無意識に伸ばした手の先にある筈のインク壺が消えた事ではて?と首を傾げる。そしてそんな私に漸く帰ったかとの言葉が向けられて……あれ?
「マルコさん、どうしたんですか?」
何故かげっそりしてるマルコさんに首を傾げたら、そのままお説教タイムに突入した。意味がわからない。
よくよく思い返してみよう。そもそもなんで、私は今怒られてるの?
親父様から刺青を入れる許可を貰って、その日の内にマルコさんに入れ直して貰った。その後は熱も出るだろうから部屋で大人しくしてるようにって言われて、素直に大人しく……机に向かってた筈よ。
海図を描いて、地図を描いて、帰って来たマルコさんにそれを渡したら海図のそれは知ってたが地図までって頭抱えられて……。そうだわ、何もせずに大人しくしてろと言われて……?
そうよ、その後は大人しく童話書いてたのよね。うん、私言いつけ守ってたし、叱られる要素は無いわ。
書き上がってる2作品は男の子向けと、女の子向けを1作品ずつだから分け隔てなく喜んで貰えるだろう。そう思って……そうだわ、その後思い付いて大人向けに剣客を書き始めた所だった筈!
そう思って机に視線を向ければ、あら不思議!なんか沢山紙が積まれてるわ。……そんなに書いた記憶無いんだけどな?
「ナミ、聞いてるかよぃ?」
「はい!もちろん!それで、なんでそんなに怒ってるの?」
いくら考えても私、怒られるような事はしてないわ。マルコさん、カルシウム不足なのかしら?
そう思って小首を傾げたら、マルコさんの顔に青筋がたった。凄い、青筋って本当に出るんだ!!
「……聞いてなかったって事だなぃ。いい度胸だ」
そうして、お怒りマルコさんに更なるお説教をされて……私はどうやら童話を書き上げてから4日程、飲食睡眠を取らずにいたらしいと教えられた。それを知ったらなんか、突然眠い。
お説教の途中で寝てしまった私が目覚めたのは、それから数時間後の事だったらしいけど。でも……眠れた、んだなぁと、他人事のように思う。
つまりは、肉体が限界に達したらしい。うん、久しぶりに寝たからか随分楽になったわ。
身体を起こそうとした所で、マルコさんから声が掛かる。何だろうかと考えつつ、視線を向ければ穏やかとは違う……そう、凪いだ瞳をしてる事に気付いた。
「ナミ、まだ寝てていい。ただ、起きてるつもりなら、質問に答えちゃくれねェか?」
「私に、分かる事なら、答えます」
「……ナミは、眠れないのか」
「え?」
なんでバレたんだろう。そして、どうしてそんな事を聞かれるの?
私が寝ないからって、誰も困らない。あ、そっか、役割を果たしたりする関係で突然倒れるようにして眠られると困るって事ね。
「怪我をして意識を失ってる時、そして、体力を使い果たして限界を迎えた時しか、ナミは寝てねェ。……眠る事が、無理なのかよぃ?」
向けられた言葉に、違ったらしいと気付く。……心配、されてるんだ。
ベルメールさんとノジコからしかされた事の無い現象に、僅かに戸惑う。けれどその後にシャンクスやベックなら、同じように心配するだろうなと思い至り素直に言葉を口にする事にした。
こんな時、隠そうとする方が問題だから。でも、声が……震える。
「……はい。……眠るのは、怖い、です」
「目覚められない気がするのか、それとも無防備になる事が恐ろしいのか、どっちだ?」
「寝込みを、襲われる、恐怖です」
脳裏でシャーハッハッハッハー!と笑う声が谺響する。どうしても、突然生命の危機に晒される恐怖を拭えない。
油断したら命は無い。油断したら、貞操も危ういのだ。
震える身体を抱き締めて、襲い来る恐怖に耐える。どうしたら、この恐怖から逃れられるのか分からないの。
「……そうか。なら、俺が守るから……今は眠れ」
優しいその声に、私の涙腺は崩壊した。涙で滲んで、マルコさんの顔が見えない。
そんな私に、守るからと繰り返す優しい声に導かれるようにして、私は深く、深く眠りに落ちた。それを見守るマルコさんが、どんな顔をしていたかも知らずに。
「……これも、報告案件だねぃ。……親父がどう出るか、ジンベエの胃に穴が空きそうで怖い所だよぃ」
そんな言葉が、聞こえたような、夢だったような。目覚めた時には点滴までされていたらしく驚く程に元気になっていた私だけど、甲板に顔を出した瞬間にクーちゃんが飛び掛ってきて慌ててしまう。
「クーちゃん!?どうしたの?」
「クー!クー!!」
「ヤダな、違うわよ。私は白髭海賊団に入ったの」
「クァー!?クー!!」
「違うから、合意だから!……心配かけて、ごめんね。ありがとう」
「……鳥語が分かるのかよぃ?」
誘拐されたとか、強要されてるんだと思ってるらしいクーちゃんを必死に宥めていたら、マルコさんが問い掛けてきた。不死鳥の能力だけど、鳥の言葉は分からないのかな?
まぁ、私も分かるわけじゃないけど。何となく、身振り手振りと言うか、羽根振りとその表情から分かるところもあるから、それを素直に答える。
「え?正確には分かりませんけど、何となく?長い付き合いですから。ね、クーちゃん」
「クー!!」
そのままついでだからと寝る前に書き上げていた物をクーちゃんに渡して、確認を求められた封筒を手にする。推敲して貰うと、案外誤字や脱字があって頭を抱える事になるのだ。
誤字脱字が中々減らないなぁ。楽譜の方はミスとかないのに、不思議。
「鉛筆とか消しゴムがあると、インクと紙を節約できるのになぁ」
「クァー!」
「ん?えっとね……」
鉛筆と消しゴムについては作りその物について小学一年生で習う。少なくとも鉛筆については習う事になるのだ。
自分達が使う物だし、鉛筆の芯が身体に入ると宜しくないという事を学ばせる為に。大抵の人は興味もないし、テストにも出ないからと忘れてしまうらしいけど、私は何故かしっかりと覚えていたのでそれについて説明した。
「……という物なの。ありそう?」
「クッ……くァー!」
「本当に!?期待してる!でも、無理はしないでね。あ!手に入ったらお礼するね」
「クー……!」
手に入るかもしれない事が嬉しくて、笑顔になる。そうしてクーちゃんにお礼する約束をしたら、よせやい!と羽根の動きでやりながらも嬉しそうだから、パイでも作って持たせようかなと考えた。
でも勝手に厨房使えないわよね。その為にもまずは、サッチさんに許可を貰わなければ。
そう思ってクーちゃんとのやり取りを進めていたら、背後から伸びてきた手が私を抱き締める。それに驚くけど、何かされる訳でもないのでそのまま大人しくしていたら、微かに震えている事に気付いた。
……どうしたんだろう。何が、あったんだろう?
「ナミ、まさか、お前……?」
震えているのが声もだと気付けば眉くらい寄る。心配になって首だけで振り向きつつ見上げれば、ヒョイッと抱き上げられて親父様の部屋へと運ばれてしまう。
その時にマルコさんが私を抱いたまま低い声を響かせた。それは、隊長全員を呼び集めるもの。
余りの緊張感に問い掛ける事さえ出来ないで、私は大人しくその腕の中で縮こまっていた。親父様の部屋に親父様と隊長達が集まったのに、何故かマルコさんに抱かれたままの私もその場にいると言う謎現象が起きている。
船長及び隊長達の会議なら、見習いに毛が生えたような私をここに置いていてはいけない。さっさと退室しなければと思うのに、マルコさんは離してくれないから困る。
「皆に集まって貰ったのは他でもねェ。ここに居るナミの件だ」
「私!?」
「当事者が理解してない様子だよ。大丈夫?」
ハルタさんが可笑しそうに笑うけど、私には本当に分からない。え、刺青入れたのが不味かったとか?
でも、アーロンの刺青嫌だったんだもん。私、本当に嫌だったの!
内心で騒ぐ私の頭上で、マルコさんは予想外の言葉を口にした。それに驚いたのは、どうやら私だけではないみたいだけど。
「ナミは〝宝玉〟だよぃ。そして、己の価値をわかってねェ。これが、ナミの描いた海図と地図だ」
マルコさんが地図と海図を皆の中央に転がすようにして広げれば、その場の空気が凍った。それを見てビスタさんが溜息を1つ。
え、出来としちゃ、これは可もなく不可もなくって所なんだけど。何かおかしい所でもあったのかな?
「これは……海図は前にも見たが、地図までこのレベルとは……その上〝宝玉〟だとは……」
「厄介だな。親父、どうやって守る?」
ナミュールさんの言葉に親父様は私を1瞥して、そっと手を伸ばす。だから素直にその手を取ると、ヒョイッと抱き上げられてしまう。
素直に大きいなと思いながらその膝に座れば、皆の視線が突き刺さってる事に気付き、勝手に震えてしまう。で何だろう、怖い……。
「そんなに怯えるな。誰も怒ってねェ」
「じゃぁ、何が起きてるの?」
「ナミが優秀過ぎて、世界が放置しないだろう現実をどうにかしようと……待てよ、ナミお前、手紙をくれた事があったな?」
「え?はい。あの……」
親父様の言葉に素直に頷く。どうせ隠してもバレるし、原作知識なんて言えないし。
そこでやはり私はノジコやベックに言ったのと同じように、夢で見たんだと説明した。その説明の途中、誰一人として声を出さなかったから、疑問点は無いらしい。
話を終えたその時になって、魚人島のネオだかセカンドだかの魚人海賊団結成がアーロン討伐に起因していた事を思い出して、慌ててそれを説明する。そんな私に何故か隊長達が頭を抱えて、それから親父様が言った。
「マルコ……とんでもねェもん、拾ったな」
「だが、この船じゃなけりゃ持て余して、酷い目に合わされちまうよぃ?」
「違ェねェな。グララララ!……全員、覚悟決めろ。この末っ子は核爆弾だ」
核爆弾!?なんて物騒な物に例えてくれてんの!?
そんな不満は、その後に続いた言葉により飲み込む事になる。だって、本気で皆が私を守ろうとしてくれてるのが伝わって来たから。
「ナミが宝玉である事、未来を知る事が時にある事、サッチに関わる情報源であった事、それ等はここまでの話だ。……兄貴として、しっかり守れ!」
「「「「「「おォぉ!」」」」」」
重なり過ぎて、何人の人が声を出したのか、既に分からない。分からないけど、多分親父様以外の全員だから15人が声を揃えてくれたんだろう。
何もしてない私を全力で守ると言ってくれる。甘えていいんだと言ってくれるのだ。
「マルコ……任せるぞ」
「初めから、そのつもりでいたよぃ」
「ナミ、マルコが忙しい時や居ない時は俺の部屋に来い。子猫が居るからと、困るようなサイズのベッドじゃねェから遠慮は無用だ」
眠れないのだと、そう言った私の為だろう。慌ててマルコさんに視線を向ければ、クスッと笑ったマルコさんが頷いてくれる。
「親父なら、安心だろぃ?」
「……うん、ありがとう……。親父様、私と寝てくれるのね?」
「……あァ、当然だ。グラララララララ」
その瞬間何人かが噎せ出してマルコさんがその人達を蹴り飛ばした。なんだと言うのか。
その様子に親父様はまたもや楽しそうに笑い、私の頭を撫で回す。それからマルコさんに妙な問いかけをした。
「そういう意味で、俺がナミと寝たらどうする、マルコ」
「……親父相手じゃ分が悪ぃが……引く気はねェよぃ」
「なら、返してやろう」
そう言われてマルコさんの元に戻されてしまう。本当に1体なんだと言うのか。
そう思ってマルコさんを見上げれば、少しだけ耳が赤い。熱でもあるのかな。
「マルコさん?」
「マルコ」
「え?」
「これから毎晩1緒に寝るんだから、敬称なんざつけないでくれると嬉しいよぃ」
その言葉にそっかと思って頷く。年上だし、隊長だし、男の人だからと思ったけど、言われてみればそうよね。
本人が望むなら……そう思って納得した。それから、多少の戸惑いを含みながらもその名を呼んでみた。
「マルコ、これからも宜しくね」
「……おぅ、任せろぃ」
何故か真っ赤になって顔を背けたマルコに首を傾げた瞬間、他の隊長達からも呼び捨てにしてくれと騒がれてしまう。そうして私は、宝玉である事実は隠しつつ、隊長達を呼び捨てにする義務を負わされた。
これは私が白髭のマークをその身に刻んですぐの頃の話。そして、幸福な未来を約された瞬間の話でもある。