波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
結局俺は鷹の目に負けて、ルフィに二度と負けない事を誓った。そんな俺にルフィは笑ってくれて、俺はそれを受けてヨサク、ジョニー、ウソップと共にナミを追いかけ始める事になる。
だが……ナミを追うのは簡単じゃ無かった。俺は怪我をしていたし、航海術を持っていると言えるのはヨサクとジョニーであり、嵐を避けるなんて芸当も当然出来やしない。
飯を作ってくれる存在も居なくて、治療も適当だ。だが……あの女はルフィを捨てたんだろう。
どれ程優しげに見せかけていても、あんなに大切にしているのを伝えていた存在を見捨てられる女だって事だ。どれ程、愛されてもそれを鼻で笑ってたと、そういう事だろう。
「ナミってさ、そうだ技術も高くて、航海士としても神がかってたんだな」
ウソップの言葉に驚いて視線を向ければ、確かにそうなんだろうと今更気づく。ウソップは初めからナミが航海士だったし、俺は1人だった。
1人の時もルフィと2人の時も、どちらも航海士じゃねェから仕方ないと思っていた。その後に共に過ごした航海士はナミだけだから、航海士ってのはこういうもんなんだって、そう思っちまってたんだ。
現状起きてるような苦労を俺達はした事がなかった。船医も、コックも兼ねてた航海士であり操舵手……か。
「あァ、俺も他の航海士知らねェから、今驚いてる」
「だから!俺達はナミの姉貴って呼んでたじゃないっスか!」
「そうっスよ!兄貴達は姉貴の価値を分かってねェ!」
あの女の価値……か。そんなもん、いくら優秀でもこうして簡単に人を裏切れるなら、なんの価値もねェだろ。
「ウソップやルフィの事も兄貴って呼んでたろ」
「ルフィの兄貴強ェし、ウソップの兄貴はムードメーカーで、細かい事なんでもやってるじゃないっすか。俺達、尊敬できない相手の子分に自分から降りたりしないっスよ」
その言葉に俺とウソップが動きを止めると、2人は本当に気付いてなかったんスねと言い出した。それに首を傾げると、2人は顔を見合わせてから言う。
「ナミの姉貴は、いつ世界から狙われてもおかしくないレベルの人です。航海士としても、測量士としても、天才の1言に尽きますし……医学知識、料理スキル、そしてあの容姿。俺達は見てやせんが、戦いも可能なら……狙われますよ、姉貴」
その言葉が妙に耳に残った。それと同時に、物凄い不快感を感じさせられる。
条件の良い女海賊や女盗賊が、海賊や賞金稼ぎ、その他多くの荒くれ者共に狙われ、捕らえられ、良いように扱われるのなんざ今に始まった事でもねェ。わかっちゃいる。
そう言った現場に出くわすと、見れば不快にもなるからと不愉快な荒くれ者は斬り捨てて来たが、だからと言ってこれ迄のそう言った女達を保護してやったりした訳でもねェ。そうなるとナミを助けて保護するなんてのは、おかしい気もする。
そもそも、ナミは戦える。それも、相当強い。
守ってやる必要が、何処にあるんだ。俺も確かに仲間に欲しいと望んだが、そんなもん……今更だろ。
それでも、ルフィが望んだんだ。あの、心配性なお人好し……お人好し?
「ほら、またお腹出して寝て!せめて何か掛けなさいよ。風邪引くわよ」
船の上で転がり、ナミの事を思い出していたからなのか、脳裏に響いたのはナミのそんな言葉。その程度で風邪引いたりする程ヤワじゃねェといつも返して、それなのにタオルケットを持って来て掛けてくれた。
完全に寝てると判断すれば無言で掛けていき、そしてそれは蜜柑の香りがする事で目を開かなくてもナミだとわかったもんだ。つまり……あァ、ルフィだけじゃねェ、全員を甘やかしていたナミを思い出せば、利用しようとしてる奴が存在する事が不快になる。
……仲間になんかならないと言う割には、仲間として俺達を大切にし過ぎてる。1人で生きると決めてる癖に、ルフィを突き放せずに悲しそうに微笑むその顔が目の奥に焼き付いてるんだ。
「ルフィの命令だ。他の野郎に手を出される前に回収する。まァ……強い女だから、早々で変な事にはならねェだろ」
「……強い、か?」
その時ウソップがそう言って首を傾げた。何がおかしいのかと視線を向ければ、ウソップは顎に手をやったまま真剣な顔で考え込んでいる。
「ナミはさ、確かに戦えるけど……人を傷付けられねェ。ルフィに言われりゃなんでも受け入れちまう。仲間にはならねェって言ってても、率先して皆を守るようなお人好しだ。……でもよ、あんな壊れそうな顔で笑う女が強いってのは、おかしい気がする」
ウソップの言葉により全員が無言になっちまう。その後到着した島で聞き込みをしていたら、ナミらしき目撃情報があったがそれには妙な話もセットだった。
その為に情報を更に集めるが、雲を掴むような話で中々核心に至らない。知ってるヤツらが故意に隠してるような、そんな印象を受ける。
「君達か、蜜柑色の髪の子を探してるってのは。どんな関係なんだい?」
「え?」
頭を悩ませていた時に、近くの店の店主だと言う男に声をかけられた。どうやら今は開店前らしく、野菜等を抱えている。
その男から思い当たる子が知り合いにいるのだと言われれば、俺達は1瞬答えに窮する。その時口を開いたのは、ウソップだった。
「ナミって名前の、蜜柑の香りと同じ色の髪を持つ、お人好しの美少女を探してる。うちの船長が仲間にしたいと言っていて、俺も……あいつを守りたいと思うから、仲間になって欲しいと願ってる」
「ナミちゃんが、拒むと思うよ?」
名を返された事で、第一関門を超えたのだと気付く。その時俺はウソップを本気で仲間だと認められたような、そんな気がした。
「拒まれてる。でも、苦しそうにするんだよ。拒む度に」
「苦しそうに?ナミちゃんが……?」
そう言って少し考える素振りを見せた店主は、おいでと言って店に案内してくれた。中に入ると船の上でナミから提供された事のある料理がいくつか出されて、どうぞと言われる。
それを食えば少しだけ風味と言うかが違うが、同じ料理なのに気付く。それはウソップ達も同じようで、驚いて視線を向けていた。
「料理も作ってたのか。なら、教えてもいいかな」
「どういう意味だ」
「ナミちゃんはね、大切な人や気に入ってる相手、弱者に対しては優しいを超えて甘い。俺もそうして助けてもらった弱者だ」
その言葉には、思い当たる事が多い。確かに困ってる弱者を、あいつは見捨てられない。
強がって悪ぶって見せても、イザとなると甘いんだ。だから俺はナミに……ナミに、なんだ?
「彼女の価値は高過ぎて、でも、自覚がかないから……危なっかしい。だからこそ、彼女の能力を利用する目的ではなく、彼女の甘さを理解して、それでも守ると言ってくれる相手になら、教えてもいいかなと思ってるよ」
そう言って笑った店主は、先日この島に立ち寄った事を教えてくれた。その時、七武海2人に付きまとわれていて、周りに被害を出さない為にそれを隠していたと言う。
その後七武海2人と共に姿を消したと言われれば、まさかと思う。七武海はその名の示す通り、7人いる。
そいつらは偉大なる航路に拠点が有る訳で、東の海に居るのは本来ならばどう考えてもおかしい。そうなると、少なくともその内片方は……!
「鷹の目の男か!」
「あ、あァ……1人はそうだった。天夜叉のそれと、ナミちゃんを取り合ってたよ」
「行先は!?」
もう既に俺に余裕なんてものは欠片も無い。そんな俺に気圧されながらも、店主は言葉を続けてくれた。
「……多分、故郷に帰ったんだろう。愛する家族がいるらしいから」
「故郷……?」
「ナミちゃんから聞いてないか?あの子、母親と姉の話を始めたら止まらないよ。ナミちゃんの世界の中心は、その2人だからね」
その時、ふとした時に優しい顔で家族について話してるナミの姿を思い出した。そんなにも想う、大切な家族がいるから海に行けないと言うのだろうか。
その家族の為に、ルフィを捨てたんだろうか。……いや待てよ、なんだ、この違和感は。
「故郷の名は?場所は?」
「ハッキリとはしないけど、付き合いも長いから何となくこの辺かなってのは分かってる。でも、これが正しいなら……。……君達、強さは?」
「俺は〝海賊狩り〟のゾロだ」
こんな二つ名、これ迄ずっといらないと思っていた。だが多分、今は必要なんだろう。
そんな俺の言葉になら教えようと言われたその場所は、コノミ諸島。魚人海賊団が根城にしている為に、通常は島民の出入りが出来ない筈の海域である。
そうして俺達は食事をご馳走になり、情報も得た上でナミを求めて出発する事になった。そこでヨサクとジョニーが目的地がわかったのなら、これ迄に時間も随分かかったからルフィを迎えに行くと言い出す。
それにより少し相談した結果、ヨサクがルフィを迎えに行き、ジョニーが俺達を案内する事に決まれば店主が船を1艘ヨサクにくれると言ってくれた。返さなくて良いから、ナミを頼むと言ったその顔は兄か父を思わせるもので、俺達はそれに礼を告げて出航する。
そうして目的の島が近くなったところで、魚人の本拠地に俺が斬り込もうとしたのを縛り上げて止められ、その後魚人に見付かりそうになったウソップとジョニーが俺を残して逃げやがった。……あいつら、後でシメる。
連行された先にナミは居なかった。だが、少しして姿を見せたナミは囚われのお姫様なんかじゃなく、アーロン1味の幹部として、心を凍らせた魔女として、見た事も無い妖艶な笑みを浮かべている。
それに、1瞬見惚れた。同時に泣きたくなるような衝撃を受ける。
……お前、何似合わない顔してんだ。違和感が無さ過ぎて、この本性を隠してたんだと言われてる気がして……泣き叫びたくなる。
なのに、完璧過ぎて作り物に見えるんだから変なもんだよな。そう思っていたら、ナミがその完璧な仮面を僅かに崩し掛けた事に気付き……試してみる事にした。
海に沈む俺を、必死の形相で、心配そうに助けに飛び込んで来て……。息が続かなくて意識が朦朧と仕掛けてる俺を1度だけ抱き締めてから、海面へと向かって行く。
あァ……くそ、どうしてこんなお人好しの馬鹿を疑ったんだ、俺は。ナミは何を隠して……いや、何を1人で守ってやがる……!
海面で呼吸を整えながら、助けて貰った礼の代わりに悪態をつけば……ナミは俺を助けた事を疑われない為だろう。ナミは、冷たい表情に怒りを宿らせて烈火の如く攻撃を仕掛けてきた。
これがまた、上手く急所をついてきやがる。怒りに燃えるその姿が、物悲しくも美しい。
孤高の牝豹を思わされる。ナミの隠すそれを知りたいと、そう願わされる自分を自覚した。
それにしてもそうか、お前本当に戦えるんだな。1時的に行動不能にして、だが後遺症すら残らないようなそれをして逃げて行く。
そうやって生き伸びて来たのか。……お前、甘いよ。
「私がいたぶりながら始末するわ。牢にでも入れておいて」
冷たく言い放つその言葉が、俺を生かす為だと分からない筈もない。だがよ、ナミ。
俺の事まで守ろうとしなくていい。疑った俺が言う事は出来ねェと思うけどよ、俺はどうやら……この魔女を演じる子猫ちゃんに……落とされちまっていたらしい。
ルフィが惚れてるから、ルフィが求めてるから、だから女だけどなんて言い訳してたそれは、ルフィの惚れてる相手だからと諦める理由にもしていたのだと気付く。牢の中で転がって、その間に思い知らされちまう。
……だがな、海水から引き上げられた時、近すぎたが故に気付いちまった、その鬱血の痕。更には……覚えのある臭い……。
今はまだ、ルフィのものじゃねェ。なら、俺が手を伸ばしても許されはしないだろうか。
疑った事で俺には負い目がある。嫌がるようなら、それ以上はしないと言う形にすれば、多少触れるくらいは許して欲しい。
……ナミお前、いい女過ぎるだろ。演じなければ、他人にならなければ生きられない状況にあるのは理解出来た。
さて……ルフィとの約束だ。ナミは連れ戻すし、その時可能なら……その心、弱くて脆いその本心を……俺に守らせて欲しいと願う。
そうして俺は、その内来るだろうナミを待ちながら、目を伏せて眠りに入る。早くいつもの、優しい笑顔を見たいもんだと思いながら。