ナミを助けて、共に過ごすようになり、想いを伝え合い、恋人として過ごして……いつしかエースが隊長になり、傘下の海賊も増えて、ナミは俺の妻となった。順風満帆とはこれの事だろうと思う。
いや、思っていた……と、言うべきだろうねぃ。それが覆る日が来るなんて、想像もしていなかったのだから。
それは良くある敵船との戦闘があった日の夜、勝利を祝っての宴の時から始まったんだろうと思う。サッチが得意満面に、俺の元へと駆け寄って来た。
「なァマルコ!見てくれよ!悪魔の実だぜ!」
「おー……コレでサッチも海に呪われ仲間だなぃ。……そんで、それは何の実なんだよぃ?」
「……知らねェ。後でティーチに聞いてみっかな。アイツ悪魔の実に詳しいから」
その言葉を受けて、仲間内でも悪魔の実を欲しいと言って喧嘩になる事があると思い出した。下手に見せれば、揉める可能性もあるよなぃ。
そういった揉め事を防ぐ為に、この船では明確な取り決めがある。それが、手に入れた人間の物であると言う事。
見付けて手に入れた者がその悪魔のを売ろうが食おうが好きにしていいと言うもので、だが他の人間への建前もあるので譲るのは厳禁だ。
そうなると、泳げなくなるのを厭うナミに聞くのが良いだろう。ナミはあれで何にでも詳しい。
「ちょっと待てよぃ。……ナミ!」
呼べばエースに巻き付かれてたナミがどうしたの?なんて笑いながら近付いてきて、見れば腰に巻き付いたエースは酔い潰れてるのが分かる。
重くないのかと少し思うが、慣れてるらしい様子に苦笑する。エースの頭を優しく撫でながら、近くを通りがかったナースから水を貰って甲斐甲斐しく飲ませているのを眺めつつ問い掛けた。
「ナミは悪魔の実について詳しい方かよぃ?」
「まぁ、困らない程度には知ってるわ。それがどう……」
言葉を不自然に止めたナミが、サッチの手にしてる悪魔の実を見ていると気付きサッチと顔を見合せる。そして声を掛けようとした瞬間に、ナミはエースを近くに居たナースに押し付けるように預けて、俺とサッチの腕を掴み歩き出した。
その顔は強ばっており、指先が異様に冷たい。その為に目的地を尋ねる事さえできないままに連れ込まれたのは、よく知ってる場所。
今は甲板にいて家主不在となっている親父の部屋に俺達を連れて入ると、ナミは泣きそうな顔でサッチを見る。それは、死を避けられない状態の仲間を抱いてる時のナミの顔と重なり、サッチも俺も動揺を隠せない。
「サッチ……その悪魔の実、私に売って。言い値で買うから」
「ナミ?でも、この船においては悪魔の実は発見者の物だ。知ってんだろ」
「知ってるわ。でも、売るならそれは損にならない筈よ。サッチの言い値で構わないわ。最低1億だけど、上限は設けないから、お願いします……!」
何故連れ込んだその場所が、親父の部屋だったのかわかった気がした。どちらにも属さない部屋であり、家主が帰って来ても叱られない場所。
俺とサッチの二人を連れて来たのは、サッチと二人では不貞を疑われかねない為だろう。そう考えれば、この判断は正しい。
だが、サッチは困ったように笑うばかりだ。それはそうだろうと、素直に思う。
サッチはずっと、隊長なのに悪魔の実も食ってなくて、どうしても弱い状態にある己を気にしていた。悪魔の実が必ずしも強さや信頼に結びつくものでは無いが、それでも求める気持ちはよく分かる。
悪魔の実を食えば、それがどんな実であれ弱くなる事は無い。扱いきれないのならば、使わなければ良いだけだからなぃ。
「ナミちゃん、何を隠してんの?」
サッチからの呼び方ひとつで伝わるものがある。普段は呼び捨てだが、巫山戯ている時と、叱ったり問い詰めたりする隊長としての……知恵のある存在として活動する時、サッチはナミをナミちゃんと呼ぶ。
そんなサッチの問い掛けを正しく理解して、ナミはビクリと肩を揺らしつつ数歩下がる。そして、静かに泣き出した。
ナミの泣く姿なんて、そんな珍しいものを見ても俺もサッチも動揺しないのは、長く多くを率いて来たからだ。まぁ、実際動揺してないのは表面的な所だけだがねぃ。
「サッチに……死んで欲しくない、の……」
「未来を、見たんだな。そして、その未来にこの悪魔の実が関わる、か。……マルコ、親父呼んできてくれ。これ迄に魚人島やエースの件もあった訳だし、流せねェだろ」
俺はサッチにナミを任せて、親父を呼びに向かった。ナミは確かに、魚人島の件とエースの件を事前に知っていたからねぃ。
望んだタイミングとかで未来を見られる訳でも、人や場所を……そして時間等も含め限定して見る事さえ出来ないのだと、申し訳無さそうに言っていたのを思い出す。それでも、未来視は厄介で稀有な能力だ。
悪魔の実の能力ではないそれは、殺して奪うと言う事が不可能な分、その身を狙われる要素となる。それが見目麗しい女となれば、狙う側を1方的に責める事さえ難しい。
そう考えて溜息を落とした時、声をかけられた。それに反応して視線を向ければ、毒気の抜ける明るい様子で言われたのは他愛無い筈の言葉。
「エース隊長がナミ探し求めて管巻いてんだが、どこ行ったか知らねェか?」
「あー……今はちょっと大事な話してるから、エースは放置して良いよぃ。ありがとなぃ。……ティーチも宴、楽しめよ」
「ゼハハハハ!マルコ隊長は、宴の途中でも忙しそうだもんな!」
そう言って、
俺は甲板に出るとすぐ様親父の元へ行き、サッチとナミが呼んでると話をする。そうすれば親父が珍しいななんて言いつつ、不思議そうな顔をした。
だが直後に、見聞色を使える全員が同時に駆け出す事となった。サッチの怒号が響き渡っ為である。
声だけでも反応したのは居たが、場所が分からない。見聞色を使えるメンバーにおいてそれは何の問題にもならない為に即座に駆け付けらるのだ。
到着した所では、血の気の失せた顔で荒い呼吸を繰り返すナミと、そんなナミを抱えて守りながら戦うサッチの姿があった。サッチも怪我をしている……が、待てよ、あの傷口は……!
黒と紫に変色した傷口。流れ出る血液の少なさが、とある毒の存在を指し示す。
「サッチ!戦うな!下がれよぃ!!」
「マルコ!?だが、ナミが……!」
「ナミは大丈夫だよぃ!動くと毒が回る!今はもう動くな!」
俺が言えばサッチは動きを止めて、そこをティーチが狙い動くが親父も居るのにそれは無駄な事だろう。親父は、仲間殺しを許しはしない。
今は二人共生きていても、毒を使い、傷付けたこれは殺人と同じ枠で考えられるだろう。親父にとって〝仲間〟とは〝家族〟だ。
行き場を失った、生きる場所を持たない奴らの最後の砦。親父が、息子と呼んでくれるから、俺達はそれが……本当に嬉しいんだ。
なのに、どうしてお前がこんな事を。長く時を共にしたのに。
上に行く事を、隊長になるのを拒んだのは……親父の傍にずっと居たいと願ったからじゃ、ねェのかよぃ。俺達に見せていた姿は、全て幻だったのか、それとも魔が差しちまっただけなのか。
どちらにしても結果は変わらねェんだがなぃ。そう思いつつナミに声をかければ、掠れた声で返事が返る。
「ナミ、意識はあるなぃ?」
「マル、こ……。大丈夫、よ。血がちゃんと出てるから、大丈夫……」
「ナミの事は、輸血だけ指示を出して他は後回しにするが……構わないねぃ?」
「勿論よ。サッチを、死なせない、で……」
青ざめた顔で、けれども優しく微笑む愛しい女に、俺も可能な限りの笑顔を向ける。大丈夫だ、ナミなら、大丈夫だよぃ。
輸血の準備を進めさせてナミとサッチに輸血を開始するのと同時に、解毒剤を飲ませて傷口にもそれを塗りたくる。それからナミの止血を指示して俺はサッチのそれにかかった。
「おい、ここは俺じゃなくてナミの方だろ。愛しい愛しい新妻守るのが、お前の仕事だろうが!」
「サッチのが危ないんだよぃ。ナミは毒に対する耐性が尋常じゃねェし、血を流す事で毒はだいたい抜けるからと自分の短剣で傷口割いてたから問題ねェよぃ。後は輸血でどうにでもなる」
「マルコ……?」
ナミはまず死なねェ。生きてさえいれば傷があろうと俺は気にしねェし、ナミが気にするなら後でそれこそ治療してやる。
だが、今のままだとサッチは予断を許さない。俺は、親友を喪いたくは無いんだよぃ。
「だが、サッチは出血もしてない上に動き過ぎた。危険なんだ!大人しく指示に従え!これは、船医として譲れねェよぃ!!」
「……悪い。任せるわ。俺も……マルコを泣かせる趣味はねェからさ」
本当に悪かったと思った時だけする、くしゃっとした、泣きそうな笑顔。こんな顔……中々見せねェのになぃ。
……どうして、俺はナミから話を聞いてから行かなかった。どうして、電伝虫で親父を呼ばなかったんだ。
どうして……二人の傍を離れたりしたんだ……!自己嫌悪で、いくら言っても思っても無駄な事と知りつつ後悔を繰り返す。
死なせないと誓い、指揮を取りながら必死で2人の命を繋ぐ為に動き続ける。その間に他にもやるべき事は本来あるのに、俺はそれを全て放棄した。
親父がその間は自ら陣頭指揮を執り、俺とサッチを除いた隊長達が兄弟達を宥めてくれていた。ナミが意識のある時にエースが飛び出すと面倒な事になるから縛り上げてでも止めてと言うので、それはイゾウに任せる事としたから無事に縛り上げられているだろう。
サッチの事を気にして意識が戻る度に病室に顔を出すナミを見かねて、途中からナミとサッチを並べて寝かせているんだが……これが作業効率を正直上げてくれた。その上、ベッドでも仕事をしようとするナミをサッチが止めてくれたりするので、本当に助かる。
「マルコー!お前の奥さん、仕事愛しすぎてヤバいんだけど!」
「今更何言ってんだよぃ。とりあえず何もさせないと萎れるから、執筆は許可したろぃ?」
ナミはペンを取り上げると、治るものも治らなくなる。仕事は呼吸かと言いたくなる程に当然の事としてやっているのだ。
「執筆止めさせようとしても、俺の声が届かねェのよ。そんで、俺はいつまで寝てればいいの?」
「後3日は寝てろぃ。その後はリハビリだよぃ」
俺の言葉にサッチは笑う。そしてありがとうと言うから、俺はフランスパンになっていない為にただのロン毛男と化してるその頭を抱えるように抱き締める。
上半身を起こせるようになったとは言え、まだクッション挟んで壁に寄りかかるのが精一杯の癖して、強がって笑うのが痛々しい。山は、越えたから、もう……喪う事は無いだろう。
「生きててくれて、ありがとう」
「っ……!マルコ……」
「ちゃんと、聞いて行けば良かった。親父を呼ぶのを、電伝虫を使えば良かった。もしくは、離れなければ良かったと……どれ程悔やんだか……!」
「マールコ!……俺が、呼んで来てきてくれと頼んだんだぜ。寧ろ、ナミちゃんに怪我させて悪かったな」
そう言って俺の背中をポンポンと叩く親友に、溜息が落ちる。コイツはいつもこうやって、周りの事ばかりだ。
だからこそ思う。自分を大切にしてくれと。
「ナミが勝手に庇ったんだろぃ」
「せめて疑問符つけてやれよ」
「違ったのかよぃ?」
「うーん、まァ、そうとも言えるけど、そうしてもらわなけりゃ、俺は死んでたよ」
聞けばティーチは、笑顔で手を軽く振りつつ近付いてきて、突然刃向けて来たらしい。そこでナミが間に入り、それでも短剣で応戦した事で急所は外れて居たと言う。
それが無ければサッチも本気で戦うなんて出来なかったから、逃げられて終わってただろうと言われればそれには納得出来る。サッチは優しいが甘くは無い。
それでも、サッチにとってティーチは親友だったのだ。共に笑い、共に泣き、共に怒り、そうして支え合って来た大切な存在であるティーチがそんな事をすると言われても、即座に信じて動けたかは分からない。
ナミを疑うと言う事は無い。それでも、脳裏の片隅にでもティーチを信じているそれが残っていれば、反応は遅れてしまうのは間違い無く、もし運悪く1撃で仕留められてしまえばそれで終わりだ。
「サッチ、マルコ、おはよ」
その時聞こえて来たナミの声に俺はサッチを抱き締めたまま振り向き、クスクスと笑われちまう。……笑う事無いだろうに。
「マルコ、サッチを離してあげて。もう、命は大丈夫でしょ」
「……よぃ」
「サッチ、本当に生きててくれてありがとう。もし死んでたら、マルコも泣き暮らすし、エースは飛び出して負けて海軍に売られて戦争になるし、いい事なんて何も無い所だったのよ」
そう言ってナミは穏やかに微笑み、回復したら美味しい蜜柑のケーキお願いねと付け加えるから、サッチも笑って請け負った。サッチの作った飯だけはナミも基本的に残さないから、サッチとしても早く作ってやりたいだろう。
どんな未来をナミが見ていたのかは、体験しなくて良くなった時点で本当の意味では知り得ない。だから知らない運命に進み始めてるのよと微笑むナミと、俺達の間にある温度差はどうにもなりはしないだろう。
それでも、ナミが嬉しそうに笑う事で心は間違いなく癒されたし、ナミがサッチの死という運命を捻じ曲げた事だけは間違いないのだろう。そうしてナミはまたしても運命を変えたと、サッチを慕う多くの家族から喜びを持って受け入れられた。
モビーは誰も知らない未来に向かって、波間を割って進み続ける。大切な家族を乗せて、歌うように進み続けるのだ。