波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
出逢い
海賊船が港に来たと大人達が騒いでいるのを聞いた俺は、悪者退治に行くと言って港へと駆け出した。実際は憧れていた海賊を見てみたかっただけで、本当に退治したりするつもりは無かったけど、皆が辞めなさいと言って止めるし、爺ちゃんは海兵になれって五月蝿いから、海賊になりたいと思ったんだ。
本当は海賊が悪い奴らばっかなのは知ってたけど、全てを手に入れて、海を自由に生きられるのは海兵じゃなくて海賊だって知った時、俺の将来の夢は〝海賊王〟になってたんだ。そんな海賊船の上に、俺と変わらないくらいの女の子を見付けちまった俺は、動きを止める。
長い蜜柑みたいな色の髪を風に揺らして、大人達に何か指示を飛ばしてる姿は物凄くカッコよく見えた。じっと見ていたからなのか、その女の子は俺に視線を向けて来て、その直後に優しく笑ってくれて……。
多分、その笑顔に俺は、ヒトメボレってやつをしたんだと思う。大人達は関わるなと言うけど、俺は海賊になりたかったから、その船の奴等に飛び付いて、まとわりついていた。
知りたい事は沢山あるのに、何から聞いたらいいのかわからない。だから、まずは聞きやすそうな女の子に近づく為に、あの子の事を知ろうと思ったんだ。
「なァ!さっき、俺と同じ位の子がいただろ!!その子も海賊なのか!?」
「んァ!?……女の子?……あ、ナミの事か」
「ナミ?」
「あいつ大人びてるから、ガキだって事つい忘れちまうんだよな。……って、悪いな坊主、買い出しとかちゃんと済まさねェとナミに怒られちまう!」
そう言って慌てた様子で村長の所へ向かう男を見送り、既に話はある程度ついていたのかすぐに積荷が用意されるのを見ていた。その時蜜柑の匂いがして振り向けば、蜜柑色の髪を風に靡かせながら、船長って呼ばれてる男と煙草咥えてる男の近くに居るのが見える。
話を聞いてみれば、難しい会話をしていて何言ってるかサッパリわかんねェ。大人2人と真剣な顔して会話してる女の子に、俺はそっと近付く。
「だから、何度も言ってるでしょ!?衣類も含めて布製品は全て消耗品なのよ!可能な時に購入しておかなかったら、困るのは目に見えてるわ!!」
「服なんか最悪なくても、裸で困る事なんてそう多くはねェだろ」
「ここは東の海だから天候も安定してるしな」
赤い髪の男が言った言葉に、黒髪の男が頷く。それに対して、女の子は怒りにその身を震わせる。
「腐ってようが、育ってなかろうが、ここに女の子も居るって事忘れてない!?私の目の前でブラブラさせてたら、蹴り飛ばすわよ!?」
「ナミ落ち着け、ブラブラって。それよりナミ、お前……結構酷い事言ってるからな?」
「クッ……お頭、それはまァ今更だろ。まぁ、タオル類は必要か」
「ズボンは用意してよ。上はどうでもいいから」
そんな会話をしながらも3人は手元にある資料に視線を向けて、物凄い勢いでその目を動かしている。俺と同じ位かと思ったけど、チビなだけで大人なのかな?
「ん?」
そう言って顔を上げた赤髪の男が俺を見て、どうした坊主なんて声をかけてくれて、それに黒髪の男が困ったように笑う。それにより多分ナミって名前だろう女の子が俺を見て、さっきと同じように優しく笑いかけてくれた。
なんか、ボーッとその顔を見ていたら、赤髪の男が突然爆笑して俺の頭を撫でて来た。何すんだよと手を振り払ったら、驚いたような顔をしてから俺相手に、爺ちゃんがやるのよりは優しい感じで相手してくれる。
「シャンクス、程々にしてよね」
「お前、シャンクスって言うのか!俺はルフィ!将来は海賊になるんだ!!」
「お前みたいなチビが海賊に!?だーっはっはっはっ!!」
「笑うなー!!それに、そっちのチビも海賊なんだろ!俺もなれる!!だから、なァ、俺も船に乗せてくれよ!!」
俺の言葉に怒るかと思ったのに、女の子は困ったように笑うだけだ。それに俺が少したじろいだ瞬間、シャンクスが大笑いを始めた。
「お前なんかが海賊になれるか!!」
「なる!!俺は、海賊王になるんだ!!」
俺がそう言った瞬間、シャンクスはその瞳を優しく細めた。そして、オレンジの少女が眩しそうに俺を見て、そっと頭を撫でて来る。
「ルフィくん、だったわね」
「ルフィで良いぞ、ナミ!!」
「ふふ、ありがとう。ねぇルフィ、海賊になるにはまず泳げないと話にならないんだけど……ルフィはちゃんと泳げる?」
「うっ……」
言葉に詰まった俺に、まずは泳げるようにならないとねなんてナミは優しい声で言ってから、スっと俺から離れて行く。そしてシャンクスと黒髪の男に何かを見せている。
文字じゃない何かが描かれたそれをシャンクスは見て、首を傾げたと思ったら黒髪の男とナミが2人で、さっきより難しい話を始めた。もう既に、何をら言ってるのかさえ分からない。
「坊主、俺と飲み物でも飲みに行くか」
「でも、あの2人はいいのか?」
「ああなったあの2人は、暫く関わるだけ無駄だ。頭良いんだよ、あいつら」
俺とそんなに変わらないように見えるのに、ナミはすごく頭が良いらしい。天才か神童かとシャンクスは呟くけど、その瞳に宿る熱はそういうのじゃないって分かっちまって、なんかモヤモヤする。
それからもずっと、いつも忙しそうにしているナミだったけど、酒場で皆と揃って食事してる姿は普通の子供だ。シャンクス達が言うには、普段は気を付けないと食事も忘れちまうらしいけど、俺がいるとちゃんと食事するらしい。
「……お前も、海賊なのか?」
「違うわよ。私は、旅人なの。シャンクス達に守って貰ってるだけよ」
肉を器用に切り分けながら食べる姿に、そんなもんひと口で入るだろと思うけど、だからと言って食べるのが遅い訳でもないから不思議だと思う。そんなふうに、俺はナミの事を常に見てたし、追いかけ回してた。
時に挑発するような言葉を向けても、サラっとかわしちまう。それどころか、本気でそう思ってそうな時が多くて、張り合えねェ。
「なら、お前弱いのか?」
「当然じゃない!私は普通のか弱い女の子よ!」
「か弱い女の子なんて知らねェぞ、俺は……。か弱い女の子は剣とか鞭を振り回して、男の急所蹴って倒れた相手を見下したりしねェんだよ……わか」
シャンクスが何かを言い募っていたら、ナミが容赦無く股間を蹴りシャンクスが顔色を変えて蹲る。……ナミの場合、確かにか弱い女の子ってのとは違うと俺も思う。
「それ、美味いか?」
「はい、あーん」
言われるままに口を開ければ、中に人参と1緒に肉を入れられて、人参いらなかったと思ってナミを見れば、野菜も食べなさいなんて言われちまう。別に、嫌いな訳じゃねェから食うけどさ。
そんな日々の中で、ナミに会いたくて朝から顔を出して見たら、ルーが今は無理だぞなんて言う。意味が分からなくて、でも会いたいと言ったら姿隠しとけよなんて言いながら案内してくれた。
そこではナミがシャンクスと戦っていて、何度も吹き飛ばされては立ち向かう姿があった。空中でくるりとその体を捻ってシャンクスの攻撃を躱して、回し蹴りをしたと思ったらその足を掴まれてグルグルと回され、投げ捨てられる。
それなのに綺麗に着地して、その反動を利用してシャンクスに弾丸みたいに飛び込んで行く。その姿にシャンクスが楽しそうに笑い、躱すと手にしていた棒でナミがシャンクスの脛を殴り、殴られた筈のシャンクスがその足を持ち上げてまたもや蹴り飛ばす。
胴体で着地したナミにシャンクスが上乗りになり、剣を喉元に突き付けた所でナミは参りましたと小さく声を出す。そんなナミに優しく笑ったシャンクスが、立てるかと言いながら手を出せば迷わずその手を取ったナミは大丈夫と笑った。
その笑顔は、いつも俺が見せて貰ってるのとは明らかに違って……なんだか泣きたくなる。俺にはナミだけだけど、ナミの中には沢山の人が居るんだって突き付けられたから。
「本当に猫みたいだよな。まァ、女豹になれたらもう少し真面目に相手してやるよ」
「……私はずっと、猫のままよ。子猫は成長したところで、猫にしかなれないもの」
そんな事を言ってクスクスと笑うナミは大人びていて、それからまた武器を構える。頭上に武器を構える姿は少し大きく見えて、凄いと息を飲む。
「まだ、その構えをやる意味は無いと思うがな」
「型を忘れたら、イザって時に使えないでしょ。大きく見せるだけで威圧できるなら、その方が良いわ」
「確かにな。なら、返してやろうか」
そう言ってシャンクスがナミと同じ構えをすると、俺はその姿に呼吸を止めちまった。怖い、とか、考える余裕もない。
身体が動かなくて、呼吸さえ止めちまう程のそれに、なのにナミはそれを受けても変わらない様子で地を蹴り、シャンクスに挑みかかる。その様子を眺めながらルーは肉を齧って、そして言う。
「充分ナミも化物の域だと思うんだが、自覚してないんだよな。お頭と張り合うのがおかしいんだって」
その日から俺は、ナミがシャンクスや副船長と戦うそれを見に行った。何度も何度も。
気付かれるなよと皆が言うから、理由を聞いたらナミは俺に気付いたら気を取られちまうからって言われて、声を掛ける事は無かったけどさ。お昼は大概、皆と食べる為にナミも姿を見せてくれた。
だから皆で食事して、船があると船に、船が無い時は宿に帰って何かを書いたり本を読んだりし始めるナミの傍に俺はいつもいた。船が無い時は朝の訓練も無いから、その時間はナミ1人にしとくと腰にしてる扇子を手に踊ると言う事にある日気付く。
ふわりと、髪がナミの動きに合わせて流れるように動く。でもなんでかそれを知ってると言ったら、逃げられちまう気がして、それを見ていたいから何回かに1回だけしかナミに声をかけないようにしてた。
もしくは、踊り終わってから声をかけるようにしてたんだ。ナミは、綺麗だと思う。
顔は可愛いんだけど、動きとか、行動が綺麗なんだ。後、笑顔が優しくて綺麗で……時々作り物みたいに見える。
シャンクスは、なんでか時々ナミを置いて出港するから、その間は俺だけのナミだ。1緒に寝たいと言えば1緒に寝てくれるし、風呂も1緒に入ってくれる。
時々それに村長達が気をつけた方が良いとナミに言ってるけど、ナミはルフィだから大丈夫なんて笑うばかりだ。……俺だから大丈夫って、どういう意味だ?
「ナミは船に乗せて貰えるのに、どうして俺はダメなんだよ!」
本当は分かってる。ナミは、ビックリするくらい強い。
本当は分かってる。ナミは、悲しくなるくらい賢い。
でも俺がこう言って騒げば、ナミは困ったように笑いながらも俺だけを見てくれる。ナミに言ってもなんにもならないのは分かってて、でも、俺はナミと1緒に船に乗りたいんだ。
「俺は強いんだ!俺のパンチはピストルのように強いんだからな!!」
「ルフィ、強さだけがあっても駄目なのよ。物理的な強さだけじゃ、何も守れないの」
「ナミ?」
「それに、強さだけじゃ船長にでもならないと船には乗れないのよ。戦えるだけじゃ、駄目なの」
俺はこの時、ナミの言ってる言葉の意味を半分も理解できてなかったと思う。それでも、ナミが悲しそうに言うから、わかったフリして笑ったんだ。
それと同時に、ナミに言われたこれを理由にして、俺は船長になると決めたんだ。海賊王が誰かの船員じゃおかしいってのは、俺の中じゃ後付だった。
だってさ、最初は誰かの船に乗って経験積んで、それから船長でも本当は良かった筈なんだ。なのに俺は初めから船長になるって、そう決めちまったんだよ。
そんな日々の中で、1緒に寝ているとナミが魘される日も多いと気付く。多くの人を傷付けてるからだと笑うナミだけど、なんか様子がおかしい時もあって……そんな時は、大丈夫だぞって、俺が守るからって思ってナミを強く抱き締めて眠る。
それによりナミの寝息が少しだけ落ち着くから、船に居る時はどうしてるんだろうって少し心配になった。だけど、その答えは聞きたくなくて、俺はそれを聞けずに居たんだ。
けど、答えを実は知っていたんだって気付いたのは、この頃から十年位先になってからだ。シャンクスに、嫉妬してナミをいじめない為には、この時の俺は何も知らないフリをするしか無かったんだよ。
これが、俺とナミの出逢い。そして、俺の初恋の話。