見知らぬ子供を庇い誘拐されたあの日以降、元々過保護だったナース達が、更に過保護になった。それに伴い、ナミは感謝しつつも何処か困ったように笑う姿が目立つようになっちまった。
なので親父に相談して、少し気晴らしさせる為に偵察の名目でナミと共に島へと降り立ったのだ。そうでもしねェと航海士としての仕事が無けりゃ、甲板にさえ出ねェんだから仕方ねェだろぃ。
そこで島に着いた直後に、好きな物や必要な物でも買えばいいと解き放ち、文具店でペン先を選び始めたナミを眺めていた。そんな中で夜景の綺麗なBARがあると聞こえて来たので、これが終わったら連れて行ってやろうと思う。
……酒は好きみたいだし、喜ぶだろうからねぃ。飯も食って欲しいが、この際贅沢は言わねェよぃ。
俺もそうだが、ナミもペン先が半月持たねェから困るんだよなぃ。だからこそナミも、今ペン先だけを買おうとしているのだろうけどねぃ。
インクや紙を最高級品にすればそんなにペン先も消耗しねェが、そんな事は出来ないのでペン先に引っ掛かるような粗悪品では無い程度の紙を使う事になる。それでも紙の質は中クラスで決して安くはねェ。
当然インクもそうだ。臭く無くて、滲まなくて、紙に穴を開けなくて、10日以内に劣化したりしないような物となれば最低でも中クラスからになる。それでも使う量を考えれば出費はデカい。
だからこそナミは、戦士のような顔つきでペン等のチェックを行うのだ。安くて、使えない程じゃねェ物をとなればどうしてもそうなる。
それは、測量士や航海士であるのも理由だろうが、物書きの宿命かも知れないねぃ。俺の場合は、書類が多過ぎてそうなってるが。
そうして購入したペン先を抱えているのを見て、それを奪うように持てば悪いから自分で持つと言うが……これ、地味に重いんだよなぃ。息抜きの為に来たのに、荷物もって疲れさせたんじゃ意味がねェよぃ。
「……外で、2人で呑みたいんでなぃ。ナミに何か持たせてたら、俺の立場がねェよぃ」
「そういう事なら……分かったわ。マルコ、ありがとう」
そう言って笑うナミに、本当に素直で可愛いと思いながら聞いたBARに向かう。ついたその場所でナミが頼んでいる物が、どれもアルコール度数の高い物で、使われている酒も違うからチャンポンになり悪酔いしねェかと心配になる。
俺はラムをストレート、つまり氷も無しのそのままで呑んでるが……最初はそれに合わせたのか、ナミの頼んだ物はラムを使うカクテルでXYZカクテルだった。その後は、サイドカーカクテル、ホワイトレディカクテル、バラライカカクテルと続けば心配にもなる。
XYZはラム、サイドカーはブランデー、ホワイトレディはジン、バラライカはウォッカで作られる。酒が変わる他は内容の変わらないカクテルだがどれもアルコール度数は30前後ある上に、違う種類の酒を同時に呑むのは、医者としては勧めたくないねぃ。
「夢一夜をお願い」
「かしこまりました」
それを聞けば少し気を付けるように言わねェとと思う。これまたベースの酒が違ってリキュールだ。
それなのに、俺が注意するよりも先にナミが呟くように言う。それがあまりにも唐突だったから、俺はどう対応したらいいかと考える余裕さえなかった。
「私の書いた作品に〝白雪姫〟って言うのがあるのは知ってる?」
それに素直に頷くと、ナミは嬉しそうに笑った。確か、子供向けのお姫様が出てくる話だったねぃ。
「それがどうかしたのかよぃ?」
リキュールベースで、提供されてから15分以内に飲み干す必要のある酒がナミに提供される。それを口に運ぶ姿は、場馴れしすぎている。
まだ年頃になったばかりの筈なのにねぃ。困った子だよぃ。
「騙されて毒の林檎を食べさせられたお姫様は、王子様からの優しいキスで息を吹き返すんだけど……まぁ、実際には有り得ないわよね」
あの話は確か、騙されるのがどうかと思うような騙され方だった気もするけどなぃ。まァ子供や箱入りのお嬢ちゃんなら、騙されても仕方ねェのかもなぃ。
箱入り娘に……何も知らないボンボンに……なる事が許されない存在だから、生きる為に俺達は海賊になった。奴等が俺達を毛嫌うように、俺達もまた奴等を毛嫌う傾向があるのは否めねェ。
「好きな人からのキスで目覚めるとか、憧れるわ」
「キスで毎朝起こしてやろうか?」
「……お願いしちゃおうかな」
可愛くキスをねだる恋人に、息を飲む。普段甘える事の少ないナミだからこそ、その破壊力は果てしない。
「風に、当たってくるわ」
随分酔ってる様子なのは分かるので、ナミについて行こうと金をカウンターに置いて立ち上がった時には、既にナミが頭を強打した所だった。慌てて駆け寄った俺にナミが縋るように手を伸ばした事で、戦慄に似たものが身体中を駆け抜ける。
これは、何かあるねぃ。店選びを、失敗したか……?
「かならず、むかえ、に……きて……」
そう言って意識を失ったナミの名を呼んだ時、バーテンダーが飛び出して来て部屋を用意すると言うので有難く使わせて貰う事にした。医者も呼ぶかと言われたのに対して、俺が医者である事を告げると心做しか焦った様子を見せる。
「な、何かありましたら、ご連絡ください。その……滞在期間は、そのお部屋を自由に使って頂いて大丈夫ですから」
……こりゃァ、面倒な事になってきたねぃ。さて、何が起きるのかと思いながら用意された部屋に入れば、部屋は普通のスイートルームだ。
とりあえずナミをベッドに寝かせて診察をするが、特におかしな所はない。何かあると言えるのは、瘤があるの位だろうか。
「ナミ、何が起きてるんだよぃ?」
思わず問い掛けながら手を握るとピクリと瞼が痙攣して、意識が回復したと知る。そして目覚めたナミにどうしてか違和感があり、大丈夫かよぃ?と問い掛けると怯えたような瞳を向けられた。
初対面の時でさえ、そんな顔をされてはいねェ。何が……起きている?
「ナミ、酒を呑んで、酔って、転んで頭を打った事は覚えてるかよぃ?」
「え?…………朧気になら、覚えておりますわ。誰か、大切な殿方と、ご1緒させて頂いていた筈ですのに、
不安そうに瞳を揺らして、俺に問い掛ける。いつもとは異なるその口調に、態度に、混乱させられる。
「貴方様は……お医者様ですの?」
「まァ、役割としちゃ医者になるがねぃ……。あー……ナミは、自分の立場を分かってるかよぃ?」
「えっと……海賊ですわ。海賊船で、航海士や作家としてペンを手にして、いつも書類……何方かと、書類仕事を……くっ!」
言葉の途中で頭を抱えたナミをそっと支える。海賊船で航海士やってる事は覚えているのならば、そして今の様子なら……俺だけ記憶から消えてるなぃ。
あの時のバーテンダーの様子を思い出せば、恐らく定期的にこういった症状になる患者が居るのだろう。……悪酔いしてくれた方がマシだった上に、まるで俺の方が悪い夢でも見ているようだねぃ。
「ナミは、サッチや親父の事は覚えてるって事で大丈夫かよぃ?」
「えぇ、親父様の事大好きですわ!」
そう言って笑った顔がいつもより幼くて、俺といる為に大人になっているのかと少しばかり不安になる。そういや、ナミはまだ18歳だったねぃ。
「俺は、一番隊隊長で、不死鳥の二つ名を持ち、マルコと言う名だよぃ。……ナミが書類仕事していたのは、俺のサポートだねぃ。他に分からねェ事はあるかよぃ?」
俺の問い掛けにナミは真っ直ぐに俺を見て、それから悲しげに瞳を揺らした。そして、言う。
「……もしかして、違っていたら、恥ずかしいのですが……」
「ん?」
「……私とマルコさんの関係は、その……コイビト、と、呼ばれるようなものではありませんでしたか?」
「その通りだが……どうして、そう思ったんだよぃ?」
「マルコさんが、傷付いた瞳をされていらっしゃるのと……」
そこまで言って言葉を切ったナミは、その頬を赤く染めて、俯いてしまう。その様子に容姿で惚れられる事だけは無いと思うんだがと考えるが、答えは出そうにねェ。
「ナミ」
「ひゃいっ!?」
……あァ、ナミだ。この、驚いた時に妙な声を出す辺りは変わってねェ。
「ナミ……思い出すか、試しにいつも2人の時にしていた事をしてみるかよぃ?」
「……何をしていたんですの?」
「恋人が2人なら、決まってるだろぃ?」
「決まってますの?」
キョトンとした顔で首を傾げるナミが妙に可愛くて、イケナイ事でもしているような気持ちになる。……体型ばかり妖艶で……そのアンバランスさが危うい色香を放っていて、俺は喉が鳴るのを自覚した。
「……ナミが、歌声を響かせたり、俺だけの為に舞ったりしてくれていた」
「……そうでしたの。分かりましたわ。楽器は笛しかありませんが、頑張りますわね!」
……ん?
楽器で何を頑張ると……?
そう思っていたら、ナミが笛で音を鳴らし、その後静かに鉄扇を広げて舞い始め……って待てよぃ!綺麗だが、歌と舞は確かに額面通り受け取ればそうなるが違うだろうがよぃ!!
まァ元々本質的に鈍いのだと理解出来たから、それはそれで良いのかも知れないがねぃ。演技でもなく、躱していたのでも無いと分かったのだから。
まァ……それに、今の状態のナミを抱くのは強姦になりかねねェから、これで良かったのかもなぃ。美しく舞うナミを見詰めて、何でも出来る女だねぃと小さく笑う。
ナミは舞い終えると何かに気付いたのか少し顔色を悪くして、怯えたように俺を見るからそれが何だか可愛く見えて笑っちまう。そんな俺にナミはホッとした様子で息を吐き出すから、手招いてやる。
それに素直に従い寄ってきた所で、その腕を掴み抱き寄せると顔を赤くしたナミが硬直した。……やっぱり、俺に惚れてる様子だよなぃ。
何かした覚えはねェが……それが俺と付き合っているナミとしての足掻きのようなものだろうかと考えれば嬉しくもなる。そっとナミの唇を塞げば、ナミは抵抗せずにそれを受け入れて、静かに瞳を閉ざす。
そして、再び瞳を見せた時には、耳迄赤くなったナミが、俺を愛しげに見詰めていて……それにふっと笑いかければ、小さな声でナミが言う。泣きそうなのを耐えている様子のそれに、愛しさが込み上げる。
「マルコ……
「ナミ、お帰り。思い出したんだなぃ」
「うん、忘れて……ごめんなさい」
「ナミは悪くねェよぃ。多分、この島の特性だろうからねぃ」
俺の言葉に、それでもマルコを悲しませたわと言うから、それなら今夜はこのまま俺を甘やかしてくれるかと問いかければ、頷かれた。……この、優しすぎる恋人をどうしたら良いだろうか。
ナミが意識を失う直前に話していた事をとりあえず真似たのと、可愛い恋人にキスをしたかったのがありやってみたが、初々しくて良かった……。じゃ無くて、記憶が戻って良かったよぃ。
「マルコ……私ね、きっと……何度忘れても、何度でもマルコに恋をするわ。だからお願い、何度でも迎えに来てね」
「……当たり前だろぃ。俺には、ナミが必要だよぃ」
突然の言葉に、俺は泣きそうになる。何度でも迎えに行くと、そう心に誓い、俺は甘やかしてもらう為にナミを抱き締めたままベッドへと転がった。
夜は、これからが本番だろぃ?