鳥の羽音が聞こえ視線を上げると、やはり窓に向かい飛ぶそれを見付けた。家主である俺ではなくナミの元へ迷い無く飛ぶ姿に、職務怠慢で訴えたくなるがこの場合訴えた所で俺の負けだろう事は容易に想像がつく。
「おい!鷹の目!!何ボーッとしてんだよ!?」
「覇気を纏わせたまま10分維持する事も出来ぬ者にとやかく言われる筋合いは無い。必要な時いつでも覇気を纏えるようになり、それを持続できるようになれ」
「悪魔か……」
「……ナミは出来るぞ」
「お前の妻なら当ぜ「俺が初めて相対した時、既に出来ていた。確か……あの頃ナミは、14歳であったと記憶している」」
俺の言葉に崩れ落ちたロロノアを横目に城へと帰れば、引き出しに何かをしまってから歌い出した所だった。初めて聞くそれに、相変わらず歌う時はその曲に合わせて変わるその声に聞き入る。
歌詞に出る〝さくら〟は確か花だったな。……花見にでも、連れて行ってやるか。
花やら海やら、山だとか空だとか、そんな自然の物が好きだと笑うナミに、お前よりも美しい自然の物等存在せぬと思う。どれ程言葉を重ねようと、信じぬのが問題ではあるがな。
歌が終わったところで驚きの表情を浮かべて振り向いたナミに、両手を広げてやれば泣きそうな顔で抱き着いてきた。何かに心を動かされたらしいと気付き、問い掛ける。
「何があった。対人的な事であるなら、始末してやるが」
俺の問い掛けに困ったように笑ったナミは、大丈夫だと無理して言う時の顔をした。何も、大丈夫では無い時の顔だが、この顔だと素直には吐かぬな。
「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
珍しく本音らしいものを言うナミに、良い子だと頭を撫でてやれば驚いたような顔をされる。そんなナミに、俺は笑ってその不安を否定した。
「花見ならばやれば良かろう。隣の島は春島だ」
「いい、の?」
「構わぬ」
恐らくは戦争の事で何か考え込んでいるのだろう。ナミの弟達は生きている様子であり、俺に監視の目は特についていない。
つまりは、弊害等有はせぬと言う事。寧ろ今は、珍しく甘えて来るこの愛しい生き物をどうするかが問題だ。
海軍の艦隊が何隻連なっていようと、ナミに関わる事に比べれば全て些細な事と言える。世界を滅ぼす方が、ナミを射止めるより容易い気がする時がある程だ。
「ナミが喜ぶ事が重要事項だ。……すぐに向かうか?」
「え?あ、お弁当作って来るから、待ってて!……食べたい物、ある?」
「ナミを「甘い物ね、分かった」」
するりと俺の腕から抜け出して、重箱を抱えて飛び出して行く姿を見送る。任せると言っても困った顔をするだけならば、本音を口にして上手くしたらそのままと考えて何が悪いのか。
先程ナミが何かを入れていた引き出しを開ければ、中にはペア宿泊券が入っている。スイーツバイキング付きの食事だと書かれているそれを見て、ペアだから諦めたのだと気付き懐にしまう。
昼に揃って花見をした後は〝子供達〟には先に帰って貰えば良かろう。その先は〝大人の時間〟だ。
猿相手に覇気を纏う練習をしつつ戦うロロノアの様子を伺いながら、弁当の中身をどうするかとゴースト娘に笑いかけるナミを眺める。食べたい物を口にして行くゴースト娘に、それはお弁当には向かないとか言いながらも検討するナミは、優しい顔をしていて本当に母娘のようだ。
完成した重箱に瞳を輝かせるゴースト娘の頭を撫でて、ロロノアに声をかけつつ歩き出すナミは、酒だのなんだのも持っている為に大荷物だ。それをヒョイッと奪い船まで運べば照れたように笑うナミに、少しは頼れと言葉を向ける。
「ありがとう」
「新妻を甘やかすのは、俺の趣味だ」
「……結婚して2年以上経過した奴らを、普通は新婚とは言わねェだろ」
「お前ェ馬鹿だな。この2人は永遠の新婚だ。忘れたか?漸う手に入れた〝恋女房〟だぞ!?」
ガヤガヤと五月蝿い2人を無視して船に乗り込み、どこへ行くのかと今更聞いて来た2人に花見だと伝えれば、ロロノアは酒と言う言葉しか知らぬとでも言いそうな程に、酒と言って喜ぶ。ゴースト娘は明るい所は……等と言いつつも楽しそうにしている。
到着したその場所は花が咲き乱れており、これなら満足だろうとナミを見れば嬉しそうに微笑んでいる。その顔が見られたなら、俺としては満足である為に敷物を広げそこに転がる。
そんな俺に食べないの?と小さな入れ物を差し出して来たナミは、どうやら本当に甘味を作って来たらしい。そんなこんなで、四人揃って花見を楽しみ、妙に穏やかな時間を過ごした後、俺はゴースト娘に少しの駄賃を渡しつつ、ナミを抱いて歩き出す。
「ミホーク!?どこ行くの?後片付けしなきゃだし、ゾロとペローナちゃ「ゴースト娘、ロロノアを連れて帰れ。それはその駄賃だ。それだけあれば船を買っても余裕はあろう。ついでに買い物でもして、それに荷物持ちでもさせるとよかろう」」
「良いのか!?ありがとう!!」
「待てこら鷹の目!!」
喚くロロノアを1瞥し、これみよがしに溜息を落としてやる。それに青筋を立てるのは、まだまだ未熟な証拠だろう。
「ロロノア、酒を呑ませてやっただろう。貴様にはまだ本来呑む資格はない。少しは働け」
「ミホーク、ちょっと「ゴースト娘、重箱等は全て持ち帰れよ。ナミが気に入っているからな」」
「分かった。ゆっくりして来いよー!」
明るく手を振るゴースト娘に、どこへ行くのか聞かれなかったのはナミが居るからだろうと気付く。俺がナミを傷付けぬと、わかっているのだろう。
寧ろ俺の腕の中にいるナミの方が何処に行くのだとか色々言っていて五月蝿いので、唇を重ねて黙らせると真っ赤になって俯いてしまう。そのまま俺の胸に顔を埋めるが、その耳が赤くては何も言われずとも全て伝わる。
チケットにあるのは、ここからそう遠くない島なので他の島を遠目に眺めながら向かえば、ナミも喜ぶだろう。温泉もあるならば、ゆっくり出来る。
「……ナミ」
「ミホークの、馬鹿。ばーか!なんで、なんにも説明してくれないのよ」
「何も言わずに諦めたナミに、俺を責める資格は皆無だろう」
言いながらチケットを見せれば、ナミは驚いた顔をしてから困ったように笑う。ゴースト娘達の事は気にするなと言えば、ナミは小さく頷く。
それから少しモジモジとした様子を見せる。そんな仕草が妙に幼くて、その幼い姿を見せてくれるならばこれを計画した事は成功だったと言えるだろうとほくそ笑む。
「ありがとう、ミホーク」
「ゆっくりして来るとしよう。……ナミ、そろそろ日没だ」
宿につくのはこのままでは明日の朝だろうと思えば、途中で1休みして昼につくようにしてやるのが良いだろうと思う。その時、桜の花弁が潮風に乗りナミの髪に絡む。
それをそっと取ってやると、桜を提灯で下からライトアップしている島が見えた。その為に、まるで桜が夜闇の中に浮かんでいるように見える。
「綺麗ね」
「そうだな」
何処か寂しそうに桜を見詰めるナミの横顔が、いつもよりも美しく見える。それは恐らく、哀愁が漂うからだろう。
だが俺は、そんな美しさは望んではいない。楽しそうに笑う、愛らしいナミを所望しているのだ。
「……ナミ、桜の傍は冷える。離れるな」
そっと細い身体を抱き締めて、2人で船の上から夜桜を眺めれば、これ以上に望むもの等今は無いと思わされる。それでも、誰も居ない海の上だ。
花弁がナミを包む。まるで、これは己のものだとでも訴えてるように感じる程。
俺の新妻を、花に取られてなるものか。どれ程苦心して手にしたと思っているのか。
「花に抱かれるか、俺に抱かれるか、選ばせてやろう」
「私は、ミホークにしか……抱かれたくないわ」
「良い答えだ……」
朝日が顔を出す頃には、ナミも俺も花に埋もれているやも知れぬと思いながら、舞い込む花の中で愛しい果実に牙を立てる。花より団子……いや、この場合花より蜜柑か。