妙に寒くて、すぐ近くにある温もりに擦り寄るとその温もりが優しく私を抱き締めてくれた。それにホッとして身体から力が抜けると、また深く意識が沈んで行く。
抱き締めてくれた温もりも、まだ夢の中にいるのだと言う事は分かっていて、だからこそ双方が本能的にしている事なのだとはどちらも多分わかってはいないだろう。それくらい、既に共にいる事が当然の事になっている。
そうして朝目覚めると、優しい温もりが頭を撫でてくれてるのが分かり、その胸に頭を擦りつけるようにして甘える。そんな私に、起きたのかと問い掛ける声が優しい。
「ん……おはよ、マルコ」
「相変わらず、猫みたいな奴だよぃ。起きるか?」
「やだ……ずっとこうしていたい」
「……寒いのか。わかりやすい奴だねぃ」
そう言って撫でてくれるその手が、愛情を伝えて来る。それに笑いかけるとマルコはそっと顔を近付けてきて、唇が重なりそうになったその瞬間に部屋のドアがノックも無しに開かれた。
同時に振り向けば半泣きのサッチがいて、その顔を見たマルコは嫌そうにしながらもベッドを降りるから、私もと体を起こそうとしたら毛布を肩までかけ直されてしまう。それからサッチに聞こえないような小声で、耳元で囁くように言われる。
「何も着てない事、自覚しろよぃ」
言われて思い出せば、茹でられた蛸でさえここまでじゃないと言いたくなるような、情けない状態になってしまう。そんな私とマルコを見て、イチャつくのは後にして急いでくれよと泣きそうな声で言うのを聞いてしまえば、居た堪れなくもなると言うもの。
なのにマルコはそんな私の額にキスを落として、いつの間にか支度を終えてサッチと共に部屋を出て行く。1人になると途端に寒く感じられるのは、人間の放つ熱量が減ったからか、それとも……寂しく感じられたからかな。
……寂しいなんて、おかしいわよね。いつも1緒にいて、ほんの数分離れただけなのに。
そう思って体を起こすと身支度を整えて行く。そのままの流れで窓の外を眺めるとまだ夜明け前だと分かったけど、今の内にと蜜柑に水をあげる為に部屋を出る。
マルコの居ない部屋で1人でいるより、その方が有意義だと感じたから。そうして蜜柑のお世話を終えて自室に帰ると、そのまま机に向かう。
マルコは部屋を繋げてもらおうなんて言うけど、模様替えするのだってこの本や資料の量を見れば難しいと分かるだろうに。そんな話の途中で、何かを言い淀む事の増えたマルコを最近少し、心配している。
何か言い難い事でもあるのかな。……私が何かの病気だとかなら、問答無用で治療するだろうし、マルコは怪我も病気も不死鳥の能力で治ってしまう。
だとしたら……エースか親父様に何か……?
不安に胸が痛む中で、ペンだけは別な意思でも持つのかと言いたくなる程にスムーズに動く。その不可思議な現象の中で過ごしていたら、頭に衝撃が走った。
「っ~……!」
「ナミ、何度も飯だと言ってるだろぃ。そろそろ帰って来い」
「殴らなくても……いいと思うの。暴力反対!!」
「何度も呼んだし、揺すったが帰って来なかったからねぃ。それでも不満なら……」
不意に止められた言葉に首を傾げると、マルコはどこから出してるのかと言いたくなるような勢いで色気を垂れ流しながら、言う。明らかに楽しんでるそれを、隠しもせずに。
「痛みじゃなく、快楽で呼び戻してやろうか?その場合、帰ると同時にベッドだがなぃ」
「ま、るこ……」
「……食事、行くか?」
壊れたように頷く私に、マルコは楽しそうに笑うと、いつまでもウブだねぃと言うけど……慣れるかそんなもん!好きな人に触れられたら、それだけで……。
言葉に出来ない想いは、けれども伝わったらしい。優しい眼差しが私を包むように向けられる。
熱を持ったまま引こうとしない頬に手を当てて、着替えてから行くわと言えば、マルコは少し何かを考えるような素振りを見せる。どうしたのかなと視線を向ければ、マルコはなんでもないよぃなんて言って、頭を撫でてから部屋を出て行く。
どうしても子供扱いされてる気がしてしまうのは、こんな時。勿論、子供として見てるなんて有り得ないのは知ってるけど……。
なんとも言えない気持ちで着替えてから、軽く髪をセットして部屋を出る。すると待っていてくれたらしいマルコがいて、その腕を掴むとマルコはいつもと同じように笑ってくれた。
でも、その腕から微かに緊張してるのが伝わって来て、何かあったのかなとは思うのに、声に出して聞く事が出来ない。どうしてだろう、怖いと感じてしまうのは。
変わらなくていい。このままで居たい。
マルコの傍で、皆を見守って、親父様と笑って、そうして生きていたい。蜜柑の葉についてしまう虫に悲鳴を上げて、エースが助けに来てくれて、マルコが呆れた顔をしながら結局手伝ってくれる。
そんな今が幸せなのに……どうしてかな?
そんな幸せが崩れて壊れそうで……この先に進むのが嫌だと思ってしまうの。変わらないで、ずっと……このままで……。
「ナミ」
声を掛けられた事で顔を上げると食堂に到着していて、でも……なんか、皆がいるわ。もしかして待たせちゃってたの!?
「マルコ!?」
「あー……少し違ェから、ナミは気にしなくていいよぃ。とりあえず座って食事してくれ」
「……うん、マルコがそう言うなら」
マルコに誘導されて座ると、サッチが迷い無く私の前に食事を運んでくれてそれを受け取る。ありがとうと笑って、頂きますと言って食べ始めるけど、食べてるのが私だけと言う奇妙さ。
……落ち着かないんだけど……。どうしたのかな、食べ終わってるなら、なんで皆ここに居るの?
その時親父様が始めろなんて言えば、隊長達が何かしらの楽器を手に姿を見せる。マルコを除いた総勢15人の隊長が、それぞれ違う楽器を手にしているのが何とも壮観である。
でもそうなると指揮は、と思ったらなんと親父様らしいとわかり、私は初めての事態に驚き声をなくし、動きも止めていた。そんな中で親父様が口を開く。
「マルコ、覚悟は決めてきたんだろ」
「……よぃ」
それから隊長達のいる壇上に上がったマルコは、皆とは少し離れて楽器を持たずに立つと、深呼吸をしてから親父様に強い視線を向ける。それに親父様が頷いた時、マルコが曲名を口にして演奏が始まった。
「〝未完成なあいのうた〟」
随分前に、思い出して出版した曲の中にあったとは思うけど、と言うか、マルコの歌って……初めて聞くわ。前にどうして歌わないのか聞いたら、音痴だからって言って、その後いくらせがんでも断られたのに……!
「ーーー」
男の人が歌うからなのか、マルコが歌うからなのか、違う曲のように聞こえる。でも、分かってるのは、こんな色気のある曲じゃなかったって事だけ。
「ーーー」
繰り返される英詩では君の言う事、叫び、それを何故歌に?と問い掛けているのだと私は認識している。これはサビの筈だけど、日本語に直訳した時少し理解しがたいところがある。
「ーーー」
きっと誰もが、笑顔の仮面をつけて外で生きてて、どこかでそれにより疲れきった自分を自覚するのだろうと思う。いい人になる事を望んでる訳じゃなくて、望んでる事はきっと皆……同じ。
だからこそ、この歌は響くのだろうと思う。悲哀をも含んだその歌声に、私の手は食事を進めてはくれない。
「ーーー」
きっと誰もが1度は不思議に思う。いつの時代も何故か愛に関わる歌や作品が、似たような物が多く生み出されるのだろうかと。
その答えも、きっと誰もが本当は知ってる。でも、明確には答えられないから、歌うのだろうと思う。
「ーーー」
マルコは上手に私を愛してくれてると思うのに、どうして届いて欲しいと歌うのかな。何がマルコの中で〝未完成〟に該当しているんだろう。
「ーーー」
繰り返された英詩は、実際英詩と呼んで良いのか私にはわからない。ただ、異様に発音がいいのだけは気になるけど。
こんな時、世界の違いを実感するわね。そして……呼吸さえ奪われそうになる。
切なさと色気を多大に含んだ歌声。元々美声なのに、そんな事されたら……。
「ーーー」
マルコの悩みって何だろう。私は、マルコの過去を全くと言っていい程に知らない。
マルコの抱えるそれが、マルコの優しさに繋がるのだろうか。どれ程の闇を、マルコは耐えてきたのだろう。
「ーーー」
そうね、マルコ。強くないから、祈るように歌うのだと、私も思ってるわ。
元々雅楽とは、神に捧げる為に、祈りや願いを届ける為に産まれたものだから。それを人に、愛を伝える手段に使うのはおかしい事じゃないと思う。
「ーーー」
繰り返される言葉は、大切である証拠。大丈夫、マルコに私はいつも照らされてるよ。
間奏に入り、隊長達の演奏の完成度に引きそうになる。いつ練習してたのよ……あの鬼のような過密スケジュールの中で、との思いから。
「ーーー」
マルコが歌うそれは、よく舌を噛まないなって言いたくなるような速度のもの。でも、ここの歌詞って確かにって思うのよね。
「ーーー」
繰り返されて来たのに、最後だけ少し違うその歌詞。それに私は頷いて笑う。
「ーーー」
最後の部分を歌い終えたマルコが、演奏が終わる前に壇上から降りてくる。そして、泣きそうな顔で笑いかけて来た。
「俺はやっぱり、自分の言葉で伝える方が合うかもなぃ」
「何を?」
「ナミ、俺は今の未完成な状態を変えたい」
優しくも真剣な声に私は何も言わずにマルコを見つめる。するとマルコは目元を優しく緩めて、腰のポーチから取り出した物をそっと私の指に嵌めた。
「俺の家族になってくれよぃ」
耳に届いたそれが現実なのかと疑いたくなって、指に間嵌められたリングに視線を向けて、現実だと知る。そして、何か答えなきゃと思ったのに溢れ出したのは涙だった。
最近何かおかしいと思っていた。変化が怖くて聞く事も出来なかったのに……。
「ナミ……?」
戸惑うように、微かに声を震わせて名を呼んでくれる愛しい人。だから、私も本心を素直に伝えたくて、唇を動かす。
「……うれ、し……い……」
「ここまでお膳立てして貰って、断られなくて本当に良かったよぃ」
その言葉でハッとする。そうだ、今ここには〝皆〟が居るのだと。
直後に沸き起こるのは、大歓声と拍手。勿論野次も混ざってはいるけど、それでも……。
優しい愛情に包まれて、私は羞恥と混乱と……幸福から、涙を止める事が出来なくなってしまう。そんな私を隠すように、大切そうに抱き締めてくれる温もりに縋るように手を回せば、慰めるように涙を拭う唇。
その後何時どこで式を上げるかと、本人達そっちのけで盛り上がり始めた家族に、口を挟む余裕も無く互いの顔を見合わせて笑ったのは不可抗力だろう。今日もモビーは平和だと、私はその幸せを噛み締めた。