突然モビーが霧に包まれて、ナミが倒れれば大騒ぎにもなる。即座に医務室に運び込んで進路について親父に相談連絡を入れれば、先に連絡を受けていたらしい親父が部屋に入って来た。
「ナミは無事なのか?」
「親馬鹿、ここに極まれりだねぃ」
「ナミだからな」
このモビーにおいてナミは皆の可愛い妹なのだと、こんな時に再認識させられる。俺の妻だとわかっていて、親父でさえこれだからねぃ。
「あの霧が原因だろうとは思うが、今のところ倒れたのはナースが数名……つまり、女にしか影響は出てない様子だよぃ」
「なら、近くの島に寄って少し休ませるか」
「親父の決定に従うよぃ」
成程、どうやら地域性のものである可能性が高いらしい。言われなくとも、親父の言葉の端々からその程度の事なら読み取れる。
俺からの言葉に、親父はグララララと笑うと部屋を出て行く。そのやり取りを受けてナミが突然言った。
「私、イースターのイベントやりたいの」
「イースター?」
「兎と卵のイベント。詳しくはWebで!」
「〝うぇぶ〟ってなんだよぃ?」
次々出て来る知らない言葉に首を傾げると、ナミが悲しそうな顔をした。それにより誰にもナミが話していない事が理由で、悲しんでるのだと気付く。
だからこそ、誤魔化すように笑ったそれに乗ってやる。話せる時が来たら聞きたいが、無理に聞き出す程阿呆でも無い。
「言い間違えたのよ。机に出版したくて書いたの置いてあるから、それを見てくれると助かるわ」
「詳細は後程確認するが、だとしたら必要なのは卵と兎かよぃ?」
「うん。最悪卵だけでも平気。兎はそれの形になってる物を作ったりしたらいいと思うから」
それに頷いてから、確認して問題がなければやろうかねぃと言ってその頭を撫でると、ナミは気恥しそうにする。いつまでも子供扱いして……なんて言うが、これだけ可愛ければ愛でるくらい許して欲しい。
結婚していようが、敵は多過ぎ……なんだ、今の感触。そう思って手を離して様子を見ればそこから生えてきた1対の長い耳。
もふもふとした、可愛らしいそれはナミのキョトンとした表情と上手く合致していて恐ろしく似合う。ぴょこぴょこと揺れ動く耳に、可愛いもんだなと思いつつも、混乱を極めているのは自覚している。
「頭の上にあるものは……目の錯覚かねぃ?」
俺の言葉を受けて慌てて近くの鏡に向かい、そこで叫ぶナミ。動きを見るに体調が悪いとかは無さそうだし、手足まで兎になった訳では無い様子だ。
1度しっかりと脱がせて、細部まで確認する必要はあるだろうけどねぃ。撫でてた時の感じから見て、ちゃんと触られている事に気付いていたから、痛覚等もあるのかとか、血が通っているのか等も含めて確認しておかないと不味いか。
「マルコ、私、耳、兎……!!」
「ナミ、安心しろよぃ」
「マルコぉー……」
「世界一可愛いよぃ」
わざとボケたんだが、ナミはキョトンとしてからうがぁ!と怒り出した。どうやら冗談は通じなかったらしい。
だが、実際嘘はついてねェからなぃ。ナミは可愛い。
「…………そうじゃないの!!違うの!!」
「何が違うんだよぃ?ナミは世界一可愛いよぃ」
「なっ!?人魚姫とか、ハンコックとかは!?」
「世界一美しいとか言われてる2人だねぃ。だが……俺にとって世界一美しいのはナミの瞳と心だし、可愛いのはその反応と言動だよぃ」
そう言いながら検査するからと脱がせて色々確認すると、ナミも真剣な顔で付き合ってくれる。……新婚さんな筈なのに恥じらってもくれないナミに、仕事モードに入るとダメだなと痛感させられる。
それらの情報を元にビスタに連絡を入れて、確認を取ってみれば荒方見えてきた。そしてナミに耳が出たのとほぼ同時に、ナースたちにも出たと分かれば到着した島で情報を集めたのは当然と言えるだろう。
そこで、この海域では霧の多い時期にこうした現象がよく起きるが、健康被害などの報告はなく毎年生える動物の耳が変わるらしい。今年は兎かと笑うそれに、脱力したのは当然だろう。
特に問題が無いならと、耳の生えたメンバーとその付き添いは休みを貰い島を楽しむ事に決まった。その為にデート宜しくナミと歩いていると、耳が良くなっているらしいナミが街の様子に嬉しそうに笑う。
「この島、イースターやってる!!」
「あァ、やりたいって言ってたやつだねぃ。なら、2人で楽しむかよぃ?」
「うん!!」
「2人とか寂しい事言うなよ。折角だからあのイベントに参加しねェか?」
突然そう言って来たのは、会いたくないといつも願っている男だった。そいつは流れるような動作で、迷いなくナミの髪を指に絡めて、そっとキスをする姿までいつも通りだ。
「シャンクス!ベックも!!どうしてここに?」
「縄張り、重なってんだよ。知らなかったか?」
「あ、そっか……だから穏やかに楽しくお祭りとかできるのね」
「そういうこった」
笑う赤髪とナミを引き離すようにナミの腰を抱けば、ナミが驚いた様子を見せてから破顔した。その笑顔ひとつで、他の全てがどうしてでも良くなる。
正直言えば、関わらせたくないがナミにしてみれば大切な存在なのもわかっている。だがねぃ、ここは俺達の縄張りだが赤髪の縄張りじゃねェよぃ。
「マルコ、参加していい?」
「イベントか。……まァ、俺もいるから構わねェが、怪我するなよ?」
「卵探すだけで怪我なんかしないわよ!!」
可愛い兎が籠を手に動き回れば、それだけで怪我をさせられるリスクはあるが……俺が守ればいい。ナミに荒事は似合わないからねぃ。
「なら、いいよぃ」
「なァマルコ、お前俺の船に「ナミの髪をいい加減離せ。それと、ここは重なってる縄張りじゃねェよぃ」」
「……いつも悪いな。霧が出ていて、安全の為に来たんだが、ナミのその耳はどうした?」
低く唸るように言った俺の言葉を受けてか、宥めるようなベン・ベックマンの放つ言葉に反応して視線を向ける。そしてナミを心配そうに見るその瞳に、簡単にその霧が原因だとして説明した。
その関係でナースもうさ耳なんだと言えば、女が居ない事で気づいていなかったそれに驚いた様子を見せてから、イベント会場へと共に向かう事になった。そもそも赤髪海賊団に女がいないのは、乗った女達が赤髪と副船長のどちらかに惚れて、下手すると両方に惚れて面倒な事になるからだ。
そういう意味でも、靡かないナミが欲しいんだろうな。優秀で軋轢を生まない女なら、欲しいと願うのもわかるがねぃ。
「ナミ、ほら籠」
「ありがとう!よし、探すぞー!!」
楽しそうに笑うナミに、だが赤髪から差し出された籠を受け取る様子に、心底思う。知らない人から物を貰うなと。
まァ、知ってる相手だからこそ、本当は嫌なんだけどな。赤髪はナミの特別だと知っているからこそ、余計に嫌なんだと、ちゃんとわかってるんだがねぃ。
「「マルコー!!」」
何故かナミと声を揃えて赤髪が俺を呼ぶ。辞めてくれよぃと思いながら、なんだと答えれば、卵を見付けたと笑うナミと、ちゃんと探せと騒ぐ赤髪。
ハイハイと赤髪をあしらいつつ、ナミに良かったなと笑いかけるとはにかんだ笑みを見せてくれた。これ正に眼福。
ナミを見守りつつ、見付けた卵を籠に入れて歩けば、見つけた数に応じて貰えるらしい景品に兎のぬいぐるみがあるとの話でそれに笑う。兎が兎貰ってどうするんだかねぃ。
「その兎さん、青いのよ。そして、抱き枕なの!!」
その言葉でどうやら俺の色だから欲しいのだと気付いちまえば、反対もできない。痛い所つかれたもんだよぃ。
仕方ないかと内心で溜息1つ。許可を出せば喜んでくれるだろうか。
「俺が居ない時だけ使うなら、許可してやるよぃ」
「うん、そのつもり。1人だと、寝るの怖くて……」
この兎はどうやら俺の理性破壊を目論んでいるらしい。そう思っていると赤髪がナミの尻尾に触れて、ナミが悲鳴をあげた。
それを何も考えずに蹴り飛ばして、ナミを保護する。動物は尻尾が弱いんだから触れるなと思い睨めば、怖い怖いと笑われるが……ワザとか。
結局副船長に叱られて赤髪は卵を詫びにとナミへ寄越すから、ナミの機嫌が即座に治った。それから抱き枕が貰えそうだと笑うから、夜1人にするような内容の仕事が無ければいいと心から思う。
Happy Easter……。無邪気な兎が卵を集めて回る姿が客引きとなり、参加人数が増えたと喜ばれた為に抱き枕の他に兎の柄が入ったハンカチを貰う。
それを嬉しそうに報告してきた兎を抱き締めて、幸福の青い鳥は誰にも兎を見せたくないと本音を漏らす。だが、耳の良くなった筈の兎は、それを本気にせずに楽しそうに笑うばかりだ。
幸せを運ぶ青い鳥の気苦労は、まだまだ絶えそうにない。それでもきっと、こうして共に過ごせるだけでも幸せなのだと、家族の待つ平穏なモビーに視線を向けて穏やかに微笑んだ。