赤髪を兄と慕い、それの副船長たるベン・ベックマンに愛称で呼ぶ事を許される程に愛され、エースを弟として溺愛するナミ。それに俺は何度妬かされたか既に分からねェ程だ。
それでも、それを1瞬で昇華させる程の愛情を示してくれる恋人にそういう意味では文句等無い。潔癖だと言う訳でもなくて、倍以上の年齢差がある俺を甘やかしてもくれる。
もしナミはどんな人間かと聞く者がいれば、大抵こう答えるだろう。勤勉で真面目、優しく穏やかで、お人好し。
実際航海士としては右に出る者のいない天才で、その海図は本になるのを待つ船乗りが世界中にいる状態にある。作家として多くの書籍を出版し、作家や作曲家としても活動する幻の歌姫。
そんな若く美しい歌姫は、俺の明らかなる弱点だ。家族は全員大切だが、誰を見ても自衛できて、何かあるとは考えられない程の強さは持ち合わせている。
そんな家族を心配するナミには、まず自分の身を案じてくれと何度も言い続けている。だが、ナミは自分の価値を分かっておらずいつも自分を蔑ろにするのだ。
戦う能力はあるのに、ナミ程戦えない女も居ないだろうと言う程に甘い。実力だけならば、エースを上回るだろう。
戦闘員としては女を乗せないと言う親父が、ナミは乗せても良いと言うのはナミが戦闘員では無いからだ。覇気を使えるのに戦闘員として見なされないのは、その性格故だろう。
そんなナミだから、基本的には誰かと共に買い物に出る他は船を降りる事は無い。だと言うのに、今俺の手元にはナミの物としか思えない蜜柑の香りのする髪の毛がひと房と、手紙がある。
ハルタに確認したら下着を買いたいからと言って、ナミが1人で船を降りたのが今朝だと言う。昼前には帰ると言っていたと聞いていたのに、昼になっても戻らないからとサッチが心配し、その直後に届けられたのがコレだ。
……俺の女に……何してくれてんだろうねィ?
返して欲しければと言う定型文と共に時間が指定されており、時計を見ればまだ間があるとわかる。封筒に同封されていた髪の毛を簡単に編み、手首に巻き付けてから俺は1人空へと飛び立つ。
少し、状況を整理したいのと買い物した物を見つけられたら、持ち帰ってやろうと思ったのが理由だ。島を上から見れば、1部焼け焦げた森を見付けてその場に降り立ち辺りを見てみる。
そこには泣いている子供と真新しい荷物が落ちていた。子供に怪我の様子は無く、草陰に隠れている姿は注意しなければ泣き声があっても見付けられないだろう状態にある。
「坊主、どうして泣いてる?」
子供に視線を合わせる為にしゃがみこんで声を掛ければ、子供は俺を見て突然飛び掛ってきた。それを抱き留めれば、子供からはナミの匂いがして話を聞く必要があると知る。
子供は涙を拭う事も出来ないのか、涙と鼻水で俺の服を濡らしつつ言葉を伝えようとしてくる。俺に迷わず飛び付いたって事は、ナミから俺の特徴でも聞いていたのかねぃ?
「ぼく、を……かばって、おねえさん、つれてかれた……!かくれてろって、おねえさっ……たくさんのひと、ひとりで!」
「……よく、見付からなかったな。偉かった」
「えらく、ないよっ!おねえさんが、かくしてくれたんだ!ぼうをふって、ぼくをかくして!おにいさん、おねえさんのカレシでしょ?」
「どうして、そう思ったんだよぃ?」
子供は俺の言葉に顔を上げて、小首を傾げる。なんでそんな事を聞かれてるのか分からないとでも言うかのように、無邪気な笑顔でその先を伝えて来る。
「ぼくをだいてにげながら、おねえさんが〝マルコに叱られちゃうかな〟って、いってたから、だれ?ってきいたら、カレシよってわらったから……。ママがパパをみてるときみたいなかおで、わらったから……」
「俺が彼氏だとは、それだけじゃ分からねェだろい」
俺は名乗ってねェし、髪型等の特徴を聞いたとは今の流れだと思えねェ。まァどうでもいいかと子供を抱いて立ち上がろうとしたら子供が言った。
「おねえさんとおなじにおいがして、おねえさんのかみ、うでにあるから」
「……賢い子だ。安全な所に連れて行くから、後はそこにいる人に話してくれるか?」
「うんっ!」
素直に頷く子供の頭を撫でつつ、大体の所は理解出来た。ナミらしいと言えば、ナミらしい。
元々ナミを狙っていた奴らが居て、それに巻き込まれそうな子供が居たから庇った。もしくは殺されそうになってる子供を見付けて庇いながら戦い、囚われたか。
ナミの買ったであろう物と子供を抱えて1度モビーに戻り、親父にそれらを説明しながら託すと親父が何か困ったら呼べと言う。それに俺は視線を向ける事も無く言葉を返す。
「まだ、理性が残ってるから大丈夫だよぃ」
「子供を保護しに行ったのは、確かに理性の賜物だろうが……既に殺気だけで人を殺せそうな勢いだ。理性があるとは言えねェだろうが」
「親父……俺は、ナミを喪えねェんだ。分かってくれよぃ」
俺の言葉に親父はグララララと笑うと、存分に暴れて来いと言ってくれた。後からエース達も行くだろうからなと言う、余計な言葉と共に。
手紙に書かれていた約束の時間より少し早目に指定された場所へと到着した俺を、阿呆共が取り囲む。下卑た笑いを浮かべて、嘲るようにしているがナミの姿は確認出来ない。
「ナミは無事か」
「今はまだ、鎖に繋いであるだけだ。お前が素直に捕まるって言うなら、お前の前で可愛がった後で、解放してやるよ」
「ナミは、近くにいるのかぃ?」
「アジトに残して来たが、何だそんなに会いたいのか?」
馬鹿な奴等だ。この場にナミが居たならば、その命が残された可能性もあったのによぃ。
居ないのならば刈り取ったとして、何も問題はねェなぃ。優し過ぎるナミの前では、極力人を殺したくは無い。
人の命を助ける職業柄、奪うのは元々好きじゃねェってのもあるがねィ。……今回は、容赦しねェ……。
直後、俺は容赦なく暴れだした。理性も情けも何もかもを意識して投げ捨てた俺は、随分久々に剣なんぞを使っている。
俺が素直に捕まったとして、ナミが傷付けられるならばその選択肢はハナから存在しねェよぃ!
「俺の女に手ェ出して、無事で居られると思うなよぃ」
「もう、構わねェ!切り刻んでやれ!」
馬鹿な奴等だ。俺を……誰だと思ってるのか。
白髭で隊長をしている奴等相手に、本気で勝てると思っているのか。俺が……〝不死鳥〟マルコだと忘れてねェかよぃ?
それから時間はそれ程掛からなかっただろう。辺りに呻き声さえ無くなり、風が砂を巻き上げピクリとも動かなくなった者達に降り注ぐ。
……1人位、生かしておくべきだったかと微かに思ったが、見聞色の覇気を用いれば問題はねェかとナミを探す。そうして見付けたナミはピクリとも動かず吊るされているのが分かり、急いで取り戻さねェとと歩き出す。
返り血で湿っている服を脱いで肌についたそれを拭ってからそれを捨て去り、血の臭いをそれでも軽減してから向かう。そうしなければ、不死鳥である俺の怪我を心配するナミは、その後敵を案じるだろうと思えばこその対処だ。
エースや親父じゃあるまいし、何も上に着てないのなんざ久々だねぃ。ナミに言われせば、どんぐりの背比べらしいが、俺は着てるだろぃ?
ナミの居る筈の場所へ近付くと、噎せ返るような薬の臭いに何をされたのか分かり目の前が怒りで赤く染まる。常人なら死ぬまで男を求める強さのそれに、慌ててドアを蹴破れば中にいたナミが虚ろな瞳を俺に向けた。
焦点の合わないその瞳が、俺を俺と認識していないのは分かっているが、その状態でも近付くと体に力を入れて何をされるのかと警戒しているのが分かる。即ちナミはまだ自我を保ってるという事だ。
それでも体が疼いている筈だ。熱を持ち、苦しい状態にある筈だと言うのに、ナミはそれを気取らせねェ。
「ナミ……」
「……まる、こ?」
「あァ、遅くなって悪かったねィ」
言いながら鎖を外してやれば、重力に逆らう事が出来ずに崩れ落ちるその細い体をそっと抱き留める。それによりナミは俺に視線を向けると、静かに微笑んだ。
それは強がりでもなんでもないのだと伝わるような、暖かなもの。信頼しているのだと、安心したと、その瞳が俺に伝える。
「マルコ……助けに、来てくれて、ありがとう。少年が、無事か……マルコ、わか……る、かな……?」
「あァ……保護して、親父に預けて来たよぃ。買い物した物も1緒になぃ」
「よかっ……た……」
そのまま意識を失ったナミを1度強く抱き締めて、もう二度と1人で船を降ろさねェと誓う。咄嗟の時にこうして弱者を守り、ナミばかりがいつも苦しむ事になる。
正しい事をナミはしたのだろう。それでも、褒めてやれそうにはねェよぃ。
愛する温もりは、昔のそれがあるからかそれとも精神力の賜物か、今のところ薬の影響はさほどでは無さそうだ。切られた髪が何処のそれか分からないので、髪を切らせる必要は無さそうだなと、そんな事を思いながら意識が無い事を知りつつ言葉を紡ぐ。
「もう、大丈夫だ。俺が、治してやる。俺が……傍にいるから……」
意識のない恋人を抱きしめて、俺は暫くその場を動く事が出来なかった。……無事で良かった。
震えているのは、心か、体か……。安堵から流れ出る涙を拭う事も出来ずにナミの額に、頬にそっと唇を寄せる。
「帰ろう、ナミ」
痛々しい傷跡と、使われたであろう薬の対処をしてやらねェとな。……さァ帰ろう。
心配して世界さえ滅ぼしかねない家族の元へ、生きている事を伝える為に。誰よりも弱く、誰よりも強い女を連れて俺は涙を拭い立ち上がると、愛する家族の元へと歩き出した。