波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
宴の席へと向かうと、慌ただしく準備をしている人達がいるのに嫌でも気付く。まだまだ宴は、準備段階と言えるのでしょう。
そっとその喧騒を抜けるように表に出ると、コックの……サンジさんが被害者の会の中にいた人達とどこかへ向かうのが見えた。その後をふらふらとついて行く、重傷者の姿も。
意識が戻った事を喜ぶべきか、大人しくできないそれを叱るべきか。悩ましいと本気で思いながら、何かあれば連れ戻せるようにと後に続く。
するとその先で語られたのはあの時の情景。どうしてナミさんとゾロさんが傷だらけになったのかを語られて……。
もう無い筈の心臓が、痛くなります。枯れた筈の涙が零れそうな程、痛みが胸を締め付けるのは罪悪感が理由でしょうか?
苦しそうにその話を黙ったまま聞いているサンジさんと、膝を抱えているナミさん。そして、小さく生えている耳。
ああ、なんて暖かい一味なのか。なんて優しい一味なのでしょう。
この一味に加われたら……そう、願わないと言えば嘘になるでしょう。少しでも長く共にいる為に、仲間達の骨はここに埋葬して、仲間達と使っていた船は直して頂き被害者の会の皆さまに使って頂いて……。
そうしたなら、船のない私をどこかまでは乗せてくれるでしょう。その僅かな期間だけでも、お傍に居させて頂けたなら……それを胸に、大切な友が、仲間が待つあの岬へと……。
脳裏に、可愛い鳴き声が響く。彼は今も……あの場所で、元気にしていてくれてるでしょうか。
そんな事を考えている内に、宴の準備は整っていたらしく私はそっとその輪に加わる為に歩いて行く。するとピアノがあったので、何も考えずにそれに腰を降ろした。
そこからは先程しゃがみこんでいたナミさんがゾロさんの近くで心配そうにその頭を撫でていて、そんなナミさんにロビンさんが抱き着くのを見る。それを受け入れるナミさんは本当に少女と呼んで良い年齢なのかと考えさせられる程に慈愛に満ちていて……懐かしいような、暖かい気持ちにさせられてしまう。
その後も眺めていれば、ルフィさんがナミさんと何やら話でもしている様子で、けれどもルフィさんが離れてその顔が見えるようになった時には湯だっていたので、何かあったらしいと気付く。微笑ましい幼い恋愛に、綺麗なだけの恋愛をしているのだろうと思えばそのままでいて欲しいと祈るように願っていた。
そんな私の元へとルフィさんは駆けて来て、宴へと参加して行く。それに1人で納得しつつ演奏を開始すれば、楽しそうに笑う太陽のような少年。
私は宴と聞いて誰に言われるでもなく、これを演奏し始めた。宴と言えば、人が集まった時は、この曲を昔から演奏し続けて来たのです。
指が、身体が、覚えているのです。目を閉じていても、演奏出来てしまうくらい……。
「おい、お前バイオリン弾きじゃ無かったのか?」
「ヨホホホ。楽器は全般いけますよ。ナミさんもそうでしょう?」
「まあ……だが、ナミさんは規格外だからな。できない事を探す方が大変な人だ」
そう言って微笑むサンジさんが、その瞳に愛しさを称える。彼女の存在は、本当に大きいのだとつくづく思い知らされてしまう。
もしも彼女があのまま目覚めなければ、彼等はどうなっていたのだろうかと考えたら恐ろしい。彼女本人は、己の価値を全くわかっていない様子で、微笑ましそうに宴の様子を眺めている。
「何言ってんだよ、ナミは休むとか、寝るとか、サボるとか、遊ぶとかできねェだろ!!」
「それは確かにな。飯を食う事を忘れられるのはキツい」
「俺には信じられねぇよ……。だからナミを見てるだけで腹減るのかもな!」
「ナミさんは消耗品だから、食い散らかすんじゃねェぞ、くそゴム!」
そう喧嘩をする二人でしたが、少年はまたもや宴に戻って行く。大騒ぎする彼は、ひとつの所にじっとしてる事は無い。
私は指を動かして音を鳴らしながら、サンジさんに言葉を向ける。それにサンジさんは僅かに表情を変えた。
「あの……少し話戻りますけど……。実は私も〝見ちった〟のです……!!三名の行動に心、打たれました。仲間って、いいですね」
「……三名なんて、言ってくれんなよ。俺はマヌケを晒しただけだ」
「いえ……貴方にも同じ覚悟があった。形は違っても、それぞれが守ったのです」
苦しそうに顔を顰めるその姿は、年相応に見える。だからこそリクエストをと話してみましたが、宴と思えば勝手に口と手が動き出していました。
「あ!ビンクス~の酒を~」
私の演奏に合わせて踊り、食べる人達。フランキーさんとチョッパーさんが踊り、ウソップさんと見ちったさんがダンスを楽しむ。
楽しそうに食べる人達の隙間を縫うようにして、姿を見せたルフィさんがいつの間にかピアノの上に寝転がった。それを咎める気にはならず、ただ楽しんで頂けていたら嬉しいと思うばかり。
「おい!!ブルック!!この曲、俺知ってんぞ!!シャンクス達が唄ってた」
「昔の海賊達は皆、コレを唄ってました。辛い時も、楽しい時も……!!ヨホホホ」
懐かしい歌。愛しい歌。
そして、私にとっては何よりも悲しい歌。仲間達が最期に唄った……この曲。
ルフィさんは明るい。影を取り戻せた今も、その眩しさで消されてしまいそうな程に。
「お前さ、俺の仲間になるんだろ?な!!」
この船に来るより前に話したそれを信じる強さ。得体の知れない物を恐れない優しさ。
彼は間違いなく大物でしょう。そんな彼の未熟さは、仲間達が支えるのだろうと分かります。
「影、帰って来たもんな。日が当たっても航海できるだろ」
「……それなんですが、私1つ……言ってなかった事が……」
「何だ」
器用にバランスを取りながら、演奏を楽しむルフィさんは、そのままの状態で問い掛ける。それを直視さえ出来ないままに、私は言葉を紡いで行く。
「〝仲間〟との……約束があるんです。それをまず、果たさなければ。私……男が立ちません……!!」
「ああ、ラブーンの事だろ!?知ってるよ。フランキー達から聞いたからな!!」
「え……。ああ……そうなんです。〝ラブーン〟……そう言う名前のクジラなんですけど、ある岬に「だからよ、ブルック。俺達双子岬でラブーンに会ってんだ、本当に!!」」
言葉を遮るように言われた言葉を、即座には理解できない。フランキーさんとロビンさんから聞いた、ラブーンと言う仲間との認識なのだと思っていたのに。
ラブーンがクジラだと聞いたら、呆れるか笑うと思っていたのに、この少年は受け入れるよりも更に信じ難い言葉を口にする。俄には信じられないけれど、もし、彼の言葉が私の期待通りだとするならば……。
けれども期待して勘違いなら。そう思うから、言葉が上手く出て来ないのです。
「……え?」
宴で盛り上がる人達が、私の演奏が止まった事に不満の声を出す。その事が私を正気付かせようとするけれど、実際は怠惰というか無意識で演奏だけ再開したに過ぎない。
ルフィさんは笑う。私の顔を真っ直ぐに見て。
私もまた、ルフィさんを見詰める。呆然と、夢でも見てるのではないかと思いながら。
「あそこで50年、ラブーンが仲間の帰りをずっと待ってるのは知ってた。だから、驚いたよ!!あいつの待ち続けてる海賊達の生き残りがお前だってわかった時は……!!」
待ち続けている……?
ラブーンが、あの岬で?
今も、変わらずに。諦める事も、見捨てる事もないまま?
「そして、お前はちゃんとまだ、約束を覚えてる。これ知ったら、ラブーン喜ぶだろうなー!!しししっ!!」
「…………ちょ……ちょっと待って下さいよ!!ヨホホ……!!びっくりした……!!唐突で。あなた達が本当に……!?ラブーンに会ったって!?」
「うん」
その言葉の軽さが、嘘は無いのだと伝えて来る。真剣に、優しさからの嘘では無いと教えてくれるのてす。
信じたい。けれども信じるのが怖くて、震えそうになる自分を誤魔化すように曲のテンポを上げた。
けれども、疑う余地は少ない。50年と言い切ったそれは、フランキーさん達から聞いたから言えたのかも知れませんが、それでも……岬の名前を私は伝えていないのですから。
「50年も経ってるのに……!?今もまだ……あの岬で、待っていてくれてるんですか!?ラブーンは……!!ホントですか……?」
「うん」
確認するように紡いだ言葉に、ルフィさんは軽く頷く。けれども本当に嬉しそうで……。
その時、サンジさんとウソップさんが会話に加わった。そうして、そのラブーンと会ったと言う時に共に居たのだと笑顔で伝えてくれる。
「……!!元気でしたか……?」
「元気だった」
「大きく……なってるんでしょうね……」
想像もできない。それでも、過ぎた時を思えばきっとそうだろうと思う。
寂しそうに、涙を滲ませる小さなクジラ。可愛いラブーン。
「山みてェだったよ」
「ヨホホ……。見てみたい。……私達が別れた時なんかね……まだ、小舟ほどの大きさで、可愛かった」
指は勝手に動くけれど、視線はルフィさんの笑顔から離れない。彼等は嘘等ついてないと分かるのです。
小さな可愛い仲間が、寂しそうに泣いていたあの姿を思い出す。そして、楽しそうに共に唄うその姿を。
「ちょっと、聞き分け悪かったけど、音楽好きで、いい子でねェ……」
船長が、何度言ってもラブーンを甘やかしてしまうんです。皆も何だかんだと甘やかして、だから我儘が酷くなって……。
そうなって本当に困った時、皆は私にラブーンの説得を任せるんですよ。皆ラブーンに強く出られないから。
泳げない私を海面に降ろして、説得して来いって。説得に成功すると、ラブーンと頭が似てるから仲間だと思ってるんだろうって……そんな事を……。
「今でも……瞼を閉じるとその姿が、あ……私、瞼無かった。……頭にね……浮かぶんです」
迷子になって、着いてきた時の心細そうなラブーンの姿。それを見付けて心配しながら演奏を開始した仲間達の姿が、脳裏に浮かぶ。
もう、演奏なんてできなくて……。私は鍵盤を叩きつけるようにして、音を止めてしまう。
「そうですか……!!彼は、元気ですか……!!ウオオオ……!!」
周りから聞こえる演奏を求める声にも応えられない。誰がつけたのか、いつの間にか皆がラブーンと呼んでいた。
戦いに参加できなくても、海に落ちた仲間を助けてくれたりしながら共に海を渡りました。彼は、間違いなく大切な……我々の仲間なのです。
岬で過ごす三ヶ月の間に親しくなったクロッカスさんに、大切な幼い仲間を託して、約束を胸に進んだ海。実力が足りなかったのか、技術が足りなかったのか、それとも……全てにおいて未熟で甘かったのかも知れません。
何年と言う約束は無かったですが、それでも……叶えられると信じていたのです。船長達を襲った謎の病に太刀打ち出来ず、別れた無念。
孤独な日々。希望さえ失いかけた事が何度もある。
それでも、約束があったから。ラブーンは……生きていると、それだけが私をこの絶望だらけの世界に繋ぎ止めていたのです。
「こんなに、嬉しい日はない……」
船長達と別れて、私が船長となり、そして……進んだ。約束を守る為に。
楽しかった日々を、大切な仲間達を思い出して指を動かせない私に声がかかる。演奏を続けてくれと。
「ヨホホ。ちょっとお待ちを」
そう言って頭をパカンと開けて、中に入れて置いた貝を取り出す。何度も聞いて、その度に救われ、そして絶望した。
絶望とは、救いのない温もりであると思うのです。皆の声が温もりとなり、実在しない現実に心が漆黒に包まれる。
「これは昔、ある商船から買った〝
「おお、空島のやつだ!」
「ご存知ですか。……私、ラブーンに会えたら
取り出したそれを見てと言うより、頭のそれに反応して騒いでくださる皆様の存在が気分を下げないで居てくれてるのだと感謝してしまう。そこで何かが録音してあるのかと問い掛けるウソップさんに、唄だと伝えれば想いは溢れそうになる。
幾度も聞いたのに、その度に泣きたくなり、泣けない現実に涙が枯れた事を自覚するのです。やはり、私は死んでいるのでしょう。
「死んだ仲間達の、生前の唄声……進んだ我々は『明るく楽しく旅を終えた』という……ラブーンへのメッセージ。今、かけても構いませんか?」
「おー、聴きてェ!!そりゃラブーン喜ぶだろうな」
「では……」
明るく許可をくださるルフィさんのそれに従い流せば、最期の瞬間を嫌でも思い出す。それでも、何も知らない人達はそれを聞いて共に唄い出してくれた。
演奏する事のできない怪我をした者は、支え合って唄声を響かせる。演奏できる者は全員で最高の、演奏を……。
泣く子も笑わすルンバー海賊団、一世一代の大合唱……!!生命と想いを乗せた、最高の唄。
この場では、それに加えてこの場にいる全員が唄ったり踊ったりする。死の、その瞬間まで唄。
どうせ生き返るなら、最初に死ねたなら……どれ程救われた事でしょう。けれども運命は無情にも私を最後まで遺した。
ラブーン……!!お前が50年もの間……そこで待っててくれていたのなら……。
後1、2年だけ……辛抱してくれませんか?
私にも……海賊の意地がある!!壁に向かって待つお前とは、約束通り〝正面〟から再会したい!!
そうして、宴の途中。私は、演奏を突然辞めた。