波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
厄介な女
海賊王へと続く道……そんな途方も無い道程に、俺は付き合う事を決めた。生命を救われたからと言うのは勿論だが、確かにこいつならと感じさせるものがあったのが大きな理由だ。
男2人の旅と言うよりも漂流に近い航海の途中、幾度も繰り返し聞かされたのはナミと言う幼馴染の話だ。勿論その他にも他愛無い会話もあったが、やはり熱を持って語られるのは世話になった人や大切な人の話だった。
今被っている帽子をくれた憧れの男の話。そして、その男が手塩にかけて育てていた美少女。
優しい兄と、厳しい兄。そして彼等もまた愛してやまなかったという少女の話は、何とも不思議な気持ちにさせられる。
強くて優しくて、可愛い……か。恋とはそれ程に人を見る目を失わせるものだろうか。
そんな完璧な人間がいると言うのならば、お目にかかりたいものだが、どう考えてもあばたもえくぼだろう。そう思いながらも、聞き続けはのはやはりそんな夢物語のような存在を、俺も何処かで期待していたからかも知れない。
「絶対見つけ出して、仲間にするんだ!」
「女を……?」
「ナミは強いし、航海士なんだよ」
「航海士……か。なら、良いか」
こいつが強いと言ってるのを疑う訳じゃねェが、やはり女は女ってだけでどうしたって弱い存在であり、守るべき相手だと認識しちまう。こんな事を思ってると知られたら、空の彼方からゾロの馬鹿わからず屋!とくいなに言われそうだなと考えて、そんな己の思考に溜息が落ちる。
ただ、そろそろ腹が減って来たなと思っていたら、目の前で飛んでる鳥を捕まえようとして攫われていく〝未来の海賊王〟を見て慌てて追いかける事となる。だが飛ぶ鳥と、船をこぐ俺では速度が違い過ぎて追い付けねェ。
結果海の上で1人になった俺は、仕方ないかと溜息1つ。ルフィを何処まででも探しに行く事を決める。
俺の上にルフィが立つ事を認めたのは俺だ。はぐれたから終わりなんて、そんな事は出来ねェ。
そう思った時、元は船だっただろう物にしがみついている男を2人見付けて拾い上げる。何があったんだとそいつ等から話を聞けば、魔女のような天候を操る女に騙され、沈められたと言う。
いい女だったから、少し味見しようと考えただけなのにと言うそれに多少ではなく苛立ちながら、こいつらを目的地まで連れて行ってやる事にした。善意からでは無く、陸地を探す方が人がいる分人探しに向いてるのが理由だが。
結果的に島まで送る見返りに、人探しなら手伝ってやると言われたからと言うのは大きい。……にしてもルフィの奴、海に落ちたりしてねェだろうな。
陸に到着すると、何やら騒ぎが起きているのが分かればまさかルフィかと思って駆け出した。騒ぎの起きている所では、予想通りルフィが暴れていてやはりかと思う。
だが、その近くに立つ女が、俺は妙に気になった。短剣で戦うその姿は、舞でも舞っているかのように美しい。
攻撃を躱し、時に受けて、余裕さえ感じられる動き。近くに女がいるのに、それを庇う素振りも見せないルフィにまさか……?と思った時、女が大勢に囲まれて攻撃を受けそうになっていると気付く。
……流石にあの人数でそれはキツいだろ。何より、悪人と呼ばれる存在であれ、流石に恥を知るべきだな。
「女1人にこんなに大人数で、恥はねェのかよっ!」
ルフィの幼馴染かも知れないからなんて理由ではなく、多勢に無勢で女1人をってのが気に入らなかった。女を助けに入った俺を、ルフィが叫ぶように呼ぶ。
「ゾロ!」
その声にハイハイと脳内で返事をしつつ雑魚共を蹴散らし、恐らくはリーダーだろう男を切り刻む。だが、その余りの手応えのなさに内心で首を傾げれば、背後から女の声が聞こえた。
「ゾロ!バギーに剣は効かない!避けて!」
その直後晴れているのに雷が俺の目の前に落とされた。……さっきの奴等が言っていた、魔女のような天候を操る女ってのは、こいつか!?
そう思って視線を向けようとした時、脇腹に激痛が走った。敵の姿は見えず、なんだと思った時、見えたのは自在に宙を飛び回る手首から先。
「ゾロ!」
「五月蝿ェよ、この程度で死んでたまるか」
俺を気遣う声なんて、故郷を飛び出してから1度も聞いた事が無かった。それに加えて、流れる血液が大声を出させてはくれない。
その時ルフィが逃げろと言ったので、ルフィに従い駆け出せば、やはり女もルフィの後を追うように走っていた。そうして到着したのは、廃墟と化した住宅街だ。
適当な民家を見付けて、とりあえず休む為に入ろうとした所で声を掛けられ、俺達はその人物の案内で人が使っているらしい家に案内して貰えた。壁を背に座った俺は、血が流れるのを勿体ないなとか考えつつ、流れるそれをぼーっと体感している。
この程度ならそれ程せずに血も止まるだろ。そう思っていたら、室内の様子を確認し終えたらしい女が俺の手の届く範囲で荷物を漁り始めた。
つまりは、俺の射程範囲内だ。それも……刀を抜くまでもない程の、1番狭い範囲で考えたとしてもである。
無防備なその様子は、俺を警戒していないのがありありと伝わって来る。だが……それが俺を〝ルフィの仲間〟と認識しているが故の事か、それとも〝俺よりも強い〟という自信の現れなのかが分からねェ。
「ナミ、何するんだ?」
ルフィが問い掛けたそれに、俺は分かっていて知り合いなのかと問い掛けた。それにルフィは頷き、ナミと呼ばれた女は軽い調子で答えた。
「治療よ。さっきのナイフに毒とか仕込まれてたら困るでしょ。……彼は、ルフィの仲間なんでしょ?」
その言葉にルフィは〝相変わらず何でも出来る〟と言ったので、昔から治療も含めてなんでも出来たらしいと知る。そのままルフィがナミの出来る事を列挙しつつ紹介してくれるが、それを本当に1人でやれるなら仲間になんかならねェだろうと思う。
どうしたって1人の方が気楽だし、身軽な上に面倒もねェ。何より少し共に行動しただけで痛感したが、ルフィの行動は良くも悪くもデカい。
そんな事を考えてる間にも、ナミは俺の治療を当然のように行うから、世間話的に疑問をぶつければ即座に返される返事。本当に頭が良いんだなと思った時、ルフィが妙な事を口走った。
「私、か弱いのよ」
「俺はナミに勝った事1度もねェけど?」
「はァ!?」
いくら強いと聞いていても、流石にルフィよりも強いとは到底思えず大声を出した。なのに、ナミは気にした様子も見せない。
そんな俺にナミは、躊躇いなく治療を続けて行く。そして当然のように、俺に抱き着く事を厭わずに包帯を巻こうとする姿に、これは実力に自信があるからじゃなくて、男を知らなさすぎるのだと気付く。
ルフィも二言目には無防備なんだと言うが、確かにと思ってその手から包帯を奪い取った。続きは自分でやると言った俺に、不思議そうにするナミは少し幼く見える。
こっちが素なのだろうか。たった今会話していたそれさえ聞いていなかったらしいナミに、集中すると何も聞こえなくなると言う不便なそれを聞けば、どうやってここまで生きてきたのかと心底疑問に思う程だ。
「俺はナミを絶対仲間にするぞ!」
見付けたら仲間にすると言っていたし、言い出したら聞かないルフィの事だ。仲間にしちまうんだろうなと視線を向ければ、哀しそうな微笑みを浮かべ、諦めをその瞳に宿しているのに気付く。
……ルフィ、こいつは仲間にするのに骨が折れるぞ。そう思って視線を向けたが、ルフィは分かってると言いたげに笑うばかりだ。
その後建物が崩れ、先程の海賊と戦う事になった。その時々で見せるお人好しとしか呼べない優しさに、けれども表情は氷のように繕うその姿を見れば、面倒そうだなと強く思う。
何度も何度もルフィは飽きる事無くナミに仲間になれと誘うが、ナミは頑なに拒否を続ける。そして、明らかに作った笑顔で言った。
「手を組むって言ってくれる?お互いの、目的の為に」
……ルフィ、俺はルフィの決定にゃ従うが、これは仲間になんかならねェぞ。そう内心で呟いて、バギーとの戦いに身を投じた。
海賊を嫌いだと言いながら戦い、その宝を目の色変えて入手する姿は壮絶の1言に尽きる。けれども戦いの時には、ルフィを上手くサポートしていた。
その後もルフィを傷付けないように気を付けているのが伝わって来る。だからこそ、ある意味ルフィならば簡単に仲間にでもなんでもできるかもなと思わされちまうが、同時にならば何故頑なに仲間になる事を拒絶するのか分からねェ。
いや、分かりたくないのかもな。分かれば諦めるか厄介事に関わるしか無くなっちまう。
その上で、ルフィが宝物だと言っていたその帽子を当然のように預かり、器用に直していく。その様子は穏やかであり、戦う時や守る時は苛烈としか言えない。
その為にどうしたって、抱えているだろう厄介な案件が見え隠れしているのを感じ取る。それが嫌な予感しか産ま無いために、俺にはどうにもこの女を仲間にしたいとは思えなかった。
ルフィに苦言を呈して、それもただ口煩いのではなくルフィの為を思っているのが痛い程に伝わる。まるで〝自分が居なくてもルフィが生きられるように〟しようとしているかのようにさえ、思えて仕方ない。
もう死期が近い事を知っている親が、我が子に少しでも困らないように、今教えられる事を全て教えようとしている親のようにさえ見える。……ルフィ、お前本当にこの女を仲間に出来ると思ってんのかよ?
ルフィが性的に襲いかかってもイマイチ理解してなさそうな様子を見せるナミに、こりゃ危ないなと思う。その見た目でその無垢さはねェだろう。
強気に笑ってみせても、ルフィにも俺にもそれが強がりである事は筒抜けで、少しばかり余計なお世話かと思いながらも口を挟む。どう考えても、今のナミにルフィは倒せねェから、このままだと突然ルフィがおっ始めかねねェと感じたのも、理由としちゃ多大にある。
無理矢理女を力ずくでってのは、やるのも趣味じゃねェが、見てるのも気分は良くねェ。恐らくは本気でナミが嫌がれば、ルフィには何も出来ないだろうと言うのも分かる。
だが、どうにもナミはルフィに甘すぎて、抵抗をろくに出来ずに傷付く可能性が高いと判断した。これでルフィを想っていて抵抗できないなら良いが、明らかに保護者枠のそれと分かるのだから、手助けの1つくらいしてもバチは当たらないだろう。
ルフィの想いに欠片も気付かず、その高過ぎる能力でルフィに尽くす姿は妙にアンバランスだ。見た目と性格、能力と行動に妙な溝がある。
その癖恋愛経験は人並みにあるとか言って平然とルフィを煽り、無自覚に過ごすのだから厄介だなと心から思う。そんなやり取りを何時までも見ていても仕方ないと、寝に入った俺は悪くないだろう。
可能ならば関わりたくない。そう思う程度には、ナミが厄介な女だろうと言う事しか、この時の俺には分かっていなかった。
その後いくつかの島を巡りながら、船と仲間を手に入れる戦いをすれば、その途中で作家である事や嘘偽り無く戦闘能力が高い事を知る。それにより俺も、ナミならば女でも構わないと……寧ろ、仲間になってくれるのなら、ありがたいかもしれないと思い始めていた。
そんな矢先に再会したのは、昔俺の後をついて回っていた賞金稼ぎの二人組。ヨサクとジョニーだ。
この再会がナミにどう影響したのか、ナミは顔色を悪くしてつらそうにその瞳を揺らしていた。その後ナミの変化にルフィが気付く間もなく、ルフィはレストランの弁償をしなければならない事態に陥る。
そんなルフィの様子を見にレストランに向かった後、ナミは船を盗んで逃げて行った。俺はその時何故か……裏切られたとは思えずにいた。
夜中に1人起きては苦しそうな顔で空を見ていたのも知っていたし、あれだけ金に執着してるなら何かあるとは思ったからだろうか。それでも俺は、作り笑顔で去って行ったであろうナミを迎えになんか行きたくは無かった。
「あんな女、放っとけ!」
「俺は、ナミが航海士じゃなきゃ、嫌だ!!」
それが、ルフィの決定でさえ無ければ。こいつは言い出したら、聞かねェからな。
諦めの溜息は、ルフィに対してか、己に対してか。迎えに行きたくないのは、自分の中に起きようとしている変化を、認めたくないが故ではないのか。
「わァったよ!仕方ねェな」
そう言って仕方なくナミを迎えに向かおうとした時、俺は運命と会った。ずっと逢いたいと願って来た目標の男が、目の前に現れたのだ。
その瞬間、俺はナミの存在を、ルフィから追いかけろと言われた事を、全て忘れ去っていた。ただ、目の前にいる男に、全ての神経が集中していたのだ。