波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
適当な海賊を駆逐し、金品を得てからナミを探したが1向に情報1つさえ手に入りはせぬ。それでも微かな情報を集めて行くと、新聞に手配書とその理由が載っているのを見た。
この男は……ナミが奪った船の持ち主か。その上、これは……赤髪が話していた〝未来への希望〟か?
何だこの組み合わせはと思いつつ、少し調べてみればナミの金を求めていた理由も見えてくる。本当に……甘い小娘だ。
何が起きたのか、詳細を聞かなくてもわかる。信じていたのだろう〝海賊〟がした〝口約束〟を。
そして……己を責め、苦しみ、救われたのだろう。知らず、深過ぎる溜息が落ちる。
それならばと思い、俺はナミに会いに行こうとしていた動きを止める。行先の予想は着くが……あの時強姦したのは間違いない。
怯えられるのがオチだろう。ならば……どうすれば良い?
何か気を引けそうなもの……。花か?
食せぬならば要らぬとか言われて終わる未来が見える。駄目だ。
ならば、宝石か。宝石ならば女は大抵好きだろう。
ありがとうと言って受け取り、質屋か換金所に持ち込む姿が見えた気がした。駄目だ。
本が多かったな。本ならば……。
駄目だ、同じ物を持っていたり興味が無いリスクがある。本とは本好きにしてみれば、嗜好品のようなものだ。
そして、触れた手を思い出す。滑らかな肌にあった指先のカサつきと、指にあったタコ……。
何かを書くか、描くのだろう。それならば、ペンであれば、喜ぶか……?
……難しいな。物書きとは文具が武器だ。
剣士が剣に拘るように、ペンを武器にする者はペンに拘る。インクや紙もそれと同様だろう。
暫し唸り、それからインクを中に入れておけるような物であれば、仕事ではなくメモを取る際に使えるのでは無いかと気付き、電伝虫に手を伸ばす。ベガパンクに繋ぐ為に。
そうして折畳み式にしては使い勝手が悪かろうと小さなペンにするようにと言って、無理に用意させたそれを手にナミが行くだろう場所へ向かう。灯台の男に忘れ物を届けたいと言えば、素直に行先を教えられた為俺はそこを目指す。
到着したのは夜で、随分と騒がしい状態に呆れる。よりにもよって、何も無いこんな所を選んだ理由が分からぬと思いながら少し探ればあの船が見えた。
近くに己の船を泊めてから陸に上がれば、ナミもまた船から丁度出てきたところのようだとわかる。そして、何やら考えているらしい事も。
……何かを考えていると無防備になるそれは、少しばかり見ていて危うく思える。その腕を掴めば猫のような動きで俺の手を器用に振り払うと1気に距離を取った。
そして俺であると認識すると腰を屈めた状態で、俺を凝視して来る。恐らくは次に俺がどう動くかでいつでも動けるようにだろうが、その姿が既にネコ科の生き物にしか見えぬ。
「数日ぶりだが、久しく感じるな。その後どうだ」
俺の声は震えていなかっただろうか。俺の瞳は、揺れてはいないだろうか。
情けないな。小娘1人に、なんてざまだ。
自嘲しようと、嘆こうとも、言い訳してみたとしても……真実に変わりはない。オレンジの猫は俺をじっと見据えている。
……そう、俺はただナミに会いたかったのだ。理由をいくら付けてみようとも本音はそれだけ。
そんな俺の目の前でナミはスっと立つと、微かに笑みを浮かべた。
瞳には陰りと怯えが微かに残り、震えぬよう自らに言い聞かせているのがわかる。相も変わらず気丈だと思いながらも、その肩に刻まれている物が変わっているのが少し気にかかった。
「特に変わりはない……と言いたい所だけど、今は正式に仲間と呼べる人達がいるわ」
「そうか……。それで肩のそれが変わったのか」
別な者へ与した事により、無理に刻まれたのでなければ良い。ナミが、望まぬ物を身に刻んでいるので無ければ良い。
溜息を落とすナミに、次の反応が読めるようで読めぬそれを観察する。本当に同じ生き物なのかと疑いたくなるような事をしでかす事の多いナミに、笑いそうになる。
それを隠す為、用意していたペンをナミに投げればナミはそれをサッと受け取り、戸惑いを見せる。開けろと視線で言えば、ナミは小さく首を傾げつつその袋を開けた。
中身を見て、手にした瞬間にナミの瞳が輝いた。その直後プロのような顔付きになったかと思うと、ペンを鑑定士のように弄り倒している。
どうやら気に入ったらしいと分かり、内心で胸を撫で下ろしながらナミに声を掛けてみる。
「……気に入ったか」
「これ、は……?」
貰っていい?いいの!?と、その瞳で訴えているのに、貰う事に戸惑っている様子を見せるから、つい笑ってしまう。直後に駄目なの?とでも言わんばかりに泣きそうな顔をされてしまい、俺は慌てて言葉を紡ぐ。
「……あの日は随分酷く扱った。反省も後悔もしてはいないが、詫びはしたいと思い考えたが、宝石は動きを阻害しそうだとか、売って金にでもされそうだと思ってな」
泣くな。泣けば襲ってしまうだろう。
そう思って紡いだ言葉に対して、ナミは微妙な表情を見せる。それから混乱している事を隠せないのか、ナミはペンは欲しいけどどうしようとその瞳で訴えて来る。
……それ程迄に喜ばれたのならば、良いか。そう思った直後、ナミが頬を染めて嬉しそうに笑った。
「……あの日の事は、お金で解決したと思ってたけど、このペンは正直嬉しいわ。ありがとう」
愛らしい笑みに思わずそれを凝視してから、顔を見られぬように帽子の鍔を低くする。身長差で無意味とは分かっているが、これ程迄に無防備に嬉しそうな顔をされるとは、正直思わなかった。
「……詫びに対する礼など、おかしなものだ。気に入ったならば良い。赤髪にはこれから会うが……蜜柑農家として平穏に暮らしていたと伝えて良いのか?」
実際は赤髪等どうでも良いが、ナミが喜ぶならば伝書鳩の代わりでも何でもしてやろうではないかと思えた時点で、相当に参っている。ナミの笑顔1つに翻弄される。
「……訂正するわ。シャンクスには〝ルフィのクルーとして共に約束を果たすつもりだ〟と伝えてください」
冷静で凛とした声と姿で、ナミは言葉を紡ぐ。その美しさに、コロコロと雰囲気や表情を変えるそれに、魅せられる。
ワノ国にあった万華鏡と呼ばれるものと似ている。そんな気がした。
「……伝えよう」
これ以上この場に留まれば、自分のモノにしようとするだろう。そう分かって離れる事を決意する。
視線が俺の背に刺さるようで、それが愛しく想えてしまえば駆け戻り連れ去りたくなる。その衝動を抑えて、船に乗り込んだ俺は赤髪の元へ向かう。
目立つ男だ。すぐに見付かるだろう。
そう思い赤髪の居場所を調べて見れば、縄張りの1つにある無人島にて暫く停泊しているらしいと知る。ある意味で1番海賊らしい海賊だと、赤髪を見る度に思う。
自由気ままに生きて、笑い、嘆き、怒る。そして、戦うとなればその残虐性を欠片も抑えはしない。
好きなものは好き。嫌いなものは嫌い。
ハッキリと子供のようにそれを示しながらも、大切なものを守る為ならばその命さえ簡単に投げ出してしまう男。肩にある大きな傷の為に、その剣の腕は格段に落ちた。
それでも凡人ならばかないはすまい。腕が無くなった訳でも無く、使えぬ訳でも無い。
それでも……俺が、最強のライバルを失ってしまった事に変わりはない。本来ならば腕そのものが無くなる所だったんだと笑った奴を殴り飛ばしたのは、ライバルを失った行き場のない感情故だったが……全てを分かっていてアイツは笑った。
気に入らぬ男だ。その上ナミは、アレに懐いている。
赤髪の元へ到着すると、二日酔いだと言って苦しんでいる姿が目に飛び込んでくる。変わらぬ様子に、けれどもこれ程の狸もそうは居るまいと思う。
コレのどの姿をナミは知り、慕っているのか。ただの優しい男では無い事を、ナミは理解しているのだろうか。
「戦闘の意思は無い。確認したき事と、伝言があって来た迄の事」
「んぁ?」
情けない声で答える赤髪に溜息を落としそうになりつつ、少年の手配書を見せれば大喜びで祝杯をあげ始める。可愛がっていた未来への希望であり、俺のライバルを奪った存在か。
……弱くなった赤髪に等興味は無い。だが、たまにこうして酒を呑む程度ならば付き合ってやっても良い。
その程度の関係だ。それをナミは〝お友達〟と言った。
……これが、友?
いらぬ、このような阿呆な友など。そう思いつつ見ていれば、そういや伝言って何だ?と聞かれナミの写真を見せる。
見せるだけだ。やらんぞ。
それを見た瞬間、赤髪だけでなく古いメンバーがそれに釘付けとなった。どうやらこの海賊団の知古であるらしい。
やらんぞと、ほぼ無意識で伸ばされた手を叩き落とし胸元に片付けてから、伝言を口にする。油断も隙も無いな、これは俺の物だ。
「……蜜柑農家で呑気に楽しく平穏に暮らしていたと伝えてくれと、最初は頼まれたが……次に会った時は、訂正された」
「へ?」
「ルフィのクルーとして共に約束を果たすつもりだと、伝えて欲しいと言われた」
「ルフィのクルー!?何で俺の所に帰らねェんだよ!?」
「知らぬ」
「何処で会ったんだ!?」
「海で」
「……ああ!会話が成立しねェ!ベック!頼む!」
五月蝿い男だ。……む?
このツマミいける。何だこれは。
程よい甘味と塩っ気が病み付きになる。うむ、悪く無い。
「鷹の目、南瓜の種を気に入ってくれたのは結構だが、うちのお頭も相手してやってくれ」
「断る」
ベン・ベックマン、厄介な男だ。だが、これを自分の下に置けるのが赤髪という男の凄さだろうか。
気に入らぬが認めていない訳でも無い。それなりに付き合いもあるが故に、ナミが慕っているのもあり、気に入らぬだけだ。
それからナミとの出逢いと別れを簡素に説明し、酒を呑みつつ南瓜の種を食べ続けていれば突然赤髪が言う。ナミに会いに行こうと。
それを止めるクルーを振り切り、俺を脇に抱えて駆け出す。そんな赤髪に人を荷物のように運ぶなと思いながらも、咄嗟に目の前にあったツマミを1掴み貰ってきていた。
それを少し手元に残し、他は片付けておく。運ばれながら残した少しを食べていれば、お前は巨大ハムスターかよ!?等と言われたが、余計な世話だ。
そうして俺は、赤髪と共にナミの元へ向かう事となった。居場所は、進路から特定する他無かろうと騒ぎを起こしているだろう男の情報を得る為に、新聞を手にした。
これは俺と赤髪の目的地が、空島と決まる直前迄の話である。