波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
シャンクス達からナミに俺達を助けに来た時の事はくれぐれも言わないようにと言われて、それなりの期間が過ぎた。俺達と戦う時は光らない棒が光っていたのが、どうにも不思議だ。
その後いくら手合わせしても、ナミの棒は光らない。あれは目の錯覚だったのだろうか?
飯の作り方、食べても平気な物、食べたらダメな物、文字の読み書きに、戦い方の基礎、簡単な怪我の対処方法と、人に愛される事を……ナミは教えてくれた。人を愛する事、人に愛される事、それは当たり前なんかじゃなくて……本当に大切で難しい事なんだって事を教えられた気がしている。
傍に居てくれたと思った直後にその姿を消して、また暫くすると戻るナミは、1緒にいる間は風呂も寝るのも俺と同じで……エースにそれを知られたら何故か首を締められたけど、俺なんも悪くねェよな!?
「なんでルフィはナミと風呂入って、そのまま同じベッドで寝てんだよ!?」
「俺が溺れるかもって言ったり、洗うの下手だからって……エース、苦しっ!!」
「今度からは俺が洗ってやる!皮がむけるまで!!」
「嫌だァー!!ナミー!!サボー!!」
エースが酷ェんだとサボに泣きついたら、エースを宥めた後で、溜息混じりに何か言ってる。今度ハナマチに勉強させに行くかなんて呟いたのを聞いたけど……ハナマチってなんだ?
「サボ、ハナマチってなんだ?」
「……花が、沢山あるんだ」
「そこの森にもあるぞ!!ナミを連れてったら凄ェ喜んでた。んで、ナノハナは食えるんだって言って、オヒタシ作ってくれたぞ!!」
「違ェ!!そうだけどそうじゃねェ。ナミも反応が間違ってるが……クソったれ!!」
何故か頭を抱えて叫び出したサボに、肉団子と1緒に刻んだナノハナ入れてスープも作ってくれたと言ったら、花を喜ぶ基礎が可笑しいと嘆き出したサボに、俺はどうしていいか分からなくなる。そんな俺とサボを見てエースが、今度ちゃんと教えないと不味いかもななんて頷き出した。
エースとサボは知っていて、でも俺だけ知らないそれを今度教えて貰えるらしいとわかって喜べば、何故かナミには言うなよなんて言われちまう。悪い事なのかな?
「……ナミには、教えなくていいのか?ナミは知ってる事なのか?」
「……ナミは、多分、知識はあると思うぞ。エースには抜いてもらって来いって言ってたからな。でも、流石に経験は無いだろ……多分」
「いんや!分からねェぞ。あの赤髪の船長なら、ナミを食ってても俺は不思議に思わねェ!!」
「食われてたらルフィと寝たりしねェだろ。落ち着けよ、エース」
2人はそのままよく分からない事を言い合い、俺は暇になって町へと1人で帰って行った。そのタイミングで見えた船に反応して手を振ると、ナミとシャンクスが笑って手を振ってくれる。
降りて来た2人に駆け寄り、そのままナミに飛びつけばいつもの様に抱き締めてくれる。でも、最初の頃はただ抱き締めてくれてたのに、いつの頃からかナミは俺を抱き締めてくるっとその場で回るようになっていた。
「ナミ、なんで俺を抱きしめる時回るんだ?」
「勢いが強すぎて支えきれないから、衝撃を逃がしてるのよ。躱したらルフィが転んじゃうし、危ないから受け止めたいけど……普通に受け止めたら私の後頭部が危険になるわ」
「……難しくてよくわかんねェ」
少しむくれながら言えばナミは俺を見て1人で頷く。どうやら簡単な説明を考えてくれたらしい。
こういう所、ナミはわかりやすい。まァ、自己完結して何にも詳しい説明してくれねェ時もあるけどよ。
「ルフィを抱いたまま転ばない為に、ルフィと踊る事にしたのよ」
「そっか!ナミは踊ってたのか!」
「そうそう。踊ってたの」
クスクスと笑うナミに俺も笑う。ただ、そんなナミの表情が妙に暗い事に気付けば、どうしたんだろうと思う。
そのまま酒場へと皆で向かえば、マキノがシャンクスを出迎えた。俺とか副船長とかに見せるのとは、少し違う顔をするマキノに首を傾げる俺に、ヤソップが笑う。
「ルフィにも分かるか。成程なァ……恋する少年は違うよな。パパは嬉しいぞ!」
「ヤソップはパパじゃねェだろ。所で、コイするって……何言ってんだ?コイは美味いけどよ」
「……鯉じゃねェよ!?恋だよ!ついでに言うと鯉は泥臭くて不味いだろうが!!って何だ、ルフィもか?自分の事だけ見えない駄目な男に囲まれてんなァ……。まァ、あと数年はそのままのが良いけどよ」
ヤソップは1人で納得してて、俺に説明してくれる気は無さそうだ。その時ナミはと思って見ると、カウンターの奥で何か作ってるのが見える。
にしても、コイじゃないコイってなんだ?
ナミが作ってくれたコイの料理美味かったのに。泥抜きしても普通は泥臭いけど、こうすると泥がちゃんと抜けてとか何とか説明されたけど、良く覚えてねェな。
そんな事を考えながらシャンクスと話をしてたら、腹が減って来たからマキノに宝払いでと約束して飯を頼んだ。そうしたら、シャンクスからそれは詐欺だと言われちまう。
それが悔しくて、カナヅチって呼ばれるのも憎らしくて、俺を宥めようとする副船長にブーブーと文句を言ってみた。そんな俺の頭を撫でて、ほら行けと言われるから素直にシャンクスの隣に並ぶようにして座る。
そのままマキノが出してくれた飯を食って、シャンクスがくれたジュースを飲んで、シャンクスが後2~3回の航海でいなくなるなんて言うのに落ち込む。……あれ?
そうなるとナミはどうするんだろう?
そんな事を考えてたら、ナミが皆に何かを配って歩いていて、俺は貰ったのを食い終わらせてたからついジッとそれを見つめちまう。シャンクスもピラフか何か食ってた筈なのに、ナミのそれを睨むように見てるから俺もやっていい筈だ。
「はい、二人の分ね。熱いから気を付けて」
「ありがとう、ナミ」
「どういたしまして。……ほら、ルフィも食べちゃって」
シャンクスは自然にお礼を言うとナミの髪に手を伸ばして、指に絡める。ナミはそれを気にもしてねェ。
ウネウネしてるナミの髪は、シャンクスの指に自分から絡まりに行ってるようにも見えて……何かヤダなと思う。俺のナミなのに。
「シャンクスは狡い!!」
「……何がだ?」
「いつもナミを連れててって狡い!俺の事も連れてくか、ナミを置いてけよ!」
「あのなァ、ルフィ……ナミは」
その瞬間酒場の入口が突然騒がしくなり、シャンクスはバカにされた上に酒かけられたのに、酒まみれになって笑ってる。それが気に入らないのは、本当はシャンクスが強いのを知ってるからかな。
そんなシャンクスにナミも困ったような顔で笑うだけで、何もしない。それともナミは、俺とかエース、サボの為にしか怒らねェのかな?
そんな阿呆な事を考えていた時期が俺にもありました、まる。そう言いたくなる位、後々ナミにとってシャンクスがどれだけ大きな存在なのかを知る事になるとは思いもよらず、この時は微かな優越感とシャンクスへの勝手な失望感で膨れていた。
山賊が居なくなって、ナミが掃除したりする傍らで俺の前にまたポテトを出してくれたのを摘みながら、副船長相手に頑張ってる姿を眺める。……シャンクスならともかく、副船長にはいくらナミでも勝てねェと思うぞ。
そんな事を思いながら眺めていたら、ナミがこれ迄に1度も聞いた事の無い可愛い声と、幼い顔で、潤んだ視線を副船長に向けてるのを見る。それに息を飲み、俺は何も言えなくなった。
「ベックー……。ナミね、難しい事、わかんないよ」
この時俺は思った。これやられたら俺は、ナミがどんな嘘ついてたって騙されるぞって。
元々嘘とかつかれたらわかんねェけど、ナミにこれやられたら嘘だってわかってても騙される。勝手に顔が熱くなって、心臓がドクドク言うのを感じて変なもん食ったかな?と首を傾げた。
そのままナミが副船長と姿を消して、その日は特に後は変わった事もなく時が過ぎた。……あ!
そう言えばこの日から俺は、ゴム人間になったんだよな。ナミに特に変わった事は無かったって言うと、悪魔の実の能力者になるのは変わった事でしょう!?って怒られるんだけどよ。
この日の事は思い出して話す度に、ナミがゴム人間になったと知った直後にシャンクスに言ったのと同じ言葉を言うんだ。勿論、カナヅチになったから気を付けろとか、打撃は効かないと甘く見るなとか、そんな話じゃなくてさ……。
「シャンクスを含めた赤髪海賊団って、本当に寛大よね。悪魔の実ってどんなにハズレにしか思えないものでも最低1億ベリーになるのに、その事について怒ったりしないんだから」
ナミはそう言って笑う時、いつもより幼い顔をする。ナミが〝甘えられる相手〟なんだと、その度に思い知らされるんだ。
この頃は勘違いしてたんだよ。ナミは大人で、強くて、優しくて、賢くて、なんでも出来るように見えていたから。
ナミが本当は弱くて強がりで、怖がりで泣き虫なんだって事を知るのは、もう少し先の話だ。演技力はあるけど、案外わかりやすいから俺には隠し事が出来ないんだって事を、この時も、その先もナミはわかってない様子なのが少し気に入らないけどな。
俺達三兄弟と、シャンクスと副船長を騙せると思ってるナミの阿呆さに頭を抱える未来が来るなんて、この時は知らなかった。ナミは基本的に素直な生き物で、俺達の為に必死で取り繕ってただけだったんだ。
そうして俺がゴム人間になり、シャンクスが酒をかけられたその翌日……俺は酒場に来た山賊に喧嘩を売っちまった。正確には、シャンクスやナミの悪口言われて騒いだんだけどよ。
「はっはっはっはっは!!あの時の海賊共の顔、見たかよ?」
「あァ!酒ぶっかけられても文句1つも言えねェで!!」
「……なァ、あの時ちまちま動いてたチビいたろ?アレも海賊なんだとよ」
「坊主なら見習いの雑用も「いや、髪の長いお嬢ちゃんだよ」」
その瞬間爆発するような勢いで笑い出した男達。そのまま育てて〝ベンキ〟にするのかとか、他に女が居ないとか、そんな話をしているのが聞こえる。
意味は分から無かった。でも、ナミとシャンクスを、赤髪の皆をバカにしてるのは伝わって来たから……我慢出来なかったんだ。
結局、俺はシャンクスとナミが助けに来てくれたのを見て、ホッとしちまったんだ。2人が強いのは知ってたし、ナミが俺を助けに来ないなんて考えもしなかったから……。
だから、油断してた。
そのせいでシャンクスは、左腕が自由に使えなくなった。シャンクスは殆ど動かなくなった左腕を、それでも安いもんだと言って笑う。
友達の命が助かったんだから、構わないと……そう言ってくれたんだ。俺は実際甘えていたし、どうにでもなるって思ってた。
必ず誰か……いや、ナミやシャンクスが助けてくれるって、そう思って甘えてたんだ。ナミはシャンクスの腕があると言って泣き笑いを見せて、本当は腕そのものが無くなる所だったんだと俺は後から知った。
シャンクスの左腕は、ナミが守ったんだって事を知った。俺はその時、ちゃんと強くなるって決めたんだ。
憧れてるシャンクスみたいになる為に、ナミをちゃんと泣かせてやれるようになる為に、俺は強くなって、守られる側から守る側になると……そう、決めたんだ。
シャンクスやナミが航海に連れて行ってくれない理由。海の過酷さ、己の非力さ。
何よりもシャンクスと言う男の偉大さを、俺は知った。こんな男にいつかなりたいと、そうしなければナミを守る事なんて出来やしないんだと気付かされたんだ。
それから少ししたら、シャンクスはお別れだと言った。ナミもまた、そのタイミングで居なくなると言う。
俺は引き止める事さえ出来なくて、シャンクスから大切にしてた麦藁帽子を預かる事になった。その後ナミに泣き付いて、その時ナミが消えちまいそうに思ったから、強く抱き締めて約束したんだ。
「必ず、迎えに行く!助けに、行くからな!!」
俺が強くなるまで、生きてろよとナミに無言で訴えたら、泣きそうな顔でナミは笑った。また逢えたら良いわねと、何処か諦めたみたいに言って去っていく後ろ姿に、この時の俺は何も出来なかったんだ。