朝起きたら、抱いてた筈の青い兎の抱き枕が消えて、代わりにマルコが寝ていた。夢かなと思って手を伸ばして、夢でも会えたのが嬉しいと思って抱き締めたらそのまま何故か美味しく食べられてしまったので、夢ではなかったらしい。
そうして動けなくなった私は、マルコにブチブチと文句を言っていた。まぁ、頭撫でられて聞き流されてるんだけどね。
「寝込み襲って動けなくするなんて酷いと思うのよ」
「よいよい」
「ねぇ、それ、返事なの?肯定なの?」
「口癖だねぃ」
「そっか……。ねぇマルコ、私指動かすのもつらいんだけど……!」
プーっと膨れて見せれば、マルコに顔を覗き込まれる。それから唇に指を這わせて、小さく頷いた。
「……そっか、水飲むか?」
「うん」
「少し待ってろよぃ。今持って来るからねぃ」
そう言って手を私から離そうとするから、私はそれにイヤイヤと頭を振る。こんな状態で、1人になりたくない。
「やっ……。ひとりにしないで……」
「……わかった。持って来させ「何言ってんだ。ここはHOTELじゃねェぞ」」
そう言いながらもトレイに軽食と病人食乗せて来てくれたのはサッチで、ありがとうと笑えば手が掛かる……なんて頭押さえられてしまった。ここはマルコに責任持って、頭痛薬を渡してあげて欲しい所だわ。
「ほら、サッチがマルコのせいで頭痛いって」
「ナミが可愛いのが悪いから、俺の責任じゃねェよぃ」
「マルコが動けなくしたからこうなってるんじゃない」
責任転嫁、駄目、絶対!!と、思って睨めば、マルコが笑う。
その笑顔が優しくて、気が緩んだのに、マルコはその直後にニンマリと笑って小馬鹿にして来る。その顔が少年みたいで可愛いとか、言ってあげないんだから!!
「ナミの体力が少ないのが問題なだけだろぃ」
「マルコの体力に付き合え「良いから飯食って、マルコは仕事。ナミは寝てろ。マルコは仕事二人分やれよ。ナミが動けないのはマルコの責任なんだから」」
そう言って置いて行かれた食事を、マルコに身体を支えて貰いつつ食べていたら、マルコが私の分を興味深そうに見てるのに気付く。なので少しスプーンで掬って差し出してみる。
するとマルコは躊躇いなく食べて、納得したように頷くからマルコのサラダからトマトをひとつ貰っておいた。あ、このトマト甘い……。
そうやって食べ終えた私は、マルコが居なくなったのを確認して、サイドテーブルをクリマタクトの雷使って引き寄せると、そのまま仕事を開始した。お昼に様子を見に来たサッチに、何故かガミガミと怒られてるのは謎である。
「動けないのにどうやってサイドテーブル持ってきたんだ!?」
「クリマタクトで」
「もうナミの職業魔法使いでいいだろ」
「何言ってんの。科学よ、これ」
「納得できねェ……」
「電磁波を発生させ「そんな説明いらない」」
そんな事のあった翌日。船底にヒビがあるとの事で近くの島へ向かい、そこまで先導した私はお休みを貰えた。
測量する為に貰える休みなんだけど、私の場合それは趣味の1環でもあるので大義名分として、航海士のお仕事したからって事になってるのだ。でも、1人で測量する為に降りる許可を貰えるようになってまだ半年と言う悲しさ。
まぁね、誘拐されたりとか色々あったから仕方ないのは分かるけど……私もそれなりに戦えるのになぁ……。なんか、信用されてない感じがして寂しい。
「……お主は」
あ、谷があるわ。結構深い。
あら、あっちにある崖……成程、昔は川が流れてたのね。今は干上がってるけど。
「おい……待て!」
あの崖の上に乗れば、高さもそれなりにあるからこの島の事はだいたい分かるわね。よし、月歩使えばそれ程苦でもな……。
「耳が聞こえぬのか!〝宝玉〟!」
「……あら?……えっと、まさか私に何か御用ですか?親父様なら船にいますけど」
「……聞こえていて無視したのか。戦争以来だな」
「そうですね。まだ、私の生命が欲しいんですか?」
困ったものだわ……と、私は私を睥睨する男に苦笑する。心底関わりたくないから、存在そのものを無視してたのに。
そもそも、鷹の目が私に用事があるとは思えないのよね。だって、私は特に何か特別な血筋でも無ければ、高い価値も持ってないもの。
マルコの妻だと言う事で、白髭海賊団の幹部に名を連ねてるだけ。私はナース達と同じ、非戦闘員だもの。
「俺は政府にそこまで色々配慮するつもりは無いが、あの戦争で奪い返された女に興味があった。……それと、主は赤髪とも懇意であったろう」
「何も無ければ流石に、赤髪海賊団まで動いたりはしなかったと思うわ」
「その腰にある棒は〝クリマタクト〟か」
流石にその言葉には驚いて、鷹の目を凝視してしまう。なんで、名前知ってんの?
え、まさか、この世界では有名な武器だとか?
そんな訳無いわよね。それなら、他に使ってる人が居ないなんて事は無い筈だもの。
そんな事を考えてる間に鷹の目は1人で納得する。このタイプって、楽だけど厄介なのよね。
「当たりか。……成程、赤髪が動く訳だな。だとするならば……主は今いくつだ」
「二十歳……ですけど?」
「……彼奴は幼女趣味であったか」
「何の話!?」
「主は赤髪を袖にして姿を消した〝赤髪の女神〟であろう。その武器は赤髪から俺が女神の為にと、用意させられた物だ」
……初耳である。シャンクス、何してんの。
確かにシャンクスが、クリマタクトをどうやって手に入れたんだろうって気にはなってたけどね!まさか、他人様にご迷惑おかけしてるなんて……!!
「ウチの愚息が申し訳ありません……!!」
「……親だったのか。成程、赤髪も必死で助けに行く筈だな」
「有り得ねェと突っ込んでくれて構わないよぃ、鷹の目」
「不死鳥か。……では主が赤髪の父か」
「あんな息子はいらねェよぃ。まァ……親父は笑いそうだけどなぃ」
「さもありなん」
突然現れたマルコに鷹の目は平然と対応し、それどころか冗談を言い合う余裕があるらしい。流石は、七武海最強と言われるだけの事はあるわね。
そしてマルコは、私をさり気ない仕草で背後に匿う。こうした時、私はまだまだ弱いのだと自覚させられてしまうのだ。
私はいつまで、足手纏いのままなのだろう。強くなって、守れるような強さが欲しいと願うのは、おかしい事なのかな。
女でも、アマゾンリリーでは皆強かった事を考えたら、強くなれないという事はない筈。……修行に行かせて貰えないかな。
そうよ、ルフィの姉ですって行ったら、修行くらいつけてくれるかも。そう思って顔を上げたら、何か険悪な雰囲気になっていた。
「……俺の女と知っての発言だろうねぃ?」
「無論。海賊とはそもそも、他人の女だからと遠慮したりはすまい」
「七武海なんぞ、海賊とは呼べねェだろぃ。政府の犬が……」
「ただ1人の王にもなれぬ〝四皇〟でしかない者がよく言う。それも群れている雑多の1人に過ぎぬ、トップですらない徒人がよく鳴くものだ」
何があってこんなに険悪なのか分からない。分からないけど、厄介だなとは思うのよね。
「……やる気かよぃ?」
「お望みとあらばな」
「二人とも、喧嘩するのは海でやってくれない?測量したのが無駄になるから」
思わず声をかければ、二人がグルンと私に振り向いた。その眼差しがあまりにも強くて、何だか居た堪れないような気持ちになるけど……この二人がやり合ったら島の形が変わるのは間違いないわ。
折角測量したのに、無駄にされたらたまんない。生態系に問題が出るかもだし、本当にやめて欲しいところよ。
喧嘩する程仲良しなのはわかったけど、他人様どころか他の生命体や生態系そのものにまでご迷惑おかけするのは如何なものかと思うのよね。困った人達だわ。
そう思いながら溜息を落として、私は先程見えていた崖を目指して歩き出す。その刹那、マルコに腰を抱かれて場所を移動させられたと思ったら、私の行こうとしていた場所が陥没した。
「……え?」
「不死鳥、これはわざとか」
「ナミは本気で鈍いだけだよぃ」
「ふむ。そして、戦闘力も落ちているな」
「自分とは無関係と思ってる時は、基本的に無防備だからねぃ」
そんな会話を繰り返す二人に、何を言ってるのかと訝しげに見てしまったけど、これは不可抗力だと思う。それにしても、マルコが助けてくれたのは分かるけど、そのまま離してくれないのはどういう事なの?
……もしかして、私にも戦えとこの鷹の目の人が言ってる訳?
「……目的は?」
「ん?」
「私を戦いに巻き込みたいなら、目的をどうぞ。シャンクスと戦いたいなら、手紙書いてあげるし、親父様を怒らせたいなら泣きついて来てあげるから、早く教えて」
「……どちらもごめん蒙りたいな」
そう言って喉で笑った男は、背中にある夜を引き抜き、当然のように振り下ろして来る。それを私が反応するより早くマルコが抱えたまま避けて、私はその腕を軽く叩く事で戦う意思を伝えた。
……戦いは得意じゃないけど、逃げるだけなら得意だし……クリマタクトを使えばマルコもいる今負ける事は無い。そんな私に気を抜くなよぃと言ってマルコが解放してくれた直後、鷹の目はくるりと踵を返した。
「どうしたよぃ?」
「戦う気になった〝宝玉〟と不死鳥相手にするには、厄介な場所だ。……宝玉」
「なぁに?」
「次は必ず、不死鳥から奪い取ってやろう」
そう言い残して消えたその背中を見送り、マルコに視線を向ける。真剣な顔してるけど、マルコは理解してるのだろうか。
「鷹の目は、マルコから何を奪うつもりでいるのかしらね?」
……もしそれがマルコの生命とか言う話なら、私も本気で対策練るけど。マルコの悪魔の実は貴重な物だから、求める気持ちはあったとして不思議では無い。
なのに何故かマルコから疲れたような支線を向けられてしまうから、首を傾げる。でも、そっか……。
「マルコ、急に戦いになったもんね。疲れたよね」
「まァ……ねぃ」
「……なら、続きは今度にするわ。測量、終えたかったんだけど……」
「付き合うから、終わらせちまえ。その後で、癒してくれたらそれでいいよぃ」
「……膝枕?」
「よぃ」
マルコのこれは返事なのか何なのか。今もって謎の言語である。
そのまま測量を終えた私は、マルコと共に歩きながらふと思い出した歌を鼻歌で歌っていた。それによりマルコが首を傾げて、それから微笑む。
「ナミ、ちゃんと歌ってくれ」
「え、でも……」
「今は、二人だけだが……嫌か?」
「楽器がないわ。流石にアカペラはキツいのよ」
笛だと演奏はできるけど、歌うのは無理になるからとそう答えた瞬間、マルコが鳥に変じて私を咥えて飛び立つ。この島の奥地にある村に飛んでると気付いた時には、嫌な予感は最高潮となっていた。
けれどもマルコは私に村で仕入れて来たギターを寄越して、他は何も言わないしその村に入るように促す事もしなかった。だから私はマルコが望むならと、二人きりでの演奏会を開始する事を決める。
「〝ブルーバード〟」
この歌は私が生きるこの世界と同じ雑誌で同じ頃に掲載されていた、やはり歴史に名を残すような日本の忍者漫画の主題歌として使われていた。でも、題名からも分かるけど、私はこの歌をマルコのようだと思っていたの。
ギターの調律を終えて、ふっと笑えばマルコが頷いた。これでマルコは案外、私が何かしてる姿を見るのが案外好きらしい。
曲の開始と歌い出しが同時という、カラオケ好き泣かせの代表曲。それでも、この曲は人気だったのだから大したものだと思う。
「ーーー」
蒼いあの空を目指して、遠くへ飛翔いたその姿を見送る度に、期待なんてさせないでと強く願っていた。だって、私は自分に自信なんて欠片も無かったから、捨てられるなら早い方がいいと思っていたの。
「ーーー」
悲しみと言う感情さえ分からなくなっていた私に、ゆっくりと感情を取り戻させたマルコに感謝してる。マルコへ抱く感情を言葉に変えられるくらいに、私の心は蘇ったのよ。
「ーーー」
未知なる世界を求めるように、羽根を広げて飛び立つその姿が好きなのに……切なくなるの。いつか、幸福な夢から強制的に目覚めさせられるんじゃないかと思っていたから。
「ーーー」
私を置いて飛翔するならば、期待なんてさせないで。白く大きな人の為ならば、簡単にその生命を捨ててしまうと知っているから。
「ーーー」
それさえ突き抜けた先で、蒼い焔がマルコを守るとも知ってるの。それがどれ程、マルコの意に沿わない事だとしても。
「ーーー」
マルコと同じ蒼い空が、マルコを誘惑するように呼び続ける。マルコと同じ蒼い海が、マルコを捕らえようと波飛沫をあげているわ。
「ーーー」
愛想尽きたなら、きっと見飽きた私を捨てて行く。そうなれば海賊は皆、愛する海へと向かってしまうでしょう。
壊れた私を振り向く事なく。その羽音だけを残して。
「ーーー」
高鳴る鼓動に逆らうなんて、永遠の少年達に出来る筈がないのよ。だから窓を蹴って、呼吸を整えて飛び立つのでしょう。
「ーーー」
それでもいいのと諦める事はきっと……私には、もう出来ないから、駆け出してしまう。だから、その時は手にできるといつもより遠くなっていても、その声で言って欲しい。
「ーーー」
眩しすぎるマルコの手を握っていたい。求めれば求める程に、手が届かなくなると知っていて、蒼い空と海に私は抗うの。
「ーーー」
傍にいれば居る程に、堕ちて行くのは気付いてた。それでも、知ってしまった温もりと光を手放せる程私は大人じゃないの。
「ーーー」
飛翔したのならば、遠慮はいらないから戻らないと言って。そうしたら、私が何処までも探しに行くから。
「ーーー」
何処までも突き抜けて追い掛ける。私を振り切る勢いで飛んだとしても、この海で航海士をしてる私から逃げるのは不可能だと教えてあげるわ。
「ーーー」
マルコの心を掴んで離さないのが、例え誰にも敵わないような大自然だとしても……。永遠の少年達が愛し続ける海と空なのだとしても、私は……もう、マルコから離れられないから。
歌い終えて曲が終わる。その刹那抱き締められた温もりに擦り寄れば、耳元を掠めたのは〝愛してる〟と言う優しい声音。
「私も愛してるわ。ねぇマルコ、私……まだ、帰りたくない」
「……帰らせるかよぃ。それと、そのギターはナミにやるから……また、何か歌ってくれるなぃ?」
私はマルコの言葉に頷いて、愛を返そうと微笑みを向ける。近くの村にあった宿に籠り、そのまま私達が姿を消した事で家族が大騒ぎになるなんて……互いしか見えなくなっていた私達には、知る由もなかった。