波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
食事を終えると、即座に着替えて出かけようとするナミにそれぞれが反応する。だが、その瞳は完全にベリーと化していて聞く耳を持たぬ様子だ。
故に俺達は互いに牽制し合いながらも、美しい装いのナミに付き従うように共にカジノ会場へと足を向けた。そして、到着と同時に思い知る。
覇王色を持つ者特有の、人を惹きつける力。それによりナミは、自然と人の意識を集める。
けれどもそれを当然として受ける威風堂々たる姿は、優美であり、女王を思わせる風格を持ち合わせている。付き従う俺達が、恐らくは護衛程度にしか思われないだろう程の迫力。
これがナミの外での姿か。内面の小動物な姿からは掛け離れたそれに、自然と口角が上がるのを自覚した。
イカサマをするでもなく、ただ平然と……否、余裕のある態度と色気漂う様子で計算し、相手のミスを誘い、正当にカジノで勝利していく様は正に女帝。それに気付き、荒稼ぎをするナミに言葉をかけた天夜叉に、ナミは素の表情で不思議そうに小首を傾げた。
その落差にやられる。無防備なそれが、自分にだけ向けられるのだとしたならば……恐らくは手放す事等出来なくなるだろう。
これが、どちらかが演技であるならまだ違う。どちらもナミの本質である為、その不自然でアンバランスなそれが他にはない魅力となる。
賢いのに愚かで、鋭いのに甘い。高潔であるのに無防備で、気高く美しいのに、穏やか。
矛盾の権化だな。ナミと言う生き物は。
天夜叉がナミの腰を抱けば、赤髪がそれに取って代わる。その腕を俺が斬ろうとすれば、天夜叉がナミを庇うように糸を繰り出す。
どうやらナミがそのような事をしている間に稼ぎ終えたらしく、子猫のような顔で少しの呆れを漂わせて言った。どうやら疲れたらしい。
「部屋に帰るわ。少し寝ないと。明日には帰らなきゃだもの」
「俺が添い寝「懲りろ、貴様は」」
赤髪の言葉に俺が割り込むと、ナミはニッコリと笑った。笑顔だけで俺達を黙らせられるのは恐らく、ナミ位なものだろう。
「部屋に居るのは良いけど、ベッドに近付かないで。私は1人で寝る。邪魔しないで」
有言実行とは正に。他の人間が入室するとナミが起きるので、部屋の前まで酒などを運ばせて、俺達は無言で牽制しあいながらナミの安眠を守り合う。酒が何本、この夜に消費されたかは推して知るべしだ。
朝になり呑気な様子で目覚めたナミは、俺達を見て首を傾げる。その幼子のようなあどけない表情は、過去とも呼べぬ程の記憶を呼び覚まし、正反対だなと思う。
正に先刻と呼ぶべき頃に散々鳴かせた身としては、持ち合わせた記憶も無い良心の呵責に苛まれそうだ……と内心で苦笑する。無論俺も含め、奴等に良心がまだ残っているのであれば……と言う事にはなるが。
しかし、その行動は正しく自由気ままな子猫。何も気にした様子もなくシャワーを使いに行こうとして、ドアの前で漸く足を止めたのだから。
……見せたいと言うならば、遠慮はせぬがな。そう思い眺めていれば〝お風呂に入りたい〟と、あからさまに訴えられる。
その瞬間天夜叉が動き、それを眺めていれば硝子のそれの前に突如現れる壁に赤髪がそっと視線を反らした。……どうやら知っていたらしいな。
焦り動揺するナミに天夜叉が朝食について問えば、脳内は風呂に埋め尽くされた様子で、さっさと入りに向かう。それを見送り、溜息を同時に落としたのは、恐らく同じ事を考えたからだろう。
「「「何故風呂の後襲われると考えない」」」
奇しくも揃った声に、互いに顔を見合せ溜息をもう1度落とした。その後風呂から出たナミを天夜叉が甲斐甲斐しく世話していたが、その時の会話に引っ掛かりを覚えて視線と共に言葉を向ける。
「天夜叉に弟?聞いた覚えが無いな」
「……あァ、昔俺が殺したからな」
「成程。ならば知らぬのも道理」
さもありなんと頷いた時、赤髪が吠えた。……五月蝿い。
天夜叉ならば、疑うまでも無く真実だろう。まァ……ナミがそれを平然と受け入れているのは、確かに多少違和感もあるがな。
「いや待て、ならなんでナミが、そいつを知ってんだよ」
「ナミは、俺達の姉代わりだった時期がある。詳しくは偉大なる航路の謎を、全て解き明かすしかねェだろうな。……よし、こんなもんだろ」
「ドフィ、ありがとう」
簡単に説明する天夜叉にナミは特に気にした様子もなく礼を告げて、呑気に髪を弄っている。吠える赤髪よりも、俺はその様子が気になって仕方ない。
あァ、そのままでは髪が駄目になる。叢る髪を力任せに引っ張るのは、良くない事だと知らぬのか。
「……ナミ、髪が切れる。それ以上動かすな。直してやる」
折角その姿に似合う綺麗な髪なのだから、無駄に切る事はなかろう。叢っているそれを解いてやれば、素直に指が通るようになる。
元々うねりの強い髪であるからと、ナミの手にしていた櫛を借り受け梳かしてやれば、気持ちよさそうにその瞳を細める。それがなんとも愛らしく見えて、このまま持ち帰りたくなる衝動を必死に抑え込んだ。
髪を直してやった礼も兼ねて、朝食のリクエストをすればナミは嫌そうにしながらも頷いてくれた。……これだから付け入られるのだ。
ササッと作られた朝食は俺のリクエストを鑑みてか、フレンチトーストだ。野菜やスープも出されれば、しっかりと栄養バランス等も考えられているのが分かる。
飲み物は希望を聞かれたので珈琲と答えれば、天夜叉が自分の分だけ調整しつつ取りに行ったが、俺はナミに甘くするようにだけ伝えて任せてしまった。運ばれてきたそれは珈琲の香りはするものの既に白い何かで、飲んでみれば確かに甘い。
それを運んでから料理を運ぶのを手伝えば、ナミが俺の前に蜂蜜等を置いたので、もう立ちたくないのだろうと判断する。食事を揃って開始した時、砂糖が少し離れている事に気付き天夜叉に声をかければ、文句を言いつつも差し出して来た。
弟が居たと聞いた上に、今は船長であるからもしやと思ったが、こやつこれで世話焼きか。……見えぬし似合わぬな。
砂糖をかけて食したフレンチトーストがあまりにも美味く、俺は頬がニヤけるのを自覚した。するとはたと気付いた時には皿の中からフレンチトーストが消失しており、ナミをじっと見詰めれば野菜を食べつつ幸せそうに……俺を無視しようとする。
それでも見詰め続ければ、ナミは折れた。どうやら押しに弱いらしい。
「……キッチンに、フレンチトーストのお代わり置いてあるから、トングでお皿に取って食べて。スープと、温野菜もまだあるから、足りなければ自分で持って来て」
その言葉と同時に野菜を手にした天夜叉を中心に騒ぎが起きたが、俺は蜂蜜をかけたフレンチトーストと、チョコをかけたそれを食さねばならぬので不参加だ。……あえて言うなれば、どれも美味であった。
また食べたい。次はきっと、また別な味も用意してくれる事だろう。
食後に飲み物を入れ直しつつデザートも出してくれたナミに、何でも作るなと思う。俺がそのヨーグルトに蜂蜜を入れていたら虫歯になると天夜叉が言い出し、赤髪が爆笑した為に多少揉めたが些細な事だろうと思っている。
その後ナミはチップを換金しホクホクとした様子で去ろうとしたが、赤髪が今回俺が呼ばれている理由の人物の名を出した瞬間に、表情と顔色を無くした。元が整っている為に、作り物めいてみえるそれに自然と眉が寄る。
そして、譫言のように〝エース〟と繰り返すようになったので、これは本当に弱点を突かれると脆いのだなと痛感させられる。それでも尚〝どうしたら変えられる〟のかと、抗いがたい運命に挑もうとするその精神が……涙ぐましく思えた。
成程、ナミは未来を見るか。航海術、海図、地図、宝玉、予知能力に天候を肌で感じる能力。
それだけでも危険過ぎると言うのに、仲間にニコ・ロビンが居るならば恐らく、古代文字も読めるのだろう事は想像にかたくない。見目麗しく、抱き心地も良いとくれば、あの小僧では守り切れぬだろうな……と小さく笑みを零す。
守れず、傷付いたナミは恐らく……それを乗り越えた時それ迄よりも更に強く、賢く、美しくなるだろう。壊れるその直前まで、好きに傷付くがいい。
だが、俺の元に来た時には、掠り傷のひとつも与えはせぬ。そう思いつつ様子を見ていれば、次第に虚ろになるナミを正気に戻す為赤髪がその唇を奪う。
そうして戻しておきながら、赤髪はそのままその味を堪能し始めるからそろそろ助けてやるかと剣に手をかける。だが、赤髪がそれを辞めて問いかけた言葉を聞いて柄から手を離した俺はもう少し成り行きを見守る事にした。
「……ナミ、落ち着いたか?……ベックが〝先読みの巫女〟とか言ってたのは、こういう事か?」
「シャン……クス……」
「帰ってきたな。大丈夫か?」
「だ、い、じょぶ……ごめんなさい。取り乱して……」
巫女……か。成程、だがそうなるとナミを守る手段を少し考えねばならぬな。
ベガパンクは言えば動くだろう。どういった繋がりかは見えぬが、明らかにナミを掌中の珠としている。
そのように思考を巡らせた時、赤髪がナミを抱いて船から勝手に降りようとするから咄嗟に止めた。送るならば俺がやろう。
「主が送れば〝約束〟を違える事になろう。ナミは俺が送って行こう」
「フッフッフッ……何言ってんだ。お前も同じだろうが!俺だけが麦藁の1味と関わりがねェ。俺がナミを送ってやるよ!」
「二人共何言ってんだ?俺は……このままナミを連れ去るつもりだったんだぜ?」
「シャンクス!?冗談辞めてよ!」
怯えを僅かに宿して、だが大半は呆れと怒りの中で言葉を紡ぐナミに赤髪が海賊の片鱗を見せる。その瞬間、怯えを強くしたナミに喉が鳴るのを自覚した。
しかし、赤髪が謝罪すればナミも平常心を取り戻し、それから赤髪に言う。まるで、当然の疑問であるかのように。
「おかしいわ。ただの髭面なのに」
「ナミ、それ声に出したらダメな奴だと思うぞ。地味に傷付くしな」
「……あ、声に出てた?ごめんね」
謝罪は口にしたが、本気でのそれではない。軽すぎるその言葉は、余りにも気安く距離が近い。
そんなナミに恐ろしい程気軽に渡した己の証。それをよく分からぬ様子で見ていたナミを、再び赤髪が連れ去ろうとした為に声を出せば天夜叉と重なった。
「「攫いたいのは俺も同じだ。辞めろ赤髪」」
1度は帰さねば、ナミの成長は止まるだろうと分かるからな。下手をすれば、壊れるだろう事も含めて。
そうでなくば、誰が手放すものか。俺とて……初めて会ったあの時から気に入っていて……犯した頃には愛していたのだ。
赤髪から守ってやれば、ナミは安心した様子を見せる。それが嬉しくも切ない。
その後そっと俺から離れたナミは、猫のようにとらえどころのない様子で笑う。そして、挨拶をして去ろうとした。
それにより少しばかりからかってやりたくなり笑みを浮かべれば、ナミが小首を傾げた。本気であるからこそ、あざとい……。
「ナミ!金は、届けさせてある。〝最低億〟だったな。約束は守ったぞ」
「……普通その金額は、お断りって意味だって分かるでしょ!?ミホークの馬鹿!」
「俺にそんな事を言うのは、ナミ位なものだ。また、逢おう」
恐らくそう経たぬうちに再びまみえるだろう。ナミは〝エース〟を助ける為、俺が召喚されている戦場に現れるだろうからな。
それをナミもわかっているのだろう。邪魔しないでと言い捨てて去るその背中をじっと見送り、ついで去る赤髪に息災でなと声をかければ何故か嬉しそうに笑われた。
この男の、こういう所が気に入っている所でもあり、苦手な所でもある。俺に掛けられた他愛無い言葉1つを、本気で喜んでいるのだ、この男は。
……厄介な男にばかり好かれる女だ。そう、この男を見る度に思わされる。
天夜叉に目的地まで運んでもらいつつ、その間のんびりとワインを楽しんでいれば、脳裏でナミが愛らしく笑った。フフッ……次に会うのを楽しみにしようではないか。
それが例え地獄であろうとも、俺はそれが楽しみで仕方ないのだ。剣も馬も……当然女も、簡単に堕ちぬ方が楽しめる。