優しい歓声に包まれて、私とマルコの婚約生活はスタートした。けれども、だからといって日常が突然変わる訳も無い。
寧ろ、忙しくなった気もしてる。私もマルコも仕事が恋人みたいな所があるし、流石に本当の恋人の事は大切にするけど、なんて言うか、自分の事は蔑ろにする癖があるから。
そんな私とマルコを心配してくれた家族が、何かを画策してるのは分かってたけど、実際の所は何も分かっていなかったのだ。書類を積み上げて、少し肩を回してから蜜柑の世話をしようと立ち上がると、そのままクラりとして倒れそうになる。
そんな私をマルコが左腕で支えてくれて、右手に持っていたペンをペン立てに刺すと、私の顔を心配そうに覗き込んで来た。そんなマルコの目の下には明らかな隈があり、マルコはそろそろ1度寝た方が良いと判断する。
「マルコ」「ナミ」
重なった声に、互いに先にどうぞと譲り合っていたら、ドアをノックする音が聞こえた。視線を向けると、ドアを開けた状態で呆れを隠さないサッチに睨まれてしまう。
睨まれる理由が分からなくて首を傾げると同時に、私は無意識でマルコの腕を強く掴んでいた。そんな私にマルコが優しく笑いかけるから、嬉しくなって微笑み返したら低い声が降って来た。
「二人共、最後に食事してからどれだけ経過したか知ってるかな?」
にっこりと笑ったサッチに、ビクリと震えた私を庇うようにマルコが腕に抱き締めてくれる。その温もりに、ホッと息を吐けばマルコが優しく笑いかけてくれた。
「イチャつく前に、2人には水分補給と睡眠、起きたら食事をして貰いたい所なんだがなァ?」
コメカミを引くつかせるサッチの存在を思い出し、マルコに腕を回せばマルコがサッチに悪かったよぃと謝った。私はマルコしか見ない勢いでサッチから視線を逸らす。
「2日、飲食してねェし、寝てねェ。似たもの同士なのは知ってるが、マルコは兎も角ナミちゃんはそのままだと死ぬぞ?」
「……気を付けるよぃ」
「マルコは船医だろう。恋人である前にクルーであり隊員であるナミちゃんの体調管理は急務だし、医者の不養生ほ認められねェ。分かるだろ」
「……ごめんなさい。気を付けるから、マルコを責めないで」
思わず口を挟めば、庇い合う美しき愛情とか言ってる場合じゃねェからなと言われる。何度目だと問われて、私とマルコが顔を見合わせて首を傾げると、サッチから今すぐ寝ろと言われてグラスを突き出された。
グラスを受取り飲物を口にすると、身体が乾いていたのを自覚する。それはマルコも同じだったようで、小さく苦笑していた。
スポーツドリンクのようなものだと分かれば、その気遣いが嬉しくて笑ってしまう。本当に有難い。
「自覚したな?なら、二人揃って寝てくれ。俺はお前らのお母さんじゃねェってんだよ!!」
怒ってる様子のサッチを落ち着かせようと、思考の止まりかけてる私の脳が叩き出した答えはこれだ。よし、甘えてみよう!
「……サッチお兄ちゃん、ありがとう」
「ナミちゃん!!俺これからもナミちゃんの事は面倒見るよ!!いつでも甘えて良いからな!なんでもお願い聞いちゃうぜ!!」
「……寝ないとなんだろぃ?残りの書類任せたよぃ。エースとハルタのがまだ来てないから、それの回収も合わせて頼むな」
「は?ちょっ……!?まっ「お休み、サッチお兄ちゃん。お願いは聞いてくれるんだろぃ。俺とナミは寝るよぃ」」
そう言ってマルコは私を抱き締めたままベッドに潜り、何か言ってるサッチを完全無視して眠りに落ちた。……ここまではまだ、良くある日常の風景だったと思う。
目覚めてからがおかしかった。目覚めると同時にナースのお姉様達に連行され入浴よ言う名の、拷問が待っていたのだ。
お風呂は好きだけど、お願いだから1人でゆっくり入らせてと叫ぶ私の声は、浴室に谺響するものの助けは何処からも現れなかった。そして磨き上げられた上でマッサージ等も施され、そのまま見覚えのないドレスを着せられた後、化粧をされながら髪を弄られているのである。
「お姉様方、いった「はい、黙る!動かない!」」
こんな感じで質問の1つもさせては貰えないのだ。でも……いつもとは何かが違うのよね。
たまにこうして遊ばれる事はあるけど、今回はなんか、空気が違う。それに、このドレス……なんか、ウエディングドレスみたいで綺麗……。
「……やだわ、なんか、泣けてきた」
「泣かないでよ!ナミが何処かに行く訳じゃないのよ!」
「でも、あんな南国フルーツに!!」
そう言って突然喧嘩を始めたお姉様方に首を傾げる。……マルコがどうしたのかな?
普段はマルコ隊長って言って慕ってる感じなのに、何か喧嘩したとか?それとも、マルコが何かしたのかな?
でも、ずっと私と寝てたから何も出来ないわよね。どういう事だろう。
その時ノックする音が聞こえてドアが開かれるとエースが入って来た。珍しく正装してる姿に、あら似合うと思って、でも窮屈そうにしてるのが何だか妙に可愛い。
「……ナミ?」
「そうよ?」
「…………あんまり、綺麗なんで、驚いた」
「あら……お世辞なんて言えるようになったのね。今日は何かあるの?」
「ん……。多分、楽しいイベントだよ。親父が待ってるから、親父の所まで案内するよ」
エースの言葉に頷いてその腕に手を伸ばすと、少し寂しそうな顔をされてしまう。なんだろうと思っていたら、ドアを出た瞬間に目の前にある赤い絨毯に息を飲む。
だって、これって、バージンロード、みたいで……。エースに縋るようにして進むと、やはり正装している親父様が待っていた。
「……ナミ、綺麗だな」
「親父様……」
「……いっそ、俺の嫁に来るか?」
「本気にしますよ?」
クスクスと笑いながら、ここまで来れば嫌でもわかる。結婚式をサプライズでだなんて、本当に暖かい。
そう思ったら泣きそうになって、そんな私を抱き上げた親父様が寂しそうに笑う。大きくなったな……なんて言いながら。
「ある意味、俺の所に嫁に来るんだが、惜しいな。こんなにも美しく育ったのに」
「私の親父様は、変わらず1人だけですよ」
「他に父親は居ないってのか?」
「いいえ、私のお父さんは、ゲンさんですから」
答えるとそうかと言って、親父様は視線を動かす。そこに居たのは、なんとも言えない顔をしたゲンさんで……。
……ゲン、さん!?
「ナミ、儂が父親で、良いのか?」
「私のお父さんは、ゲンさんだけよ。幼い頃からずっと、慈しんでくれて、ありがとう」
私の言葉に泣き出したゲンさんを、支えるように傍に立ったベルメールさんを見付ける。それに、歩いてるその姿に思わず親父様の腕から飛び降りた。
そんな私にノジコが言う。朗らかな笑顔で。
「盛大な迎えまで寄越してくれて、本当に驚いたのよ?」
「え?」
「赤い髪の、自称〝ナミのお兄ちゃん〟が泣きながら迎えに来たわ」
私の知る限り、赤い髪で兄を名乗るのは1人だけ。そう思って視線を巡らせると、なんか蹲ってる黒い布がいた。
その近くでヤソップが呆れを隠さずにいて、私の視線に気付くと黒い布を叩いた。そうしてヤソップが手を軽く振ってくれたのと同時に、黒い布が振り向いて涙でグズグズになった顔を向けたのだ。
「……ノジコ、タオル持ってる?」
「うん、言いたくなるわよね。あの顔で迎えに来たのよ」
「まったく……」
過保護過ぎる兄に笑って、差し出されたタオルを手に近付くと、何故か余計に泣き出されてしまった。その顔にタオルを押し付けてから、ありがとうと告げれば、不明瞭な言葉が返る。
それと同時に抱きしめられてしまい、身動きが取れない。その上、地味に苦しいし、骨がミシミシ言ってる……!
「やっ……シャンクス、くるし……!それに、地味に、いたぃ……!」
「もう、このまま、攫って行きてェ」
「やめときな、赤髪。そんな事したら四皇同士での戦争になるぜ?……ウチのナース、戦うと結構強いぜ?」
そう言って私とシャンクスを引き剥がしたのは、イゾウだった。それにしても、ナースのお姉様方って戦えたの!?
非戦闘員だと聞いていたのにと呟けば、ナミも非戦闘員だろとイゾウは笑う。それにしても助かったと思って息を吐き出すと、ゲンさんがそっと手を出して来たので、その手を取って先へと進む。
その先で待っていてくれたマルコは、やはり少し戸惑った顔をしていて、マルコも知らなかったらしいとわかる。そんなマルコに引き継がれた私は、マルコと並んで神父様が待つ筈の祭壇へと足を進めた。
そして到着した場所で、聞き馴染みのある声が聞こえてくれば、何処か切なくなるのも致し方ないだろう。優しい視線が私を包むように、穏やかに細められる。
「汝ら、何時いかなる時も、己を大切に、仕事は程々にして適度な休息を取り、無理はせぬと誓うか?」
「ベック……」
「……二人共、誓わないならもうお頭から庇わねェぞ」
「「誓います!」」
揃った私とマルコのそれに、皆が笑う。神父様の筈なのに、疲れたような顔で、本当はお頭がやる筈だったのに、あの調子で仕方無く俺が代役だなんて言われれば、本当にごめんなさいと言うしかない。
なんでシャンクスの事で私が謝るんだと周りから突っ込みが入るけど、だってさ、なんか……気分的にはシャンクスの保護者だから。それをボソリと呟けば、ベックは笑いながら言う。
「さて、お頭が飛び出してくる前に、誓いの口付けをしてくれないか?」
その言葉に私はマルコを見上げて、マルコもまた私を見詰めて、固まる。……いや、ほら、だって、恥ずかしい。
そう思って顔を俯けると、マルコがベルメールに手を掛けて投げ捨ててしまう。驚いて顔を上げると同時に降って来た唇に、誓いの口付けには濃厚過ぎるそれに膝が震える。
「んっ……う……ぁ……!」
「ナミ、幸せにするよい」
崩れそうになった私の腰を掬うように支えて、マルコは言う。それに、私は何と返すべきだったのだろうか。
「マルコ……」
「ナミの心も、身体も、全力で守る。だから、これから先ずっと、俺の傍に居てくれ」
「当然でしょ。私が居なかったら、マルコ過労死しちゃうもの」
そう言って笑ってから、私もマルコを死なせない為に頑張るからと言えば、自然と再び重なる唇。それにシャンクスが騒ぎ、ルーになぐられ、ゲンさんが暴れそうになり、ドクターに沈められたのは、後にハルタから聞いた事ではあるけど。
長く濃厚過ぎる誓いの口付けは、いい加減にしろとビスタに叱られるまで続けられる。優しい家族に囲まれて、
優しい家族に囲まれて、愛しい人の腕の中で、私は終わらない幸福の道を歩み始める。この人だけは、守りきると互いに誓いながら。