※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

27 / 101
ナミさんの強さ

 手負いの獣を思わせる張り詰めた空気が広がる。魚人達が怯えた様子で数歩、後退るのが見えた。

 その場から動かない内の半数は、膝が笑ってる。つまりは、ナミさんの戦いを知っていて……怯えているのだろう。

 だとするならば、十歳だった当時のナミさんは、どれ程の強さを誇っていたのか。そして、それから八年が過ぎた今、本来の彼女の実力はどれ程になっているのだろう。

 その戦いが始まろうとした時、ルフィがそれを止めた。それは、ただの1言。

 それだけでルフィは、ナミさんを簡単にただの少女に戻してしまう。それが、何だか切ない。

 つまりは、その普通の少女であったり、優しい姉の顔をしているそちらがナミさんの素なのだと言う事だから。それでもきっと、母が子を守る為鬼となる(・・・・・・・・・・・)のと同じ理屈で、ナミさんは戦うのだろう。

 大切な者を守る時、女は強くなるという。俺は……それを今目の当たりにしているのだろうか。

 長っ鼻がナミさんに語り掛ける。血を吐くような勢いで。

 なのにナミさんはそれを躱そうとして、ぎこち無く笑うから……だから、黙って居られなくなる。なのに、ナミさんは眩しそうに俺達を見るから、呼吸さえ難しくなっちまう。

 そんなに眩しそうな顔をしないで欲しい。俺には、ナミさんの方がずっと眩しい。

 天使とは、無垢で純粋で、それ故に残酷な正義の使者を示すものだから、きっとナミさん程に似合う存在もいないだろう。誰よりも、白が似合い……そのまま透けて消えてしまいそうな儚い人。

 そんな彼女が自分を傷付けて、そんな状態で慟哭を上げていた。自分を呪いながら……コイツに、怒りを滾らせていたのは間違い無い。

 そこまで追い詰めた魚に、俺は優しくする理由を見つけられそうもねェ。ナミさんは、自分の価値を分かってねェよ。

 

 「……ナミさん、俺は慟哭を上げて涙を落とす君を、勝手に護りたいと思う。これは俺の我儘だ、だから気にしなくていい」

 「サンジ君……」

 「君は……戦うには綺麗すぎる……。そして、優し過ぎる。残酷な程に、ね」

 

 これ程、戦いの似合わない人もいないだろう。そして、これ程悲しい強さを持つ人も、なかなかに居ないだろうと思う。

 肉体は泣いていなかったのに〝アーロン〟と叫んでいた時のナミさんが血の涙を流していた事も、その後アーロンに言われた言葉で心が血を流しているのも、よく分かる。涙を耐えて、今もまだ多くの命を1人で支えようとしている悲しい現実に、俺は妙に煙草が妙に恋しくなった。

 それなのに、ナミさんは俺に愛しげな眼差しを向けて来る。本当に、生きてさえいてくれたらいい(・・・・・・・・・・・.・・)とでも言うような想いが伝わって来るような色を宿した瞳が、煌めいていた。

 

 「サンジ君には、無傷でいて欲しいのよ。私の両親と似てるからね」

 「両親って……」

 

 その眼差しが、家族へ向けるものなのか。そんなにも、遠い相手を想うような、それでいて強く優しい眼差しで……何も見返りを求めないようなそれが、家族愛だとこの人は言うつもりなのか。

 ふわりと笑って、視線を向けた先には言葉通りに二人の人が居る。1人は車椅子の女性で、もう1人はナミさんを抱き締め村人を先導していた海兵だ。

 

 「ベルメールさんと、ゲンさんを足して若返らせたらサンジ君になると思ってる。だから、私は守りたいの。サンジ君の勝手があるように、これは、私の勝手」

 

 ルフィに向けるのとはまた違う形の家族愛。俺が、絶対に得られないと心の何処かで諦めていたそれを、惜しげも無く与えて来る天使。

 駄目だ。俺はこの人の甘さに、逆らえない……!

 

 「……っ!……ナミさん、それは卑怯だよ」

 

 惚れてると、全てが欲しいと、護りたいと、それらを自覚したばかりの自分には、この甘さは猛毒だ。この優しさは劇薬過ぎる。

 それに、俺に言わせれば、両親と言われて思い浮かぶのは、幼い頃に何でも許して受け入れてくれていた、優しい母と、命の恩人でもある〝クソジジイ〟だ。そして、その二人から向けられた暖かな、泣きたくなる程優しいそれと、ナミさんが向けて来るものは何処か近い。

 わかっちまう。両親と似てるから無事でと願うその気持ちが、痛い程に。

 

 「そんな訳だから、皆には怪我をして欲しくないの。ルフィ……分かってくれない?」

 

 俺なら簡単に言いくるめられそうなそれに、ルフィは断固対立する。ナミさんに向けて怒りを放つルフィは、ここで引く気は無いのだとこの場にいる全員へ伝えていた。

 

 「ナミ、これは……俺の喧嘩だ。ナミを泣かせた奴は何があっても許さねェって、ガキの頃から決めてんだよ」

 

 言い切るルフィに、ガキの頃に何があったんだろうかと少し思っちまう。……その直後、ルフィによりぶっ飛ばされたナミさんが器用に着地して、そのままルフィの言葉に頷いた。

 ルフィに続くように俺も雑魚を倒しながら足を進めれば、自分は負けないから大丈夫だと言うルフィに、そんな事心配してねェと心から思う。……大切な存在を守る為の戦いで、こんな雑魚相手に遅れを取るようなら、初めから着いていこうとは思わなかった。

 タコッパチが襲いかかって来たのを、自分の獲物とでも言わんばかりに奪い去るマリモと、足が抜けなくなったとほざく阿呆船長。それを助けるフリして攻撃の武器にした長っ鼻が、唇の出っ張った奴をこの場から引き離した。

 俺は残っている空手マンを相手にし始めた。だが、ルフィが阿呆にも沈められて、アーロンがいるからと助けに行くのを僅かに躊躇った時、ナミさんが動き出した。

 そしてアーロンと対峙したナミさんが会話の後戦い始めたのを見れば、ルフィを助けられるのは俺だけだと気付き海へと飛び込んだ。マリモの野郎は、アレで大怪我してるから海へ飛び込ませる事は出来ねェからな。

 だが空手マンが追いかけて来て、戦いになればそれなりに苦戦する。なんと言っても相手の土壌である水中で、こちらは蹴りの威力も下がり、呼吸さえ出来ないのだから。

 起死回生とばかりにエラに送り込んだ空気により地上戦へともつれ込めば、マリモとナミさんが共闘してるのが見えて、俺も参戦する為に急いで片付けた。けれども僅かな隙をつかれてマリモが殺されそうになっちまえば、休む間もなく間に入るしかない。

 何も考えずに乱入した為に、まだ水から上がったばかりの俺は結局マリモを完全に助ける事は出来ないままに地に転がされる。その時、血の気の失せたナミさんがマリモを助けようと進みでた。

 まさか、俺やマリモでさえこのザマなのに、本気でそんな相手と戦うつもりなのか。そう気付けば、止めるように声が出る。

 

 「辞めるんだ、ナミさん!!」

 

 俺の声をかき消すようにアーロンはナミさんに問い掛け、俺達と村人を天秤に掛けろと言い出す。何年もかけて守って来た村人を守る為だ、ナミさんが村人を選んだとして誰も責めはしない。

 なんと言っても、俺達も結局このザマだ。そう思って見捨てられる覚悟を決めた時、ナミさんは明るく笑って村人達に言った。

 

 「ごめん皆!私と1緒に……死んで!」

 

 死を目の前にして、これ程優しく、明るく笑える人を俺は他に知らない。病の中で、無理して笑っていた母とも少し違う。

 自然体で笑っているのだと分かるんだ。覚悟が……違うのだと、そう言われた気がした。

 湧き上がる歓声に、ナミさんは応えるように頷く。俺達を選ぶと、信じると言うナミさんは、きっとこの場にいる誰よりも強く美しい。

 何処まで俺を堕とせば気が済むのか。そう思うのに、それが不快じゃない。

 堕とされる。魅せられちまう。

 他の誰も、太刀打ちできやしないだろう。この人は……魅惑的過ぎる。

 その直後、戦い始めた二人はまるで打ち合わせしているかのように動き、舞っているかのように戦うナミさんに見惚れて、俺は動きが鈍くなる。互いの動きがわかっているとでも言うように戦う二人は、深く愛し合っているのだと言われたら納得出来そうな程、息が合っているように見えた。

 どちらも今は傷を負っていないけれども、それは互いにギリギリで躱しているからだ。本来ならば、1撃でも当たれば勝負が着きそうなそれは、邪魔する事もできそうにない。

 

 「ナミはさ、誰よりも強い俺だって、本気のナミ相手にしたら勝てるとは思えねェ」

 

 そう言っていたルフィを思い出して、確かにこれはと思わされた。こんなにも強いのに……これ迄奴隷として生きていたのは、何故なのか。

 これ程気高い奴隷が、どこの世界にいる。これは、この空気は……女帝の域だろう。

 

 「すげェ……。本当に、ルフィの言葉通り強かったんだな」

 

 そう、か。もしもアーロンには勝てても、他が1人でも残れば村人が殺される。

 それがわかっていたから、1人で全員を殺せない限りは従うしか無かったんだ。誰も喪わない為には、全員を確実に倒れない限り手は出せなかったと言う事か。

 

 「あァ、それに動きも綺麗だ。本気のナミと1度、戦ってみてェと思わされるな」

 「巫山戯んなよ、クソマリモ。だが、これだけ強くても……数がいて守るべき相手がいて、手を出せなかったって事か」

 「さっき、1緒に死んでくれと言った事で、守らなくなったんだろうよ。ナミは全力で攻撃出来るようになった。だから、アーロンもあの瞳で本気で戦っている」

 

 どうやら俺と同じ答えに辿り着いているらしいマリモに、それならナミさんが倒れる前に援軍呼ぶかと立ち上がる。マリモもいるなら、あのナミさんが死ぬ事は無いだろう。

 

 「……クソマリモ、ナミさんのフォロー任せた」

 

 そうして俺はルフィの足に着いている岩を砕く為、再び海へと潜って行った。ルフィの足についてる岩を砕くのは、水中である為に多少面倒だが、出来ないという程でもない。

 ルフィを助けてくれたのは、結局ナミさんの家族で……あの時ルフィが嫌いだと言ったその姉が、ルフィの為にと努力をしてくれていた。退いて貰いルフィの岩を砕いてから戦っている二人の元へ戻れば、まるで何年も共に戦って来たかのように息の合った戦いをする二人がいるのに気付く。

 それでも、大怪我をしているマリモと、貧血の酷いナミさんでは追い詰められるのも当然だ。アーロンがそれを揶揄するのと、ナミさんが限界に達するのはほぼ同時だった。

 そして、吹き飛ばされたナミさんが海へと落ちれば、それを助ける為に再度潜る事となる。即座に反応したが、それでも何故か沈んで行くナミさんに俺は焦っていた。

 どこまでも沈んで行くナミさんは、悪魔の実の能力者ではない筈だ。つまり、それだけ消耗しているという事だよな。

 慌ててその身体を捕まえて抱き寄せると、水中とは言え有り得ないほどの軽さに1瞬動きが止まっちまう程だ。それでも急いで地上に戻らなければと足を動かせば、本当に腕にの中に居るのかと不安になる程に軽い。

 海面に顔を出せば、ルフィがマリモを吹っ飛ばして戦いを交代した所で、それなのにルフィはこっちに視線も寄越さずに言う。迷いも何も無く、俺が必ず従うと分かってる様子で。

 

 「サンジ!ナミを頼む!……ナミ!任せろって言ったのに、無理させて悪かった。今度こそ、アーロンって奴ぶっ飛ばすからよ、待っててくれ!」

 

 意識のないナミさんに、当然の事として話しかけるルフィに呆れる。だが、ナミさんはそんなルフィの声に応える為、意識を取り戻して微笑みを浮かべるのだから、なんとも言えない気持ちになるのはわかって欲しい。

 とりあえず、早く手当しないとナミさんが持たねェな。そう思って俺は岸へと急いで移動を開始した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。