波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
僕を造らせた人は、僕を手にしたと思ったら何か真剣な様子で握ったり振り回したりして、暫くしてから柄を変えてくれとか注文を付け始めた。漸く満足したらしい状態になると、箱に入れられてしまわれる。
あれ?この人が僕を使うんじゃないのかな?
そして、次に明るい所へ出た時には、何故か泣いている少女がいて……僕を胸に抱いて、震えながら泣き続けた。その時僕は、この子がご主人なんだとすんなりと理解出来たし、もうこの子を泣かせたくないなって思ったんだ。
それから少女は僕を振り回して自然に扱える様に訓練してくれて、それが僕は本当に嬉しかった。けど……こんな子供が僕を、武器を使う必要がある事がつらいなと思っていたんだ。
その直後、少女は1人で当然のように船を動かしては到着した島を散策して獣を倒す時と、草を採る為に僕で草や枝を切り、分類を分けて片付けて行く事が増えた。物凄く役立つわと頬擦りされている。
ん?
あれ?
待って待って。僕って、武器だよね?
獣倒してる他は、なんか、万能ナイフっぽい使われ方だけど、武器だよね!?
その後もそれに対する答えは見つからないまま、舞い散る花弁や木の葉を切る為に振り回される他は、舞扇の代わりじゃないかって感じでやっぱり振り回されて、それから……蜜柑切ったり、林檎切ったりするのに使われる。いやさ、良いんだけど……僕、武器だよね?
そんな疑問を抱く程に、戦いの時は僕にだけ敵対心剥き出しなクリマタクトが愛用されている。それを見て、接近戦苦手で、だから僕は護身用か万能ナイフの扱いなのかなと思っていた。
そんな平和な日々がずっと続くと思っていた僕は、あの運命の日に初めて戦闘で用いられた。僕は武器だから、使われる事は構わない。
寧ろこうして使われる為に作られた筈だ。でも、どうしてかな、苦しいのは。
僕はいつの間にか君が笑いながら僕を撫でてくれるその日常を愛していたから、だから今、慟哭をあげながら僕を使いこなす君が悲しい。大切な、愛しい家族を守る為、1人戦う君は美しい。
美し過ぎて、苦しいけど……っ!危ない!
動けるかな、なんて考える暇もなく、即座に動くように力を込める。大切な主人を、死なせるものか……!
それにより何とか、その巨体が振り下ろす刃から守る事が出来た。そうか……ご主人はもう体力が、足りてないんだ。
見ればここ迄守備を捨てて攻撃に転化した為に傷だらけになっているから、出血が酷い。意識を保ち体を動かしている事が不思議な状態で……でも、戦い続けている。
守りたいのだと僕を握る手から伝わるから、僕は共に戦い続ける。結局、大切な人達を庇い負けたご主人は、連れ去られて体にその美しい肌に……余計な物を刻まれた。
その後も僕を使う事は少なくて、でも、奇襲をかけたりする時等に僕を使ってくれた。それは信頼されてる証みたいで嬉しかったけど、その後に待つ君への拷問が……僕には辛かったんだ。
心を凍らせて、表情を失って、歌う事も、舞う事も辞めてしまった君が、悲しい。僕は、君が愛しいのに、どうして何も出来ないんだろう。
そんな君が変わったのは、麦藁帽子を被った1人の少年に出会ったその瞬間からだった。クリマタクトは訳知り顔だけど、僕は初対面で……凍っていたそれを瞬間的に溶かして元の君に戻してくれたから、僕は麦藁帽子の少年が大好きになる。
それにしてもご主人は、鈍い。アーロンも、少年も、他にも多くの人が君を好きなのに、少しも気付かない。
僕をご主人に贈った人も、ご主人を深く愛しているのに、絶対分かってない。でも、生きる事だけで精一杯な君を思えば、仕方ないのかも知れないね。
そうして少年から離れた君が男達に襲われた時、君は僕を使わなかった。傷付ける事を躊躇う君の優しさが、僕を使うには本来不向きなんだと言う事を教えて来る。
ねェナミ、僕は君の為に……君を守る為に造られたんだ。僕を抜いてよ、そうしたら僕は君を全力で守る事が出来るから。
そう思っていたのに、君は海軍と戦う時はクリマタクトを使い、そして……自らを傷付ける為に、僕を使った。1度目は左手を貫いて、2度目は今。
嫌だ……!僕は、君を、傷付けたくない!
辞めて、僕は君を守る為に造られたのに。君を守る為に存在しているのに……!
仲間を守る為だったそれでも、苦しかったのに……。嫌だ……!
振り下ろされる位置を可能な限り変えて、皮を削ぐ程度に抑える。僕が触れた相手は切り刻まれるのだと知っているけど、君の体から僕が血を流させる事なんて、僕は少しも望んで居ないんだ。
軌道修正する事も出来ない、許さないと言うような意思の強さで、ナミは僕で自らの肉を削ごうと僕を振り下ろす。誰か、助けて……!
その瞬間、ナミの手が止まった。見ればそれは麦藁帽子の少年……ルフィで……。
力の抜けたナミの手から、そっと転がり落ちる僕。もう……こんな風には使われたくないとその反動を利用して逃げて行く。
離れた所から君を見たのは初めてかも知れない。君の体が血を流しているのは、僕が傷付けたからだ。
守るべき僕が、君を傷付けたからだ。君が、声にならない叫びを上げていたのはずっと……知っていたのに、僕には何も出来なかった。
でも、それよりも、君の心が……血を流し続けていた。そんな君が、初めて助けを求めたのが……この時だ。
「ルフィ……助けて……」
少年が叫び、ナミは涙を流す。……僕だけでは、君を守れない。
同じような事を考えたのか、その先クリマタクトは僕に対して冷たく当たる事は無くなり、それなりに仲良くしている。1人で守れないのなら、共に守ろう。
君に僕と同じ物質が近付いたら、小さく揺れよう。君の大切な人に、僕と同じ物質が近付いたら、大きく揺れて報せよう。
君が悲しまないように、君が泣かないように、報せるから……。敵でもなんでも、傷付ける事を躊躇う優しい君を、僕は心から愛してる。
君が戦わなくて済むのなら、それに越した事はないから、だから……僕はこれから先ずっと果物ナイフの代わりでいいや。僕は、君にただ、笑っていて欲しいんだ。
蜜柑の枝を切り、林檎の皮を兎さんの形に切って、包丁やハサミの代わりにだって使っていいから、笑っていて。僕は君の笑顔が好きだから。
波間の向こうを目指して……君が進むというのならば、僕は君を守る為に出来る事は全てやるから……だからどうか失わないで、その優しい心を。暖かな微笑みを。
「ばっかねェ!私達も居るわ」
「僕達はみんな、この船にいる皆が大好きなんだよ」
「皆で、見守りましょう」
クリマタクトと、メリーと、蜜柑が思い悩む僕に笑う。僕ももう、独りじゃない。
君が仲間を頼れるようになったように、僕も皆と力を合わせて、君を守る。例えその為に、何を犠牲にしたとしても……。
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