波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
互いにどう動くのかわかっていて戦う演舞のように、ナミはアーロンと戦う。強くて、美しくて、視線を逸らす事も出来やしねェ。
その時ぐるまゆが、少し呆けたような顔で言った。それは、感嘆と呼ぶのが本来相応しいのかもしれない。
強さと美しさに魅了されたのは、俺だけではなかったらしい。この姿を知っていて、ルフィは求めていたのだろうか。
だとしたら、強敵だ。ナミのこれは、二面性があるとか、性格に裏表があるとか、そんなレベルじゃねェぞ。
それなのに、惹かれちまう。魅せられちまう……と自覚する。
その戦いに、舞うような動きに、哀しみに……心を奪われる。この女が、欲しい……!!
「あァ、それに動きも綺麗だ。本気のナミと1度、戦ってみてェと思わされるな」
「巫山戯んなよ、クソマリモ。だが、これだけ強くても……数がいて守るべき相手がいて、手を出せなかったって事か」
グルまゆはそう言うが、少しも巫山戯てねェぞ。俺は本気で、ナミと戦いたい。
痛ましそうにナミを見ているグルまゆに、俺は少しだけ助言のように言葉を口にする。1ヶ所に留まりそれを守っていた男と、自ら望んで修羅に落ちる事を望んだ俺とでは見えている物も違うと解るから。
「さっき、1緒に死んでくれと言った事で、守らなくなったんだろうよ。ナミは全力で攻撃出来るようになった。だから、アーロンもあの瞳で本気で戦っている」
どちらが正しいとか、間違ってるとか、そんな話じゃねェんだよな。ただ、俺達はそれぞれ生き方が違った。
それと、本質的な所での違いもある。同じような人生を生きても殺伐とした空気を纏う奴もいれば、余裕で笑う奴もいるように。
それをコイツもわかってるのだろう。状況を受け入れたらしく、俺にナミを任せると言い切った。
コックの後を追い掛けようとしたタコを押さえたのは、誰にも邪魔させたく無かったからだ。どの戦いも、他人が介入するのを俺は望まねェ。
動かなければ開かなかった筈の傷でその場に倒れたタコを海に落として、俺はナミのそれに参戦した。これが後にタコが見事に逃げ果せて再会する事になる要因になる等とは、俺は考えもしなかったが。
俺の怪我を案じて間に入るナミは、けれども力で押し負けそうになるから俺が攻撃を仕掛けてその力を弱めさせる。ナミは、攻撃を出来ないが、守る事と逃げる事は本当に得意な様子で、俺は攻撃しかしないからか相性が悪くない。
俺に自然と合わせてくるそれに支えられて、俺はただ目の前の敵へと意識を向け、攻撃にだけ専念できる。ナミの動きが、俺を後押しするんだ。
ウソップと戦っているのは見たが、まさか自分がこんな風に戦えるとは思っていなかった。だが、これが現実だ。
狙われるよな、これじゃァよ。戦いの時にはサポートしてくれて、海では支えてくれて、いつも穏やかに微笑みながら助言もくれる。
できない事を探す方が難しいような女が、美しさまで併せ持つのだから。疲れたと言えば癒して、腹が減ったと言えば飯を用意してくれる存在に、依存するなと言う方が無理な話だ。
だが、満身創痍の獣と天女が闇堕ちした魚に勝てる要素は無かったのか、次第に追い込まれて行く。俺の傷が開いた事でナミが当然のように俺を庇い、その小回りを封じられたナミが追い込まれるのは当然の事。
「またか。8年前もそうやって庇った事で負けて、俺に捕まったんだよな……?」
成程な、それが無ければ、8年前の段階でナミは勝てたのか。そう思えば色々と納得出来ちまう。
そして、俺を庇ったが故に海に落とされたナミだが、俺はそれを助けに行く余裕なんて無い。コックがいるから、どうにかするだろう。
結局俺はアーロンに殺されるより先に、自分の上に立つ事を認めた筈の男の手により窮地に追いやられる事となる。空中に飛び、その後落下した俺は瓦礫の中からいつかしめるとゴムを睨み付けた。
そのまま戦いの様子を見ていればそれ迄動けなかった鬱憤を晴らすように大暴れするルフィに、だが何処か安心した。邪魔者はいない今、ルフィの敵は居ないだろう。
心配そうにルフィを見ているナミは、けれどもその顔に血の気さえない。先程戦っていた姿からは想像もつかないような、弱々しい姿に胸が苦しくなる。
弱々しいその姿で語られるアーロンとの事。アーロンの思考と思想を知っていて、行動原理を理解していて、だからこそ村人を守り抜けたのだろうと理解する。
その時ルフィが言った。叫ぶように、宣言したとも言えるのかも知れない。
「俺は剣術は出来ねェ!」
ンなもん知ってる。そう思った直後に、そうじゃねェと気付く。
そうか、お前……ナミに伝えたいのか。恥も外聞もどうでもいいと、全身全霊で訴えるそれに、俺はつい笑っちまう。
流石だよ。俺が負けを認めさせられるだけの事はある。
伝われ。ルフィの想い。
伝わるな。俺の想い。
格が違う。あァ……それでも俺は、情けなくもお前が欲しい。
愛しそうに、優しくルフィを見つめるその顔を見て、ナミの為ならと〝できない事〟を言い切るルフィに勝てる要素が見つからねェ。それでももし、ナミが俺を選んでくれるなら……俺はナミを手放したりしねェんだがな。
そのままルフィとアーロンとの戦いは、激しさを増して行く。戦場が建物の中に移動して、ナミとコックが話してるのが聞こえて来る。
世界の誰よりも強くて、そして……弱い女。誰よりも優しくて、残酷な女がルフィだけを見詰めている。
そうして長く続いた戦いの音がやんだ時、顔面蒼白でナミは立ち上がる。棒に縋るようにして、フラリと。
長い、静寂。突然止んだそれはいったいどんな意味を持つのか。
未だ戦いの最中の筈だ。何で、こんなに静かなんだ。
周りも動揺の声が広がる。ナミは青ざめて震えているから、あの部屋に何かあるらしいとは分かるが……。
ゆっくりとナミが1歩前へ足を踏み出した時、壁を突き破り飛び出して来たのは1つの机。その先、それまでの静けさが嘘だったかのように、部屋からは本棚や紙が大量に飛び出し降り注ぐ。
それを見てナミはハラハラと涙を落とし始めた。その時、聞こえたナミの声。
「ルフィ……ありがとう」
ルフィはナミを過去の呪縛から解放しているのだと、わかる。そうだ、俺は大量の海図を見て来た。
つまりあれは、ナミがアーロン達に使われていた、奴隷である証。それを見て、ルフィがそのままになんぞ出来る訳もなかった。
泣き続けるナミは、幼く、けれども美しい。抱き締めて、大丈夫だと言ってやりたいのに、それをすれば壊しちまいそうな気がした。
その後建物は爆発音を残して崩れ去る。ルフィも中に残したままで。
ルフィの名を呼びながら、崩れる建物へ近付こうとするナミをコックが止めた。それでも尚、ルフィ、ルフィと呼び続けるナミに俺は何も出来ない。
どちらが勝ったのか。どちらが、生きているのか。
ざわめきが大きくなった時、瓦礫の中から出て来た人影。それはルフィで、ナミを自分の仲間だと宣言するそれは、けれども俺には……自分の女だと宣言しているようにしか聞こえなかった。
幼い泣き方をするナミが素直に頷く。ルフィの仲間だと、ナミが正式に認めた瞬間である。
喜びに沸き返る中現れた海軍をナミが殴り、ルフィが止めをさして、俺とコックが積み上げる。その結果取られた物は奪い返して、全て島民達に返される事となった。
その金の1部を使い、島どころか諸島からさえ集まった人々が喜びの宴を開くと言われれば、ルフィも大喜びだ。そんな中でナミは、ルフィにその帽子を返した。
こうしてナミは解放され、俺達の仲間となる。強がりな小娘を、それでいて優しくて穏やかな美しい女を、俺は守るのだとこの時に決意した。
男はいくら怪我しても良いが、女に怪我をさせる気はねェ。仲間だと言うのならば、その頭脳で俺達を導き、その優しさで俺達を守るというのならば、他の厄災からは俺達が護るべきだろう。
母のように優しく、姉のように煩く、妹のように可愛い、厄介な女。そんな女が宴の時姉が演奏した物で動揺し、ルフィに持ち帰られたのを見てしまえば理解するしかない。
それでも、ただの姉と弟の関係かもとの期待を拭えずに近付けば鷹の目の香りがして……。理性を失いかけた俺に強気な態度を見せるそれは、余計に俺を飢えさせただけ。
俺の傷をそれでも案じて、お人好しな様子を見せるナミに俺は動揺し心揺さぶられ続けている。世界一の大剣豪になる為には、恋愛にうつつを抜かす暇等ないと思いながらも、蜜柑の香りが鼻腔をくすぐる度に俺の心は揺れちまう。
甘い香りを放つ首筋には、所有の印を大量につけていて……その耳には、明らかなる歯型が残る。ルフィはいつも、襲いかかった時に耳を噛んでいたから、今回は最後まで楽しめたらしいと強く残されている歯型により判断出来た。
重ねた唇の甘さが、俺の心を蝕む。触れなければ、知らなければまだ耐えられたのだろうかと……そんな事を僅かに考えちまう位には、毒されている。
その後治療を終えた俺は宴に戻り、何日これは続くのかと少し思う。それでも酒が飲み放題だと言うのならば、それはそれで構わねェがな。
そう思い次の酒に手を伸ばした時、叩かれた肩。それにより振り向けばぐるまゆがいた。
「聞きたい事があるんだが」
「んだよ?」
面倒だな。それはナミに聞けよと、内容を聞く前に思う。
船の事はナミが全て1人で賄って……。不味くねェか、それ?
「……ナミさんは、今までお前らと別で寝てたんだろうな?」
ヤバすぎる答えに行き着いていた俺にぐるまゆが向けたのは、想定外の問い掛け。それにより言葉を遮れば、更にそれに言葉を重ねられる。
「は?……ルフィが離れなかったから、同じ部屋所で寝てた。それに……近くに居た方が守りや「ざけんな」んァ!?」
「巫山戯んなって言ったんだよ!!レディをケダモノ共と同じ部屋で生活させるなんざ、許されねェ!!特に、てめェら……風呂は毎日に入ってねェだろ!!」
「は?んで、ンな事わかんだよ?」
「獣臭ェんだよ!!海に居て、筋肉質で、肉を好む奴等が毎日入らない場合特有の臭いだってんだっ!!」
喧嘩になったのはある意味当然で、女かてめェと言いたくなる程に風呂を好むらしい男に苛立つ。そういや、美味そうな香りがこいつからもするな。
それと同じ位、ヤニの臭いもするから相殺されて寧ろマイナスだが。そう思った俺にぐるまゆは続ける。
「女部屋に出来そうな小部屋を見付けた!!レディはナミさん1人だ!そこをナミさんの単独部屋にするぞ!!」
「……まァ頑張「行くぞ」あァ!?」
引き摺られるように引っ掴まれて歩き出せば、先程の気付きもあるからとそれを受け入れる。その途中で見付けたルフィとウソップに宴を任せて、二人で女部屋を作る為に動き出す。
倉庫のひとつを空にした時、顔を出したナミがコックと話合いをするのを聞くともなしに耳に入れながら少し休憩していれば、待てよと思う。自分の価値をわかってねェらしいナミに、天才としか言えないそれに思わず口を挟んじまった。
天才作家宝玉。その正体は、ただのお人好しの、可愛い女だったと思い知らされる。
この時はまだ、ナミの方が俺と剣で戦った時強いなんて……想像もしていなかった。旅はまだ、始まってもいない。
海賊らしからぬ盛大な別れを抜けて、ルフィの手配書と共に飛び出した海は、ナミのおかげで平和で楽しい物となる。この時の俺達は、まだ何も知らないガキでしか無かった。
波間の向こうを目指して、俺達はメリー号で未知なる海を突き進む。信じ切っていた己の実力が、まだまだ未熟である事さえ分からないままに。