※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

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麦わらの一味音楽家〝ソウルキング〟ブルック
独り


 ヨ~ホホ~、ヨ~ホホ~ホ~。ヨホホホ~、ヨ~ホホ~ホ~。

 独り、この海を彷徨い、どれ程の時が流れたのでしょう。わかっています。

 弱いから殺されたのだと。そして、弱いから奪われたのだと。

 仲間も、肉体も、影さえも無くして……。霧の中で、闇に包まれた中でしか、存在する事さえできない日々。

 生きている意味があるとも思えない。無為に過ぎていくだけの時の中で、楽器を奏でる気力さえ喪われていく。

 人数分の棺桶は、あの島から調達出来なかったので、均等になるように何人もの骨が同じ場所で眠る。多く居た筈の仲間達は、今……誰も居ない。

 新聞さえ手に入りにくいこの場所では、情報が無さ過ぎて……船長が無事に生き延びたのか、共に離脱した誰か1人でも回復して合流する為に此方へ向かっているのか、それすらもわからない。

 生きていたとして、この海に仲間達が帰って来ているとして……それでも、合流を果たすのは難しい事は明白。私の居場所も何も、彼等に伝えようもないのですから。

 生きている筈が無いとわかっていて、それでも信じたいのです。その僅かな希望に縋りたくて、その真実を知る努力をしなかったのです。

 そうすれば、少なくとも彼等は私の中で死ぬ事は無い。頭ではわかっていても、彼等は今私の中で闘病を続けてくれているのですから。

 寂しい……苦しい……切ない……。希望もなく、絶望すら超えて……では何故、私は生きているのか。

 波の音が聞こえて、在りし日を思い起こす度に、私は現実に引き戻される。託された……大切な、小さな仲間との約束を果たす為……私に死ぬ事は許されていない。

 

 「ヨ~ホホ~、ヨ~ホホ~ホ~。ヨホホホ~、ヨ~ホホ~ホ~」

 

 音楽を嫌う事もできず、けれども続ける事もできない。苦しいと言う言葉では言い表せない程の絶望。

 ……何を言うのでしょうね、私は独りでも、楽しい!45度!!

 広い船を独り占めですよ~!!ほら、ラブーン、私は元気ですから、必ず……かなら、ず……あなたに、会いに行きます、から……。

 涙も流せぬ骨の身で、心を落ち着かせる為にと紅茶を入れる。ああ、この紅茶も、これで最後ですか。

 また、漂流船を見掛けたら何かないか見に行かなくてはいけませんね。食事をしなくとも問題の無い身体であるから、これで生きていられますが、普通ならば食糧難で生きては居られなかった筈ですから、この身体は便利かも知れませんね。

 ……そう考えれば、私が生き延びて良かったのでしょう。せめて、紅茶を手に入れたいもので……ん?

 何やら人の声が聞こえて、その騒がしさが懐かしく思えてしまう。仲間達と他愛無い会話を楽しんでいた日々を、思い出すからでしょうか。

 私の姿を確認した筈の人達が、船に乗ろうとしているのに気付けば、無事に到着できるのか心配になりつい覗き込んでしまう。すると、私を見て少年達が悲鳴をあげる中、少女だけが真っ直ぐに私を見つめ……そして、微笑んだ。

 懐かしそうに、愛おしそうに微笑むそれに、私の身体は勝手にその場を離れて距離を取る。あの微笑みを見つめ続けていたら、恐らく私の心が耐えられない。

 女性にしかかできないであろう、母の慈愛を感じさせる微笑みを浮かべた少女はそれから間もなくして、少年達と共に私のいる甲板へと到着した。警戒するように辺りを見ている少年と、楽しそうに瞳を輝かせる少年と、困ったように微笑む少女。

 その空気を払拭する為に明るく楽しく自己紹介をすれば、呆れたような空気を出して気を抜く少年と、楽しそうに喜ぶ少年……そして、苦しそうに無理に笑う少女。そんな少女は船を見て、今にも泣き出しそうな顔をするから、何が見えているのだろうかと思ってしまう。

 

 「だいたいよーナミお前〝宝船〟楽しみにしてたろ」

 「宝船……ねぇ?」

 「こいつが宝の番人なのかも知れねェだろ!な、骸骨!!」

 

 少年が話しかければ、優しい顔で、けれども呆れを隠さずに笑った少女は少しだけ幼い。少年の明るさは、天性のものだろうとわかってしまう程で、なのにどうしてそんなに少女は嘆くのでしょうか。

 けれどどうか、悲しまないでください。稀に見る美少女が、悲しむ姿は心が痛みます。

 

 「麗しきお嬢さん、私、美人には目がないんです」

 

 私の言動に楽しそうにしていた少年は、私と少女のやり取りを見て小さくふぅん……と声を出した。その時、その少年がただの愚かしい子供では無いのだと本能が告げる。

 敵に回してはいけない相手だと、本能が告げた。これがあるから、私はここまで生きて来られたと思っている。

 しかし少年のそれに少女は気付いていない様子なので、そのまま平穏にいて欲しいと願い久々のギャグをかませば帰って来たのは回し蹴り。そんなやり取りが、楽しい。

 独りではない。他の生きている人がいて、私は今、会話をしている。

 その事実が嬉しくて、楽しくて、ああ……涙が枯れていなければ、きっと号泣していた事でしょう。少年とのやり取りをそのまま楽しみ出せば、突然向けられた言葉。

 

 「そんな事よりお前、俺の仲間になれ!!」

 「ええ、いいですよ」

 

 勿論喜んで!そう思い告げた言葉に、少年は笑い、もう1人の少年は叫び、少女は手を差し出した。

 まるでそれが当然の事であるかのように。私が彼等の立場ならばそんな事はできないでしょう。

 泣きながら〝ヨーキ船長辞めてくださいよ!!考え直して!この方、お骨ですよ!?〟と騒ぐ事でしょう。だと言うのに、少女は微笑むのだから脳内の混乱は絶好調です。

 

 「宜しく……骸骨さん。私はこの1味で航海士をしてるの。名前はナミよ」

 「……宜しく、お嬢さん。貴女は、私を怖がらないのですね」

 「貴方は、優しい気配を纏ってるし、ルフィが仲間に誘う相手に〝悪人〟はいないもの」

 

 信頼の篭った眼差しで、初対面の筈の私を優しく受け入れる。私は戸惑いを隠せないままに、あまりにも暖かく優しいそれに、そっと触れて……そのまま握った。

 ……温かい。その微笑みと同じように、生きている人間の体温が私に伝わる。

 溶かされてしまいそうです。優し過ぎるその空気に、微笑みに、孤独も苦しみも絶望も溶かされて、何も受け止められない骨の身を貫くように優しさと愛情で満たされ、新たに構築でもされてしまいそう。

 

 「ナミも賛成か!」

 「えぇ船長!仲間に関しては、ルフィが決めたのならそれでいいと思ってるわ」

 

 その言葉にやはり船長かと思えば、大器ですねと思う。まだ夢と希望に満ち溢れた、挫折を知らない子供達。

 私も、かつてはそうでした。だからこそ、共に行けるのであれば、きっと役立てる事もあります。

 そうして言われるがままに荷造りを開始すれば、ふと船内を見ている少女に声をかけてしまった。それは、素朴な疑問から。

 

 「私は骸骨ですよ」

 「わかってるわ」

 「嫌がるのが普通でしょう。何故、貴女は普通に接してくださるのですか」

 

 私の問い掛けに少女は小首を傾げる。その疑問自体が不思議であるかのように。

 それから僅かに考えるようにして、少しだけ苦しそうに笑った。まるで他人の傷口を見て自分の方が痛そうにする人のように。

 

 「……皆、最初は嫌がると思うわ。誰だって未知の存在は怖いもの。でもね、ルフィが決めた事だし、貴方なら大丈夫だと思うわ」

 「何故、大丈夫だと?」

 「ルフィが仲間にと望むのは、全員〝善人〟なのよ。そして、天才。皆はアイツの鼻を皆信じてるし、何より……貴方は、優しい人だと感じるから」

 

 そう言って笑いながら、楽器を丁寧に纏める姿に言葉を失い立ち尽くす。……優しいのは、貴女でしょう。

 疑う事を知らない程に純粋に育てる環境にいたのか、優しい人にだけ囲まれて、苦しい経験をせずにここまで生きてきたのか、そう問いたくなる程に甘い。それを問う事は、何故か躊躇われてしまったけど。

 そんな時に少女が動きを止めた。その視線は辿るまでもなく譜面に向いていて、少し古いだけのよくあるそれに瞳を輝かせているからそれがなんだか微笑ましい。

 くるりと私を振り向き、その唇が動くより早く私は言葉を口にしていた。そんなにも喜ばれるなら、その譜面もその方が嬉しいでしょう。

 

 「あの、この譜面、貸し「差し上げますよ。……音楽が、お好きですか?」」

 「えぇ、好きよ!この譜面はもう現存してないと言われていて、他にも廃れてしまった物が多いわ。これなんて調べても題名しか残って無くて……あ、これは題名が分からなくて歌詞だけ残ってるのよ!凄い……確かにここは〝宝船〟だわ!」

 

 躊躇いなく言い切り、譜面を大切そうに抱きしめる少女。この幽霊船としか思えないだろう壊れた船を、私の思い出しか残らないこの残滓を貴女は〝宝船〟だと言ってくれるのですね。

 

 「……お嬢さん、貴女は……容姿だけでなく、心まで美しいのですね」

 「へ?……あ、そんな事より、本当に貰っていいの?世界にこの曲達を復活させる為に、売り出したいって言っても怒らない?」

 

 この少女は、曲を売る事を悪い事だと思っているのでしょうか。私が漂流している間にこの曲が世界から失われたのならば、復活させるのは音楽家の務め。

 誰が広めてもいいのです。ただ、大半の人はそれを広める手段を持たないだけの事。

 ……彼女の演奏を、聴いてみたい。きっと、優しいものなのでしょうね。

 

 「……曲が廃れるのは、忘れ去られるのは悲しい事です。どうぞ、手段があるのならば復活させてください」

 「でも、描き写せば良いだけだもの、借りるだけでも……」

 「いいえ、差し上げます。私は全て暗譜しておりますから、必要もありません」

 

 何度も何度も、皆で練習しました。身体が、耳が、口が……心が、全ての旋律を覚えている。

 今の私には悲しいばかりの記憶を思い起こさせるそれも、彼女は優しい物に変えてしまう事でしょう。温かなその心は、きっと多くの人を救えると信じられる気がするのです。

 

 「ありがとう」

 

 嬉しそうに譜面を抱いて、大切そうにそっと撫でる。それに見惚れた時、少年の声が聞こえて少女は慌てた様子で駆け出した。

 そして少年を押し退け、即座にチェンバロの様子を見るのだから笑ってしまったのは当然と許してください。ああ、楽しいですよ、本当に。

 

 「そんなに、楽器を愛してくださってるとは!お運びしましょう。貴女の元にあった方がきっとこの楽器も喜びます。……彼は、美しい女性が大好きでしたから」

 

 チェンバロの持ち主はもう居ない。主人を愛していたであろうこの楽器も、新たな持ち主が現れればこんな所で燻るよりずっと幸せでしょう。

 ともすれば、楽器を愛し過ぎていた仲間達は、それぞれの楽器に宿っているのかも知れません。そうなれば、美しい人を見つけてはデレデレと後をつけては悲鳴をあげられていた彼は、泣いて喜ぶ事でしょう。

 そんな事を考えた時、少女の腰に何かがあるのに気付く。武器だとばかり思っていましたが、それは、まさか……。

 

 「よく見れば腰のそれ、鉄笛ですね?珍しい物をお持ちですね」

 「……これは、母がくれたの。戦う時の武器にもなるし、趣味として楽しむ事も出来るからって」

 「素敵な方ですね」

 「そうなのよ!!分かってくれる!?あのね」

 

 その瞬間、少女はそれ迄の穏やかで優しい雰囲気を1変させた。幼い少女のように、盲信する神を崇めるシスターのように、家族の事を語り始める。

 楽しそうに、幸せそうに、その存在そのものが奇跡だとでも言うかのように。そんなに好きなのですね、愛しているのですねと、確認するまでもない程に強い愛情。

 どれ程仲が良かったのか、どれ程幸せだったのか、その言葉や表情から伝わる。不幸や苦労等、何も知らずに育ったのだろうと思えば微笑ましい。

 その後私は本当に船へと迎えられ、仲間達にお目通りが叶う。歳若い彼等は、希望に満ちていて……悲鳴を上げたり、怯えたりするその様が何とも懐かしい。

 スカルジョークで場を盛り上げようとして蹴られたりはしましたが、それでも私は幸福なのです。仲の良い女性達はどうやら二人とも船長の少年に甘いらしいと知れば、本気でこの船に居たいと願うと同時に……巻き込む事が少しずつ怖くなる。

 当然のように混沌とした中で、甘い言葉に誘われる形で案内されたのは食堂。こじんまりとしたその場所は、全員が揃って食事をするには少しだけ席が足りないようにも見える。

 そんな事を考えていると、突然船長君が動いた。そして少女を抱き上げるとソファへと運び、休むように話している姿を見て……。

 

 「あのお二人は、お付き合いなさっておいでなのですね」

 「普段は、ナミがルフィを守って甘やかしてるのよ。強がりな子だから、気を付けてあげないといけないの」

 「やっと、ルフィには甘えるようになったよな」

 

 少女ではないもう1人の女性が私の言葉に答え、それに続くように長い鼻の少年が言う。他の人達も彼女を気遣っているのがわかり、本当に〝お姫様〟なのだろうとわかる。

 そんな中、私も含めて全員での食事となれば泣きたくなったのは当然の事です。けれどもう、私の涙は枯れ果てている。

 仲間達を亡くしたあの日から、初めての〝独りではない食事〟をしているのです。賑やかで、騒がしい、温かな空間……優しい時間。

 そこで漸く互いに自己紹介をして、余計に騒がしくなれば……私の影については諦めても良いと思えたのです。巻き込みたくはないと、そう思ってしまったのです。

 ラブーン……貴方に再び会う為に、彼等の船で夜の見張りを担当しながら向かう臆病な私を……もしも、待っているなら、見限っていないのならば、許してください。私には、仲間達の想いを届ける義務があるのです。

 優しい人達に私は告げる。肉体を失った、その理由を。

 その為に私は明るく話す心積りをしていた。けれども人生は本当に分からないものですね、予定通りには何も事が運ばないと、この時の私はわかってなど居なかったのです。

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