波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
俺は多分、幼少期から現在迄ずっと……相当恵まれてたと思う。俺は1人ではなんにも出来なくて、でも、だからこそ傍に居てくれる沢山の人に支えられてた。
それを〝当然だ〟なんて思った事はない。ただ、それを幸福だと認識するのがいつも限界迄追い込まれた後って言う情けない現実があるだけだ。
あの日ナミの背中を見送ってから、俺はエースやサボと遊び回ったりして過ごしていた。そんな中で、爺ちゃんが顔を出したから俺は大喜びで迎えに行って、エースは嫌そうに顔をしかめてその姿を消した。
この時まで俺は、エースが何処に住んでたのかとか、ちゃんとした事は知らなかったんだよな。前に聞いて見た事はあるけど、1応屋根のある寝床はあるって言ってただけで、それ以上は教えてくれなかったし、ツリーハウスってナミが呼んでた秘密基地で寝てたりしたから、気にする必要も無かったのが正直なところだ。
「爺ちゃん!」
「おー!ルフィ!!元気にしとったか!?」
「うん!俺はいつも元気だ!!」
久々に会えた爺ちゃんに甘えるように抱きつけば、爺ちゃんは嬉しそうに抱きとめてくれる。そのまま抱き上げられてクルクルと回された後、降ろしてくれた爺ちゃんは笑顔で問い掛けてきた。
「そうかそうか!なら、強い海兵になる為の特訓はしとるか?」
「いんや!してねェ!!俺はカッコイイ海賊になるんだ!!」
「バッカもーん!!お前は儂の跡を継いで、立派な海兵になるんじゃ!!よし、先に海兵目指して頑張って修行しとるお前の兄ちゃんに会わせてやろう!」
人を思いっきり殴ってからそう言う爺ちゃんに、この暴力爺ィと言ってまた殴られたのは、まァいつもの事だ。サボもナミも殴ったりしねェのに、爺ちゃんはすぐ殴るんだ。
でも、そういや爺ちゃんの拳、今回痛くなかった。俺がゴム人間になったからかな。
「兄ちゃん?」
「そうじゃ。お前と1緒に海兵となり、支え合っていく事になる兄貴じゃ。名前はエースと言って「エースって……エースの事か?爺ちゃん」」
俺の言葉に爺ちゃんは嬉しそうに笑うと、何だかわかりきった事を言ってきた。そうしながらも歩いて行く爺ちゃんの跡を追い掛けて歩く俺だけど、爺ちゃんはナミと違って俺に歩調を合わせたりはしてくれない。
そういう意味ではナミだけが合わせてくれてたと気付く。サボとシャンクスは自分のペースで歩いてから少し先で待っててくれてたし、エースは見えなくなってから慌てて帰って来る感じだ。
「なんじゃ、知っとったか!これからはお前の兄貴になるんじゃぞ!」
「何言ってんだ!エースはもう兄貴みたいなもんだ!ナミとサボといつも1緒にいたんだ」
「ナミと、サボ?」
不思議そうに首を傾げる爺ちゃんに、俺は大きく頷く。大切な兄と姉だからと俺は自慢するように答えた。
「うん!でも、もうナミは居ねェんだ。……ナミは、強いし怖いけど、優しくて……誰よりも弱いから、俺は早く強くならなきゃならねェんだ」
「もっと、その三人の話を聞かせてくれ。爺ちゃんはルフィの話を聞きたい」
「おう!いいぞ」
とっておきの話として、俺は3人で風呂に入った時の事を話す。ナミが作ってくれたゴエモンブロと言うのに3人で入って、ナミがそれのお湯を沸かしてくれてたんだと身振り手振りで説明する。
そんな俺に爺ちゃんは楽しそうに頷きながら、4人で過ごした日々について話を聞いてくれる。でも、海賊になりたい理由であるシャンクスの事になると、顔が鬼みたいになって、ナミがそこで航海士してるって話したら余計に怒り出した。
爺ちゃんが言うには、そんな幼子を海賊として連れ回すとは外道だとの事だけどよ。……ナミが自分で望んで、海賊になったんだぞ?
『いつかシャンクスの左腕も使わせて見せるわ!その上で膝をつかせて、参りましたって言わせてやる!』
『……シャンクスってそんなに強ェのか?』
『そっか、ルフィは知らないんだっけ。シャンクスは世界一の大剣豪と張り合ってる位の実力者よ。あの2人、年中戦って引き分けてるんだから。それがわかってる時は私はお留守番なのよ』
少しいじけた様子を見せるナミは、こんな時だけ子供みたいだ。普段は大人よりしっかりしてるのによ。
でも、いつも戦ってる。同じ位の強さって事は……。
『エースとサボみたいな感じか?』
『規模は違うけど、そういう事ね』
そう言って笑うナミを思い出して、そのまま伝えると爺ちゃんは楽しそうに笑う。そして、優秀な海兵の妻にはその位強くあって貰わんとなァ!!と言うのだから意味が分からねェ。
「なんじゃ、ルフィはナミちゃんが欲しくないのか?」
「ナミは元々俺のだから、今更欲しいしとかないぞ」
「……他の誰かに先に手を出されたらどうするんじゃ」
「ナミは俺のだから、取られたら取り返すだけだろ」
「意味もわかっとらん癖に、何とも……」
そう言って空を見上げた爺ちゃんは、どんな可愛い子なんじゃ?と聞いて来たから、人魚姫みたいに髪の毛フワフワで、蜜柑の香りがして、天使みたいに優しいけど、怒らせると魔王よりも強くて、雷落とすんだ!と話したらどんな妖怪じゃと呟かれた。目では追えない速度で動くし、なんでも知ってるんだと笑う俺に過剰な表現だと笑う爺ちゃん。
その後エースと会って話をしたら、やっぱりナミの話になって、エースも似たような事を言ったら爺ちゃんがそれは人間なのかと眉を寄せる。その時悪魔の実がどうとか言われたから、俺がそれだぞと話して腕を伸ばしたら卒倒されちまった。
その後サボと合流する迄、なんでか痛い拳で爺ちゃんにボコボコにされていて、ボコボコにされてる俺をエースが庇ってくれてる間にサボが来てサボとエース相手に大暴れする爺ちゃんを見て、俺は震えた。そして思わず呼んだのは、ナミの名前。
「ナミー!たすけてくれェー!」
いつもだとこれで、どこからともなく現れて助けてくれたのに、今回は来てくれなくて、エースとサボに揃って助けられる男になるんじゃなかったのかと叱られちまった。だからと思って俺も1緒に爺ちゃんに挑んだけど、3人揃ってボコボコにされて転がされちまう。
うー……俺、ゴムなのに痛ェよー!俺がゴムだって知る前の爺ちゃんの拳は、痛くなかったのによ……。
『痛いの痛いの、飛んでけー!』
突然そんな声が聞こえた気がしてナミの名を呼びながら身体を起こすと、エースとサボも同じだったみたいで3人の声が重なった。それに爺ちゃんは呆れたような顔をしてから、飯にでもするかと言って支度を始めるから、俺達は会話を楽しみながら笑い合う。
その後で爺ちゃんが紹介してくれた山賊の家で世話になる事になって、エースだけじゃなくてサボも1緒に住むようになって、毎日が楽しかった。エースとサボが盗んだ宝の持ち主に俺が捕まっちまったのは、2人が助けに来てくれたし、俺はエースとサボに鍛えられてナミといた頃とは比べ物にならないくらい強くなったと思う。
「なァ、エース、サボ……そろそろ迎えに行けるかな?」
「ばーか!俺はまだ自分があの域に達したと思えねェよ。つまりは、俺やサボより断然弱いお前がナミを助けられる筈ねェだろ!!」
「あの強さは尋常じゃねェよな。怒ったナミは、真面目に怖かった……。でもよ、それなのにあんなに優しいとか、本当に人間なのか疑わしくなるよな」
「人間じゃないなら、天使か?」
エースの言葉にサボは笑いだして、人魚っぽい見た目なのに中身は天使みたいだよなと声と身体を震わせると、エースは真っ赤になってサボの襟首掴んで揺らし始める。それによりサボは余計に笑うから、俺は何してんだかなァとそんな2人を眺めていた。
その後でサボがサボの親だって言う奴に誘拐されて、俺をボコボコにした海賊に働かされたりした。サボを連れ戻したいと願うけど、サボは貴族だからそっちにいた方が幸せなんだと言われると、そうなのかなと首を傾げる事になる。
……多分この時の経験が〝居たくない所にいる〟のを防ぐ事が〝助ける〟事になるんだと俺が学んだ切っ掛けなんだと思う。あの時サボは絶対に、サボを苦しめるだけの〝家族〟の傍に居るより、俺達〝兄弟〟の傍に居たかった筈なんだ。
なのに、この時はその判断が出来なくて……俺は火に囲まれながら、エースとダダンを残す形で連れ帰られた。俺はエースとダダンの心配ばかりして、本当に心配するべきだったサボの事を少しも気にかけていなかったんだ。
サボが海に沈んだ事を知らず、俺はエースを探しに行くと騒いでばかりで何も出来ない時を過ごした。そして、帰って来たエースは、ダダンを担いでいて、死んだんじゃないかと思ってた俺が泣きながら抱き着いたら殴られちまう。
この時すんげェ痛かったから、エースは無意識で覇気が使えたんだと思ってる。そうじゃなけりゃ、ゴムの俺が痛い筈無いからな。
ナミに教えられた通りに川沿いで安全確保していたらしいエースは、ダダンの治療をしながら過ごしていたらしい。そんな話を聞いていた時に帰って来たドグラにより齎されたのは、サボが〝殺された〟と言う事実。
『お前らには悪いけど……俺は、親がいても〝1人〟だった。俺の家族はさ、盃交したお前達兄弟と、姉のナミだけなんだ』
サボの声が、脳裏に蘇る。それにより喘ぐように俺が言葉を口にすれば、エースもまた頭を抱えた。
俺は泣きながら言葉を声に出した。どうして、どうにもならなくなってからしか人は、自らの行為を悔やむ事が出来ないんだろう。
「……サボ、幸せじゃなかったんだ……!!」
「なんで、奪い返しに行かなかったんだ。俺達は」
『何でも言う通りにするよ……!!言う通りに生きるから!!!!この2人を傷付けるのだけは……辞めてくれ!!』
「サボを殺した奴は何処にいる!!俺がそいつをブッ殺してやる!!あいつの仇を取ってやる!!」
サボの言葉が蘇り、笑う優しい顔を思い出す。頭を撫でてくれるその温もりが、もう無いのだと知った時、寒気のようなものを感じて……本当の意味で初めて喪った大切なものに動揺するばかりの俺。
エースは怒り狂い飛び出して行こうとして、ダダンに止められる。そんな姿さえ悲しくて、何に怒ればいいのかさえ分からずにただ……泣き叫んでいた。
泣き疲れて眠った俺は、その後でエースにサボからの手紙を見せてもらった。それを読んで、また泣き出した俺を残してエースは森に入り、暫くして戻って来たエースが俺の頭を殴ったけど、顔を地面に押し付けられて苦しかっただけで、痛くはなかったんだ。
「エース、俺は……もっと!!強くなりたい!」
サボを喪った。ナミもこのままだと喪う。
脳裏に響く声は、いつも穏やかで優しい。喪ってからそれがどんなに価値があるのかを知っても、遅いんだ。
エースしかいない。もう俺には、頼れるのはエースしかいないんだ……!!
手の届く範囲にいる、大切な人。もう、喪いたくねェよ!!
「……エースは、死なねェでくれよ……!!」
「バカ言ってんじゃねェよ!!俺の前にてめェの心配しやがれ!!俺より遥かに弱ェ癖によ!!」
俺の言葉にエースは怒って殴って来る。それを受けて、何も返せない俺にエースは言った。
これは俺とエースの絶対の〝約束〟で〝誓い〟だ。兄弟の盃と同じように、違える事の許されない大切な言葉。
「いいか、覚えとけルフィ!!〝俺は、死なねェ!!〟」
「うん……!!」
「サボからも頼まれてんだ……。〝約束だ!俺は絶対に死なねェ!!〟……お前みたいな弱虫の弟を残して死ねるか!」
「……!!うん……うん……!!」
そうして俺達は、サボが18歳で大人になるから17歳で海に出たいと言っていたのを理由に、17歳になったら出航すると誓い合う。思いのままに、自由に、この広い海を、悔いの無いように生きると……そう、強く誓ったんだ。
これが俺の幼少期の話。俺がまだ自分が普通より少し強いんだと言う事さえ知らずにいた、大切なものを喪う恐怖を、痛みを、苦しみを、痛烈に受け入れさせられた時の話だ。
ここ迄で序章部分のルフィsideは完結です。次回のルフィsideは東の海編の所からになります。