波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
宴はどこまでも楽しく、心と身体を癒していくのを感じている。心配そうにゾロさんに付き添っていたナミさんが姿を消すと、それに意識を取られたのかサンジさんが追いかけて行く。
その後不安そうな様子で何かを探すルフィさんに気付くと、その答えは簡単に分かる。どうやらナミさんを探しているらしい。
そっと外を示せば、ルフィさんはそれに気付いたのか駆け出していく。それを見送り、私はピアノに向き直る。
ある意味で私からは離れ過ぎている曲でありながら、何故か私の人生や心情を表すようなこの曲に惹かれてしまったのです。だから、演奏させて頂きますね、ナミさん。
「『だから僕は音楽を辞めた』」
演奏する予定の曲名を口にすれば、その違和感からか視線が集まる。ただ宴のバックミュージックとして流れるのを聞き流すのではなく、何だそれはと興味を持って貰えた事が妙に楽しい。
ああ、私は今生きている。心からそれを実感し、幸福を噛み締めています。
演奏を始めて、ほぼ同時に声を響かせる。初めての演奏でも、何故でしょうか、失敗するとは思えないのは。
簡単な歌では無いですし、単調なものでも無いのに、この自信はどこから来るのか。奇跡のような新たな音楽に出逢わせて貰えた事が、本当に嬉しいのです。
「ーーー」
いくら考えた所で、正解なんて分かりはしない。青空を見たのは、いつぶりでしょうか。
現状から逃げたくても、隠れたくても、それさえできない現実。これからどうなるのか分かりもせず、なのに希望を捨てられないのです。
この船の扱い方を知っているのに、進め方が分からないのです。私を真っ直ぐに見てくれたルフィさんの目を見て、けれども私は何も伝えられないまま抜け出して歩き出しました。
「ーーー」
考えたとしても、何も分からない。青春なんて遠い過去。
誰も聴いてくれないピアノならばと弾くのを辞めてみても、代わりに机を弾いてしまう。……こんな私は、この先の未来で何をしているのでしょう?
音楽以外、私に何が残るのでしょうか。困るばかりで答えが見えません。
「ーーー」
心の中で一つ線を引いて、無かった事にしようとしてみても現実は変わらない。どうしても消えないのです。
今更としか言えないのに、どうして思い出してしまうのでしょう。何故、思い出してしまうのでしょうか。
「ーーー」
間違っているのは、何もせずにいるのは悪でしかない事は、ちゃんと分かっているのです。けれども、喪い続けたからこそ失えないものもあるのですよ。
真実も現実も、愛も世界も、苦しいばかりの人生さえ……どうでもいい。そう言って投げ出す事さえ、できないのです。それでも、取り戻せるかも知れないと思ってしまったのは、ルフィさんが希望を与えたからでしょう。
「ーーー」
考えた所で、どうにもならないと分かっていて考えてしまうのです。本当に、無意に時を重ねたくはないと願います。
いつか死ねるのだろうかと考えたら、胸が空になる程に泣き叫びたくなるのに、涙さえ私には出す事ができません。将来、未来で何をしているのかと影を奪われてすぐの頃考えていましたが、ルフィさんに会う前は……何もしてなかったと言えるでしょう。
「ーーー」
幸せな顔をしたモリア達が憎いのは、他の敵が既に顔すら分からないからでしょうか。私にこれを、どう割り切れば良いと言うのです?
満たされる事の無い頭の奥には、化け物のような劣等感。本当に憎いのは、私自身だ。
「ーーー」
誰もが、間違ってなんていませんよね。何だかんだ言いながら、全員が人間なのです。
愛も救いも友情や信頼すら、簡単に喪われるなら死体が良いだなんて、優しさに根拠が無いなんて……悲しすぎませんか。そんな思考の貴方達には、ラブソングさえもが、痛い事でしょう。
どうでもいいですね。この結果は……結末は、貴方方の選んだ物です。
「ーーー」
考えた所で答えなんてないと理解しています。それでも今、生きているだけで苦しいのです。
音楽だけで食べて行けるような世界じゃないから、どれほど好きでもそちらで名を挙げて行く事を決断できませんでした。歌詞なんて、そんなにしっかり読みとっては貰える筈も無い。
だから……誰にも聞いて貰えない。そんな嘆きさえ、本当に誰にも届かない歌に比べたら……どうでもいいもの、いいえ、幸福な悩みとさえ言えたかも知れません。
「ーーー」
間違ってないだろうと問い掛けても、誰も返事はしてくれません。間違って無いよなと己に問い掛けても、答えなんて出ないんです。
仲間達の声は、貝の中にあるのみ。他は全て記憶の中にあるだけなのです。
「ーーー」
これが間違っているんだと言う事を、本当はわかっています。人間だから間違って、愛や救いを求めるのですから。
優しさを人生に求めて、けれどもそれを手に入れてしまい、その後喪ったから……だから……正しい答えが言えなくなったのでしょう。これは、防衛本能ですよ。
答えなんて、真実なんてどうでもいい。全てを誰かのせいにしてしまえば、少しは楽になれるのでしょうか。
「ーーー」
私にも、恐らくは彼にも信念がありました。けれども今、ルフィさんに会った後ではそんなもの塵みたいな思いでしかありません。
何度でも歌の中に仲間を書いた。今後はきっと、新たな仲間を書くでしょう。
売れる事なんてどうでも良いのです。本当です、ただ誰かに歌を聞いて欲しいだけ。
「ーーー」
それが叶わないから、音楽を辞めようとして……。今再び、始めたのです。
歌い終え、曲が終わるのと同時に響いた歓声。爆発するような拍手に、生きていてよかったと心から思ったあの時のように、涙が溢れそうになる。
想いが、歌が、演奏が、届く。その相手が、今目の前に居る幸福。
必ず、返しましょう。この幸福を与えてくださったお二人に、この、返しきれない程の感謝を。
愛しさも想いも、二人の為にならないところは沈めて構わない。ただ、お二人が笑う未来を共にと、そう願うのです。
その後宴の席で、私に直接ラブーンの話を聞いたお二人が何やら難しそうな顔で話し合いをしているのが見えて来ました。それに耳をそばだてれば、困ったようにナミさんの存在が大き過ぎると語り合う。
「失礼、お二人さん。……その辺りの話は船長たるルフィさんがお決めになる事では無いのですか?」
「……麦藁にそんな頭はねェよ。いつも、小娘が上手く希望を反映させながら安全な道を作ってくれてたんだ。だからこそ、こんな時困るって話だ」
「副船長は……」
「いないわ。もし居るとするなら、ゾロがそれに近いけれど……今はナミよりも重症だもの」
困りきってしまったのは、不可抗力と言えるのでは無いでしょうか。その問題に応えられるだけのものを持たない私は、その話し合いを邪魔しないように、そして二人の会話を他の海賊団に聞かれぬようにと再び演奏を開始する。
するといつの間に戻ったのか、そこにルフィさんが加わりナミさんの負担を減らす事を話し合うと結論づけて居た。そうしてロビンさんがナミさんの元へと向かえば、残された者は楽しい宴を続ける事となったのだ。
そうして夜が明けると漸く宴はお開きとなり、目覚めたナミさんの指示で船の修理等が行われ始めた。その途中、船のチェック段階で見付けた私の
故郷と同じ土に眠れるだけでも、幸福でしょう。ほぼ見知らぬ彼等に大切な人達を託せませんし、新たな仲間達の船に乗せる訳にもいきません。
ならば、これは正しい選択と言える気がするのです。なので頷けば、ルフィさんが穴掘ってやると請け負いフランキーさんが墓石を、それのデザインはウソップさんが行ってくれました。
周りに植える花はチョッパーさんが集めてくださいましたし、ナミさんはそれを申し訳無さそうにしつつベッドで仕事をしていました。サンジさんはそんな皆さんに食事を用意して、ゾロさんは未だ目覚めない現実。
決して良い状態とは言えないのに、何故でしょうか、幸福に思えるのは。ゾロさんとナミさんの間を駆け回るチョッパーさんの声と、丁寧に優しく皆を運んで下さるロビンさんがいる現状。
この世には闇しかないと、終わり等ないと思っていたのに……待っていたのは、幸福の世界。そうして完成した、元仲間達の眠る場所は、本当に豪勢で……こんな日が来るなんて思いもしなかったと心で呟いた。
そうしてゾロさんが目覚めたその日、出航が決まったのもあり完成したお墓の前に立つ。声は、自然と言葉を紡ぐ。
「素晴らしい~!ありがとうございます。フランキーさん、ウソップさん!!」
「いーのよ、いーのよ、この位何でもねェ。うはははは」
「俺のデザインの勝利だな」
得意そうに笑うお二人に、無い頬が緩みます。私でさえ、見上げねばならぬ程に大きなお墓に皆が共に眠っている。
音符と剣をあしらったそれは、確かに我々に似合いの墓だと言えるでしょう。周りには大量の花が飾られて、彼等の心を慰めてくれると素直に信じられるのです。
「何て立派なお墓……!!」
「花、俺が摘んできた!!」
チョッパーさんの言葉に笑いかけたつもりですが、恐らく伝わってはいないでしょう。本当に、この船のメンバーはお若い。
若くて素直で、だからこそ暖かい。けれども、その胸に痛みを抱えているのは間違いないのでしょうね。
傷があって尚優しい人達。ともすれば、傷があるからこそ優しいのかも知れませんが。
「まさかあの大量の遺骨を、ライオンちゃんに載せる訳にはいきませんから」
「サウザンドサニー号と呼べよ、次から」
「このスリラーバークはくしくも、我々の故郷〝
私の言葉に御三方が立ち去ると、入れ替わるように現れたのは蜜柑の香りのする女性。そこでそっと無言のまま手渡されたのは、何かの種。
ここに蒔けと言われたのは理解できたので、そっと頷く。そんな私に笑みを浮かべて、けれども泣きそうな空気で去って行くその背に声を掛ける事が……私にはできませんでした。
そっとその種を撒き散らせば、恐らく彼等の為になるのだと、それだけは確信させてくれました。そうして、そっと腰を降ろすと彼等が愛した歌の数々と、彼女に教えて貰った彼等に聞かせたかった曲を演奏していく。
彼等と共に演奏して、彼女にそれを聞いて欲しいと願ってしまうのは、彼女が書く曲に悲しい物が多いからでしょうか。優しい歌と悲しい歌の多さは、彼女の心の悲鳴を表しているのかも知れません。
旅立ちを告げる曲に思いを込めて、子守歌に祈りを込めて……。そうしていると隣に現れた人物は、手にしていた刀をお墓の前に突き立てた。
「ああ……ビックリした。……あなた、もう、宜しいんで?」
「ああ、ちょっと寝過ぎた……」
「それは……?」
「死んだ刀だ。〝雪走〟ついでに供養させてくれ」
そう言って、そっと手を合わせる青年の横顔。それから視線を外せないのは、あの時の決意を秘めた言葉が理由なのか、それとも……あの時の悲痛な叫びが理由なのでしょうか。
ルフィさんに全てをかけた男。そして、同じ一人の女性を愛した難儀な少年。
なんと声を掛ければ良いのかすら分からない。なのに、口を開いてしまったから、私は誤魔化す為に言葉を紡ぐしかなくなってしまった。
「……あの」
「ん?」
「……あー……いえ……。……そうだ、私、一味に入れても貰いました」
「へえ、そうか……。そりゃ運が悪かったな……」
「え?」
運の善し悪しでいけば良かったと思いますし、何より……普段は仲間には中々しない気難しい方という訳でも無い気がします。歓迎するでも、拒絶するでもなく、運が良かった筈の内容に返されるには不可思議な言葉。
不思議過ぎて、言葉を待ちつつ演奏を辞めたまま見詰めれば、振り向き笑う。海賊らしい悪人面ではなく、少し大人びた青年の顔で。
「この一味は、手ェやくぞ?」
「ヨホホ!!その様で!!死ぬ気で頑張ります!!あ!!私もう死んでますけど!!ヨホホホ」
そうしてゾロさんのリクエストで戦いの歌を演奏してから二人で戻れば、何故かイチャつくお二人の姿。それを見上げるゾロさんはいつもと変わらない様子を見せているのに……苦しいのだと伝わってしまい人間関係は難しいと思わされてしまう。
彼女は、一人しかいない。そして、心優しい彼女は彼等の心を知れば、どうにもならない現実に苦しむのだと分かるから……伝える事もできないのだろうと簡単に推察できてしまうのです。
「天使は、無邪気で残酷なものですよ」
「……あ?……ああ、あいつは、別な船で〝女神〟とか呼ばれてるらしい。ウチのアホコックもそう言ってるけどな」
「残酷で美しく、賢いが故に救いが無い相手ですね」
「違いねェな」
そう言って笑ったゾロさんは、これ迄と違い年相応の顔をしていた。そうして全員が揃ったと同時に出航するのは、別れを悲しいものにしない為でしょうか。
強く優しく賢い少女だと思っていたそれが崩れたのは、けれどもその直後。新聞を読み震え崩れ落ちる姿は、妙に儚い。
崩れ落ちた理由を察したらしいロビンさんが強く抱き締めると、幼子のように怯えを見せた。それまでとは異なるその姿に、けれども落ち着かせたのはいつも子供としか思えない言動を繰り返していたルフィさんだった。
……だから、船長と皆さんが信頼するのですね。この時になって、私はやっと納得できた気がしました。
ただ、強いからだけではないのだと。ただ、輝いているからでもないのだと、この時になって、漸く。
「落ち着いたか?」
「あ……!ご、ごめんなさい。取り乱して」
心配の余りに取り乱したその姿は、幼い子供を心配して腕の中に抱え込もうとしてる母親を思わせる程。それ程までに愛しいと表されては、ルフィさんやそのご兄弟も溺れるのが当然と言える気がします。
その流れが落ち着くと、ゾロさんを加えた形で始まった宴。その途中、サンジさんが不思議そうに新曲について訪ねると、私を含めた多くの人達の視線がナミさんに集まった。
そうして折れる形で歌われたのは『海の幽霊』という、私を思わせる題名の作品。褒められてもどこか苦しそうに笑うナミさんを見送り、空気が沈まないように笑いながら演奏していく。
これからはただ、明るく楽しい時を過ごせるのだと期待しながら、私は太陽の元楽しい宴を盛り上げる為に歌い続けた。それが私の望んだ役目であり、立場だと痛感しながら。
ヨ~ホホ~、ヨ~ホホ~ホ~。ヨホホホ~、ヨ~ホホ~ホ~。