波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
ルフィと共に到着した島にはまず上陸……しすぎたと言えるだろう。島の1部をくり抜き、空を飛び、そうして文字通り船で上陸を果たしたのだから。
俺は普通の人間じゃねェし、ルフィもゴムだから大丈夫だろうが……巻き込まれたマリモ剣士と共に船に乗っていた奴等は少しばかり心配だ。だが剣士は文句を言いつつ姿を見せて、怪我はしてるがノーダメージに近い事を知る。
「おい、大丈夫かよ」
だから残りの1人に声を掛けるが、こちらも無事な様子で内心ホッとする。それにしても、よく言えば自然豊かで長閑な島だが、他に特記すべき事の無い場所だ。
「ナミの姉貴の故郷かも知れないって、聞いてます!」
そんな言葉で案内された島。あんなにも愛しそうに見守っていた相手を放り投げてまで、突然帰りたくなる故郷?
そんな疑問に意識が集中している間に、ナミさんが長鼻を殺したと騒ぎ出したサングラスの男。それに対して怒り狂うルフィと、それを止めようとする剣士。
さて……俺はどうしたものか。どちらという答えが見えない今、どちらに加勢する事もしたくはねェ。
情報が恐ろしく足りてねェ。だが……あの可愛い顔立ちの、美しい肢体を持つ、女神のように優しい少女が人を殺すなんて出来るとは思えなかった。
そんな騒ぎの中で姿を見せたナミさんは、恐ろしく冷たい表情と瞳をしていた。それに気付かない筈もないのに、ルフィは明るく笑い近づいて行く。
「ナミ!迎えに来た、1緒に帰ろう!」
恋は盲目なのか、はたまた何かあるのか。それとも、野生動物らしきこいつなら、何か感じ取ってるのかも知れねェな。
「なに、言ってるのよ。私はアンタ達の仲間なんかじゃない。手を組んでただけ。迎えに来た?迷惑だわ。今すぐアンタの言う仲間を連れて出て行って」
冷たい声、冷たい視線……。それでもルフィが笑う度に、微かに揺れるその瞳。
泣く事も出来ないで、震えそうになるそれを耐えているのだろうか。その表情が、その気配が、儚くも美しい。
氷の薔薇を思わせる空気。だがそれの背後に、何か抱えてるんだろう事は気付いちまう。
頼りないその細い肩で、優しく微笑むその瞳で、大切な存在を傷付けようと足掻く姿。つまりは、傷付けてでも遠ざけなければならない何かがある……って所だろうか。
「おう!だから、ナミも1緒だよな!」
その刹那、ナミさんの瞳が確かに泣いた。だがすぐにそれは消え失せ、今見たものが幻なのでは無いかと思わされる。
強く冷たい眼差しで、馬鹿にしきった顔と声で、ルフィと騒ぐサングラスを見てから、呆れたように言い捨てる。先程の瞳が真実なら、相当な役者だ。
「なに、言ってるのよ。帰るも何も、ここが私の居場所よ。勝手に入って来ないで、出て行きなさい」
「そっか、ここがナミの島か!小さい時からずっと、ここの事ばっかり気にしてたもんな」
そう言って笑ったルフィが、突然倒れる。それに驚く俺達の間を駆け抜け、ナミさんがその身体を即座に支えた。
その動きを、俺が、目で追えなかった。ただ、駆け抜けた時に蜜柑の匂いと潮の匂い、そして僅かな血の匂いを感じ取る。
恐ろしい程の速度で動いたのは間違いない。それが即ち強さでは無いが、これなら確かにルフィの言う強いという言葉も嘘では無いのだろう。
「本当に俺を迷惑に思ってたら、ナミはこんな事しねェだろ。俺が少しでも傷付くのを避けようとする癖に、何言ってんだ」
ルフィは恐らくナミさんの核心をついたのだろう。ナミさんの仮面が、崩れ落ちた。
その直後に発せられたのは、見事な嘘だった。そう、嘘だと……わかっちまったんだよな。
「……巫山戯ないで。私は、部外者がこの島の事に首を突っ込んで、怪我でもして言い掛かりをつけられたくないだけよ。泣き虫坊やは大人しく帰れ!」
声だけならば、その演技は完璧だ。だが、そんなに泣きそうな顔で言っても誰も納得はできないだろう。
その言葉だけならば、声だけならば見事な演技で誰もが騙されかねない。だが、その表情が……その気配が、それは演技ですらない、単なる強がりな嘘だと告げている。
ナミさんはそっとルフィを大地に寝かせて、その勢いのまま優しく撫でようとしたであろう手が途中で止まる。そして強く握りしめた拳が、彼女の決意を物語っている気がした。
……その時、不自然にしている手袋に気付く。……だとしたら、長鼻は生きてるだろうな。
優しい優しい、妖精のような君。ルフィと居る時だけ、人間になる君が遠く霞んでる気がした。
立ち上がるナミさんをつい何するつもりかと見てしまうのは、危なっかしいからだろう。泣くのを耐えて、怒りに身を任せてるフリをして、優しすぎる彼女がついた、嘘。
「勝手に死ね!」
そのまま走り去る背中に、泣かない強さではなく、泣けない弱さを見た。……優しくて、強くて、可愛い顔して、素晴らしいプロポーションで、賢くて……そんな人間が本当に存在するんですね。
そのままどうでも良さそうに寝ちまって、起きないルフィに二人の案内人は怒りと呆れを滲ませて姿を消す。残されたのは本当に寝ているルフィと、マリモ剣士と、俺。
「……本当にナミさんが、あの長鼻を殺したと思うか?」
「……無いだろうな。俺の事も、助けたくらいだから、俺より弱いウソップを傷付ける筈がねェ」
「ヘェ……信じてるんだな」
「いや。俺は疑った。あのお人好しの馬鹿女を、俺は……疑ったんだ……」
苦しそうなそれは、恐らく自身を責めているのだろう。だがまァ、あの演技力じゃ仕方ねェだろ。
……慰めてやるつもりはねェけど。疑って、ただそれだけならいいが、傷つけたんじゃねェだろうな?
「おい「どちらにせよ、ナミは小者だ」……ナミさんの胸の、何処が小物だァー!!」
そうして蹴りを入れようとした俺と、それを迎え打とうとしたマリモ剣士の間に姿を見せた長鼻が、そのまま臨終した。これは、不可抗力である。
俺とマリモが言い争ってる間に、騒ぎに気付いて起きたルフィが長鼻を揺さぶりながら状況確認をする。だが思っていたよりも、長鼻はどうやら大分打たれ強いらしい。
そうして意識を取り戻した長鼻から話を聞いてみれば、長鼻はやはりナミさんに助けられたらしいと知る。その助け方にその場にいた全員が僅かに反応したが、それ以外に助ける手段は無かっただろうからと、怒りを霧散させた。
「……そんな訳で、俺はナミの演技とその怪我により命を救われた。問題はナミだ。俺は、ナミが魚人海賊団にいる事には、訳があると見てる」
「乗り込むか」
「それが手っ取り早いだろうな」
「無駄だよ。あんた達が何をしようと、アーロンの統制は動かない。……ナミも、帰らない」
マリモの言葉に乗れば、そんな言葉が耳に飛び込んで来た。驚き振り向けば、これまた鄙びた島にそぐわない短髪の美女が姿を見せる。
「ノジコ」
「誰だ?」
「ナミの姉ちゃんだ」
「ンな!な!ナミさんのお姉様!流石お綺麗だ~!!」
「無駄ってのはどういう事だ?」
お姉様の存在に反応した長鼻に、ルフィが問いかけた事で知ったナミさんの家族の存在。……それにしても、似てねェな。
いや、瞳が似てる。優しくて強くて、それでいて何処か引いてる感じが。
……あと、胸のサイズが近いな。なんだ、巨乳の家系なのか?
風に乗ってきた香りは、ナミさんのそれとよく似た蜜柑の香り。でも、何処か違うように感じられた。
「お願いだから、これ以上この村に関わらないで。経緯は全て話すから、大人しくこの島を出な!」
「……お前が、ナミの?」
「え?」
「ナミが、自分の命よりも大切にしてる、家族だよな。ノジコ、の方か?」
ノジコの方……と、問い掛けた。つまり、その名を知っていたのだろう。
何となく、愛してるのだと嬉しそうに語るナミさんが見えた気がした。彼女は、大切な存在を隠そうとはしないから。
「あんたは……?」
「俺は、ルフィ」
その瞬間、お姉様がナミさんと同じような顔でルフィを見た。それを見てルフィは嫌そうに顔を顰める。
「なんで、ナミ1人に戦わせてんだよ」
「全て、知ってるの?」
「いや、しらねェ。俺、ナミが話したがらない事聞かねェ事にしてるから。だから、ナミの過去は聞かなくていい。聞くならナミから聞く」
言い切るルフィに慌てたのはお姉様の方だ。ルフィはそんなお姉様に対して、どこか冷たい。
「なら、なんでナミが1人で戦ってるって」
「あいつ、昔からベルメールさんとノジコしか頭になかった。そんで、俺を見捨てる事も、俺の仲間を傷つける事も出来ねェで足掻いてる。それなら、お前達の為に身を犠牲にして戦ってんだろうって事はわかる」
「それは……」
「俺、お前達嫌いだ。ナミを、壊そうとしてる」
そう言ってルフィその場をは立ち去る。それに対してお姉様は何処へと問い掛けるけど、散歩とだけ答えたルフィが姿を消せば苦しそうな表情で膝をついた。
「ナミ……!」
その姿は妙に、ナミさんと重なって見えた。自分を責めるばかりの、優しく、美しい人。
そうして語られたのは、幼い頃から神童もかくやと言う状態にあったナミさんの事。未来を予知して、天候を読み、歌を歌い、戦い方を学び、海へでて海賊として過ごし……そして、家族を守る為、自ら海賊のた1味に加わった。
村の人達を騙して、1人で生きて行く決意をして、蔑まれても、嫌われても、ただ……願う。大切な人に、生きていて欲しい、と。
既にそれは人じゃねェよ、ナミさん。あんた、女神だ。
奴隷へと堕とされても尚、凛としているその姿。失われる事のない、その優しさ。
そんな彼女が心を揺らすのは、家族の事だけ。演技さえ出来なくなる程に、ナミさんにとってルフィもまた、家族なんだと思い知らされる。
その話を受けて俺が助けようと雄叫びをあげれば、回し蹴りが飛んで来た。……お姉様、強すぎませんか?
「ナミには、まだまだ届かない……か。うん、次はもう少し瞬発力上げよう」
「な、なにを……お姉様……!」
「ソレを辞めろとあたしは言いに来たんだよ。あんた達がナミの仲間だと騒ぐと、ナミは海賊達に疑われ、この8年の戦いが無駄になる」
苦しませないで欲しい、傷付けないで欲しい。そう願うお姉様は言った。
「お金はもう、貯まったの。あの子は、十億貯めきった。だから、後は開放されるだけ……もう少しなのよ!」
だが、俺がその海賊なら、そんな端金でナミさんを手放したりしねェ。ナミさんは、何があっても閉じ込めておく。
その考えが正しかったと知るのは、その直後。騙されたと気付いたナミさんが、手先となった海兵をぶちのめして、海賊の元へと乗り込んだと知った後だ。
村人達は集まり、戦う決意をしていた。全てを、村人達は知っていて、言い出したら聞かないナミさんを泣きそうになりながら、それを止めさせようとする己と戦いながら、見守っていたのだと知る。
……こんな、悲しい戦いが他にあるだろうか。互いに傷つけ合いながら、互いを守る人達。
血反吐吐きながら、それでも笑って見せるそれは……弱さなんかじゃない。……強過ぎて、眩しすぎて、目眩がしそうだ。
村人を守る為、ナミさんは笑った。その笑顔が、悲しくなる程に、可愛くて……優しくて……。
開放されるから大丈夫だと嘘をつくそれが、痛々しい。村の子供達に囲まれて、大人達に諭されて、家族からその背を押される。
ただ〝生きろ〟と。その想いを託されて。
1人取り残されて、アーロンと叫びながら自らを傷付けるナミさんに、誰も、近付く事さえ出来ないている。髪を束ねていたリボンが、解けて……赤い水溜まりの中に、ヒラリと落ちた。