その日ナミが机を枕に寝ていて、俺はいつもの様にそれを抱き上げてベッドへと移動させた。布団を掛けて俺もまた机に戻ろうとした所で、寝ている筈のナミが俺の上着を掴むから、思わず俺も1緒に寝たくなる。
だが、もう少し書類を書き進めておきたいんだよなぃ。そう思い苦笑した時に、ナミの唇が微かに開かれた。
「んっ……まる、こ……」
「……明日にするかねぃ」
寝てるナミにさえ勝てない俺は、何と弱いのか。俺の半分も生きてないようなナミに、俺は振り回され続けている。
朝になり隣でまだ寝ているナミの頭を撫でてから立ち上がると、ナミの机に置かれている書きかけの原稿を見付ける。今度はどんな話を書いているのかと覗けば、そこには〝オレンジデー〟と言う物が書かれていた。
詳細を読み、何故伝えないのかと心から思う。それでも責める事もできない程度には、その思考はわかりやすい。
その後机に向かい座った俺は時間の経過が分から無くなっていたようで、エースの騒ぐ声で意識を書類から離す。そこには困った顔で書類の訂正を求めるナミと、嫌がるエースがいる。
「エース、書類はちゃんと直せよぃ。それとも俺に指導されたいか?」
「あ!マルコ!サッチがブチ切れてたぜ!早く飯に行こう!」
思わずナミを見れば2食抜いたわよなんて言われちまって、そりゃ怒られそうだと立ち上がる。だが、それにしては渇いてる感じがしねェな。
そうして机を見れば空のグラスが置かれていて、成程ナミに甲斐甲斐しく飲ませて貰っていたらしいと気付く。視線を向ければ微笑まれて、俺はこの歳下の恋人に甘やかされていると実感するのだ。
それから数日後、書類も片付いたしと思いベッドに倒れ込むようにして体を伸ばせば、体は疲れていたのか深く眠ってしまう。枕に頭が着くのと眠るのは、ほぼ同時だった。
誰かが俺の頭を撫でた。ふわりと香る蜜柑のそれに、ナミだなと認識するも、身体はまだ寝ていたいと訴えている。
そんな俺に優しい声で甘やかに紡がれるのは、普段は恥ずかしがって中々に言ってもらえない言葉だ。言われなくても伝わってるが、言われると嬉しいもんだねぃ。
「愛しているわ」
その直後に風が頬を撫でて、春の香りを運んで来る。その春の香りに乗せられたのか、蜜柑の妖精が俺の額にそっとキスを落とすから、それに嬉しくなってしまう。
幸せだと思いながらも起きられない俺に、妖精が抱き着いてきた。そして、妖精じゃないもんとでも言いそうな勢いで、甘えたように擦り寄ってくる。
愛しい温もりは、そのままお休みと呟いて静かに眠りに入る。共にそのまま少し眠ってから、先に目覚めた俺はナミの髪を弄りつつオレンジデーについて考え始めた。
オレンジ色の物か蜜柑、またはオレンジに関係ある物を大切な人に、か。ナミは皆の為にと、蜜柑の皮を袋に入れて風呂に入れてくれてる事を思い出す。
肌からビタミン補給出来て体臭予防にもなって、お湯に浸かるだけで余分な油が落ちるのよ!なんてナミが言っていたのも思い出して……蜜柑で俺が何がするのは不可能だと判断する。
そもそもナミが蜜柑そのものみたいなものなのに、蜜柑の何をやれば良いんだかねぃ。恐らくはそれが理由で、ナミは俺に言わなかったんだろうが。
「マルコ?」
「起きたかよぃ。このまま食べたいくらいだったが、寝てるの起こすのもと思って耐えてたと言ったら……どうする?」
「……若いわね。お婆さんな私は、もう少し寝たいわ」
「俺の半分も生きてねェだろうがよぃ!?」
「ふふっ、そうとは限らないわよ?偉大なる航路は不思議で満ちてるのだから、私が300歳とかって可能性もあるじゃない」
「……随分と美しい300歳だねぃ」
「あら。普通の人間でもピッチピッチの139歳なら、実際偉大なる航路に居るわよ?」
そんな阿呆な事を言いながら笑い合い、掠める程度のキスをしてから2人で起きる。それからは少し別行動だ。
ナミはナミで忙しいからねぃ。そう思って歩き出せばサッチが転がっていたので踏み付けて起こしつつ、何か案を出せと言えばサッチが怒り出した。
「それが人に意見求める態度かよ!?踏み付けて起こして、蹴りながら意見求められて誰が言うってんだ!!……次の島に、オレンジ色の変わった形の塔があるらしいぜ」
「……サッチ、お前良い奴だな。ついでで悪いけどよぃ、14日にそこへナミ連れて行くから、ナミに蜜柑でなんか菓子を作ってくれ」
本気でサッチを尊敬しつつ、頼んでみれば呆れを滲ませて俺を見てくる。だが、断らねェだろい、お前は優し過ぎるからなぃ。
「マルコ、お前……俺を何だと思ってんの?扱い酷くねェか?」
「ナミを、喜ばせてやりたい」
「…………わかったヨイ」
「真似するなぃ」
そうして残り数日の間にナミと俺が休めるようにと親父に相談して時間調整を行い、14日を2人で空ける事に成功した。その間何故かナミとは中々会えなかったが、タイミングの問題だろうか。
お陰で連れ出す為に誘うのがまさかの当日になり、やっと見つけた時にはサッチと何か話している様子だ。今日はナミを、休みにしておいたんだがねぃ?
「じゃァ夜に、少し楽しい事にして持って行ってやるから、他の所は上手くやれよ」
「でも、自信なくて……」
「大丈夫だから、安心してろって。上手く出来てると思うぜ?」
そんなサッチの言葉に頷いたナミは、踵をかえして俺のいる方に向かって来る。なので俺は咄嗟に、今来たかのように装いぶつかる直前で止まれば、ナミが驚いた顔をした。
「マルコ、どうしたの?こんなところで」
「……ナミを探してたんだよぃ。出掛けたくて休みにしたのに、部屋に居ないとはどういう了見だよぃ」
「ご、ごめんなさい。どこに行くの?」
「ついてからのお楽しみだよぃ」
そう言って鳥に姿を変えれば本当に嬉しそうに抱き着くから、鳥の姿の方が好きとか言わねェだろうなぃと半ば本気で思う。ナミは相変わらず軽くて、それが故に心配にもなる。
目的地が見えて来ると、想像よりも遥かに美しい塔がそこにはあった。円錐とはまた違うし3角でもねェ、足元だけ四角を描くように造られた足場から伸びたそれが、けれども側面から見ると3角に見えるオレンジの塔。
骨組みが顕になっているにも関わらず美しいそれに、思わず見惚れてしまう。途中の所に四角く骨組みとは明らかに違う部分があり、それが展望室かと理解する。
展望室の屋根に当たる所で羽根を休めつつ、そこから更に上に伸びる3角のそれを見て、感嘆の息がもれる。これの耐震強度は恐ろしく高いのがよく分かり、設計した奴に逢いたいと本気で思わされた。
「この塔を持って帰りたい位だねぃ」
「なら、持って帰る?」
「親父でも難しい上に置いとける所がねェよぃ」
そう言って笑えばナミも小さく笑って、それはそうよねなんて呟いた。そして、小さく聞いた事の無い物の名を口にする。
「想像していたよりも……東京タワーと似てて驚いたわ。色まで同じだなんて」
「ん?」
「……想像していたより、綺麗だったなぁって。どうやって光ってるのかしらね?」
誤魔化すように笑ってから、ナミは懐かしそうにその瞳を細めるから、まさか本当に300歳だったりしねェだろうなぃと思う。ナミは時たまこうして何かを隠す。
俺だって全ての人生をナミに教えた事はねェんだから、ナミが教えていない事があったとしても、それを責める権利等無ェ事は解ってるよぃ。それでも……知りたいと思わされ、だがそれを押し殺して別な事を問い掛ける。
「……知ってたのかよぃ、これの事」
「本で見てて、マルコと来たいなって思ってたから……連れてきて貰えて、嬉しかったわ」
はにかんだようにナミは笑うから、俺もナミと来て良かったと心から思える。ただ、この場所は寒いな。
ナミが冷えちまう。少し名残惜しいが帰るしかねェかと思いナミと共にモビーへと帰れば、ナミの体が随分と冷えている事に気付く。
慌てて部屋に連れ込み毛布で包んで、その上から抱き締めればナミが1瞬キョトンとした顔で俺を見上げてから、楽しそうに笑いだした。そして、嬉しそうに言う。
「身も心も、温かいわ」
「氷みたいになって何言ってやがる」
「本当にな。こんなに心が寒くなる光景見せられるとは、持って来るタイミング悪かったぜ」
「「サッチ」」
俺とナミの声が重なり、そして想定外の物が運ばれて来た。下が白く上が蜜柑となっている円形のホールケーキの上に、先程のオレンジタワーを模したとしか思えない飴細工が乗せられている。
「その、台になってるケーキって……?」
「それは、マルコから頼まれた分な。んで、上の飴細工はナミがマルコの為にって作ったミニチュアだ。エースに見つかると食われるから、早めに食えよ」
そう言ってテーブルに見事なケーキの上に飴細工を乗せたそれを残して去って行くサッチだが、残されたナミは真っ赤になってごにょごにょと言っている。
「マルコと、出掛けたくて、それでその、帰ったらそれの小さいのがあったら喜んでくれたりしないかなって思って、サッチに相談して、そしたら蜜柑の味の飴で作ったらどうかって言わ「落ち着け。だいたい分かったから1気に話すなよぃ」」
「……食べて、くれる?」
……お前をか?
潤んだ瞳で、身体中赤く染めて、食べてくれるかと上目遣いで……飴の話とは分かっていても、そう言いたくなる。それくらいにナミが欲しい。
「そうだねぃ。まずはケーキを食べてからにしようか」
言えばナミは嬉しそうに頷いて飴を退かすとケーキを切り分けてくれる。上は蜜柑、下は何だろうねぃ?
取り分けられたそれを2人で同時に口に入れて、驚く。程よい酸味と確かに甘いそれがマッチして、冗談じゃなく美味い。
「……ヨーグルトムースね」
「そうか、ヨーグルトか!!」
この白い部分何かと思っていたが、言われてみれば納得だ。そして、美味い。
それにしても、飴で出来てるなら残してはおけねェよなと小さなタワーを見ていた。そんな俺に気付いたのか、ナミが木で今度模型を造るから諦めて食べてなんて笑う。
考えを読まれていた事に照れれば、ナミもまた少し恥ずかしそうに笑い、視線をそらした。他愛ないこんな時間が愛しく思える。
ケーキを食べ終えた所で、そっとナミに手を伸ばして先程の食べてくれる?に対しての返事をする。心の底から、そう思っているから。
「エースに取られねェように、余す事無く綺麗に食べ尽くしてやるよぃ」
「マルコ、ありがとう」
「いただきます」
そう言ってナミを自らの膝に乗せれば、少し驚いたような顔をした後で私の事!?なんて当たり前すぎる言葉を口にする。当然だろぃと言いながら、ベッドまで待てそうにない俺はその場でナミに触れた。
真っ赤になって視線を逸らすナミに、食べて欲しいとナミが望んだだろぃと囁けばそれは飴細工でなんて言うが、解っててやってんだよぃ。膝に乗っているナミは俺の分身の変化に気付いたようで、アワアワしながら俺に抱きつくようにして顔を隠す。
それから無謀にも、耳元で囁くように優しく食べてねなんて無意識で煽ってくる。無自覚だと分かっていても、それにより煽られる自分を自覚しちまう。
優しく出来なかったら、ゴメンなぃと心で謝ってから強くその体を抱き締める。もう……体は冷たくは無かった。
Happy orange day……淡く微笑む彼女も好きだが、自分にだけ見せるこの熟れた顔が何より好きだと男は笑う。女はそれに対して熟れた顔で、私は男の全てが好きだと笑うのだから2人の夜は長くなりそうだ。