそっと微笑む。そして、自ら俺に腕を回すとキスをして来た。
「……クロコが悪い人なのは知ってるわ。私を助けたのも、気紛れとかタイミングとか、もしくはパフォーマンスの1つだったんだって事は知ってるのよ。それでも私は、クロコを愛してる」
「……否定はしねェが、俺も……。いや、この国を、バレンタインのお返しにくれてやるよ」
その耳元にそっと囁いたその時〝お姫様〟が叫び声を上げるのを聞き、ナミから離れるとその首を持つ。そして、その状態でナミをチラリと見て言葉を向ける。
「ナミ……〝約束〟でも〝誓い〟でも構わねェ。お前だけは、殺してでも離さねェ。これで、満足か」
「……ありがとう。言質は取ったからね」
そう言ったのを確認して、ナミをオールサンデーと共に先に行かせる。その時ナミはオールサンデーと何かを話していたようだが、その内容を俺は知らない。
もしも、知っていたならば何か変わったのだろうか。だが、俺は……〝お姫様〟を王宮から落とし、俺を裏切るつもりで動いていたらしいオールサンデー……いや、ニコ・ロビンを殺そうとして、ナミに阻まれる事となる。
「お願い、辞めて。二人共、辞めて……!」
「ナミ、邪魔するのか。俺を裏切るのか!?」
「裏切らないわ!私はインペルダウン迄ついて行くと、ずっと前から決めていたの。クロコ、お願い……ロビンを見逃して!」
「ナミ、先に俺を〝裏切った〟のはニコ・ロビンだ。それでも庇うのか」
「私は、人の死ぬ姿を見たくない!そして、クロコとは何があっても離れたくないのよ!」
いつもそうだ。ナミが望むのは、誰かの幸せ。
それなのに、今回まるで俺が麦藁の小僧に負けるとでも言いたげなナミ。
そしてナミが引き続き口にしたのは、ニコ・ロビンの命を守ろうとするそれと、恐らくは初めてだろうナミ自身の願い。……俺がこの小僧に負けるとは思えねェがな。
俺とナミ、ニコ・ロビンのやり取りを見て、麦藁の小僧はナミに声をかける。そいつの事分かってんのかと。
それにナミは頷く。優しげな〝姉〟の顔で。
「分かってるわ。分かってて、それでも離れられないの」
「ナミ……お前、決めちまったのか」
「クロコは、私の大切な人なのよ。ルフィ、貴方は思うままに、前に進みなさい」
「俺は、ナミを諦めねェからな!」
そう言って小僧は俺に歯向かう。実力の伴わねェガキが、強がりのたうつ。
ナミはそんな様子をつらそうに眉を顰めつつも、じっと見詰めてくる。その後戦いは思わぬ方向に動き、そして俺は……麦藁の小僧に敗北した。
床に叩き落ちた俺は意識だけがあった。その後ポツリ、ポツリと降り始めたのは俺が奪い続けた雨。
降り注ぐ雨の中で、俺は身動きも何も取れないままに倒れている。意識だけがあると言う状態で、指のひとつも動かせねェ己を恥じていたら……突然蜜柑の香りが俺を包んだ。
膝枕でもしているのか。俺の頭を撫でる優しい手と、雨とは違う暖かな雫が俺の顔に降る。
……お前を、泣かせるつもりは無かったんだがなァ。そして案外本気で、この国をホワイトデーの贈物にしてやるつもりだった。
だが、考えてみれば、喜ばねェか。お前は……甘ェから……。
落ちてくる雫を止めてやる事も、今はできねェ。これだけ濡れていれば、砂になって逃げる事も出来ねェな。
「クロコ……約束よ。置いて、行かないでね」
返事が出来たならば、きっと俺は約束を反故にしていただろう。泣きながらナミに嘘吐きと叫ばれようと、あの小僧にでもナミを預けただろう。
それでも何故だろうか。動けない俺を優しく抱き締めてくるナミに、好きにしろとも言いたくなるのは。
……くれてやるよ、俺の全てを。本気で着いてくるつもりなら、好きにしろ。
その代わり、傍を離れるな。そうしたら、どこに居ても、お前だけは守ってやる。
言葉にできない想いは伝わる事はねェだろうが、動けたならお前を抱きしめ返したいと、そんな些細な事を願う。お前を誰にも、見せたく無かったんだがなァ。
ホワイトデーの贈物に、国を1つと考えた男は、けれども実際は全てを失った己を差し出す。全てを失っても、最愛の存在だけは手放せないのだと、男はこの日嫌という程思い知らされていた。
夏休みの娯楽となっていたら嬉しいです。