結婚してからのドタバタが落ち着き、病気も治り、嫉妬して虐めたそれもとりあえずは解決した。なので今は、穏やかな時を過ごしていると言って間違いでは無い筈だ。
親父に書類の最終チェックをして貰い、エースの所に不備のあった書類を届ける。その書類に付箋でここを直せと指示が書かれているのを見て、ナミはエースに甘いよぃと小さく溜息を落としてから、イゾウの所へ寄って完成したであろう書類を受取った。
「書類くらい俺が持って行くから、部屋で大人しく待ってりゃ良いのに。……急ぎなのかい?」
「いや、親父とエースの所へ寄ったついでだよぃ」
「なら良いが……余り無理してくれるなよ。サッチのは今夜、他のは後でビスタにでも集めさせて持って行かせるから、後は回らずに帰ってな」
「ありがとよぃ」
たまには兄弟の顔も見たかったが、気遣いで言ってくれてるのが分かるのでそれに甘える事にした。そうして部屋に戻ればナミはニュースクーと戯れていて、何とも平和な光景が目の前に広がっている。
その様子を眺めていると、何故かその瞳が泣いている事に気付く。ナミを愛してやまないニュースクーがナミを傷付けるとは考えられねェが……だとすると、いったい何事だろうねぃ?
「クーちゃんありがとう。温泉も桜も大好きだから、本当に嬉しい。楽しんでくるわね」
その言葉で何となく気付く。俺と行けないからと……2人だけで行く訳には行かないからと諦めたな。
さて……そうなると有休申請が通るかだけが問題だが、どうしたもんかねぃ。ナミは喜ばせてやりたいが、確かに難しいのは難しいのだ。
積み上がってる書類と、これから届くだろう書類。それには当然不備もあれば問題もあるだろう。
休みを貰えばその分仕事は溜まり、ナミはまた眠りもせずに働くだろう事は容易に想像がつく。ならば、どうしたものか。
そんな事を考えている間にナミはその封筒を机に片付けると、俺の存在に気付かないままに窓に向かって歌い出した。その歌声に導かれるように舞い込む桜は、本当に美しくて……歌詞のそれと合わせると本当にナミに誘われて来たように思えてならない。
歌い終えた時、俺が持っていた書類を台に乗せた音に驚き振り向いたナミは、何年も会えてなかったかのような顔で俺を見る。そんな顔、させるなんて俺もまだまだだねぃ。
そっと手を広げて笑いかけると、駆け出して飛び込んできた愛しい温もり。俺の愛妻。
「何があった?1人で抱え込むなよぃ」
俺の言葉に小さく肩を揺らして、それからおずおずした様子を見せつつナミは言う。それが妙に可愛い。
「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
「重箱の中身は、誰が作るんだ?」
「……私の、つもりだけど」
不思議そうに首を傾げたナミは、その瞳をきゅるんとさせている。本気で何故そんな事をと思っているのが伝わり、本当に嘘の付けない奴だよと思う。
「その重箱の中身は俺とナミしか食べないって言うなら、やれるよぃ」
「そう、なの?2人だけでって、事?」
「いや、家族皆で宴はやるよぃ。ナミの作る物は、他の誰にもやらねェってだけだぃ」
俺の言葉に嬉しそうに頬を染めたナミは、顔を隠すように俺の胸に顔を埋めた。その頭を撫でながら、俺ももう少し、こうしていたいと強く願わされる。
花弁が舞い込む室内で、蜜柑の香りがする愛しい女を抱き締めていたら何故か後ろから衝撃が走る。誰だと思って振り向けば、ジョズが呆れた顔で立っていた。
「書類を持って来てみたら……イチャついてられる量の書類か、これは……?」
室内を埋め尽くさんばかりの書類を見て、ジョズはこの状態で呑気にイチャつけるお前達はおかしいと言って去って行く。それにナミは小首を傾げて、事も無げに言った。
「いつもの半分も無いのにね……?」
それに俺が確かにと頷いた時、飯を持って来たサッチに2人とも仕事中毒をまずは治せと叱られちまったのは、本気で謎だ。サッチの持って来た飯を食いつつ、サッチに花見について相談すれば親父と掛け合ってくれる事になった。
なのでそれ迄に仕事を終えるぞとナミと顔を見合わせて笑い合えば、やる気も出る。その時予定とは違ったが、書類運びに駆り出されてきたハルタから似た者夫婦めと嫌そうに言われちまった。
翌朝……綺麗に片付いた室内でナミは満足そうに頷き、俺も軽く伸びをした時様子を見に来た親父に近々数日休みやるから仕事から離れろとの言葉を受けた。それにナミは動揺するが、俺としては助かる話だったので、詳細を話し合いに後で行くと伝えて風呂に入ってから寝ようかとナミを宥めて誤魔化す。
そうして迎えた花見の宴当日。騒ぐ弟達が羽目を外しすぎないように見て周り、親父が上機嫌で酒を呑むのを程々にしとけよぃと言いながら通り過ぎる。
エースが悪魔の実の能力を使って大道芸の様な事をすれば、それにジョズまで参加するから平和だねぃと思う。悪魔の実の能力をそんな事に使うなんて、どれ程恵まれた状況かと考えたら笑みが零れるのも無理は無いだろうと考える。
その時ナミが少し赤い顔でお弁当食べようと声をかけてきたから、俺はそれに吸い寄せられるように近付き腰を下ろす。すると頑張って作ったのよと笑うナミから強くアルコールの匂いを感じた。
「……ナミ、どれだけ呑んだんだよぃ?」
「6~7本だけよ?」
その言葉が不思議でならねェよぃ。ナミならその程度でこんなに酔う筈も無けりゃ、酒の臭いがする筈も……。
ふと視線を向ければ、泡盛と書かれていて……嫌な予感がした。その島から本来出してはならないと言われる、1人にグラス2杯以上出すのを禁止されてる泡盛が存在すると聞いた事がある。
もしそれだとするならば、アルコール度数は98%の筈だぃ!つまりは、火をつけられるレベルの酒であるという事。それを確認しようと手を伸ばした時、ナミが俺を押し倒して来て……。
「マルコ……私と、お弁当、どっちから食べる?」
これは、相当酔ってるねぃ。そう思って、だからと言ってこれには乗れないなとナミを抱き締める。
この調子で他の誰かの所へ行かれたら、せっかく喜ばせるはずの温泉がただの欲望旅行になっちまう。そう思うからこそ、ナミの背中を撫でながら焔でゆっくりと癒してやる。
「まずは1緒に弁当から食べようかねぃ。そうしないと、エースに取られそうだ」
「ん、なら、食べさせて!」
酔うと、甘えるのか。言葉選びがおかしくなるのか、どちらにしても苦行に近いなと微かに笑う。
そっとナミに睡眠薬入の飲物を渡して、互いに弁当を摘んでいればうつらうつらと船を漕ぎ始めるナミに、犯人探しは後にしようと決める。その時ナミが俺の名を呼びながら抱きついて来て、あえかな声で言葉を紡ぐ。
「離さないで、置いてかないで……」
「……今は寝とけ。起きたら、温泉に行こうなぃ」
桜の舞い散る中でナミに膝を貸せば、俺の腰に抱き着いたまま離れようとしないナミがいる。その様子に視線を逸らして逃げようとした数名を脳内でリストアップして、後で問詰めれば解決しそうだとほくそ笑む。
これがナミじゃ無けりゃ、急性アルコール中毒で死んでた可能性もあるぞと思えば当然である。そんな俺の殺気に怯えながら親父の元へ逃げて行く影に、親父も許さねェと思うがねぃと心で呟きながらナミの頭を撫でていた。
時折小さく声を出すナミに、自分の理性を保つのが難しく思えるようになるとはと苦笑する。その時俺の名を呼んだナミに、傍にいるよぃと言えば寝息は次第に落ち着いていく。
桜の花弁が、ナミを護るように降り注ぎ、ナミを桜の妖精へと変じさせる。それでも俺は、花より団子でな奴だから、愛しい蜜柑を早く温泉で洗って、喰っちまいたいと願うんだ。
花見の宴は、まだ始まったばかり。大騒ぎのそれは、暫く続きそうだ。
そう判断した男は、愛しい女が目覚めるまでその様子をただ楽しそうに眺めていた。桜の花弁が、2人を包み隠しそうな程に、静かに、けれども艶やかに降り注いでいる。