波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
空から降ってきた船に動揺しつつも、空島に行きたいと言う船長さんに困った顔をして頷いた航海士さん。そして、情報を得る為に私が渡した永久指針の示す島へと船を進めた。
船が到着すると航海士さんは全員にお小遣いを配り始めて、それを微笑ましく見ていたら当然のように私にもそれは手渡された。そんな物を貰った事は無かった為にどうしたらいいのか分からなくて思わず顔を見つめてしまう。
他の誰が何を貰っても、私はサーの他に海賊から何かを貰って等居なかったから。サーは隣に立つならそれなりの姿をしていろとの意味で色々用意してくれたけれど、お金として渡されたのは初めてだった。
私を〝厄介者〟として扱っていた人達の誰も、そんな物はくれなかったし、必要な物は適当に手に入れてきた。だから、動揺する。
「ロビンは必要な物が全然足りてないもの。ちゃんと必要な物買い揃えてきてね!消耗品とか少しはあるけど、私の分しか無いから2人で使うには足りないもの」
「私の、分を?」
「当たり前でしょ。女の子には必要な消耗品がこれでもかってくらいあるんだから!使いやすいのとか、お気に入りがあるなら、それを買ってきてね。その分少し多目にしておいたから」
「ナミー!早く来いよ!置いてくぞー!」
「待ってー!すぐ行くから!」
航海士さんを呼ぶ声に即座に反応して、目の前から去って行く。その時ふわりと漂ったのは蜜柑の香りで……怖いと、思った。
どうして、私の中に入ってこようとするの?
身勝手に温もりを与えて、そして結局私を裏切り捨てるのならば、それ程残酷な事はないわ。お願い、私の事は放っておいて。
そんな事を思いながらも、航海士さんに言われるまま買い物をして情報をそのついでに集めて行く。弱い3人組が酒場でボロボロにされて、泣きながら逃げ帰ったと聞く。
それにより思い浮かぶのは笑顔で出掛けて行った3人だけど、泣きながら帰ったなんてのは、有り得ないわね。そう思いながらも、使えそうな情報を精査して行く。
手にした情報と地図を持ち船へと帰れば、船は何やら騒がしくなっていて、見れば船長さんと剣士さんが怪我をしている。でも航海士さんにはかすり傷ひとつ無いから、2人で守り抜いたのが分かろうというもの。
本当に彼女はこの船のお姫様なのね……。護られて、愛される存在。
そして、この温かい1味の中心にいる……私とは、掛け離れた存在なのだわ。それが少し羨ましい。
汚い事なんてした事も無く、つらい経験なんてした事は無いのでしょうね。きっと……愛されて育ち、船長さんに能力を認められて誘われるままに船に乗ったから、船長さん達が全力で守ってる。
それを当然として受けられるような存在に違いないのだと思えば、世界は不条理だわと思わされる。そうでなければ納得出来ない程に、航海士さんは温かく優しい。
ただ、これ迄の皆のやり取りから推察するに、恐らくは航海士さんが宝玉だろうと分かるから、本当に天に愛された存在なのねとも思う。その時何故か、私を見て泣きそうに顔を歪めた優しくて賢いこの船のお姫様に近付く。
その顎を指先で触れれば、滑らかな肌に1瞬ギョッとする程。吸い付くような肌とはこれを言うのかと思わされる程で、けれども今重要なのはそれじゃないのよ。
「ナミ、貴女もしかして〝宝玉〟なのかしら?」
あえて名を呼んで見れば、その瞬間に船医さんがそれを肯定した。そして、医学書を手ににこにこと説明してくれるから、思わず声がもれる。
「やっぱり、そうなのね……」
その時背後から船長さんが殺気の篭った声を向けてくるから、それを軽くいなしてみれば素直に引き下がる。本当にこの船の人達は調子を崩してくるわね。
「〝宝玉〟の出しているこの2冊の本について、聞きたいだけなのよ。……答えて、くれるわよね?」
部屋から能力を使い持ち出した2冊を見せればウグッと言う航海士さんに、本当に素直ねと半ば呆れる。でも、本当に会えるなんて思わなかったのよ。
宝玉はもっと年配だと思っていたの。オハラの真実を書いていたから、きっと……クローバー博士の事を、上手くしたら母の事だって知ってるかも知れないと……そう思っていたのよ。
新聞だけでは得られない筈の真実の情報、それをどうして歳若い貴女が知っているの?
「オハラその物は消しされても、知識人達はオハラの遺した本を現在までこうして伝えて来た。その知識人達がこぞって口にするオハラについて……政府がいくら隠そうとも隠しきれないものはあるのよ」
「航海士さん、貴女は……」
それを読み取れるだけの知識があるの?
それだけの知識を得られるような膨大な量の本を読み、そして、それを元に点を線に直しただけだというの?
ならば貴女は紛れも無いただの天才で、オハラの事等本当は何も知らないの?
「ニコ・オルビア、クローバー博士、彼等はオハラの考古学者を語る上で必ずその名を耳にする様な人達だった。その、オルビアさんの娘が貴女よね。ロビン」
ビクリと体が震えるのを抑えられない。航海士さんは、母を知っている。
そうだわ。私は、宝玉に逢いたかった。
宝玉ならばオハラを否定しないと、クローバー博士や母を受け入れてくれると……。私を、拒絶しないのでは無いかと……そう、思ったから……。
生きる事を、存在する事を許される事無くこれ迄足掻いてきた。けど、本当は、ずっと何処かで救いを求めていたのよ。
「オハラは、何も悪くないわ。だから当然、ロビンにも何1つ罪なんて無いと思ってる。だからね、調べて分かった事を精査して、命が狙われないギリギリまで話を変えて本にしたの。勝手な事をしないでと怒る権利は、ロビンにはある。寧ろロビンにしか無いわ。だからロビンがそれを許せな「会って、話をしてみたかったのよ。〝宝玉〟とは、どんな人なのか、はじめてこの本を見た時から、話してみたかったの」」
許せないなんて、そんな事ある筈ないじゃない。もしかしたら他にはもう存在しないかもしれない程に貴重な、私を受け入れてくれる可能性のある唯1の希望だったのだから。
逢いたかった……ずっと、そして、望んでいた以上の言葉を貴女は私にくれた。なにも悪くないと……言ってくれた。
オハラも、私も何も悪くないと……。何も知らない人が言うならばまだ分かる。
でも、すべてを知った上で、それだけの知識を持っているのならば私の存在するリスクだって分かってる筈なのに、貴女は……私に罪は無いと言い切る。それが、どれ程の救いか……。
「〝宝玉〟は、私達を、オハラを否定しない人だろうと思ってたわ。だからこそ、クローバー博士の知古なんじゃないかって……母の事を何か知ってるんじゃないかって、思ってたのよ」
「ごめんなさい。私は、知識でしか知らないけど……元、ロジャー海賊団の人達は多分、クローバー博士と知古だと思うわ。今ロジャー海賊団で生存が確認出来ているのは、船医だったクロッカスさん、元副船長のレイリーさんとその妻シャッキーさん、当時見習いだった現在の四皇赤髪のシャンクスと、道化のバギーね」
……ロジャー海賊団の船員の〝生存を確認〟できてるの?貴女は……。
多少ではない驚きを胸に秘めて、同時にその情報量と知識量に呆れる。まるで今は晴れてるわねとでも言わんばかりの気軽さで、平然と見習いだった人物が今どうしているのかまで……。
赤髪のシャンクスはわかるわ。それは有名だものね、でも……バギーなんて、私聞いた事もなかったわよ。
「シャンクスって、海賊王のクルーだったのか!?」
船長さんの言葉に赤髪のシャンクスを知ってるの!?と内心で驚きつつその顔を見た私の側で航海士さんが平然と、まるで近しい人の話をするようにそれに答えるから、1瞬混乱する。
「そうよ。バギーとシャンクスは同じ見習いだったの。聞いてないの?あんなに仲良かったのに」
なんなの、この1味は。いいえ、この2人は。
そう思った直後に今度はコックさんが口を開く。それに溜息が落ちたのは、自然な事だと思う。
「クロッカスさんって……あの、ラブーンの所にいた?」
「そうよ。シャンクスの知人だって事で、医学書譲って貰って……ルフィがラブーンを助けたお礼にって販売許可貰ったのよ。だから、私の出してる医学書は私の祖父と海賊王の船医の知識を纏めた物って訳よ。だから、私は何も凄くないの」
……もう、驚くのも疲れたわ。宝玉は海賊王の船医が持っている知識を本にしていたのね。
それならば確かにこれ迄知られていなかった奇跡の医術が書かれている筈よね。医学界が大騒ぎになっている元は、そこにあったのね。
「この医学書は綺麗に纏められてて、使い易いんだ。これが広まれば助かる命は多いと思うぞ」
「ドクターもクロッカスさんも喜ぶわね。良かったわ」
「逢えて良かったわ。これから、よろしくね宝玉さん」
褒められて嬉しいとか、恥ずかしいとかそんなんではなくて何処かホッとした様子を見せる航海士さんに、この子は変わった子ねと思わされる。真面目で、優しくて……家族も多くて、恵まれているのね……。
他愛ない言葉を繰り返しながら手にした情報を伝えれば、嬉しそうに笑ってから真剣に考え始める。その知的な表情と瞳に魅せられる。
こうして知識面で航海士さんが1人奮闘してきたのかと思えば、この自由過ぎる1味を思い溜息の1つも落ちようと言うもの。それからバタバタしながらも目的地へと移動した先でうそつきノーランドを見つければ、話はそれに移行する。
「『いつか再び〝約束の鐘〟が響いた時、2人の友人は空の彼方で酒を酌み交わし笑い合えるのだろう。その鐘を誰かが鳴らしてくれる事を、筆者は祈り続ける』って終えたのは、今も何処かで生きる子孫の人達への優しさかしら?」
「永遠に続く〝友情〟があったって良いじゃない」
照れたように言う航海士さんに、自然と笑みが浮かぶ。……不思議ね、心から関わりたくないと思っていた筈の航海士さんが、少しづつ私まで愛おしく感じ始めてるの。
温かなここに、私も共にいたいと思わされるのよ。……ねェ、サウロ……本当に貴方の言葉は世迷い事じゃなくて真実なのかしら?
期待しても、いいのかしら。貴方の言葉を、もう……疑わずに……。
それからすぐに騒動が起きて、私の思考はそこで動きを止める。体の弱いらしい航海士さんが倒れそうになるのを船医さんが休ませてと続いている中で、航海士さんは優しく微笑みながら船長さんを見詰めている事が多いと気付く。
愛しそうに、幸せそうに、時に心配そうに見詰めるそれは……恋する乙女そのもの。同時に、私が人生で1度だけしか得られなかった〝母親〟の温もりと近いものを感じる。
「そんなに船長さんの事、好き?」
「ロビン?な、何を、言って……」
「あら、耳まで真っ赤ね」
可愛い反応をする航海士さんは、きっとこれが初恋なのねと思う。そして、きっと船長さん以外の男を知らない幸せな恋人同士なのだろうと……。
……守ってあげたいわ。この、綺麗で可愛い子を、この温かな微笑みを。
耳に触れるとオロオロと視線をさ迷わせながらも、拒む事も出来ないでいる航海士さんで遊んでいたら背後から声が聞こえてきた。
「秘密の花園!」
「航海士さんとなら、構わないわよ?」
「んな、んなー!」
「確かに、食べちゃいたい位……可愛いわ」
本当に……泣かせたくないと、思わされる程に……愛しいわ。美し過ぎ自分とは掛け離れた存在であると分かっていて、それでも……いいえ、だからこそ綺麗なまま、温かいままでいて欲しいのよ。
そんなふうに自然にこの1味に溶け込ませてくれる航海士さんに感謝しつつ、私は航海士さんを見守ろうと決める。幸福の中で、微笑んでいて欲しいわ。
活字を前にすると突然人が変わったように集中してブツブツ言いながら情報を入手する航海士さんの姿に、私も気を付け無ければと思わされる。私も遺跡を見つけた時、きっとこうなってるのだろうと思えてしまったから。
宝玉の書いた本が正しいのだろうと分かる話をその子孫から直接聞いた事で、本当にこの子は恐ろしくなる程に優秀なのだと思い知らされる。この子は、世界の宝だわ。
それから船長さんの謎の力により猿や子孫さん達からの協力体制を得られた様子で、航海士さんと船長さんはそれぞれが特に会話もしていないのに空島へ行けると判断して頷いている。この2人には会話が殆ど必要ないのね……。
これ迄こんな人達を私は見た事が無いわ。そうして私はこの時に航海士さんに対して大いなる勘違いをしていたのだと言う事を、この直後に思い知らされる事となる。
痛みも苦しみも知らずに、平穏にただ、愛されて生きてきたように思えていた少女の真実の姿に、私は己の浅はかさを思い知らされるようになるのだとは、この時少しも考えては居なかったの。表面的な所だけでは、何も真実なんて分かりはしないのだと、私は自分がいかに傲慢であったかという真実を知り、自己嫌悪に陥る事となる。
長鼻君が航海士さんが海賊歴が長い事を、10年以上である事を口にしているのを聞いてそんな馬鹿なと思う。私も8歳の頃から手配書の為に海に出ては居たけれど、今の航海士さんが10年前には既にと言えば、最低でも私と同じ8歳からという事になるわ。
そんな事が、有り得るの?
そんな時航海士さんが私の傍に来て腰掛けるから少し驚いてそれを素直に伝えてみる。そんな私に笑いながら独りにしたくないなんて言う甘さ。
……依存、してしまいそうだわ。これ迄知らなかった女同士での他愛ない言葉遊びに、胸の奥がシクシクと泣き出しているのが分かる。
期待してはダメだと言い聞かせても、凍らせた筈の心が溶けて……シクシクと泣きながら航海士さんを求め始めている。そこへコックさんが私も含めて呼んでくれた。
この1味が私の居場所だとでも言うように……。ねェ、サウロ……私、期待しても良いのかしら?
優しくて温かくて……鈍い航海士さんと、それに振り回されつつも自身もまた振り回している船長さん。その2人を思うが故に動けない剣士さんとコックさん。
そんな皆を見守り、気を揉みつつも航海士さんに頼っている長鼻君。そして……体調を船医として気遣いつつも、基本的には航海士さんに甘やかされ続けている船医さん。
……航海士さんが、幸せになるのならば、誰が相手でも私は構わないわと、心から思って笑う。
その後鳥を捕まえに森に行く事になったのに、航海士さんがそれを拒み船長さんはそれを認め1人船に残す事となった。心配そうに、それぞれが残す航海士さんを気にしながらも先へと進む。
鳥を捕らえる為に入った森でバタバタしながらそれを捕え、船に戻った私達はその惨状に言葉を失う事となる。子孫の人と猿達が倒れて意識も朦朧としている中で、船は無傷で残されていて……航海士さんの姿だけがない。
嫌な、予感がするわ。
人間嫌な予感とは当たるもので、航海士さんが攫われた事を涙ながらに訴えるそれは、明らかに彼等を守る為にその身を犠牲にしたと分かるもので……。その話を聞きながら何か情報をと思って探せば、宝が奪われて居る事と、王下七武海のマークがそこに残されているのを確認してしまう。
「船長さん、宝が……金塊が奪われているわ」
その瞬間、船長さんはベラミーと呟いて歩き出す。同時に他の男達も揃って。
けれどもそれを船長さんが止める。それは、船長としてなのか、男としてなのかは分からないけれど、決めたのだとその背中が言っている。
「俺1人で良い」
「ルフィ!だけどお前!」
「ナミが!」
長鼻君の言葉に船長さんが叫ぶように言えば、全員が言葉を失ったように黙った。そして、強く拳を握り締めた船長さんが低く、言葉を口にする。
「ナミは強ェ……。何かを守る時のナミの強さは、尋常じゃねェよ。俺だって何かを守る為に戦ってるナミ相手なら、勝てるか分からねェ。そのナミが……連れて行かれたんだ。ベラミー程度じゃねェ奴がいる。そして……そんな状態なら、ナミが〝何事も無く無事〟で居る筈がねェ!」
航海士さんが、強い……?
ただ、護られてるお姫様じゃないの?
「そこへ俺達全員が行けば、ナミは平気なフリをする。だから……1人で、行かせてくれ。必ず、ひし形のオッサンの黄金とナミを取り戻して来る」
それに全員が頷く。立ち去る背中を見送り、私は混乱してその場に座り込んでしまうけれど、そんな私に長鼻君が話しかけて来る。
「どうした?なんか、驚いてるか?」
「航海士さんが強いって……彼女、ただのお姫様じゃないの?」
「ナミがお姫様!?違ェよ、アイツは……この船の中では、お袋とか姉貴とか、そんな立ち位置だ」
それから長鼻君は私を見てそうかと呟いたかと思うと、ナミの事知らねェもんなロビンはと言って話し始めてくれた。それは、予想もしなかった彼女の壮絶な過去。
ならば何故彼女はあれ程に温かいの?
何故あれ程に穏やかに包み込むの?
残された情報を精査すれば、今彼女が共にいるのは王下七武海のドフラミンゴだと分かる。そんな男を相手に彼女は……壊れてしまわないの?
……失われてしまうのかしら、あの温かな声と微笑みは。きっと、そんな過去があったとしても、普通に考えれば耐えられる筈もない。
「ルフィ……どうか、無事に連れ帰って……」
航海士さんをルフィが無事に連れ帰ってくれる事を願っていた私は、船長さんではなくルフィと呼び名を変えている事に気付かなかったし、声に出している自覚も無かった。それから間もなくして帰って来た2人を見て、泣きそうになる。
失われる事のなかった優しい微笑みを見て、猿達が無事で良かったと笑うナミを見て、お風呂に付き合う事にする。枯れた筈の涙が……零れそうになる程に、ナミに関する真実は私の胸を貫いた。
誰が思うというのか、この優しさは強さ故のものである等と。誰が想像出来るのか、この甘やかな優しさが、何が起きても失われずに周りに振り撒かれているのだと。
この馬鹿が着く程のお人好しを、私は守りたいと、この時に思わされた。それはまだ、空島に到着する以前の、これから向かうという段階での話。