※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

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仮面の下

 カツン、カツン……と足音が聞こえる。軽いそれが、高いその音が、ヒールをはいてる女だと伝えてくれた。

 そして、潮の香りと蜜柑の香りがふわりと漂い、同時に僅かに残る不快なその香りに眉が寄る。あいつに、手を出されたのか……どう言う関係性なんだかな。

 俺達の中で1番長く海で生きて来た女は、知り合いの海賊も多い。怨みも相当買ってるだろうが、同時に大物がバックに居る事もどうやら多いらしいとは気付いてはいる。

 

 「ゾロ」

 「ナミ……」

 「起きてたのね」

 「あァ……そんで、てめェはどう」

 

 言葉の途中でナミが果物ナイフを俺に投げつけて来た。鞘に入っている上に刃物というのは刀剣を除けば大抵が柄の方が重く作られているから、怪我をする事は無いが……。

 

 「早く去りなさい」

 「ナミ!!」

 「馬鹿ね……私は、お金しか信じないわ。二度とその姿、見せないで」

 

 悪人面してみせるナミが、妙に可愛いとか言ったら殴られるだろうか。この、血統書付きの野良猫を、欲しいと願ったら……どうしたらいいだろうか。

 触れたらそれだけで壊しちまいそうだ。その位ナミの姿は儚い。

 

 「さよなら」

 

 俺にそれだけ言って背を向けたナミに、俺は心で誓う。必ず、助けると。

 抱えてるものがなんなのか知ったら、どうしたら助けられるのか分かったら、確実に助けてみせる。そう思ったのは背を向けるその瞬間、僅かにその横顔が泣いてるように見えたからだろう。

 背中で、泣いている。……その背を何も言えずに見送り、膝に鞘を挟んで口で果物ナイフを抜く。

 その果物ナイフを床に落として、身体の向きを変えるとそれをてにして縄を切り落とす。自由になったその手で足の紐も切り落とし、果物ナイフを鞘に納め腹巻に片付けようとした時、鞘の部分に紙が挟まってるのに気付く。

 開いてみれば牢から外への道順なのか、何やら書かれている。だから俺はそれを頼りに牢を出て歩く。

 牢を出て右に、階段を登って……1番上まで。右を向いて突き当たりまで、そこにあるドアを開ける……?

 外じゃねェな。なんだ、ミスか?

 だがそこに俺の刀が置かれているのを見れば、この為だったのかと気付く。……この部屋、やたら紙があるな。

 その中から1枚手にして、そっちに対しての知識が無くても分かる程に綺麗な海図に息を飲む。何枚も何枚も似て非なるそれは、俺には区別なんかつかねェが同じ人間が描いたって事くらいは分かる。

 

 「魚人ってのは、本当に能力が高いのかもな」

 

 これ迄に地図や海図を見た事はあるが、これ程見事な物は見た事が無い。枚数を考えれば、描くのが相当早いんだろうかと思わされる程だ。

 その内の1枚に地殻変動の影響で変わった地域と言うメモ紙がつけられているのを見付ければ、動きを止めたのも当然だろう。……この文字は、ナミの。

 まさか、これ、全てナミが描いたのか!?

 アーロンとしていたやり取りを思い出し、自嘲的な笑みを僅かに見せた時のそれが脳裏にチラつく。……つまり、これを描けるから、ナミはこの1味の幹部なのか。

 明らかにナミに執着を見せていたアーロンに、ナミとの関係性を聞くのが早いかと歩き出す。既にナミの姿は無く、アーロンも出かけていた様子で挑みかかって来た魚人を倒して歩いたが成果は無い。

 そんな俺を客と勘違いしたタコが、ウソップを探しにアーロンがココヤシ村に行ったと教えてくれる。道を聞いた俺に、送ってくれると言うのでそれに甘えさせてもらう事にした。

 到着したその場所で村人に話を聞けば、ウソップは突然現れて村長に近い立ち位置にいる人間を助けた後姿を消したらしい。その後逃げたと言われた方角に歩いて行くと、既にウソップがアーロンに捕まって連行されたと言う。

 ……なら、あのまま待ってりゃ良かったな。こんな事になるとは思ってなかったから、魚人を随分手酷くやって来ちまった。

 そうなると、ウソップが危険か。こうなりゃ仕方ねェ、ナミはその後だ。

 そう思ってアーロンパークを目指して、俺は走り出した。背の高い建物だから、それを目指すのはそれ程苦でもなく問題無く近付いていると実感出来る。

 その時、森に妙な振動があり地震とも違うそれに思わず刀に手をかけて辺りを警戒した時、明るい声と共に姿を見せたのは……俺が船長にと認めた男。ルフィだった。

 そう認識するのと同時に、ルフィの乗っていた船に陸で轢かれて崖まで移動させられた上で船と崖の間で俺は押し潰される事となった。瓦礫の中から表に出ると楽しかったと言って笑う阿呆面があり、軽くない苛立ちに苛まれる事となったが。

 

 「お前、こんな所で何してんだ?」

 「お前こそ何してんだよ!?」

 

 怒鳴る俺にルフィは首を傾げる。どうやらルフィの中では、この程度何もおかしい事では無いらしい。

 ……この先が思いやられる。本当に、ルフィ専用の手綱が欲しいが、そんな物あるのかは不明だ。

 

 「何ってナミを連れ戻しに来たんだよ。まだ見つかんねェのか?ウソップとジョニーは?」

 「ウソップ……!!そうだ!こんな所で油売ってる場合じゃねェっ!!」

 「ん?どうした!?」

 

 頭から流れていた血を腕で拭うと、俺はそのまま駆け出そうとする。だけど、それをルフィがどうしたと聞いてくるから足を止めた。

 ルフィは船長だ。状況把握はさせないと不味いか。

 

 「あの野郎、今アーロンに捕まってやがるんだ!早く行かねェと殺さ……「殺されました!!」」

 

 俺の声に重なるように別な声が聞こえて、言葉を無くして俺達は揃って声の主を見る。ジョニはそんな状態の中、肩で息をしながら、涙ながらに言葉を続けた。

 

 「手遅れです。……ウソップの兄貴は、もう殺されました!!……っナミの姉貴に!!」

 

 その瞬間空気が凍る。……今、なんて?

 俺がハッとした時には、既にルフィがジョニーの胸ぐらを掴み、声を張り上げていた。それを止める俺の腕を振り払い、怒りの声を響かせるルフィは誰にも止められないんじゃねェかと思わされる程。

 だが、その場に蜜柑の香りが届けばその獰猛な怒りの気配は霧散する。ルフィを抑えられるのは、ナミだけなのかも知れねェ。

 思い返してみれば、コビーを殴る時も演技だったにも関わらず、ルフィは放置すれば殴り殺しそうになっていた。つまり、実力はあるのにまだ制御の効かないガキな部分が強いって事だ。

 だと言うのに、ナミを見た瞬間それは変わった。明らかに落ち着いて、そして……飢えた獣のような気配を滲ませながら歩き出す。

 ……こいつは、危険だな。ただ1人と定めた相手に向けられるその狂暴性。

 それは、誰にでも受け止められるようなものじゃねェ。だが恐らくナミなら、受け止めて笑っていられると分かる。

 これじゃァ、ルフィが手放せる筈、ねェな。だが、そんな暴れ馬を抑えられる唯一の手綱が、今は距離を置こうとしている。

 

 「誰が、仲間だって?ルフィ」

 「ナミ……」

 

 共に帰ろうとルフィは誘う。それを拒むナミ。

 ウソップは死んだと、それも……ナミ殺されたのだと言うジョニー。俺を助けて、刀を返して、涙を涸らしたように振る舞うナミ。

 考えが纏まらねェ。苦しそうに、冷たい魔女の仮面をつけて……仮面?

 そうだ、ナミはルフィの前だとそれが仮面だとわかる程に動揺する。ナミは、ルフィに嘘をつけない?

 ルフィとの会話から、やはりここがナミの故郷だと分かる。情報が入るのに、その点が線で繋がらねェ。

 何かがおかしい。なのに、その何かが分からねェ。

 倒れるルフィを即座に支えるナミの素早さ。そして剥がれ落ちたナミの仮面は、泣く事さえ出来なくなっている小さな少女という現実をただ白日の元に晒しただけだ。

 ……少女?

 そう、だ。ナミは、俺よりも歳下なんだ。

 長く海に居て、なんでも知っていて、戦えて、賢い。穏やかに微笑みなんでも受け入れちまうから、歳上のような気がしていたが……。

 つまり、子供でいる事が許されなかっただけ。強がり、大人のフリをして生きているだけ。

 なら、あの剥がれ落ちそうになっていた仮面の下には、何が居る?

 どうして、ルフィを突き放そうとするんだ?

 俺が考え込んでる間にルフィは寝ちまうし、ぐるまゆは俺の考えを邪魔するかのように言葉を向けて来る。それに答えながら、俺は真実に辿り着くのを恐れていると気付かされ、そして、理解しちまった。

 

 「……本当にナミさんが、あの長鼻を殺したと思うか?」

 「……無いだろうな。俺の事も、助けたくらいだから、俺より弱いウソップを傷付ける筈がねェ」

 「ヘェ……信じてるんだな」

 「いや。俺は疑った。あのお人好しの馬鹿女を、俺は……疑ったんだ……」

 

 疑った事を正当化する為に、見て見ぬフリをしたんだ。ナミは、アーロンの、奴隷だと……理解できちまう。

 その事をこいつに知られたくなくて言葉を重ねれば、その中から小物と言う単語に反応して攻撃を仕掛けて来る。小物って……誰が胸の話したよ!?

 その結果、ウソップが死んだ。……犯人はぐるまゆだ。

 その後奇跡の復活を遂げたウソップから話を聞けば、それは俺の脳内で導き出した答えとズレる事がない。あれ程強くても戦えない理由ってのがあるのだとするなら、それは……人質が、いるな。

 

 「乗り込むか」

 

 そうして解放してやろう。それがまずは償いになる。

 その償いの後だろ、俺が想いを伝えるのなんざ。それ迄は、誰にも知られる訳にはいかねェ。

 

 「無駄だよ。あんた達が何をしようと、アーロンの統制は動かない。……ナミも、帰らない」

 

 そんな言葉に視線を向ければ、ナミと良く似た香りと眼差しを持つ女が現れ、ルフィが〝嫌いだ〟と泣きそうな声で言うのを聞く。ナミの過去を教えてくれるというそれを受けて、俺はルフィの背中を見送りながら樹に身体を預けてその話を夢現で聞いていた。

 俺の仮説は正しく、耐えているそれがまたナミらしいと思えちまった。お人好しの、大人のフリした、傷だらけの、か弱い少女。

 だが、芯は強くて、能力が高くて……。大切なものの為ならば修羅に堕ちる事を厭わない、気高い女。

 姉と言っていた女が去り、その後ルフィの向かった方へと足を進めた俺達は、村人達がナミを遺してかけて行くのを見送る。その場に遺されたナミが、崩れ落ちるのを見ていながら、俺も含め誰一人動く事さえ出来はしない。

 止める間もなく自らを傷付け始めたナミに、声を掛ける事さえ誰にも出来ない。全身で、泣き叫んでいるのが伝わって来る。

 村人に向けていた、泣くのを耐えて笑う儚い笑顔が脳裏に焼き付いて離れねェ。その顔は可愛かったが、そうじゃねェ!!

 そんなナミの自傷行為を止めたのはルフィ。手首を掴み止めたルフィは、無言でナミを見詰める。

 ナミが涙と血を流す中で、その髪を纏めていたリボンがヒラリと落ちる。それに合わせるようにして落ちた髪は、毛先がクルクルと巻いて、まるで助けてくれる相手を、支えてくれる相手を求めて蔦を伸ばそうとしてるかのように見えた。

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