波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
その日はナミが街まで買物に行くと言っていた。だから俺もついて行くって言ったのに、ナミは俺を置いて出掛けちまって……そりゃ、この間は待ってろって言われても待てなくて、屋台で売ってた串食って、宝払いって言って……ナミが謝りながら払ってくれて、その後で怒られたばっかりだけどよ……。
だって、いい匂いだったんだ。ナミはペンとかずっと見てて、詰まんなかったんだよ……。
なんて言ったら、悲しませちまったんだよな。怒られた方が、ずっと良かった。
ハンセーはしてる。でも、だからって置いてく事ねェじゃんか、ナミのバーカ!
そう思って山の向こうへ向かったら山の中で迷った。……いや、違う、山の中をボーケンしたい気分になったんだ!!
そんな時、知らない俺と同じ位の歳の奴らについて歩くナミを見付けて追い掛けたけど、見失う。どこ、行っちまったんだろう。
暫くは1人で森の中を歩いていた。木の実とかあって、食ってみたら美味かったし……。
森の中は結構慣れてる。爺ちゃんによく森の中で1人で生き抜けとか言われたから、食い物は見付けられるんだ。
でも、だんだん不安になってきて、どうしようかと思った時フワリと蜜柑の匂いがした。それにより涙腺が緩む。
ナミ、近くに居るのか?どこだ、どこにいるんだよ!?
「ナミー!どこだー?ナミー……!」
どうして、出て来てくれないんだよ。ナミのばかー!
その時蜜柑の匂いが強くなって慌てて振り向いたら、困った顔して笑うナミがいた。迷わずにその身体に飛びつけば、よしよしと頭を撫でてくれる。
「ナミのばかァ!知らないのと歩いてくから、追いかけたのに消えちまうし!森の中で俺、1人になっちまって、怖かったんだぞ!!」
「ルフィ、ごめんね。怖かったんだね」
「ナミのばァか!ばァァかァ!!」
「……ごめんね、私が悪かったから、ほら、泣き止んで」
そう言いながら俺を撫でる手は優しくて、その眼差しは暖かい。でもな、俺はもう、ナミから離れねェぞ!!
「……探しに来てくれて、ありがとう。帰ろうか」
「でもよ、ナミは用事だったんだろ?」
付き合ってやるぞと思って見つめたら、ナミが呆れたような顔をした。なんだよ、その顔……!
そもそもナミが、俺を置いてったのが悪いんだぞ!!俺はナミとずっと1緒に居たいのに、シャンクスとどっか行っちまう事も多いんだから、居られる時は傍にいろよな!!
俺のそんな思いが通じた訳でも無い筈なのに、ナミは優しく笑って荷物を差し出して来た。それを俺はほぼ無意識で受け取る。
「大丈夫よ。でも、荷物少し持ってくれる?重たくて」
「おう!全部持ってやる!」
まだあるのかと思ったら、渡されたのだけだったらしい。……こんなに軽いのに、ナミはヒリキだな!
「ありがとう、落とさないでね」
ナミは少し心配そうに俺を見て、けれど直後に俺を抱いてその場から移動する。急に変わった視界に驚くより早く、誰かに攻撃されたんだと気付く。
「何すんだよ!」
俺がナミを守るんだ!そう思って殴りかかろうとしたら、ナミに止められた。それに思わずでもと言ったけど、荷物を任されたんだから他に手を出す事は本来許されない。
だからと思ってナミに従い耐えれば、黒髪の方が俺に言葉を向けて来た。鼻で笑うという挑発つきで。
「ルフィってのか、お前。女に守られて、悔しくないのか」
俺がそれに対抗する事も出来ずに俯けば、ナミが俺を庇うように前に出る。蜜柑の香りが、俺を包みながらいつも守ってくれるんだ。
「……ルフィはね、まだ幼いだけ。すぐに強くなるわ。それに……私が勝手に守ってるだけだから、ルフィに非は無い」
「ナミ……俺……」
俺が守らないとなのに、ナミは俺を当然のように庇って、多分不利なジョーケンというのを飲んだんだと思う。それを心配した俺にナミは優しく笑うと、大丈夫だと繰り返してくれた。
「……ルフィ、お前幸せ者だな。ナミはお前の姉ちゃんか?」
金髪の方が言ったそれに、俺は素直に答える。ナミは姉じゃねェぞ。
姉なんかじゃねェ。俺の大切な……なんだろう?
うん、大切な仲間だ!つまりナミは、俺のモノだ!!
「ナミは俺の仲間になるんだ!俺は海賊になるから!その時ナミは俺の仲間になって、コーカイシとして1緒に居てくれるから、その時は俺がナミを守るんだ!船長だからな!」
その後ナミを中心に四人で会話をして、エースが熱を出してナミが看病した。ナミの指示でそれぞれが動いて、なんとなく仲良くなって、兄弟みたいだと笑うサボに俺は嬉しくなる。
厳しいけど強くて、意地悪だけどでも頼りになるエースと、優しくて穏やかだけど、強いし怒らすと怖いサボ。そんな2人よりも強いのに、どっか脆くて危なっかしいナミがいて俺は幸せだった。
共に過ごす日々は楽しかったし、強くなっていく自覚と自信がついていた。サボもいて、エースもいて、ナミがいたから、俺はなんでも出来たしいつも支えて貰えていたんだ。
サボは森の中で寝ていて、エースは1応寝場所があると言っていて、俺はナミと寝ていた。夜はバラバラだけど、昼間は四人で勉強したり獣と戦ったりしてすごしていたんだ。
その日の出来事は、ナミがシャンクスと共に海に行っちまってたから、3人で過ごしていた日々の中で起きた事だ。山影に、シャンクス達とは違う海賊旗を掲げた船が泊められた事を聞いて、俺は見に行った。
俺はシャンクス達みたいなのだと思って、いつもみたいに近寄って行ったんだ。ナミからも、シャンクスや副船長からも、海賊に無闇に近付くなっては言われてたけどよ……俺の知ってる海賊は、シャンクス達だったから。
明るくて、楽しくて、歌って、呑んで、騒ぐ。それでいて優しくて、温かい……そんなのが海賊だと思ってたんだ。
まさか、その直前にエースとサボがそいつらから宝を盗んでいて、気が立ってたなんて知らずに。結果として簡単に捕まっちまった俺は、けどエースとサボについて聞かれても何も答えずにいた。
わかってるんだ。何があっても、言っちゃいけない事があるんだって事位。
俺は嘘をつけねェけど、何も言わない事ならできる。でも、殴られたり蹴られたりし続けて、もう、痛みも感じねェ。
息するのって、こんなに苦しい事も、あるんだなって、どこか遠くなる意識の中で思ってた。その時壁を破壊して入って来たそれは、エースとサボで、エースが戦って、サボが俺を庇ってくれるている。
「ど、して……?」
海賊だからって、俺が勝手に近付いたのに。ダメだって言われてるのに、勝手に近付いてこうなったのに、どうして助けに来てくれたんだ?
「ルフィ!打撲が酷いな。息ちゃんと吸えてるか?」
「さぼ……!」
心配してくれるサボだけど、その背後から剣を振りかざす男が見えた。慌てて出したその声に反応して避けたのに、サボが腕を斬られて鮮血が飛び散る。
俺の顔に、サボの血が降る。なのに、サボは俺を庇うのを辞めようとしない。
「ルフィ……走れる、か?」
「さぼ!さぼォ……!」
泣くしか出来ない俺を見て、サボは困ったような顔をすると俺を背に庇い目の前にいる男と戦い始めた。エースもずっと戦っていて、でも、2人も人数の関係があって追い詰められて行く。
壁の前に座ってる俺の前に立つエースとサボの呼吸が、荒くなる。ボタボタと落ちている赤い物が苦しくて……俺は思わず叫ぶように名を呼んだ。
「ナミー!!」
その時、建物の1角が突然爆発した。咄嗟に2人が俺を庇って、そんな2人の影から爆発した場所を見ると能面のように表情を無くしたナミが立っているのが見える。
ナミはまだ海にいるんじゃないのかとか、いつ帰ったんだとか、そんなの気にする余裕も無い。繰り返すようにナミと呼べば、ふらりとその身体を揺らしたと思った直後、ナミが……消えた。
「ナミ?」
バチバチバチ!と言う音が聞こえたと思ったら突然その場から吹き飛び、壁に激突して倒れる男。その場で血を吐きながら、または腕を失い叫びながら倒れる男達。
でも、ナミの姿はどこにも見えない。蜜柑の香りが、血の匂いに混ざって感じられるのに……どこにいるのかわからないんだ。
「……エース、見えるか?」
「なんとか、な。攻撃する為に足の動きを止めてる時と、髪の毛が残像みたいに少し……って感じだけど……よ」
「俺もだ……」
サボとエースがそんな会話してるけど、俺には何も見えない。何が、起きてんだ?
俺を抱き締めるサボの腕が微かに震えてる。エースの顔が強ばって、汗をかいてるのがわかって、その直後また爆発が起きた。
その時になって、唐突にナミの姿が見えた。そして、抑揚のないナミの声が響き渡る。
それ程大きな声じゃない。なのに、恐ろしく良く通るナミの声に、なんでか身体が震える。
「……貴方が、ここのボスで、間違いない?」
「な、何だ!?突然襲ってきやがって!!」
俺をボコボコにした奴が、声を上ずらせてナミから後退る。それにナミは小首を傾げると、まるで返事が聞こえてないかのように再び問い掛けた。
「私の弟達を傷付けたのは、貴方達で、間違いない?」
「弟達?」
「そこにいる、三人よ。皆、怪我してるわ」
「あ、アイツらが悪いんだ!!それに姉だって言うならお前がそのぶ……ぐぁあああああぁぁあ!!」
男の言葉は途中で途切れ、突然叫んだ姿は既に俺を殴ってたのと同1人物とは思えない。悶えている姿をよく見てみると、腕が焼けただれている。
ナミはいつもの様に、クリマタクトと呼ぶ棒をクルクルと回しながら、ただ佇んでいる。小首を傾げながら、誰が3人を傷付けたのかと問い掛けた。
質問に対して間違った返事をすると男の身体のどこかが突然千切れて吹き飛んだり、焼けただれたりするのは理解できない。けど、それをやってるのはナミなんだって事は分かるんだ。
「ナミ……」
「ルフィ、もう少し待っててね、今、片付けるわ」
呼びかけると優しく微笑むのに、その瞳が何も映してない。それにゾクリとする。
守る為なら、ナミはこうなるのかと思えば、本気で怒らせる事だけはしないようにしないといけないと思わされる。そっとエースとサボに何が起きてるのかと聞くと、声が揃った。
「「見えてないルフィが羨ましい」」
答えになってねェよ。そう言おうと思ったけど、サボがその後でゆっくりと説明してくれる。
「ナミが、あの棒から雷とか、火とか出したり、爆発起こしたりして、腕とか足とか、男の大切な所とかを吹き飛ばしたりしてるんだよ……!」
うん、俺見えなくて良かった。エースは口を手で抑えながら、でも真っ直ぐにナミを見て呟いた。
「綺麗だ、な……」
これが世に言う痘痕もエクボだろうか。それとも、生きてる人間とは思えないその空気が、美しく見せているのだろうか。
俺達を攻撃したと告げ口し合うそれに合わせてナミは動き、腕を、足を、息子を、容赦無く吹き飛ばし、体を焼いて、でも……誰も死んでいない。傷口を即座に焼いて止血する事で、ナミは全員を〝生かして〟居るのだと気付く。
動きが緩やかになってからは、俺もそれを見えてしまって……ゆっくりと歩くナミの姿が、やけに綺麗で物悲しく見える。全ての感情を削ぎ落として、人形が歩いてるような不気味ささえ感じる程。
海賊のアジトであるこの場に、まともな姿で存在する人間が俺達四人の他は消え失せて、それどころか普通に生活する事は今後出来ないだろう状態になった男達。その中心で無傷のナミが、返り血を浴びながら静かに俺達に微笑みかけた。
「エース、サボ、無事?ルフィは、怪我酷いわね。……やっぱりもう少し、お仕置き……必要かしら?」
その時、大勢の足音が聞こえて来て、視線を向けたらシャンクス達だった。だけど息を切らせた全員が状態を確認して天を仰ぐと、シャンクスが迷い無くナミに歩み寄る。
その隙にシャンクスの所の船医と、副船長が俺達を抱き上げる。そして、よく頑張ったななんて言うけど、俺はナミが心配でそれ所じゃねェ!
「ナミ!」
「ルフィ、もう、大丈夫よ。この人達、もう、ルフィ達に酷い事は出来ないからね」
「酷い事をしたのはナミだ。この馬鹿ナミ!これじゃ殺してやった方がマシだ!!帰って来い!」
シャンクスが怒ってる。なのに、ナミはそれをクスクスと笑って受け流す。
「ふふ、シャンクス可笑しい。だって、この人達……私の〝家族〟を傷付けたのよ?……悪い子には、お仕置きしないと、ね?」
その瞳はどこか虚ろで、シャンクスがあからさまな舌打ちをする。それは俺には不思議な光景で……。
「仕方ねェな。本気で行くぞ」
「……手合わせ?頑張るわ」
そう言って戦い始めたナミは、いつもとは明らかに動きが違った。シャンクスがそれにより苦しそうな顔をして、ナミを本気で蹴り飛ばしたりするのに、全て躱して行く。
そのまま今度はいつもの棒を突然光らせてシャンクスの視界を奪い、背後から電撃の纏っていない棒を背中に叩き込む。それにシャンクスは小さく呻くと、双剣を構えた。
「……怨むなよ、ナミ」
「シャンクスに、私を斬れるの?」
挑発するように笑い、シャンクスの双剣が繰り出す攻撃を全て躱して行くナミは、突然剣に電撃を触れさせた。それによりシャンクスが数歩下がると、ナミは歌うように言う。
「雷相手に、剣がまともに戦えると思うの?」
「傷付けずに、殺さずに抑え込むのは無理があるか……」
「お頭、恐らく今はストッパーが壊れてる。本気でやらなけりゃ、負けるのはお頭だぞ」
副船長の言葉にシャンクスはわかっちゃいるがと呻くように言って、その瞳を細くする。シャンクスが直後動いた時、俺にはその姿が見えなかった。
それに対応する為か、ナミの姿も見えなくなり、カランと言う音が聞こえるのと同時に、壁に土煙が上がるのが見えた。シャンクスが右腕から剣を落とし、ナミが壊れた壁の所で座り込んでいる。
シャンクスが再び剣を手にした時、俺はこれ以上はダメだと思った。どっちも、このままじゃよくねェ!
俺は副船長の手から離れて、引き止める声を無視してナミに駆け寄る。今止めないと、ナミもシャンクスも両方失う気がしたんだ。
でも、ナミを止めれば終わる。シャンクスはまだ、勝手に止まってくれると分かるから……!
「ナミー!!」
泣きながら駆け寄ればナミの動きが止まり、クリマタクトを胸に仕舞うと俺に向けて両手を広げてくれる。その胸に飛び付くとナミはその瞳にいつもの優しい色を宿した。
「ルフィ……ルフィ……」
震えてるナミを強く抱き締めて、俺は思い知る。ナミは強いけど、誰よりも弱いんだって。
守らないと、壊れちまう。支えてやらないと、消えちまう。
「ナミ、助けてくれて、ありがとう」
そう言った所で、俺の意識は暗転した。どうやら俺は、血を流し過ぎたらしい。
建物も船も原型を留めず、五体満足の状態にある人間を失ったその海賊団は、人知れず壊滅した。これについて、シャンクス達はナミは何も覚えてないから、余計な事は言うなよと俺達に念をおしてきたけど……俺としても、思い出させるつもりは無い。
強くて弱いナミを、守るんだと俺はこの日誓ったんだ。壊れそうなナミを、涙を流さずに泣くナミを、俺がちゃんと泣かせてやるんだって……そう決めて。