※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

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希望と感謝

 けれども私はわかっていないのと同時に、理解し尽くしても居たのです。私の都合に、この少年少女を巻き込んではならない事を。

 だからこそ告げる。心からの感謝を。

 全身全霊で、嘘偽りの無い言葉を。魂からの言霊を。

 

 「貴方が私を仲間に誘ってくれましたね!!本当に嬉しかったのです。どうもありがとう」

 

 私の言葉に船長である少年が笑う。その太陽のような笑顔に、縋りたくなる自分が浅ましい。

 春風のような微笑みを浮かべて、けれども心配そうに瞳を揺らす少女を見れば、漸く気付かされる。そう、大人びて見えていただけで、彼女は随分とお若い……いや、幼かったらしい……と。

 

 「貴方は私を迷わず受け入れてくれました。〝音楽〟を愛していると、言ってくれました。音楽家では無く、航海士だと言うのに……!それが、どれ程嬉しかったか……!」

 「俺も歌好きだぞ!!海賊は歌うんだ!!この船に乗ってる奴は、皆歌が大好きだ!」

 

 ありがとう……。この人達は、私の喜び。

 生きていて良かったと、そう思わせてくれた。諦めなければ、いつか救いはあるのだと教えてくれる温かな人達。

 この子達のそれは、傷ついた事が無いが故の美しさなのかも知れない。けれども、その尊さに違いは無いのです。

 だからこそ……駄目なのです。巻き込む訳にはいきません。

 

 「だけど、本当は断らなければ!!」

 「おい!!何でだよ!!」

 

 怒る少年に言葉を尽くして説明してみれば〝水臭い〟と言い切る強さ。そして当然のように協力してくれようとする優しさ。

 優しさとは、強さなのですよ。どれ程人に虐げられようとも、困っている人を見捨てられないのは、その人の心の強さです。

 誇ってください。その優しさと強さは、得がたいものなのですから。

 音楽家である事を告げれば、戦闘力の補充にはならないからと忌避されるかと思えば、そんな事はない。寧ろ強く誘われて……こんなにも、嬉しくも悲しい事が起こるとは……考えてもみませんでした。

 心を落ち着かせる為に、簡単に奏でて見せた曲に聴き入ってくれる。私の演奏を、聴いてくれる人がいて、その人達が喜んでくれる事が……どれ程嬉しい事か。

 

 「楽譜があれば、他の曲でも、もしくは知らねェ曲でも演奏出来たりするのか?」

 

 剣士さんが問い掛けてきた言葉に迷わず頷き、譜面を見たいと言えば鼻の長い少年が笑った。意味ありげなそれに、私の心は簡単に揺さぶられてしまう。

 珍しい譜面でもあるのでしょうか。それとも、先程回収された譜面を見て何か奏ろと言うのですかね?

 

 「何十年も海にいたなら〝宝玉〟って呼ばれてる天才作曲家を知らねェよな?その宝玉の作品、全部揃ってるぜ」

 「ちょっと、ウソップ辞めて!」

 「そのスーパー!な作曲家がクルーだからな」

 「……もしや?」

 

 なんと稀有な存在なのでしょうか。音楽を愛して、曲を生み出して、航海士として、測量士として、そして何よりも……その美貌と心のあたたかさで包む奇跡。

 けれども驕るどころか、所在なさそうに小さくなる姿は本当に己を知らないのだと理解してしまう。そんな少女を支える少年は、少しだけ……大人の顔をしている。

 

 「恥ずかしがる事ねェだろ。だからナミは手配書も〝生け捕りのみ〟なんだしよ。いっそ誇って良いと思うぞ、俺は」

 

 長く海に居ますが、そんな手配書を見た事がありません。そう思った時運ばれて来た大量の譜面。

 目玉が落ちそうな程に驚く私ですが、それは誰にも伝わりませんでした。私、目玉ありませんから!ヨホホホホホホホホ!

 

 「これが〝宝玉〟作曲の音楽よ。全て知らないと思うから、見てみたらどうかしら?」

 「仲間になれば、いつでも見て好きな時に演奏しても良いんだぞ!ナミは中々歌ってくれねェんだ。忙しいのもあるけど、恥ずかしがり屋なんだよな」

 

 無言のままに手を伸ばせば、かけられる声。どれを見ても、同じ人物が描いたとは思えない全く別な曲調の、癖を見つける事もできない音楽。

 世に天才は居ると知っていても、天は二物を与える事を知っていても、これは無い。この子を、その名の通り宝玉としか思えない存在を、守らなければとの使命感が芽生えそうになる。

 ああ……もしも……。もしも……。

 

 「涙が、枯れていなければ……」

 

 きっと、私は泣き崩れていた事でしょう。彼女を、愛しいと思う事は罪でしょうか?

 身体が震える。心に比例するように。

 けれども、涙は涸れて、もう出ないのです。そう思った時、少年が小首を傾げた。

 

 「泣いてたら、楽譜見れねェぞ。それでブルックは、何か演奏してくれるのか?」

 「では、最初に手に取ったこの曲を、演奏させて頂きましょうか……」

 

 『IMAGINARY LIKE THE JUSTICE』と書かれた譜面は、目の前にいる明るく穏やかな少女が作詞作曲したとは思えない程激しく、そして私の心を揺さぶる歌詞であると思う。こんな歌詞を書けるような、どんな経験をしたというのでしょうか。

 私はそっと膝をついて、その顔を覗き込む。そうして漸く視線が合うような身長差。

 

 「共に、演奏して頂けますか?」

 

 私の問い掛けに声を詰まらせる少女の代わりに、少年達が是と示す。それを受けて少女は微かに困った様子を見せつつ、静かに頷く。

 それから楽器をチラリと見て、ドラムで良いかと聞いてくるから私はそれに頷く。私がその流れで立ち上がりバイオリンを構えた時、麦わら帽子の少年が問い掛けてきた。

 

 「どっちが歌うんだ?」

 「それは、流石に私には難しいですね。演奏するだけで精一杯かと」

 

 私は迷い無くそう答えましたが、実際は彼女の歌声を聞いてみたかっただけの事。そうして幾つかの曲に対する質問をすれば、響くように返る言葉達。

 さり気なく混ぜた音楽用語にも、難なく対応できるからには付け焼き刃でないのでしょう。本当に、得難い存在ですね。

 

 「……成程、そうですか。ありがとうございます。……それでは、ギターの方が良いかも知れませんね。変えても?」

 「勿論構わないわ。……本当に、何でも演奏出来るのね」

 

 その言葉に私は息を飲む。昔は、苦手な楽器もありましたが、仲間達のそれがダメになるのが惜しくて……ずっと繰り返し使って来たから、今では使えない楽器など無いのです。

 本来の持ち主のようには演奏できなくとも、せめて壊れてしまわぬように。せめて、想いを残せるように……と。

 

 「昔は苦手な楽器もありましたが、今は1通り何でも。時間だけは、ありましたからね。……始めましょうか」

 「……えぇ、宜しくね」

 

 返事までのその僅かな間で、正しく伝わってしまった事がわかる。なんとも、賢い女性ですね。

 

 「〝IMAGINARY LIKE THE JUSTICE〟です」

 

 言葉と同時に取られるリズム。視線だけで合図を送り合い、開始した演奏。

 

 「ーーー」

 

 歌声を聞いた瞬間、僅かに指が震えた。それは、明らかなる動揺。

 優しい声で話して、笑って、何処か物悲しく佇む少女は、確かに時に年相応に幼くも明るく笑う事を知っていた。けれどもこの歌声は、歌う姿は、そのどれにも該当しない。

 

 「ーーー」

 

 力強いその歌声に、意識が持っていかれそうになる。そして、遅れて脳が反応するのはその歌詞。

 当たり前のように続くと信じていた明日が、訪れなくなった現実を突き付けられる。……なのに、知らない曲だと、心が喜び騒ぐ。

 

 「ーーー」

 

 奪われたモノは多過ぎて、失ったモノが多過ぎて、残っているものを数え上げる方が容易い。死をも越えた私に遺されているのは、ただ……約束のみ。

 

 「ーーー」

 

 歴史にも残ってはいないだろう自分達の痕跡。求めたものは何ひとつこの手に残らず、生の代償は朽ち果てた今の姿。

 

 「ーーー」

 

 死んだ者達が救われるとするならば、それは生き残った私が彼等に報いたと思える時でしょう。ならば、そんな時は永遠に訪れないのだろうと……頭のどこかで、理解しているのです。

 

 「ーーー」

 

 けれども、諦める事は許されない。私は、私の弱さを誰にも許しては貰えないのです。

 私の使えるこの剣術で、切り裂けるものは我が身だけだとしても、立ち止まる事は許されない。勇気を持って影を取り戻し、ラブーンとの約束を果たす必要があるのです。

 ここで僅かな間奏が入れば、その隙にチラリと少女へと視線を向ける。そんな私に微かに笑みを向けて、再び少年のような声で激しく歌声を響かせ始めた。

 

 「ーーー」

 

 弱さを思い知らされた偉大なる航路(この海)の残酷さ。意志の強さだけではどうにもならない現実に、打ちのめされ続けている。

 

 「ーーー」

 

 変えられない過去と現実に、死に損なった私はそれでもまだ考えが甘かったのだと痛感させられてしまった。悪魔は、こんな私から更に大切なものを……自由を奪い去ってしまったのですから。

 

 「ーーー」

 

 もう先には共に進めない……と、嘆く仲間達の声が響く。それを打ち捨てるように、慣れない楽器を打ち鳴らしていた。

 

 「ーーー」

 

 手を伸ばせば伸ばす程に、理想と現実の違いを思い知らされるばかり。残して来てしまった大切な仲間に、せめて……生きているのだと伝えたい。

 ただ存在しているだけでは、何の価値も無いのです。約束を果たして、今度こそ共に生きなければ……!

 

 「ーーー」

 

 登る旭を見る為に必要なものは、秩序なき現実。走るしか無いのですよ、この現実を打破する為には。

 そうして再び迎えた間奏。私に合わせようと気を遣いながら、ドラム演奏しつつ歌い上げるその姿に震撼させられる。

 ドラムは口を使わないから歌える……なんて、そんな甘いものでは無いのですよ。常にリズムを取りながら、全身で僅かなズレもなくドラムを叩くそれは、それだけでさえ奇跡に近い所業なのにも関わらず、それを歌いながらやってのけてしまう。

 私はギターひとつで既に、追いかけているだけと言える状態だと言うのに。彼女は、最近趣味で始めたと言うにはおかしすぎる腕前を持っていて、長く音楽活動をしているのだと感じとれる。

 今は独りでの演奏ではない。音が重なり、録音では無い自分以外の人間の奏でる音が聞こえるのです。

 これがどれ程尊いか……きっと、誰にも分かりはしない。この船は、極楽のような場所ですね。

 

 「ーーー」

 

 歴史が証明していますよね。世界の理は二つに一つなのだと。

 勝者のみが正義であるこの世界は、正義などあると言えるのか。……寧ろ、正義しか存在しないのかも知れませんね。

 

 「ーーー」

 

 歌声の質を変えないままに、少女はその瞳に痛みを宿す。己の弱さを怨み、憎み、打ちのめされているのだとその瞳が伝えてくる程に。

 ……聞いてみて気付く。この少女は何も知らずに平穏に生きて来たのでは無いのだと。

 歌声は、隠せない。その人の人生を、経験を、反映してしまう。

 

 「ーーー」

 

 貴女が伸ばし損ねた手の先に、いったい誰が居るのですか?

 それを問う資格を持たない自分が、僅かに呪わしくなる程には、私はこの少女の傍に居たいと思わされている。この曲を描いたのが貴方ならば、いったいどれ程の傷を背負って生きているというのでしょうか。

 歌が終わり、演奏だけが僅かに残る。先に演奏を終えた少女から流れ落ちた汗が涙に見えたのは、私の感傷なのでしょうか?

 その汗を何事も無いかのようにタオルで拭う姿を見つめていれば、何処か困ったような笑みを浮かべるので私は共に演奏してくれた事への礼だけを告げる。そのままギターを片付けて、バイオリンを用意すると今度は1人で演奏する事を決めた。

 何を演奏しようかと考えて、幸せの黒いハンカチに決めたのは、得意な曲であるから。仲間達に辞めろー!と叫ばれる事の多い目覚まし曲でもあるのですが、なかなかどうして、人が聞いてくれないと寂しい曲でもあるのです。

 演奏をしようと弦が1音目を奏でた瞬間、目の前に現れたのはゴースト。これには覚えがあり、思わず悲鳴をあげて腰を抜かす私。

 けれどもいつまでも怯えてはいられないので、可能な範囲で状況把握を行えばこのままでは彼等も危険だと気付いてしまう。叶うなら、この場に留まり……敵にその影を奪われない事を……。

 私は、行かなければ。取り戻さなければならないから。

 影を、そして……未来を。約束を、果たす為に。

 そうして別れを告げようとした時、少女から手渡されたのは、私がここで知り得た唯一無二とも言える影を取り戻す方法。その手段に必要不可欠なアイテム。

 何故、今これをくれたのか。彼女は何を知っているのか。

 問い掛けたいけれど、話せば長くなる上に、早くしなければ巻き込む確率も上がってしまう。何をこの少女が知っているのだとしても、今それを聞き出す余裕は無いのです。

 それでも、言葉は自然と音になる。これは、想いを歌にする我等の性に近い事かも知れませんが。

 

 「……お嬢さん、貴女は……。いいえ、どうか皆さんご無事で逃げ出して下さい。これは海を彷徨う〝ゴースト船シップ〟……『スリラーバーク』」

 

 私の言葉に反応して、腕にある物を見詰める少女。それは確かに、航海士と言われた時納得できそうなもの。

 

 「恐怖を与える、船……。だから、記録指針も反応して無いのね」

 「そうです。だからこそこの島には2度と辿り着けないのではないかと思っていました。……!!しかし、今日は何という幸運の日!!」

 

 笑いが込み上げる。幸福と希望が同時に降り注ぎ、チャンスを与えてくれたのです。

 ここで勝てばラブーンに会いに行ける。負ければ……今度こそ、それはきっと死を意味するでしょう。

 待っていてくれていますか、今でも。私は、再び会えるその時まで、諦める事はできないのです。

 貴方に、逢いたい。我等の小さな友であり仲間……ラブーン……。

 例えもう、貴方が許してくれなくとも、待っていてくれなくとも、せめて私だけは貴方に会う事を諦める事はできないのです。貴方が見切りを付ける事は自由でも、私だけは……何があろうとも……!

 

 「ヨ~ホホ~、ヨ~ホホ~ホ~。ヨホホホ~、ヨ~ホホ~ホ~」

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