寒い海域だと言うのに、普段なら俺から離れようとしない寒がりな兎が自ら俺の傍を離れる気配を感じて意識が浮上する。俺を起こさない為なのか、兎の抱き枕を俺の腕に押し込んで行くその様子には、喧嘩を売ってるとかでは無いのかと問いたくなる程だ。
何処へ行くつもりなのか、そう思ってその背を見送り、部屋からその姿が消えてから身体を起こす。俺の色と、ナミの特徴を持つ抱き枕をひと撫でしてから後に続けば、兎がベッドから静かにドアを見詰めていた。
部屋を出て甲板に向かい歩き出せば、波の音が響く。肌寒いという言葉は向かない……肌を突き刺すような寒さの中、ナミは何を目的に外へ出たのか。
天候の変化ならば俺を起こす筈だと思えばこそ、不思議でならない。風を受けて靡く髪を見つけた時、何をしているのかと暫し様子を見るが、どうやら海と空の境を見ているだけらしいと気付く。
「あけましておめでとう。今年も1年、平和でありますように」
「ナミ」
俺の言葉に反応して振り向いたナミは、いつもと変わらない様子に見えた。だが、少し感傷的になっていたのか哀しみとも喜びともつかない表情で俺を見て、飛び付いてくるからそれをそっと受け止める。
軽すぎて、更には冷た過ぎる身体。たまに太ったわとか言うが、恐らく胸が成長してるだけだろうねぃ。
小さく、寒かった……と伝えるその言葉に嘘は無いとわかる程に冷えた身体に、体調面を心配する言葉を向けつつも気になるのは何かに怯えるように震えている現実。ナミの身体が震えているのは、本当に寒さからだけなのだろうかと漠然とした不安を抱く。
とりあえずナミの身体が震えを落ち着かせるまで、俺は簡単に失っちまいそうなその身体を抱きしめる事で守ろうと決意した。けれどもそんな俺にナミは作り笑顔を向けるから、少しお仕置きが必要なようだねぃと考えて部屋まで連行してみる。
それなのに俺に対してナミは抵抗する素振りを見せないから、俺に関してナミは甘過ぎるだろうと苦笑しちまう。けれども部屋に入ってすぐに、ナミが小さく笑ったのでどうしたのかと首を傾げればナミがそれに悪戯な瞳を向けて来た。
子猫が悪戯する時のように瞳を輝かせ、唇だけで伝えて来る〝ナイショ〟の言葉。だから俺も、当初の予定通り〝お仕置〟してやろうとその身体を抱き締める。
「もう、寒くないか」
「うん、ありがとう」
身体の震えが落ち着いたのに気付いて問かければ、浮かぶ笑み。それがあまりにも幸せそうで、何故だか泣きたくなったのを誤魔化すように腕に力を込めちまう。
そうなれば当然、痛くない筈も無いのに、ナミは愛しそうに俺へと微笑みを向けるから……今度は俺が震えそうになる。この愛しい生き物を守りたい……心から、そう思えてならないよぃ。
そのままナミをベッドに戻して、何をするでもなく二人で転がっていれば、甘えるように擦り寄るナミ。その姿は、何も知らない無垢な少女にしか見えない。
飢えちゃいねェが、枯れてもねェ事をナミはわかってんのかねぃ?
「そう言えば……今日のお昼から新年の挨拶と宴をやるのよね」
「あァ……親父の挨拶の後、飯食ったりしながらそれぞれの隊長が演し物を……って、何も考えてなかったよぃ!?」
「ふふっ……簡単なので良ければ、対応するけど……どうする?」
四番隊は飯作るのに忙しいからと言う事で、サッチを除く隊長は全員とその他有志が演し物をする事になってはいたが、すっかり忘れていた。それも1番隊である事を考えれば、俺が最初に何がする事になるのだろう。
笑うナミに縋るような視線を向けちまえば、任せてと笑ってくれる。どちらにしても、ナミもナースの代表を押し付けられていたから同じ手間よと言ってくれたのだから、助かると言うのが真実だ。
「ありがとなぃ」
「マルコなら皆を驚かせられるわ!自信持ってね!!」
可愛く笑うナミの頬にKissをして、ありがとうと告げたが何故か視線を逸らされちまう。どうしたのかと思うが、ナミはその答えを教えてくれる様子が無い。
とりあえず日が沈む頃に行われる予定のそれを今聞いても仕方ないからと、ただ集合すべき時間になるまでのんびりと過ごす。そして集まらなければならない時間の直前にナミが美しい装いになれば、隠しちまいたいと思ったのも当然だろう。
結婚したからと言って諦めるくらいなら、誰も海賊なんざやってねェ。つまりは……周りに危険物しか居ないって事になる。
「ナミは親父まで虜にしそうだねぃ」
「イゾウがくれたのよ。お正月だからって」
「……イゾウが、そうか。まだイゾウも諦める気が無いらしいねぃ」
俺の言葉の意味がよく分からないらしく、首を傾げるナミはどうやら自分に合わせて染められたであろう着物の価値を本気でわかっていないらしい。見れば見る程に、ナミに似合うように考え尽くされてやがる……!!
そんな美しいナミと共に宴に参加して、隊長としての言葉も皆に向けてからは俺ものんびりと飯や酒を楽しむ。だがそれから少しするとナミが準備しましょうと呼びに来たので、何をするのかと思いながらも素直に従い……現在、猛烈に後悔している。
後に悔やむと書いて後悔。正にその通りだよぃ。
「うん、似合うわね」
「嬉しくないよぃ」
満足そうなナミと、落ち込む俺。恐らく俺の周りには、人魂が飛んでるだろう。
俺の顔に指をかけて、そっと持ち上げるナミは、恐ろしく男前だ。ナース達が黄色い悲鳴をあげそうな予感がするよぃ。
「美人だよ、マルコ……」
「ナミも、カッコイイよぃ?」
いつもたわわに実り揺れている胸が、消え失せている。どうすれば、あの質量が消しされるのか本当に分からない。
黒髪の鬘をしているナミは、どことなくエースと似てる気もする。いや、イゾウと似てる……か?
それに比べて俺は……例えようもない位、ゴージャスな金髪美女となっている。靴は爪先だけ細い物を履いてるが、踵が無駄に高いものでは無いのもまた、俺の身長を自然に見せる為の工夫だろう。
そうして完成した姿で表に出たのは、ナミのエスコートに従う形で……だ。1番隊の隊長がやる催物だとして呼ばれれば、もう逃げる事も出来やしねェ。
覚悟を決めてナミと共に歩き出し、舞台に上がれば無音になる恐怖。鏡で見た時は、それなりに思えたが、そんなに不気味かよぃ?
「誰だ!?」
「あんなナースいたか?」
「マルコ隊長、サボらないで出て来てくださいよ!!」
ザワザワと声が聞こえて来て、その騒ぎが大きくなれば既に俺だと認識できないらしいと知る。だがここで俺だと大声で主張する気には当然なれない為に、頭が痛くなって来た。
頭を押さえなくなる衝動と戦っていたら、親父が笑い出した。他人事だと思って……と恨めしく思っちまったのは許して欲しい所だよぃ。
「グラララララ!!馬鹿野郎共め!マルコなら舞台にいるじゃねェか!……良い女だな、マルコ」
「ナミの変装技術を舐めてたよぃ」
「ナミも、良い男すぎて驚いたぞ」
親父の言葉でまたもや場が静まる。それを受けてナミはクスクスと笑ってから、海賊らしい顔で親父を見た。
それにはつい見惚れちまう。これ以上俺を惚れさせてどうしたいと言うのか。
「今の俺なら、息子と呼んでくれますか?」
「そうだな、戦いが嫌だと泣かなくなれば息子として扱ってやろう」
「それ、狡い……」
そんなナミの返事に皆が笑って、それから俺に視線が集まり……何故か崩れ落ちる兄弟に腹でも痛めたかと眉が寄れば、親父に残念だったなと言われて泣き出すのを確認する。つまり……。
「俺は……そんなに良い女かよぃ?」
「なんで男なんですか!マルコ隊長!!」
「ナミを可愛がる為に決まってんだろぃ」
「ちょっと、マルコ何言ってんの!?」
慌てるナミを抱き上げて、動きにくいドレスの裾を翻す。こんな姿で戦ってんだから、ナミの戦闘力の高さは誇れるだろうと思いながらも、今はとりあえず元の姿に戻りたいねぃ。
しかしそれを許さないと立ち塞がる弟達と、他の隊長達が演し物終えるまで大人しくしてろと言う親父により、俺はナミを抱えたまま不機嫌に舞台を見ているしか出来ない。そうなれば物珍しそうにナミに近寄る蝿が出て来ちまうのも当然。
だから思わずギロリと睨みを効かせる俺と、何も分からないで酒に手を伸ばすナミが居るだけだ。そんな他愛ない時間が本気で愛おしくもあり、苛立ちも強くあるのが俺の変わりない現実。
そうして俺は、大切な人達に囲まれながら、Happy new year!!と言葉を紡ぐ。愛しい女を他の誰にも触れさせない為に強く抱き締めている。