波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
空島へいざ向かうとなってからも、襲われたばかりである筈のナミはいつもの様に笑っていた。それにより、この子は笑顔で武装するのかと思い、同時にその武装は戦う為でなく守る為なのだと知る。
追いかけて来る見知らぬ海賊にナミが珍しく殺気立ったと思ったら、直後に私達は船毎突き上げられる。この勢いで空島に行けるのかしらと思った時、先に海に飲まれていた海王類が上空から落下して行くのを呆然と眺める事となった。
あら……もしかして、危険?
ここで死ぬならそれはそれで仕方ないけれど、この若い命が喪われるのは惜しいわね。そう思っていたら当然のように、半数程の人数が死にたくないと騒ぎ始めた。
素直なそれについクスリと笑った時、ナミの声が辺りに響く。それは恐ろしく的確な指示で、でも何をしようと言うのか。
真剣な顔で、少しだけ血の気の引いたような顔色で……あァこの子は、海と戦っているんだわと、何故か漠然と思えた。その中で指示に従わない男達にナミは微笑んだ。
「これは海と風!ならば航海してみせる。……この船の航海士は誰!?」
よく見ればその指先は白くなり、小刻みに震えているのがわかる。死ぬ事が怖いと言うならば、それは人として正常な事だと思うけれど……。
騒がしい船内で、纏まりの無い少年達を纏めて導くその姿は、軍師のようであり同時に母親のようでもある。ナミの言葉に従えば船は空を飛び、空島へ向かい海雲へと突入して行く。
大きく息を吸い込んでと言われてそれに従ったけど、力が抜けて空気を吐き出してしまうともう、自由は効かない。そんな状態から解放されて、到着したのは雲海。
少しすると動き回れるようになった少年達にナミは呆れたような顔をするけど、やはり何処かその眼差しは優しい。全てを知っているかのように、ナミは皆を守りながら誘導して行く。
けれども襲われた時に使われたであろう薬の影響を懸念してか、ナミが船医さんと共に船内に入るのを見て、私は能力でその会話を盗み聞く。その時船医さんがなんだその表なんて呟いたから、眼も用意して様子を見ればナミが持っているそれに呼吸を忘れてしまう。
劇薬が本当に多くて、どうして今生存しているのか分からないような毒物の名前が並ぶ。トリカブト系の毒だけで100を超えるそのリストに目眩がして来た時、ナミは船医さんを優しく抱き留めてなんでもない事のように笑う。
皆を、今は船医さんを慰めて、甘やかしていて……。ねェ、貴女はどうしてそんなにも優しいの?
強くて、優しくて、だからこそ儚く脆い。暖かな温もりを私に与えるだけ与えて、貴女は1人で消えようとでもいうの?
その時ナミと視線が絡み合った。化け物だと恐れらて、気色悪いと言われていた私の能力により咲いている耳目を見て、ナミは優しく微笑んだのだ。
会話を盗み聞きしていた事も、やり取りを見ていた事も気付かない筈無いのに……。能力の事を分かっていて嫌な顔をするのでは無く優しく微笑むそれに、体が震える。
それに泣きそうになるのを堪えていたら、突然景色が変わった。それは全員か待ち望んでいた、夢のような場所。
神の国スカイピアに、私は温かく優しい彼等と共に到着した。誰もがはしゃぐ中で、剣士さんとナミは通常運行の様に見える。
船を陸に着ける指示を飛ばすナミを横目に薬の1覧を確認すれば、眩暈どころか吐気がして来た。媚薬も粗悪品やほぼ単なる毒としか言えない様な物から始まり、JOKERが販売している無駄に高性能な物まで名前がビッシリと並んでいる。
発売からまだ半月の物は流石に書かれていないけれど、3ヶ月程前に発売されたばかりの物まで名があるのを見れば、本当につい最近まで……。と見た事も無い相手に殺意を抱く。
そんな私の傍で船医さんに遊んで来てと微笑むナミは、既に女神の領域だと思うわ。貴女は、どうしていつも……他の人の為にしか動かないのかしらね。
そう考えていたら、無意識になのかナミが私の手を掴み世界に色を与えて来る。モノクロだった私の世界に、ナミが虹色を降らせて導く。
足に普段のそれとは違う水がかかる。濡れるその場所で、向日葵のような笑顔を向けて来たナミは、本当に世界の汚い事なんて知らないような雰囲気なのに……!
思わずその体を抱き締めれば、細く、小さく、頼りない。全てを分かっていて、包み込めるそれを強さと呼ばないのならば、いったい何を強さと呼ぶと言うのかと思わされる程の温もり。
「……ロビン?」
「航海士さんは、警戒心というものを何処に落としてきたの?」
「へ?」
「……薬の名前、私も確認したけど、そんな経験して何故貴方は……そんなにも綺麗なままでいられるの?」
貴女はどうして憎しみに囚われないの?どうして、その甘さを失わないの?
震えているのは、きっと私の方。だからなのかしらね、ナミは私を強く、優しく、抱き締めてくれる。それについ縋りそうになる。
求めていたのよ、ずっと。
「ロビンの方が美人だし、ロビンの方が……心根が綺麗よ。私はね、傲慢で欲張りなの!」
何言ってるの?この子まさか、言語障害とか持ってるのかしら?
そう思って思わず顔を見れば、瞳と雰囲気で本気だと伝えてくるけど……なんなの、この子。頭大丈夫?
「航海士さんが、傲慢?貴方、傲慢ってどんな言葉か知らないの?」
「……私はね、何も喪いたくないの。1度触れたら、1度手にしたら、それを絶対に喪いたくないし、ルフィが悲しむ未来なんて何もいらないの」
達観したような様子で、ナミは言う。視線を辿ればそこにはルフィがいて……。
「なのにね、私はもう何も差し出せないのよ。……少し前までは、自分の命を担保にしてなんでもやって来たのに。何だって差し出せたのに、今は……髪の毛の1本だって差し出せない」
あァ、この子は天界に住む生き物なのだわと思わされる。優しく暖かく甘い……けれども無邪気でありながら残酷な裁きを下す。
その矛盾に自らが囚われ、苦しんでいる。そして、この子を求め焦がれる者は、この子とは違った苦しみを無意識で与えられているのね。
「何かを得るには何かを代償とする。これが自然の摂理なのだと分かっていても、私はもう、何も差し出せなくて……でも、何も喪いたくないの」
苦しそうなその表情で、揺れる瞳で、ナミは何を抱えて隠しているのかしらね。私は、貴女に何か返せるかしら?
「ロビンが1緒に居てくれて、私は嬉しいのよ。やっぱり女1人だと何かと不便だし!」
「……航海士さんがそう言ってくれるだけで、救われた気持ちになるわ」
嘘でも嬉しい。そう思って言った言葉に、ナミは悪戯に笑い私の顔を覗き込んできた。
私は貴女に名を呼ばれただけで、意識の全てを持っていかれてしまう。それくらい、ナミに依存し始めてるのだと認識する。
「もう、ナミって呼んでくれないの?」
「え?」
私、心の中でしか名前呼んでない筈よね?
そう思って顔を見詰めたら、少し寂しそうにナミは笑って、それから小首を傾げた。ナミの髪がそれに合わせて揺れると、蜜柑の香りが辺りを包む。
「お風呂に着いてきてくれた時、私の事を名前で呼んでくれたじゃない」
……え、嘘でしょう!?私、呼んでたの!?
「……っ!ごめんなさい、不愉快な思いさせて」
「逆よ、ロビン。私だけ呼び捨てなんておかしいじゃない。ロビンの方が歳上なのに。だから……ね?名前を、呼んで」
無意識でその色気を垂れ流して、誘惑して来る。この子、これで男に狙われてるんじゃないかしら?
無意識だとわかる分、余計にタチが悪いわ。女をそういう目で見る趣味が無い事に感謝して欲しいと心から思いながら、溜息を落とす。
「小悪魔……。負けたわ。ナミには。……ナミ。今度からそう呼ぶわね」
「えぇ、そうして。私、今の名前気に入ってるの。……ベルメールさんが、育ての親が私にくれた最初の贈物だから」
私はナミの言葉に妙な引っ掛かりを覚える。だって今の言葉はまるで、今の名前じゃない名前を使っていたかのように受け取れるから。
それから穏やかで楽しい時間を体験して、島に到着しただけで、島を探索しただけで冒険だと喜ぶ1味に笑ってしまう。ねェ……期待して、良いのかしら、どう思う?サウロ。
それからナミ、船医さん、剣士さんと共に船ごと誘拐された私達は、剣士さんが水の中を潜って調べているのを眺めていた。私と船医さんは泳げないし、ナミはタオルやらスープやらを用意している。
当然のように私の分もスープが用意されて、それがまた異様に美味しい。体調が悪くても食べられそうなそれは、気遣いと労り、思い遣りに満ちている。
それから船医さんに船番を任せて、私と剣士さんとナミは探索に向かった。その途中で私が1人奥を見て来ると言えば、ナミは少しホッとした様子で座ったから体がつらいのだと再認識させられる。
少し調べて戻った時、明らかに行為中としか思えないナミの声が聞こえて足を止める。無理矢理、あの剣士さんが襲ってるの?それとも、合意で薬を抜こうとでもしてるの?
そっと様子を伺えば薬で抵抗出来ない様子のナミと、襲っている側なのにつらそうな剣士さんがいて、2人の様子を暫く見守る事にした。そして、明らかに告白している剣士さんのそれを華麗にスルーするナミを少し尊敬する。
ここまで鈍いとこれはもう1種の才能ね。そんな事を考えていたら、剣士さんは気付かれなくても良いと判断したらしく笑って終わらせていた。
会話の区切りが良さそうな所で顔を出せば、ナミが剣士さんを庇うからそれに乗っかっておく。ナミが守りたいのは、きっとルフィの心なのだと分かってしまうから。
その後ナミに言われるままに、先導されるままに進めば大いなる謎が1つ解けた。ナミは導く者とかって称号を名乗ったらいいんじゃないかしらと思わされる程の、それは大発見。
そうして解った情報を手に船へと戻れば船を守っていた筈の船医さんと、空の騎士と名乗る老人。更にその愛馬と船が大きな損傷を受けていて……それをナミが気遣い労る。
その後全員が集まれば、情報共有を測った後に単なるキャンプの筈だったそれが宴へとその様相を変えてしまう。ここからが宴なんて区切りのない、自然な始まり方に明るい1味だわと笑みが浮かぶ。
宴になればナミはいつも歌うのか、ナミがルフィに言われるままに歌い、演奏して、そして……夜中に1人苦しそうに外へと出て行った。体が熱を持ち、苦しんでいるのだと分かるけど……1人でどうしようというのかしら。
あの薬は時間でしか抜けないから、水を浴びても自分でシテも意味はほぼ無い。……もしかして、だから離れたのかしら?
苦しむ姿を見せたくなくて……?
本当にナミは猫のようだと思う。本当に弱った時、死期を悟った時、猫はその姿を隠す。
誰にも見られないように、静かに去り行くのだ。けれども私だけではなく、ルフィもナミのそれに気付いていたようで追いかけて行くのが分かれば、それ以上の干渉は不要と判断して私は1人眠りに入った。
蜜柑の優しい香りが傍にないからか、私の眠りは凄く浅かったけれど。あの子、傍に居ると何故か安眠効果高いのよね。
翌朝食事をしつつ探索組と脱出経路を得る為の移動組に別れて行動を起こせば、妙な戦いに巻き込まれてしまう。……ナミは、大丈夫かしら?
強いとは聞いてるけど、戦えない人が傍にいる状態で……その身を犠牲にしては居ないかしら?
「謝ってももう、許さないわ……歴史の重要性を、知りなさい!クラッチ!!」
きっとナミなら酷い事するわねと言って、共に遺跡が破壊された事を嘆いてくれると思えばこそ、少しだけ心が軽くなった気がした。神を名乗る男と遭遇して、驚くような事態に陥り……そして、1人多いから消えろと言って来るそれに苛立つ。
何を背負っているかは知らないけれど、先住民らしい男と船医さんやナミを助けてくれた空の騎士。剣士さんとナミと私……誰1人失われていい筈が無い。
岩陰で怯えたような顔で、けれども船医さんを守ろうと抱き締めている姿はただ美しいだけの民間人。……いいえ、ナミは私の天使だわ。
そうなれば答えなんて決まっているのよ。迷う要素なんて何も無い。
「「「「お前が消えろ」」」」
私は少しだけ言葉が違ったけど、結局は同じ様な言葉を口にして戦いが始まる。私をナミが庇い、剣士さんが負けて……そして薄く意識だけを保っていた私の目の前で、ナミが連れられて行く。
私達を庇う為に、ナミが自ら敵の元へ向かってしまう。嫌よ、行かないでと思うけど……声も出せない上に指の1本さえ満足に動かせない。
そこへルフィが姿を見せて、ナミを求めて神を名乗る男を追いかけて行き、その後またルフィが帰って来て、ナミを連れ戻しに行くと叫ぶ。でも待って、ルフィがここに居るならナミもきっとすぐに戻ると思って言葉を口にしたけど、止まる事を知らない少年はかけて行ってしまう。
そして案の定姿を見せたナミにルフィが蔦を登って行ったと教えれば、力強く頷き皆は先に逃げていてと笑う。……それにしても、ナミ貴女凄い姿になってるわね。
優しく笑い、力強く導き、悲しげに戦う。どんな姿の貴女も私は好きだわと思う。
誰かの為にしか動こうとしない事が少し、心配ではあるけれど。きっとそれが貴方と言う生き物なのね。
ナミが去った後、けれども誰1人船に帰ろうとはしない。だってね、私達は知って、確信しているから。
ルフィは鐘を鳴らそうとする。そして、それを知ればナミは必ず手伝うとわかるから。
この場にいる事で、少しでも役立てたらいい。いいえ、きっと役立てる事がある筈よ。
何より、今はまだ直ぐには動けそうにないのよね。そう思って微かに自嘲する。
そして、予想した通りにナミからの指示が降って来た。蔦を倒せとあるそれに、先程まで敵だった先住民迄もが協力する。
……凄いわね、ルフィは。そして、ナミは。
眩し過ぎる2人の戦いはここからでは見えないけれど、2人は勝って、鐘を鳴らして、帰ってくる。この場にいる誰もが、それを信じて疑う事は無かった。
鐘が響き、ルフィの声が響き、私は人生で初めて〝楽しい冒険〟を〝信頼できる人達〟と共に経験した。ねェ、サウロ……私、信じてみようと思うの。
少なくとも、ルフィとナミの事だけは、疑うだけ無駄なような……そんな気がするのよ。届く筈も無いのに、私は瞳を閉じてサウロにそう心の中で報告していた。
ロビンちゃんのsideストーリーは、現在ここ迄です。
リクエストも入っていないので、ここで終わる可能性もございます。悪しからずご了承ください。