※この作品はR-18です。

光源氏シリーズ   作:夢枕 七変化

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守りたい(光源氏14)side

 今日も元気にナミと親父の喧嘩する声が聞こえて来る。暇さえあれば同じ事で喧嘩をするのだから、平和だと思う。

 ただ実際、明らかにナミが優勢だ。事務仕事は本人が言う通り優秀過ぎて、その上でナミが親父の誇りを入れたい理由も切実だとわかるからこそ、兄弟達もナミの援護射撃してる様子が見受けられるのも理由と言える。

 それでも俺は、親父の気持ちも分からなくはない。親父がナミには、ナース達のような立場でいて欲しいと願ってるのが痛い程に伝わって、何とも言えない気持ちでそれを見守っていた。

 勿論俺は今仕事を片付ける必要があり、そんなにのんびりしてもいられないんだが。それでもその仕事もナミが随分と頑張ってくれていて、だいぶ楽になってはいる。

 そんな訳で、事務だとかの方で、非戦闘員としての立場で仲間に……家族になれと隊長達は心の底から願っていたりする。それを言われる頻度が上がれば上がる程、ナミは親父に誇りを入れさせろと強く言うようになった。

 親父に威圧されても負けじと睨むその胆力は、相当なものだ。何も知らない子供でも、覇気を使われてんだから普通は倒れる。

 泣き出したり、漏らしたりするのも少なくない。それを睨み返して言い返すのは、余程だろう。

 そんなある日、ジンベエが船に現れた事で事態は一変した。親父の前で樽でこの新世界を渡ると言い切ったナミは、その上帰してくれないならと腕を切り落とそうとして見せるのだから見てる此方としては、たまったものではない。

 これが単なる挑発なら、まだわかる。意地になってるのでもまだ、止められるが……迷い無く決意を持っての動きだからこそ厄介の一言に尽きる。

 これはまずいと、仕事を放置して親父の援軍としてその場に向かったが、その時には既に親父の完敗。止めに〝パパ〟と言うそれに、親父はあっけなく陥落した。

 そうしている間に到着したジンベエとの会話に、俺は声を失う。幼い少女が、自分への謝罪はいらないからと言って代わりに願ったのは……残酷であり、当然なもの。

 

 「……私への謝罪は不要です。ただ、墓前に手を合わせて貰えたら、それだけで良い。既に、貴方も罪の意識は持ってるのだと分かるから……見に行く事で、真実を知る事で、それが充分罰になると思いますよ」

 

 それ程長くはないその言葉と声から、その覚悟が伝わる。自らを責めて、だからこそ他人を責める事を良しとしない気高いその精神が……見て取れちまう。

 そんなに、自分を責めないでくれ。そんなに、苦しまないでくれよ。

 言葉にできない想いの代わりに、静かにジンベエへと視線を向ける。この場の空気が、恐ろしい程に凪いでいるのを感じた。

 

 「……ナミはこう言ってるが、どうする?送るか?」

 

 親父の言葉にジンベエは否と答える。その直後、静かなナミの声が甲板に広がった。

 そよ風が小さな波紋を作るかのような、静かな声。荒波に揉まれる事に慣れた者には、寧ろ恐ろしささえ感じる程。

 

 「〝生きてさえいれば、笑う事が出来る。生きてさえいれば、楽しい事が沢山あるから、産まれてきたこの時代を……怨まないで……〟最期に、そう言って死んでいった人達がいました。私は愛されているし、護られて来た。……充分すぎる程に、私は恵まれてるわ」

 「ナミ……おいで」

 

 誰を思い出したのか、そして、誰を想っているのか。涙を流さずに泣くナミを、己ではそれに気づけない程に傷付いているナミをそっと抱き締める。

 この幼くも優秀な少女を、守りたい。シャンクスがロジャーに拾われ育てられたように、俺は親父に拾われて育てられた。

 ならば今度は俺が、ナミを育てて何がおかしいだろう。親子だと言っても疑われない程に年齢差はあるのだから、育てる事に問題は無い筈だろぃ。

 

 「マルコさん、私……部屋に行くわ。書類仕事溜まってるでしょ」

 「優秀なサポーターが来てくれたから、楽になったよぃ」

 「使えるなら、それで良い。役立てるなら、使って」

 

 その会話の途中、思わず手が出ていた。必死で威力を抑えたが、それでも痛いだろう。

 だが、そんな事を言い出す程に心が壊れている現実に気付けなかった己が、情けなくなる。この怒りは、己へむけたのものか、ナミへのものか、それともあの時の魚人や村人達に対してなのか……それさえ分からない。

 ただ、これを言うようになった原因には、怒りが込み上げる。どうして、ナミがこんなにも苦しめられなければならなかったのか。

 

 「俺は、ナミを〝使う〟つもりはねェよぃ。ナミは〝道具〟じゃねェ!!やりたい事をやればいい。もう、ナミは自分として生きていいんだ」

 「……自分として?」

 「まずは、心のケアから入らないと駄目かもなぃ」

 

 そっちは、俺の専門外なんだがねぃ?

 そう思いながらも再び抱き締めれば、抵抗しない。この弱く儚い存在を、愛しいと思って何がおかしいだろう。

 泣いて欲しい……が、泣きはしないだろう。もしも泣いたとしたら、その顔が見えない方がいいだろうし、今はジンベエをその視界に映させたくなかった。

 

 「ジンベエ……これが、大丈夫そうに見えてる被害者の実態だよぃ。行けば……苦しむ事になるだろうと思うが、それでも……行くか?」

 「マルコさん……それでも、行かなけりゃ……ケジメがつけられん。行かせてもらいます」

 

 ジンベエの答えに頷いて、イゾウへと声を掛ける。それに頷くのは分かっていたから、返事も聞かずにジンベエに視線を固定しておく。

 微動だにしないナミが、物悲しい。せめて、縋ってくれたら……と、願わずには居られない。

 

 「イゾウ、知ってる事を客観的に説明してやってくれ。その上で、手を合わせた後で……もう一度会いたいと思えたら、ナミに会いに来て欲しい。きっとナミは拒まねェから」

 

 本人が、誰よりも被害を受けただろう人間が、許すと言ってるのに他人が責められる筈もない。それも……俺としても大切な友人の枠にある相手だからねぃ。

 そう思って笑ったら、ナミが小さく私は大丈夫よ……なんてほざく。思わず何がどう大丈夫なんだよぃ!?と言いそうになるのを耐えて抱き締めたら苦しいと言われちまった。

 腕の力を少し抜くと、ホッとしたような様子を見せる。その様子が可愛くて、妹とかってのはこんなかと思わされる程。

 守りたい……この、才能溢れる幼くも優しい少女を。悲しみと苦しみの中でも、他人を想う事を辞められないお人好しの事を。

 どうしたら、この子を成長させてやれるだろう。光る事が約束された原石の頭を撫でながら、そっと視線を合わせる。

 

 「ナミは、やってて楽しいと思える事はあるか?」

 「楽しい……?」

 

 問い掛けに必死で頭を悩ませるから、基本的なところが大人すぎる故にこういった様子が本当に愛しく思えた。言葉を待てば、歌ったり奏でたり、何かを書くのが好きだと言うそれに自然と笑みが溢れる。

 ちゃんと趣味があるのか。ならば、良かった。

 

 「紙とインクなら腐る程あるよぃ」

 

 俺の言葉に花が綻ぶような笑顔を見せてくれる。この笑顔が見られるなら、多少紙やインクが無駄になっても構うまいと思える程度には、心に余裕があった。

 部屋に到着と同時に描き始めようとするから、慌てて先に刺青から対処しようと声を掛けたのは、遊びで使われても問題のない量を確認する為でもあった。それでも嬉しそうに笑うナミに、心が絆されたのは間違いない。

 必要な物を準備して、処置室へと案内すれば並の男よりも度胸が座ってる様子でそれを受け入れる。痛みは恐ろしくある筈なのに、平然と受け入れちまうそれは痛みに慣れすぎている証拠だろう。

 抜けるだけ、取れるだけの墨を抜いて処置を終えたが、やはりどうしても醜い傷跡として残っちまう。綺麗な肌が勿体ないとそっと撫でつつ癒していたら、ドアがノックされた直後に開かれる。

 

 「入れに来たぞ。って……マルコ、頬……叩いな?」

 「つい、な」

 「女子供に手を上げて、よく親父が黙ってたもんだ」

 「事情があったんだよ」

 

 苦笑しつつ癒すのを忘れていたそれにそっと触れると、静かに眼を伏せる。その様子に、ちゃんと守らないと気付いたら穴だらけだなと思う。

 無防備なのは、慣れてくれたからだとしても……瞳を閉じると、幼さが際立つ。これから家族となったこの船の人間を信じ過ぎて、血が繋がらない事を失念して襲われる危険性も無くはない。

 事が起きてからでは遅く、だからと言って警戒させ過ぎては問題。……可愛いのも、こうなると厄介な問題だねぃ。

 焔で癒した後で、静かに問い掛ける。頬の腫れは完全には癒えないとしても、痛みはもうない筈だ。

 

 「……ナミ、すぐに墨入れて平気かよぃ?少し休んでからにするか?」

 「すぐに、お願いします。イゾウさん、宜しくお願いします」

 

 イゾウはそんなナミの様子に笑って頷くと、玄人の顔で頷いた。墨を入れるのは、イゾウが一番上手い。

 それは、サディストだからというのも大きいだろう。苦しめて壊すだけなら、誰でも出来るが……それの調整ができるのはホンモノだけだ。

 イゾウ曰く、俺は優し過ぎるのだとか。墨は痛みを伴うから一気にやらないと、恐怖心が強くなって入れにくくなったり入れてる途中で熱を持つから優し過ぎてもできないらしい。

 

 「墨を入れた経験があるから知ってるとは思うが、意識を失ったりしたらその場で辞める。耐えられないと思ったら無理せず制止しろ」

 「はい。分かりました」

 「……入れ終わったら数日は熱で寝込む事になるから、先にシャワー浴びて来い。ナース達を呼んできた」

 「はい。ありがとうございます」

 「質問は、何かあるかい?」

 「いいえ、大丈夫です。それでは、行ってきます」

 

 にこにこと笑ってナースの元へ向かったナミを見送り、俺とイゾウは小さく笑い合う。可愛い末っ子に、自分達の幼い頃を重ねたのは言うまでもないだろうな。

 勿論、俺達はあんなに素直ではなかった。そして、もっと凶悪な精神状態にあったのは間違いない。

 

 「可愛いもんだな、あの位の女の子ってのは」

 「今までは皆生意気な野郎共だったからねぃ」

 「……そりゃ、悪かったな。だがマルコもヤンチャな悪戯坊主だったように思うけどなあ?」

 「イゾウはお堅いフリして、単純に視野の狭い頑固者だったように思うんだがよぃ?」

 

 互いにそのまま睨み合い、けれども長続きなんぞする訳もなく笑い出す。そんな時代もあったなと笑って……大切な仲間であったオデンさんを思い出して、イゾウの心を少しでも癒す手段をと無意識に模索しちまう。

 昔話に花を咲かせてる間に、ナミが戻ればそのまま図案だけ選ばせて刺青を入れ始める。イゾウのそれは素早く正確だ。

 何かあった時の為に医者として俺もいるが、ほぼ空気と言える。泣き言も言わず、呻き声さえ出さずに耐えるその様子に時折声をかけつつ汗を拭う他、何も出来ないのが悲しい。

 

 「……我慢強いな。あと半分、耐えろよ」

 「はい。ありがとうございます」

 

 可愛らしい高い声がイゾウに返される。それを聞いて、俺はその頭を撫でてから右手をそっと握った。

 ただそれだけなのに、ナミは驚きを隠さない。だから俺は、他意はないと伝える為に、精一杯の優しい声で言葉を紡ぐ。

 

 「痛みが強い時は、何か掴んでた方がマシになる。次回に回さずに1回で済ませるなら……それくらいの甘えは必要だよぃ」

 「マルコさん、お気遣いありがとうございます。イゾウさんの墨入れ上手だから……負担、そんなに無いんです」

 「嬉しい事を言ってくれる。傷跡も何も分からないようにしてやるから……もう少し頑張れ」

 「はい!」

 

 玉のような汗をかきながらも笑う強さが眩しくて、俺は負担を軽くしようと焔を使い続け、イゾウは職人のような顔で墨を入れ続ける。そうして墨を入れ終えると、静かに意識を失ったので俺がその先は引き継ぎ対処を行う。

 終わったとイゾウが声をかけると同時に失われた意識は、けれども数分で戻るだろう。けれどもイゾウは、心配そうに言葉を落とす。

 

 「……この末っ子は大丈夫か?」

 「普通に意識失っただけだから、遅くても五分で目覚めるよぃ」

 「……野郎共でも泣き叫ぶし暴れるし、耐えてる奴でも多少は呻く。そもそも、数日に分けて入れるのが普通なんだがね」

 

 呆れているのか、感心してるのか。どちらにしても悪感情では無いだろう。

 そっと汗を拭いながら、俺は務めて冷静な声を出す。そうしなければ、強がるなと言いながらこの小さく細い身体を揺さぶりそうだと自分で分かってるのだ。

 

 「墨入れも二度目だからねぃ」

 「可哀想にな。望んだ物じゃなかったんだろ?……この先は守ってやらないと、白髭の名が廃りそうだ」

 「ああ、だからこそ……俺が担当になったんだよぃ。イゾウも、気にかけてやってくれ」

 

 俺の言葉に真面目な顔で頷いたのは、故郷に残して来たと言う幼い弟と重ねたからなのかもなぃ。そうして意識の戻ったナミにシャワーを浴びて来いと言ってナースを付き添わせたが、脱衣所で動けなくなったとの連絡を受けて迎えに行くと発熱で意識が朦朧としていた。

 それを治療するのもあり部屋に連れ戻し、処置をしてやれば翌日には熱があるのにペンとインクを求めるから安静にしてるならとそれを与えたのだ。これにより恐ろしい真実を突き付けられる事になった俺が頭を抱えるのは、ある意味当然だったのかも知れない。

 ベッドの上で楽しそうに何かを描く姿を眺めてから、俺は室内で仕事ができるように書類やカルテを取りに行く。戻って来てその仕事にかかったのは当然で、それの区切りになった時視線を向ければ大人しくまだ描き続けてるのに気付く。

 何を描いているのかと干されてる物も含めて見てみれば、それが、天才的な才能を発揮出来る海図ではないと気が付いた。その時には、頬が引き攣るのを自覚されられちまった程。

 幾枚も描かれたそれが、共に立ち寄った島々の地図だと気付くと、その内一枚を手に取ればナミが顔を上げた。そして、当然のように差し出して来た紙の束。

 確認すれば海図もあり……恐ろしいレベルの地図と海図に頭を抱えた。これでは、狙われて使われたのも納得できちまう。

 

 「海図は知ってたが……地図まで……」

 「マルコさん?」

 「ナミ、もう後は何もせずに大人しくしてろぃ。そろそろ寝た方がいい。わかったな」

 「はい」

 

 そうして親父の元にそれを持って行き二人で頭を抱えた後、部屋に戻ると何故かベッドから机に移動して今度は何かを書いていた。……海図や地図ではないなら、日記か何かだろうと判断してそれくらいならと見過ごしたのは、俺のミスだったと言えるだろう。

 カルテや書類をあるべきところに片付け、部屋に戻ろうとしたらサッチに呼び止められた。食料の一部が減って来ており、少し補給したいと言うそれにより親父に相談してくると言いながら足を向ければ、おあつらえ向きに挑みかかって来た海賊が居て……食料補給の資金源に丁度いいと、ハルタに狩りを任せて俺は親父へと相談に向かう。

 それにより、近くの島に事前に連絡するように言われて俺が飛んだのは当然だった。突然大口の買い物客が来ては、島民の生活に支障が出るからねぃ。

 飛んだ先で打ち合わせをして、モビーに戻り親父とのやり取りを終えて弟達の話や報告を受けていたら……サッチが真っ青な顔で姿を見せた。腹でも壊したのかと様子を見ていたら、困ったような声を出されちまう。

 

 「マルコ……俺には、どうにもできなかった」

 「どうしたよぃ?」

 「ナミちゃんが……食事しに来ないから、運んだんだけどよ……気付いてもくれねェのよ。……つまり、もう、三日……ナミちゃん、飲食も睡眠もしてねェんだよ」

 

 慌ててナミのいる部屋に向かえば、大量の紙が積み重ねられており、見ればそれは文字が書かている。これらは明らかに海図ではなく、地図でも無い。

 そっと手にして読めばそれは知らない話ではあるが、間違いなく童話。子供が喜びそうなその話は、確かに目の前の少女が書いたのだろうが……嫌な、予感がする。

 

 「ナミ……おい、ナミ!」

 

 それからナミを揺さぶったり色々するも無駄で、どうしたらこっちに意識が帰ってくるのかと頭を悩ませたのは当然の事だ。ナミがこんな危険物だと分かっていたら、目を離さなかったよぃ……!

 そんな後悔に苛まれながらナミをこちらに吊れ戻せたのは、それから丸一日が経過した頃。その後衝撃の真実に翻弄される事になるのだが、そんなのはこの時の俺には分からない現実だ。

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