波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
チョッパーからのお説教が終わり、俺は開放されると同時にナミの所へ行こうとしたけど、チョッパーが巨大化してそれを止める。何でだよと思ったら、チョッパーが全員集めて声を出した。
まだ、怒ってはいるらしい。こうして見ると、チョッパーはナミを構い過ぎな気がする。
「ナミは風邪で寝てるから、起こすなよ!今から俺が診察と治療するから、問題起こさずにいるんだぞ!」
「信用ねェな。マリモやゴムと一緒にすんなよ」
「そうだそうだ!俺様は問題なんて起こした事ねェぞ!」
サンジとウソップが言えば、チョッパーから五月蝿いとの怒りの声が向けられて、ビビはその様子を驚いた感じで見てる。ゾロはそれを含めて呆れた様子で見ているだけで、助けようとしないと思ったらそのままボソッと何か呟いて、そうやってサンジに喧嘩を吹っ掛けて言い争いからの戦闘モードに入った。
チョッパーが居なくなっても騒々しさは消えず、それどころか騒がしさは増していく。腹減ったと俺が騒げば食材がねェよっ!とサンジから叱られちまう。
ならばとカルーを食おうかと襲いかかれば、ビビに叱られて正座させられちまう。こういう時、ビビとナミは妙に似てるなと思わされるんだ。
それにしても、何だこの湯気?海王類の卵でも茹でてんのかな?
だとしたらデッカイゆで卵だよな。泳げたら潜って獲って来るのに、残念だなー。
「海底火山よ、問題ないわ」
突然聞こえて来た声で、ビビが駆け抜けて行ったのはナミを呼ぶ為だったと分かり、その説明に耳を傾ける。けど、よく分からねェ。
……つまり、不思議海なんだな!と納得してウソップと釣りをする為に駆け出していく。
ゆで卵が手に入らねェなら、仕方ねェ。別な食いもん手に入れないとな。
そうしてカルーを餌に釣りをしていたら、オカマが釣れた。皆に変身して見せるそれに大喜びで仲良くなり、わぁわぁと騒いだのは、新しい友達ができたと思ったから。
そうしてオカマことボンちゃんと楽しく過ごした後で、ビビが思い出したのはボンちゃんが敵であると言う事実。それを受けて、真剣な顔でゾロが全員呼んで来いと言う。
チョッパーが掛け出せば、呼ばれて来たナミとサンジが顔を覗かせるけど……ナミ、眠そうだな。珍しい。
「相手は俺達に化けられる。なら、こちらはこれを、防がなけりゃならねェ」
「ミスター武士道、どうやって?」
「何か印をつけるのがいいだろうが、凝ったのだと時間もかかるよな」
ビビがゾロに問かければ、ゾロは眉間の皺を深くする。不機嫌なんじゃなくて、本気で考えてるんだと分かるから、なんとなく面白い。
ナミも何かを考えてたみたいだけど、出て来た答えが珍しくおかしい。いや、ナミって時々こういう事言う奴だったな。
「蜜柑の絵でも描く?」
「俺はそれでも良いですけど、ナミさん以外は喜ばない絵ですね。……それよりマリモ、お前本当にマリモか?こんな事をお前が思い付くなんて、既にニセモノなんじゃ……」
そのまま二人が喧嘩するのをナミが殴って止めてる間に、俺が提案したのはバツ印。それを聞いて皆が笑って頷くから、包帯でそれを隠して拳を向け合う。
海賊の印。俺達を俺達だと示す印だ。
「「「「「「「この印が、仲間の証だ!」」」」」」」「クェー!!」
「怪しいと思ったら、包帯を〝取って〟見せ合う。それが出来なきゃ偽者だ」
「おう!」
必要にならなければいい。だけど、仲間の印ができた事で何だか嬉しいような気持ちになった。
そうして共に時を過ごしていく中で、自然と生まれる一体感。それでもそこに加わってくれないのが女達で、食料が現れたと喜び挑みかかる俺達をビビが殴り、ナミはその様子を見て納得したように航海士としての活動を続ける。
夜になるとそれまでバタバタと仕事をしていたナミが、突然男部屋に入って来た。珍しいそれに驚いて視線を向ければ、嫌そうな顔をされちまう。
「……驚く位に臭いわね。原因はそこの積み上げられてる洋服かしら?」
「ナミー。俺の鼻が変になりそうなんだよー」
泣きながら訴えるチョッパーの頭を撫でながら、ナミは俺達に風呂に入るよう言ってくる。どうやら、その間に片付けをしたいらしい。
ゾロに俺とチョッパーを押し付ける形で風呂へと行かされて、お湯を被って三人で背中を洗い合えば、ゾロが溜息を落とした。このメリーで使ってる洗剤はナミが作ってるから、蜜柑の香りだけど、それが理由かな?
「どうした?」
「ナミの様子、おかしくねェか?」
「なんだ、そんな事か。ナミはおかしいぞ」
「……分かってんならいい。ちゃんとしろよ、キャプテン」
ゾロの言葉に頷くと、ゾロは困ったように笑ってそんな事を言う。そうして三人で蜜柑の香りに包まれながら部屋に戻れば、ナミから洗濯物を溜めないように言われちまった。
部屋の中は片付いてるし、洋服も綺麗に干されている。そして今、ナミは自然な動作でチョッパーの頭を拭いているんだけどよ?
……なんか、妙に上手くねェか。てか、上手いよな!?
「なんで自分の事は出来ねェのに、チョッパーの事は出来るんだ?」
「……五月蝿いわね。ほっといてちょうだい」
自分の頭は雫がポタポタと落ちるのが当然であるかのように放置するのに、チョッパーの事は丁寧に優しく拭いている。そのギャップに何だかなと思うけど、指摘したら少しむくれるその様子に絆されちまう。
けどその直後手は優しく動かしながらも、表情が変わる。蕩けきった顔でふふっとか言い出した時点で、思考は明らかに家族の元へと飛んでいるだろう。
永遠に勝てる気がしない。最強で最悪なライバル達。
思わず溜息を落とせば、ナミが帰って来て俺を見る。その視線がどうかしたのかと問い掛けてるから、それに答えた。
「……わかりやすいよな、ナミって。今家族の事考えてただろ」
「なんで分かるのよ」
「蕩けそうな顔してる時は〝ベルメールさん〟か〝ノジコ〟が脳内にいるからだよ。……ホントに勝てねェ」
俺の言葉に小さく戦わないでよなんて言うナミに、そういう意味じゃねェよ馬鹿とは言えなかった。なんでナミは、頭良いのに馬鹿なんだろう。
頭良いのと馬鹿って、同居できたんだな。俺はナミを知れば知る程、偉大なる航路ってナミを意味するんじゃないかって思うんだよ。
ぐったりと肩を落とせば、ゾロがそっと肩を叩いて来た。慰めを含んだそれに、分かってねェなと思うのはナミと言う生き物をゾロがまだ理解しきれてねェからだろう。
「兄貴とかじゃなくて良かったと思っとけ。ナミの場合、血の繋がりはねェんだから」
「……何言ってんだ。ナミには血の繋がらない厄介な兄貴が二人いるし、女だろうが家族大好き過ぎるから、俺としちゃ余裕なんかねェんだよ」
実際は二人なんかじゃない。赤髪海賊団のメンバー全員が兄貴を気取ってる。
俺の兄であるエースとサボもいるしよ。でも、今この場で言える最大の危険物はシャンクスと副船長だ。
「……大変だな、お前も」
俺の言葉にできないような、そんなとこまで感じ取ってゾロは頷く。それが妙に悲しくなるのは、これだけはナミを望む限り逃れられない問題だからだ。
そんな時にナミとチョッパーが何やら言い争いみたいなのを始めたけど、サンジが部屋に戻ればそれも止まる。どうやらナミは、歌う為に来てくれたらしい。
驚くサンジを筆頭に、俺達全員にハンモックへと入るように言うナミに従えば、直後に明かりを落として歌い出す。歌声は優しくて、選曲も間違いなく子守唄で、それがまたなんとも言えず懐かしい。
それでも見張りで居ないウソップを除いて、全員が眠るまで歌うつもりなのか優しく響くそれには確かに睡魔が呼び出されるそうになるけど……突然こんな事するって事は……サンジが魘されるからか。それとも、怯えたりするからだろうか。
サンジが寝るようにと優しく頭を撫でたりしてるそれにより、裏付けられるナミの甘さ。ナミは優しいからな……と、自分に言い聞かせるように思う。
「ナミ」
サンジが寝たのを見計らって声を掛けたら、ナミが少し驚いた様子で俺を見た。エースを看病してる時も見た、優しいナミの顔は相変わらずだ。
子供の頃から変わらない、慈しみの心。誰かを甘やかさないと生きられないのかよ……と、少しばかり本気で思っちまうのだけはどうにもならないけど、それでも俺はナミのこんな所が愛しいと思う。
「なに?」
「……サンジから、何か聞いてたのか?」
「眠れてないみたいだったから、少しは役立てるかなって……ダメだった?」
不安そうに声と瞳を揺らすナミに、いや……と答えてから手招く。明かりなんか無くても、月明かりだけで充分、白いナミは良く見えるんだ。
そっと近付いてくるナミからは、戸惑いしか感じない。怒られるのを待つ子供みたいなそれに、小さく笑っちまいそうになるのを必死に耐えて声を出す。
「俺にも優しくしてくれ」
サンジの為だけなんて駄目だろ。ナミは、俺の恋人なんだから。
甘やかすなら俺にしとけ。俺もナミを大切にするからさ。
そんな事を考えてた俺の頭を撫でながら、ナミはまた子守唄を歌い出す。これは確か、ウタが好んでたやつだ……。
そんな事を思いながら目を閉じる。キスのひとつでもくれるのを期待したけど、そんなのナミに望んだ俺が馬鹿だったんだよな。
「今は、それでいいか……」
可愛い顔も、恥じらう姿も、俺だけが堪能できた方がいいんだから。誰にも、ナミを傷付けさせたくねェんだよ、俺は。
明日には戦いが始まる。だからこそナミは、俺達の為にと心砕いてくれてるナミに、今は素直に甘やかされておこうと思う。
翌朝空腹により目覚めた俺は、陸が見えるのと同時に船を飛び出した。その後の事は少し割愛するが、ケムリンに遭遇しちまって逃げてたら皆の姿が見えて来る。
思わず名を呼び手を振れば、皆が揃って背を向けたから意地悪だなーと思いながらも、同時にそりゃそうかとも思う。でも、ナミなら戻ってくれるかなと思ってたんだけど……ああ、巻き込む危険があるからか。
俺もナミも、戦う気になれば勝てない相手じゃねェけど、体力と時間の無駄だから。そう考えたら、ナミって本当に逃げ足早いんだよな。
いつまで走っても中々追い掛けるのを辞めて貰えない俺と違って、上手く隠れるんだもんよ。そんな事を考えていたら、聞こえて来た懐かしい声。
「陽炎!」
信頼できる存在。俺の目標。
常に傍にあり、いなくなっても導いてくれるその背中。昔から変わらずに追いかけ続けてる、大好きな俺の兄ちゃん。
何年ぶりなんだろう。二年ぶり位か?
「「エース」」
「変わらねェな、ルフィ」
エースは俺の声と重なってたナミの声も聞こえてた筈なのに、迷わず俺に声を掛けてくれた。晴れやかな笑顔で。
けど、その後にナミへと視線を向けたエースは、戸惑いを見せる。どうしたのかとナミとエースを見比べていたら、ナミが……泣いてるように見えた。
俺がナミに誰何するより早くエースが言う。その言葉に、今は頷くしかない。
「とにかくコレじゃ、話も出来ねェ。後で追うからお前ら逃げろ。こいつは俺が止めといてやる」
「……ルフィ、行くわよ」
いつもより少し低い声で、震える声でそう言って告げる。明らかに〝姉〟として。
昔そうだったように、ナミは俺を守ると決めちまった様子で。でもよ、ナミ……なんでそんなに、悲しそうなんだ?
エースに会えて嬉しい俺とは正反対に、今にも泣いてしまいそうなナミ。それを耐えて、真っ直ぐに前を見て諦めないんだと強く未来を見据えるその横顔が、遠くて……。
…………遠くなる背中。なんだよその速度って言いたくなる位に早い。
そういや、ナミってあの走りにくい靴でいつもシャンクス達と同等の速度で駆け抜けてたな。靴が違ったら、どうなるんだろうか。
「……ナミさん、早い……」
「早いのは昔からだけど、いつもは俺達に合わせてくれんのにな」
ビビの言葉に思わず言えば、納得した様子でビビも頷いた。そのまま駆け抜けるけど、考えてみればビビも足早目だよな。
お姫様って、もっとこう、のんびりしてるんじゃねェのかな。そう思ったら、昔のナミとビビが少しだけ被って見えた気がした。
だけど、そんな感傷に浸る時間はなかった。メリーから音がして視線を向ければそれは恐らくナミの起こした爆発で、当然それは……戦闘中を意味する。
見慣れない頭が見えて、ナミがその髪を靡かせながら戦う。その姿は舞っているようで、美しいのに隙がない。
そんな中でナミは俺達の存在に気付くと、敵と俺達の間を塞ぐように背を向けた。……また、庇うつもりなのか、ナミは。
いつになったら、ナミは俺達を頼ってくれる?
守られたいんじゃない。共に戦いたんだ。
弱って動けない時だけ助けるんじゃなくて、常に隣に。どうして伝わらないのかと思いながら名を呼べば、それは全員の声が揃う結果になっていた。