※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

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死ぬなよ

 まだ島が見付からないでさ迷っていた時、変な奴がメリーを食いやがった。殴り飛ばしてやれば後はウソップに修理を、サンジに飯を、ビビに針路を、ゾロに敵への警戒を任せて俺は船室にいるナミを目指して駆け出す。

 玉のような汗がナミの肌に張り付いてる。普通なら、ベタベタした汗は流れないけど、浮いてる汗は流れ落ちると思うのに、どうして……?

 そんな事を思いながら、タオルを絞ってナミの汗を拭う。起こすなよとウソップから何度も言われたから、起こさないように気を付けながら繰り返すこれに何の価値があるのか分からない。

 

 「ナミ……」

 

 無意識で呼び掛けた俺に反応して、ナミが指先を動かして俺の手をそっと握った。まるで、俺がつらい思いをしているかのように、包み込むように優しく。

 本当なら俺が、支えて守ってやらないといけないのに。ナミは強がりで、変に頑固だから……俺が気にしてやらないといけないってのによ。

 そっとナミの手から自分の手を抜いて、頭を撫でる。それから部屋の外へと飛び出せば、見えて来た島。

 その島の発見に合わせて、大慌てでナミ以外の全員が甲板へと集まった。けど、海賊船を上陸なんてさせないと攻撃されて、即座に怒りで戦おうとしたサンジをビビが止める。

 だけど、そんなビビを撃った奴らに、俺の我慢も限界を超えた。俺の仲間に、何してくれてんだよっ!

 そいつらを殴り倒そうとした俺を止めたのは、ビビだった。その時、ビビとナミが少しだけ重なって見えた気がしたのは……この甘さ故だろうか。

 撃たれても、傷を負っても、ナミの為にと頭を下げるビビを見て、俺は黙るしかなくなる。ビビは、医者を呼んでくれと頭を下げたその姿のまま、俺に視線さえ向けずに言った。

 

 「あなたは……船長失格よ、ルフィ。無茶をすれば全てが片付くとは限らない……!!」

 

 船長失格という言葉に、俺は息を飲まされる。こんな事言ってくれるのは、これまでナミしかいなかったから。

 ビビはナミの影に隠れて、その腕に守られてるだけのお姫様だとどこかで思ってた。でも、ナミの傍でナミのそんな姿を見て、ナミと近い何かに成長していたのかもしれない。

 

 「このケンカを買ったら……ナミさんはどうなるの?」

 

 ビビの腕から、撃たれた傷口から、血液が滴り落ちる。それでも頭を下げたまま、動こうとしないビビは、俺を守る為にと一人で戦うナミと似た空気を放っていた。

 戦う時、守る時の凛とした空気。甘っちょろいナミも大好きだけど、ビビが近付いたこっちのナミは誇らしいんだ。

 

 「……うん、ごめん!俺、間違ってた!!」

 

 少なくとも俺は、頭を下げる事を悔しいとは思わない。ただ、これで何かが変わるなら、ナミを助けられるならそれだけでいいんだ。

 もしこれでも駄目なら戦おう。んで、勝手に医者を連れ去ればいい。

 だけど、ナミを助けるにはきっとこの平和な解決ってのが1番シックリ来る気がした。優しいを越えて甘いナミだからこそ、自分の為に誰かが傷付いたと知ったら泣いちまうだろうと分かるようになったから。

 俺はただ、ナミを助けたい。だから、ビビの隣で同じように頭を下げ続ける。

 

 「医者を呼んでください。仲間を助けてください」

 

 長い沈黙の後、村へ案内してくれると言われて……俺はビビを凄ェと素直に思った。だからそれを告げたのに、ビビはただ笑うだけ。

 その後短い話し合いの末、怪我をしているゾロを船番に残して、サンジがナミを背負って村へと向かう事になった。その途中、国には名前が無いとか、熊には挨拶しろとか言われて進む。

 そうして到着した家の中でナミを寝かせてる間、騒がれると迷惑だと言われた俺とウソップは表でハイパー雪だるさんと雪の怪物シロラーを作っていた。なのに、完成したらサンジが突然怒り出してそれを破壊するから、少しふて腐りながら部屋の中で出されたお茶を飲んで待つ。

 そうしてたら長ったらしい説明が聞こえて来た。それを何となく聞いて、ナミの元へと移動する。

 荒い呼吸と、真っ赤な顔。色っぽくて、少しだけ喉が鳴るけど……頬に触れると火傷しそうに熱い。

 その頬をペシペシと叩いて、煩悩を追いやって呼び掛ける。必要な事だから、起こさないと。

 

 「おいナミ!ナミ!!聞こえるか?」

 

 俺の声に反応して目を開けたナミ。焦点は定まってねェけど、ナミなら大丈夫だろ。

 俺の声を聞いてないなんて、考えられねェ。俺がナミを呼べば、どんな時でもナミは俺に応えてくれると信じられるから、言葉を続ける。

 

 「あのな、ヤマ登んねェと医者いねェんだ。山登るぞ」

 

 俺の行動や言葉に皆が騒ぎ始める。でもよ、他に選択肢が無いだろ。

 サンジは怒りを隠さずに、ビビは焦りと心配を宿す。でもよ、だからこそナミの意思が大切になるんじゃねェのか?

 

 「無茶言うなお前、ナミさんに何さす気だァ!!」

 「いいよ。おぶってくから」

 「それでも、悪化するに決まってるわ!」

 「何だよ。早く診せた方が良いだろ」

 

 俺はサンジやビビの言葉に一言ずつ反応していく。前にナミが言ってた。

 やらない理由、やれない理由は、いくらだって作り出せるって。なら、それを否定してやれる理由や根拠を示す事もできる筈だろ。

 そんな会話の途中で、ナミが笑った。可笑しそうに、けど、穏やかに。

 

 「よろしく……キャプテン」

 「そうこなきゃな!任しとけ!!」

 

 俺がナミの手を叩けば、ナミの唇が動く。うん、任せる……と動いたそれが、こそばゆくなる。

 皆で騒ぎながらも俺の背にナミを背負わせて、ビビはナミが俺の背から落ちないように縛ってくれた。サンジは着いてくると言って、ウソップには俺が転べばナミが死ぬと言われて寒気を感じつつも、頷くしか出来ない。

 警備のオッサンがウサギに気を付けろと言うから、サンジと気にする必要は無いと確認しあってから出発したのは当然。その後、足元をチョロチョロと動く何かをサンジが蹴り飛ばしたら、大人が大軍で現れて逃げながら進む。

 そんな中で突然サンジが逃げろと叫んだけど、逃げられるような場所が無くて……サンジは俺とナミを庇って雪の中に埋もれちまう。必死でサンジを探して、見付けたサンジも抱えて進めば、さっきの白熊兎が雪の中にいるのに気付いた。

 子供が親のそれを助けようとして、でも無理で泣いてる姿を見る。こいつらが、サンジをこんな目にあわせたんだと思うのに、それなのに、ナミやサンジなら助けるんだろうなと思ったら腕が勝手に動く。

 声を掛ける時間も、余裕も、何も無い。早く、少しでも早く、ナミとサンジを医者に診せないと……。

 

 「必ず、連れてくから……!!死ぬんじゃねェぞ……!!2人共……」

 

 そう思って目的地を見詰めた時、後ろから何かが迫って来た。そして先へ進もうとする俺を邪魔するそれが、ナミとサンジを狙う。

 応戦する事も出来なくて、必死で逃げ回る俺の目の前でナミとサンジが弓や鉄球で狙われる。叫ぶしかできないでいた俺を助けてくれたのは、白熊にしか見えない兎。

 よく見ると背中に子供を乗せてるその様子に、さっきの奴だと気付く。俺は大声でお礼を告げて、目的地へと向けて足を進めた。

 聳え立つ塔のようなそれを登るには、両手がいる。だから、サンジを口で咥えてよじ登るしかねェ。

 他に登り方が分からねェし、二人を死なせるつもりは、俺にはねェんだよ。だから、落とさない為に紐をキツく縛り直して、サンダルと手袋を脱ぎ捨てた。

 攀じ登って行く内に、指が冷えて力が入りにくくなる。それでも、落ちる事も、落とす事も許されねェ。

 爪が剥がれて、指先を岩で刺して、痛みに声を出せばサンジを喪いそうになっちまう。首を伸ばして、何とかサンジを咥え直して攀じ登るのは根性なのか、別な何かなのか。

 血まみれになりながら、俺達を庇ってくれたサンジを、ズタボロでも無理して微笑む馬鹿な恋人を、俺は諦めない。腕が、震えるけど……今は、この二人を医者に診せられるのは、俺しか居ないんだ。

 いつも、守られてる。大切な、仲間達なんだ。

 頑張れよ!!もうちょっとだからな……!!

 死ぬんじゃねェぞ……!!お前達は、俺の自慢の、仲間なんだ……!

 頂上に登り、俺の意識は朦朧とする。でも、まだダメだ。

 あと少し、二人を……。診せる、んだ……。

 

 「……医者…………」

 

 言葉を口にした衝撃でサンジが雪に落ちる。そして、俺も倒れ込むと、意識と共に身体が落ちて行こうとしたらしい。

 それを、誰かが掴んだ。こんなもふもふした何かを、俺は知らないけど、優しい手だと……思った。

 少ししたら、誰かが何かを喋ってんのがわかった。サンジと、ナミに触ってるのが分かればその腕を掴んだのは本能に近い。

 

 「……!!大丈夫だ。あの血塗れのガキも、この娘も、ちゃんと治してやるから安心しな」

 「……仲間(なカバ)……ダンダよ」

 「わかったよ。助ける……。チョッパー!!治療だ!!」

 「う……!!うん」

 

 そこで、俺の意識は完全に途絶えた。次に目覚めたら隣でサンジが寝てて、身体が楽になってたから誰かに助けられたのは間違いねェ。

 だとするなら、あの時……助けると約束してくれた誰かかな。……よく覚えてねェんだけど。

 その後の事は、特に変な事は無かった。サンジは目覚めたし、二人でトナカイ食おうとして、ババアを仲間にしようとして、どっちも失敗しただけだ。

 もう、ナミもサンジも大丈夫。そう思って、優しくてバケモノなトナカイを仲間にしようとして、何度も邪魔して来た奴をぶっ飛ばした。

 なのに……何でかバケモノは一緒に戦って勝った後も、仲間になろうとしないでゴニョニョ言ってる。だから、そんなの聞きたくなくて俺は想いを叫ぶ。

 だって俺、こいつが好きだ。仲間にしたい!!

 

 「うるせェ!!いこう!!!!」

 

 俺の言葉に、回復したナミが笑う。ゾロが突っ込む。

 だけど皆、誰一人として反対しない。それに喜びながら、バケモノの帰りを待っていたら、突然包丁を投げつけて来るバァさんに追い掛けられながら戻って来た。

 空を飛ぶようにして降りるそれは楽しくて、皆でソリに乗ってた事が嬉しくて、もう一度と言ったら怒られちまった。けど、見たらバケモノが泣きながら走ってて、ナミが心配そうにそれを見詰めているのに気付く。

 そんな時、島から船へもう少しという段階で突然スゲェ音が聞こえてソリが止まると、見えたのは巨大な桜。雪の中で、城よりも更に巨大な桜の樹が突如、雪国の夜に浮かび上がる。

 

 「綺麗……」

 

 思わずと言うように呟くナミに、けれども他の誰も声が出せない。バケモノが、号泣する。

 それが落ち着くその時まで、誰一人その場を動こうとはせず、それから……さっさと買い出し等を済ませて出航した。……俺は肉だけ買えば良いって言ったのに、皆が聞いてくれねェんだもんよ。

 出航と同時に宴を開始して、そこから見える桜にナミがバケモノを気遣うように寄り添う。でもよ、ナミは俺んだぞ!

 そう思って、でも簡単には引き剥がせないのも分かるから、宴にかこつけて引き剥がす作戦に出る。これは、乗ってくれるウソップを巻き込んでのものになるから、ナミもそんな目的とは気付かないだろう。

 

 「おいチョッパー、おめえもやるか(ういヒョッハー、おええおやうあ)!!」

 

 そうしたらナミがチョッパーを庇うように抱き締めるけど、チョッパーが自らそれに参加する。そうして始まった宴の中、ビビとナミは姉妹みたいに笑い合う。

 そんな姿を見ながら、歌ってくれとせがめば断らない優しいナミ。そして、その歌声に周りが大騒ぎするのはいつもの事。

 そうして酔い潰れたりして皆が寝てしまうと、異様に酒に強い二人を残す形になっちまう。うつらうつらとしていたら、ナミがパタパタと動き回るのがわかった。

 潮風に混ざって、蜜柑の香りが漂う。高過ぎず、低過ぎない心地よい声がビビを起こす為に紡がれる。

 ビビを部屋に運んで、カルーに毛布を掛けて、チョッパーを部屋に運んで……そんなふうに動き回るナミが、その心を傷付けて苦しんでる事を俺は知っているんだ。誰かと話した後、俺の所にも毛布を持って来て掛けようとしたから、パチリと目を開けてナミを見詰める。

 当然のように見つめ合う事になったのに、ナミは呑気にしてるからその細い身体に腕を巻き付けた。そんな俺を振り払おうともせずにただ驚いてる無防備な恋人に、低く囁く。

 

 「確認したい事があるって、言っただろ」

 「……ルフィ、ダメよ。後3日は寝てるように言われてるの。だから、後3日はダメ」

 

 こんな時だけ珍しく素直に理解しやがって……。気付かなければ、なし崩しに食うつもりだったのによ。

 でも確かに、ナミは死にかけてたし、体力も落ちてるよな……。今は、苦しませちまうだけかもと思えば、諦めるしかない。

 

 「仕方ねェか」

 

 まだ、ナミは病み上がりだもんな。そう思ってナミの手にしてた毛布をナミに巻き付けて、男部屋のベッドに運ぶ。

 正直、眠ィし、今日は傍にいてくれるならそれだけでいい。ナミ……俺を一人に、すんなよな。

 熱すぎるのも、冷た過ぎるのも、心配だから……。そもそもさ、勝手に死ぬなよ……。

 そんな想いを言葉にしたのは、たぶん夢の中。こうして、俺達のドラム王国での冒険は終わった。

 波間の向こうを目指して、大切な仲間達の息遣いを感じながら進む。自分で選んだこの道を、迷うこと無く、真っ直ぐに。

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